国王と王子と貴族と他国者と少女。
本日前話と合わせて2話投稿しております。
よろしくお願いいたします。
修練場から国王の姿が見えなくなると、どっ……と体から緊張が抜けた。思わず力が抜けそうな足を動かして、凪のもとに駆け寄る。イルクも同じタイミングで走り出した。
その小さい体は、レイノールが殴り飛ばした時のままうつ伏せで地面に顔を伏せている。覗き込むように身を屈めたイルクが、そっと体を抱き込むようにしながら仰向けになるように上体を支えた。
「凪、凪。大丈夫ですか?」
声をかけながら、少し震える手で頬についた砂を払い落す。凪は、微かに口を開けたまま目を閉じていた。イルクも名前を呼ぶけれど、反応はない。
「気を失ってますねぇ。医務室に運ぶより、医者運んできたほうがいいですかね」
隊長ののんびりした声が、頭の上から降ってくる。そこに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「レイノール様……!」
顔をあげれば息を切らせたトンノが、ずいっとコップと小さな薬瓶を差し出した。
「すみません、慌てていて水差し持ってくるの忘れました!」
その薬瓶には、紫色のとろりとした液体が入っていた。軍人ならば見慣れている、気付け薬だ。
「いや、ありがとう。助かったよ」
トンノからそれを受け取り、開いている凪の口にゆっくりと流し込む。
「んぐっ! まっず!!」
こくりと喉が上下したとたん、凪が声をあげてせき込んだ。慌てて、その手にコップを握らせる。
「凪、ゆっくり飲みなさい。慌てないで」
自分が慌てているというのに滑稽な言葉だけれど、凪はがくがくと頷くとレイノールからコップを受け取って、けれどやっぱり一気に飲み干した。
「うえぇぇ、これ戦場じゃなきゃ飲みたくねぇなあ。くそまずい!」
「凪、大丈夫ですか? 痛いところは?」
舌を出して悶える凪の横に手をついて、必死にその体に視線を動かす。凪はひらひらと手を振ると、コップを地面に置いた。
「全然大丈夫、ちょっとびっくりしただけだし」
「大丈夫じゃないだろう、お前馬鹿か!」
「へ?」
それまで黙っていたイルクが、そう怒鳴って立ち上がった。一気に視界がぶれて、凪がきょとんとイルクの顔を見上げる。
「医務室に連れていきます」
イルクは凪の視線に応えることなく、隊舎へと踵を返す。抱えたまま動き出したイルクの腕の横から、ひょこりと凪が顔を出した。
「レイノールごめん! さすがの俺でも黙ってなきゃいけない事わかってたんだけど、いやーむかついて! 嫌な事させてほんとーにごめん!」
「そんなこと……! 私の方こそ殴ってしまって」
「そうしなきゃならなかった事ぐらいわかるし! だから、気にすんなよ!」
そこまで言うと、イルクに怒られたのか苦笑しながらひらひらと手を振って修練場から出て行った。
「どっちが上司かわからない会話ですねぇ」
「……隊長」
凪が消えた方を見たまま固まっていたレイノールの横で、隊長がため息をつく。見上げたレイノールに手を差し出し立ち上がらせると、置かれていたコップをトンノに渡す。
「凪の様子を見てきていただけますか?」
「はいっ!」
どうしていいのか分からないままそこに立っていたトンノは、勢いよく返事をすると二人を追いかけるように駆け出した。
その後姿を見送りながら、隊長はレイノールに「遮断を……」と呟く。その声に、周囲に聞こえないように小さく指を鳴らした。二人を包むように、不可視の幕が下りる。
「申し訳ございません、隊長」
「大体は把握したから大丈夫。それに今回のことは、白軍師も噛んだ計画だから仕方ないですよ」
日常隊長の口から聞くことのない白軍師の名前に、レイノールは伏せていた視線をあげた。
「白軍師が呼んでると聞いて王宮まで行けば、伝令の間違えじゃないかそんな事実はないと門前払い。その場に居合わせた黒軍師に馬を借りてすぐ傍まで駆けてきたんです。それでも少し間に合いませんでしたね。申し訳ない」
「いえ、そんなこと……」
「あなたにとって、国王も近衛も会いたい人間ではなかったでしょうに。よく頑張ってくれましたね」
ぐっと、言葉に詰まる。レイノールは、小さく頭を振った。
「凪に手を上げてしまいました。女の子だというのに、私は……」
隊長はレイノールの言葉を遮るように、ため息をつく。
「凪も隊員の一人ですし、自分で分かっていると言っていたでしょう。あなたが手を上げなければ、凪は近衛に連れて行かれていた。そうなった方が事態は深刻なのは明白です。ここまでしても、しばらくは凪の単独行動は制限しなければと思うくらいですから。あなたのしたことは間違っていませんよ、レイノール」
「……はい」
わかっていても。これが正しかったと確信していても。薙ぎ払った手に響いた、軽い感触。転がった小柄な体躯。罪悪感がぶわりと増す。けれど、もう割り切らなければ。
「さ、凪の様子を見に行きましょう。何かお菓子でも持っていきましょうかねぇ」
「そうですね、隊長」
レイノールは魔力を切ると、隊長とともに歩き出す。脳裏に浮かぶ、過去を振り払うように。
「お前、本当に馬鹿だな! 馬鹿だ馬鹿だ思ってたけど、心底馬鹿だな!」
医務室につくなりベッドに放り投げられ、文句を言う間もなく医師にもう一度苦い薬を飲まされた凪は布団を被ったままイルクの馬鹿馬鹿攻撃を受けていた。
「正論だろうが何だろうが、立場ってものを考えろ! 白も黒にされるのが立場の違いだ!」
「いやでもさぁ、言い方むかつくっていうかさぁ」
「それでも黙ってやり過ごして、後で酒の肴にして馬鹿にしておけばいいんだよ!」
「酒のめねぇし」
「言い訳するな、この馬鹿野郎!」
今まで声を荒らげることのなかったイルクの怒声に、医務室にいる医師やトンノ、そして凪の様子を見に来ていた同僚の隊員たちが身を縮ませる。
わかっている。わかっているんだ。腹芸など凪には到底無理だということ。けれど、それでは済まない。イルクや副隊長はまだいい、けれどこんなに小さい凪が近衛達に敵うわけがない。
「俺、野郎じゃねぇし」
イルクの剣幕に押されながらも反論をしてくる凪の顔横に、右手をつく。そうして覗き込むように顔を近づけた。
「……痛いだろう。助けられなくて悪かった」
凪はその言葉に、目を見開く。
そっと壊れ物を扱うように、頬に添えられた左手が小さく震えていた。
「俺のせいで……。俺がレイノール殿に頼まなければ……」
「心配かけて悪かったな」
イルクが懺悔するかの如く続けた言葉を、凪は満面の笑みで遮った。
「心配されるのはくすぐったいな。俺は全然平気だから、あえて言うなら腹減った。口ん中にげぇし」
「……凪」
泣きそうに歪んだその顔に手を伸ばした時、細く開いていた医務室のドアが大きく押し開かれた。
「凪、起きてますか? お菓子持ってきましたよ」
「ナイスタイミーング! 俺腹減った!」
お菓子と水差しの乗ったトレイを持つレイノールと隊長、その後ろからトンノが続いて入ってきてベッドの横に立った。
「凪、頭大丈夫?」
「隊長言い方!」
思わず突っ込みを入れるトンノに、凪が笑う。
「全然大丈夫! 早く菓子寄越せ! 口の中苦い」
手を伸ばしてトレイの上の焼き菓子を掴もうとした凪に、レイノールがほっと息を吐く。凪はそんなレイノールを見て、その手をもっと伸ばした。
その手は、レイノールの胸にぺたりと置かれる。
「レイノールの方が痛そうだ」
「……」
どくり、レイノールの鼓動が大きく音を立てる。
凪は手をそのままに、レイノールに笑いかけた。
「助けてくれて、ありがとう」
「……はい」
今度こそ、助けて見せる……。
レイノールは凪の言葉に頷きながら、そう、心の中で呟いた。
先月分の投稿が遅れてしまい、申し訳ございません。
そして、少し早いのですが今月末分の投稿もさせていただきました。
キリがいいのと、久しぶりに簡単な手術を月末あたりに受けることになりまして、先に投稿させていただきます。
次回投稿は12月の終わりになると思います。年末年始になりますので、少し前後するかもしれません。
どうぞご了承くださいませ。
それでは皆様、次回更新でお会いしてください←
隊長にはお気をつけて!……違う違う、体調にはお気をつけて(笑




