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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
望み

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隊長が望むもの。2

 助けて怖いと、叫んでいた声が。

 さよならと、最期を覚悟するまでにあまり時間はかかっていなかったように思う。

 最期のその時……彼女は自分が助かるよりも、大好きな兄が危険に飛び込んでくることを恐れたのだ。



「あれは、どうにもやりきれないものだったからな……」

 片づけを終え、ある程度奇麗になったジェラスの部屋。窓から少し離れた場所に置いた小さなテーブルでため息をつきながら、ジェラスは呟いた。

「そうですね。私がもう少し早く彼女の声を拾えていたら助けられていたかもしれないと思うと、レイノールにも申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「……、そうだな」

「あの事が、ジェラスを見つけるきっかけになったといえばそうですが……」

「まぁな」


 お互いに、頬杖をついたまま口を噤む。


 後悔からは、何も生まれない。反省はすべきだが、後ろばかり見ていては進むことさえできなくなってしまう。

 ……、きっとそれが今までのレイノールだったのだろうけど。これからは、違う。アリアの為にも、私たちの為にも前を向いてもらう。


 後悔してもし足りないほどの過去を持つのは、レイノールだけではない。けれどお互いに傷を嘗めあっても、なくなってしまったものは取り戻せない。人も、時も。


しばらく沈黙した後、私は頭を切り替えるように息を吐きだした。


「私の望みは、ジェラスを見つける事だったけれど。まさかこんな面倒くさい事情に巻き込まれていようとは。それが嫌で国を出ていったのに、他国で巻き込まれてるとか、お人よしというか師匠が大爆笑しそうな」

「うるせぇよ」

 ジェラスが苦々し気に顔を顰めると、手に持っていた饅頭をこちらに投げつけた。

「……泣く子も黙る黒軍師の得意なものが、故郷の菓子作りっていうのもまた面白いですよね」

「茶がねぇのがあれだけどな。紅茶作れんだから、緑茶もいけると思ったけど種類が違うのか味がうまくいかなかった」


 黒軍師の茶もみとか見た人みんな呆けそう……、とか想像しながらふかふかの茶饅頭を口に入れる。あんこの甘さがこれまたいい。

 口の中の甘さを紅茶で流しながら、目を伏せた。




 皆さんもお察しの通り、私とジェラスは同じ国の出身。

 この大陸から見て、海を隔てて東南に位置する大陸の西側にある国。名を、江国(ごうこく )という。

 ランディアの民と比べると、体躯は小さく髪や目は黒や茶が多い。同盟国以外との国交を断絶する鎖国政策を敷いているため、故意だろうが偶然だろうが理由関係なく、国から出たことのある者や他国の者を保護という名のもとに一生監視下に置くシステムがある。そういう国家政策を敷いているから、他国の者を厭う習慣が根強い。ほんの僅か存在している他国者といえば知識人や公使、船の難破や陸路での遭難によって入国してしまった人々だけ。

 例えばそういった者と懇意になり、子を成した者への風当たりはこのランディア等とは比べられないくらいに残酷だ。

 その子供に対しても……




それは、今から十三年ほど前に遡る。


 江国、西の集落。西側にある都市から広大な森林を挟んで分け隔てられた、鄙びた田舎。そこは、江国が定めた、他国者達とその家族を保護するべき集落。

 ……保護という名の監視のもとに、一生を終えるしかない土地。




 歩けば三十分くらいでたどり着く森、歩けば一日とかからない海。そんな辺鄙な集落でどちらをも見渡せる小高い丘に、探していた小さな背を見つけた。


深青(みあお)。またここにいたのか」

「……號玖(ごうく)

 風に揺れる黒髪をそのままに、彼は振り返ることもなく私の名前を呟く。私にしてみてもいつもの事と、気にすることなくその横に腰を下ろした。

「そんなにじっと見ていても、師匠はまだ帰ってきませんよ」

「うるさいな」

 わかっていることを改めて言われると、そりゃ嫌な気にもなりますね。まぁわかっていても、その姿を早く見たいと願ってしまう気持ちは私も同じ。

 

 ぶわりと吹いた風が、私達の髪を服を大きく揺らす。 

 長い黒髪と、白の服。服や小物はすべて、食事も最低限は配給される。住居も国が建てているし、たまに政府直轄の商隊が来ることもある。

 けれど……


 左手を緩く上げれば、手首に嵌る細い腕輪。取り外す事ができないように、留め具はない。すべて融接されている。

 勝手に外したり、いわんやこの国を一歩でも出れば腕輪に込められている術式が発動して、自分だけではなく共に登録されている無作為に選ばれたパートナーも一緒にその生を終える。

 なんの通告もなく、ただ一瞬にして消滅する……らしい。


 消滅した人見たことないからわからないけれど。



「深青。明日には着くと、先ほど師匠から石に連絡がありましたよ」

 魔術師の師匠が置いて行ってくれた、対の魔石のみで繋がる声で。


 そう伝えれば深青はがばっと顔を上げて立ち上がると、無言で集落へと駆け出して行った。多分、師匠と話すために、魔石の所へ。

 その後姿を横目で見送りながら、ふう……と息を吐きだす。

「やることは子供で可愛いけれど、態度は本当に悪い。私に対して、むしろ私だけに対して」

 まぁ、それだけ心を開いてくれていると思えばそうなんでしょうけれど。

 さてと……と呟いて、腰を上げると、遠くに見える海に太陽がちょうど沈んでいくところだった。その向こうは、大海を隔てて見たことのない大陸があるという。

 他国者であり知識者でもある師匠から教わった、見たことのない……どこかにある自分の、ルーツ。


「ま、きっと見ることはないのでしょうね」


 数年前に亡くなった両親。他国者だった父親の、祖国。

 諦めてはいるけれど、諦めきれない気持ちも微かにはある。


 けれど、私はここから出ることはできない。もし出ようものなら、深青を道ずれにしてしまう。無作為に選ばれた、パートナーの深青。

 ここしか知らない深青にとっては、もしかしたらここで生きていくことが幸せなのかもしれない。

 何も知らなければ、羨み憧れることもないのだから。


 けれど。


 一生働かなくても最低限暮らしていける見返りは、その一生の自由。

 集落から出ることはできず、監視から逃れることもできず、ただただこの地で生きて朽ちるだけの生涯。


 私は……。



 太陽の頂が、とぷりと海の向こうに沈んだ。



 私達は……。



 目を伏せて踵を返すと、集落を目指して深青の後を追う。

 何が幸せかは、深青がもう少し大きくならないと決められないだろうな……。


 私たちは、そんな集落で生まれた。

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