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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
レイノールは忘れない

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副隊長の心の奥

……お兄さま


 真っ暗な風景に、悲痛な声が響く。


「アリア? アリアか? どこだ?!」


……お兄さま! お兄さま、おにい……


 少しずつ小さくなっていく声に、焦燥感が募る。懸命に自分を呼ぶ声に、頭をかきむしる。


「返事をしてくれ! アリア! どこに」


 何も見えない。何も触れない。どこに、どこに……


「お兄さま」


「……っ」








 最後。耳元で囁かれたようなはっきりとした声に、レイノールは目を開けた。


「……」


 視線を辺りに巡らせば、何の変りもないいつもの自分の部屋。カーテンが閉まっているから時間はわからないけれど、漏れてくるのは月明かりにしか見えない。

 額の髪を掻き上げれば、汗で湿った肌にぞわりと背中が震える。

「……久しぶりに、見たな」

 掠れた声が、部屋に微かに響く。そのか細い声に自ら苦笑すると、レイノールはベッドから出た。





 当たり前だけれど誰もいない真っ暗な副隊長の執務室でレイノールは水を飲み干し、疲れたように応接用のソファに腰を下ろした。

 あのまま部屋にいるよりはと執務室に来てみたけれど、その判断は間違っていなかったようだ。無性に乾いた喉を潤すために、2~3杯の水をすでに飲みほした。それでも、足りない。渇きは、癒えない。


 守るべき者を守れなかった事実は過去にしまうこともできず、レイノールの心を微かな力でちくちくと苛む。最後に聞こえた声が耳に残ったまま、レイノールは生きてきた。



「レイノール、眠れないのですか?」


 がちゃりと不意に開いた扉から、暗い部屋の中にぼんやりとした明かりが差し込む。一瞬緊張を浮かべたレイノールは、小さく息を吐くとゆっくりと立ち上がった。

「申し訳ありません、つい目が覚めてしまって。隊長はまだ起きてらしたんですか?」

 扉を閉めて中の燭台に火を移している隊長を目で追いながら、気づかれないように額の汗を袖口で拭う。隊長は殊更ゆっくりと作業を終えると、燭台を傍のテーブルに置いてレイノールの向かいに座った。

「隊長というものは、大変面倒くさい立場です。剣振り回して戦っていた方がどれだけらくか」

「……また書類をためていたんですか?」

「本当に面倒くさい」

 隊長は足を投げ出すと、両手もソファに投げ出した。

「本音言えばさっさとこの国を出ていきたいんですけどね」

「……隊長?」

 不穏な言葉にレイノールが、前のめりにテーブルに手をつく。


 他の隊員が言ったのなら冗談で流すだろう。もしくは、したくてもできないはずだからと気にも留めないかもしれない。けれど隊長は違う。もともと生まれた国を出て大陸を渡り歩いていたという、異国の人。

 出ていこうと思えば、姿を消すことなど容易いはず。


 目に見えて狼狽えたレイノールを見て、隊長は口端を上げた。

「驚かせてしまいましたか? 大丈夫ですよ、今すぐ消えようなんてことは思ってませんからね」

「今すぐではないだけ……?」

 レイノールの言葉に、隊長は一度目を閉じた。そうして息を吐きだすと、遮断を……と呟く。レイノールはよくわからないまま、それでも疑問を挟むことなく指を鳴らして音を遮断する魔術を発動した。


「この国は、変わりませんね。短期間で変われというのも無駄なことだとは思いますが、トップがアレでは変わりようがありません」

「隊長……」

「王族と近衛がアレでは、この国はどうしようもありません。ずーっとどうしようもないと思ってきましたが、もうほんとに駄目ですね。水面下でずーっといろいろ進めてきていましたが、その時に備えてレイノールを勧誘しにきました」

「勧誘?」


 さっきから、レイノールは単語を返す事しかできない。いつも飄々として本心を見せることのない隊長が、何を言いたいのかうっすらと把握しながらも朝の夢の事も相まって中々考えがまとまらない。

 けれど隊長はそんなことはお構いなしに、話を続ける。


「イルクが私たちに預けられたのは、暗殺が目的だといいましたよね。隣国などの小競り合いの際、敵の仕業と見せかけて殺してしまえるようにと」

「……、はい」

「それをね、反対してるのが黒軍師の一派と少数の軍部の人間です。上層部の大半は、イルクを犠牲にすることによってソクラートとの戦端を開くことに迎合的です」


 なんでわざわざ戦なんか……。


 レイノールは眉間にしわを寄せた。

 軍部ならわかる。いや、分かりたくもないが理解できる。文官と違って軍人が功績を最もあげられるのは戦の中だ。よく考えればもっと他に手立てがあるのだけれど、手っ取り早く周囲に認められるのは戦の最中だろう。手柄を立てれば、比較的簡単に地位だの名誉だのは転がり込んでくる。

 けれど文官はなぜだろう。書類仕事が膨大に膨らむだけで、功績を立てられるわけでもなくただ忙しくなるだけ。あえてする必要もないはずなのに……。


「あちらには白軍師が付いていますから。貴族に対して力を持っている白軍師に迎合していれば、この国では生きやすいという事ですよ。そしてそれをおかしいと止める人間が少ないときていますから。良くも悪くも、確かにここは傭兵の国かもしれませんね。最終的には力が全てです」


 隊長は、ふぅ……と一息ついた。


「馬鹿な考えだと思うでしょう。けれどこの国はそういうことをする体質です。あなたには分かってもらえると思いま……」


「私は」


 隊長の言葉を遮るように、レイノールが口を開いた。


「私は、この国から外に出て生きていく術を知りません。どうにかなるだろうとは思いますが、この国で生まれ、貴族の末端として生きてきた私はこの国を恨んでいようとも出ていくことができないのです」


 レイノールは、一息に吐き出した。ずっとずっと胸に巣くっていたどす黒いものを、誰にも言ったことのなかった本心を勢いで吐き出した。

 それはきっと、日中の出来事と先ほどの夢、その焦燥感がレイノールを突き動かしたのかもしれない。


「本当は、副隊長などと上に立つ人間ではないのです。国を恨みながらもここで生きていこうとする、ただただ中途半端な人間なのです」

「レイノールは貴族ですからね。あなたが勝手をすれば、一族郎党に害が及ぶ。いうなればあなたは体のいい王宮の人質でしょう」

「……っ」


 わかりきっていた事実を面前で言われて、レイノールは目を見開いた。



「あなたは充分我慢している。一族の為に。妹君の為に」

「……隊長」


 ゆらりとゆれた炎が、隊長の陰影を濃く浮かび上がらせる。



「アリア嬢の最期の望みは、あなたの幸せ。もうそろそろこの国を見限ってもいいんじゃないかと思いますよ」



 この国に殺された、アリア嬢の為にも。

今年の更新は本日で終わりとなります

一年間お付き合いくださり 本当にありがとうございました

来年もどうぞよろしくお願いいたします


良いお年をお迎えくださいませ


篠宮 楓

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