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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
望み

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隊長が望むもの。1

 王宮の敷地内にある、黒軍師の館。館という程大きいわけではなく、一般的な一軒家に似た王宮には少しそぐわない雰囲気の建物。

 本来、軍師という職務上王宮内に執務室を持つべきだが、今代の黒軍師が就任する際に貴族から反対の声がこっそりと上がり王の命令の元、執務する館が誂えられた。

 もともと近衛騎士の一部隊が使っていた修練場とその休憩に充てられていた宿舎のようなものだったが、王族の減少により使われていない状況が長く続いていた寂れた建物。そこをある程度、国が手を入れてから黒軍師に下げ渡された。もちろんどんな手入れかは言うまでもない。

 

 執務室と私室に設置されていた、盗聴の魔具。炊事場に隠された、魔力を発動力とした発火装置。その他、くだらない嫌がらせを魔力ではなく時限や手動で発動する装置。

 魔法を使えるものの少ないこの国ではいたずら装置以外はどれも高価で、所持している人も限られる。要するに国王も容認している、黒軍師の監視。

 魔力を持たない黒軍師が気づくわけがないとふんぞり返っている白軍師を筆頭とした貴族連中には悪いけど、九軍隊長である私には発見も解除も容易い。言ってないから知らないだろうけど。

 定期的に仕掛けられるこれらの装置を、私がここに来てからはバンバン書き換えて意味のないものに仕立て上げている。

 悪戯の類は、目くらませにたまに発動させたりしてるけど。


「どうだ、鬱陶しいのはどうにかなったか」


 指先で発火装置の魔法式を書き換えていた私は、そのぶっきらぼうな声に顔を上げた。

「はいはい、適当に面白いものにしといたよ」

 休日だというのに呼び出された私を労わるどころか顎で使いまくる今代黒軍師であるジェラス・ウィードは、珍しく自身も休みで軍服ではなく私服で姿を現した。

「なんだ、適当に面白いものって」

「え? 煙は出るけど発火しない、お楽しみ箱」

「お楽しみ箱……?」

 ただ式を書き換えただけではない事を暗に伝えれば、胡乱気に眉を寄せた。

「お前、どんな風に書き換えた」

「それは発動してのお楽しみ♡」

 指先を口元で立てながらかわいらしいポーズを決めたけれど、ジェラスくんは全く意に介さず面倒くさそうにため息をついた。

「火が出なきゃそれでいいよ。あと執務室は……?」

「表向きの私室はそのまんま、執務室は二つ隣の部屋を盗聴をするように書き換えときましたよ。たまーに適当なことをしゃべりに行ってくださいな」


 適当なことな……と言いながら、やかんを火にかける。

 基本、生活に魔法は使うことはない。誰しもが持っているならまだしも、魔法を使える人は限られていてしかも属性やスキルは偏っている。

 魔力を動力とした機械も存在することは存在するが、そんなものはこの国の王宮のほんの一部、研究のために魔法研究所に設置されているのが関の山。

 しかもこの国で魔法を使えるとされている人間は、両手にも満たない。

 そんな貴重な魔力使い達にしたって、魔道具を作るのは至難の業だ。そんな大層なものを使うんだから、黒軍師……ジェラスはそれ程警戒される対象でありそれ以上に手放したくない存在なのでしょう。

 幼馴染としてその力を導いてきたものとして、王宮からの悪戯や障害も視点を変えれば晴れ晴れしい。弟子が、それだけの人物になったのだから。


 そんな事を私が考えてるなんてきっとお見通しだろうジェラスは、沸いたお湯をやかんからポットに移し紅茶を淹れていた。

 ねぇ、休日に君の為に働いている私には淹れてくれないの?? このツンツン軍師め。


「二つ隣の部屋って、ただの物置か。荷物もふんだんに入ってるし、たまに俺も行くから怪しまれはしないだろ。盗聴器仕掛ける割には抜けてるからな、お偉いさんは」

 確認なんぞしやしない。気が向いた時だけ聴いて、俺たちが気が付いていないことを信じて悦に浸っているだけなんだからな。

 淹れてくれる気配のない紅茶を自分で用意しながら、私は肩をすくめた。

「まぁいいじゃないですか。そのおかげで拠点を丸々貰えたようなものなのだから」

「本当に馬鹿だよな、あいつら」

 ティーカップなどとおしゃれなものではなく、ブリキのマグカップに紅茶を注いで一口飲む。

「馬鹿すぎて仕えるつもりなどなかったのに、あなたがいるから私はここに残ったんですよ? ちゃんと私達を導いてくださいね」

 今度はあなたが……と暗に言外に乗せると、ジェラスは視線をこちらに向けたままカップを呷った。

「ふん。今、居心地よさそうにしてると思うがな」

「居心地はいいですねぇ。優しい副隊長と、純真なお客人と我らがお姫様がいるからね」

 そのお姫様も、今日は臨時休暇。一緒にお客人にも休暇を言い渡しておいたから、お姫様の部屋でぎゃんぎゃん言い合いでもしているのでしょう。

「お姫様、ねぇ……」

 ジェラスは鼻先に皺を寄せながらおかわりの紅茶をカップになみなみと注ぐと、棚の紙袋を片手に私を見た。


「とりあえずお前の副隊長の話を聞く、部屋行くぞ」

「おや、情熱的なお誘い」

「お前、馬鹿じゃねーの?」


 後ろからついていきながら、自分の肩辺りにある頭を小突く。

「目上に向かってなんて口をきくんでしょうね、この子は」

「俺のが上だ、職務上は」

 嫌そうに私の腕を頭を振って振り切ったジェラスの耳を、グイっと引っ張る。

「おやおや、ずいぶん偉そうな口を利くようになったこと。師匠が知ったらなんというか」

「冥府で、楽しく酒かっくらって楽しんでるだろうよ」

 紙袋を持った右手で私を押しのけると、ジェラスは北の奥にある本来使用している私室のドアを蹴り飛ばして開けた。

「適当に座れ」

「……てき、とうに??」


 目の前に広がったのは、床に積まれた本と散らばった書類、そして武器の類。


「前に来た時、私片付けませんでしたか?」

「日々状況は変わるんだよ」

 ジェラスが歩く度に揺れる本、鬱陶しそうに小さいテーブルを引き寄せたその後頭部にチョップを食らわせた。

「いってぇな!」

「先に片付けなさい」

 手に持ってたカップと紙袋をテーブルに置いて掴みかかろうと手を伸ばしてきたジェラスの腕を掴んで、くるりと反転させる。

「それよりも先に話を……!」

「片付けなさい」


「……」


 それから三十分。誰にも恐れられる黒軍師ジェラス・ウィードは、平民軍隊長に監視されながら部屋を片付けたという。

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