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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
レイノールは忘れない

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国王と王子と貴族と少女。

遅くなりました!本日2話投稿しています。

「近衛達にも見せてやりたいな。良い練習相手になるのではないか?」

「畏れ多い事でございます。私共の剣技など、近衛の皆様方の足元にも及びません」

レイノールは頭を下げたまま、国王に言葉を返した。


 なぜ、も、どうして、も。

 

 それは今考えることではない。隊長のいないこの状況で何の憂いも残さずに、今を切り抜けなければ。近衛との対立など、もってのほか。ただでさえ割に合わない仕事をさせられる事が多いというのに、これ以上反感を買いたくはない。


 そして、それ以上に……。


 レイノールは視線だけを横に滑らせ、同じように頭を下げているのだろうイルクの大きな足を視界に収めた。


 彼を、守らねば。



「イルク殿」

「はっ」


 イルクの固い声に、国王が笑い声をあげる。

「そんなに畏まらずともよい、イルク殿もレイノールも頭を上げなさい。どうだ、こちらでの生活は楽しめているかな?」

国王の視線が、威圧をもってイルクに注がれる。少しピクリと肩を震わせたけれど、イルクは堂々とした若者らしい声でそれに答えた。

「こちらの皆様には、とてもよく面倒を見ていただいております。私の我儘をお聞き入れいただき、国王陛下には心より感謝しております」

「そうか。しかし、今からでも近衛に移ってもらって構わないぞ? 今も、近衛の剣を習っていたようだが」

「……」

 当たり前だけれど見られていた、先ほどの稽古。その事実に、イルクだけではなくレイノールの体にも力が入った。


 見られたくなかった。

 国王に、見られたくはなかった。

 こんなところまで……平民の集う場所になど来るはずがないと思っていたのが、誤算だった。


 イルクは意識して口元に笑みを浮かべると、おかしくない程度に……けれど素早く否やを口にした。

「私など、王族の皆様のそばに侍るには力不足。今、それに身をもって気が付いたところでございます。この九軍で、皆様をお支えできればと。その方が皆様の……、国王陛下のお力になれると思っております」


 堂々としたその受け答えは、国王にとって好ましいものだったらしい。軽やかな笑い声をあげると、後ろの近衛を振り返った。

「どうだ、イルク殿は惜しい人材であろう。儂を目の前にしてのこの態度、ぜひともお前の下につけたかったのだがな」

声をかけられた近衛……国王付き第一近衛隊隊長のサハランは、ゆっくりと頷いた。

「そうですね、平民に囲まれているのも大変でしょう。陛下のお言葉があれば直ぐにでも近衛にお迎えいたします。それに……」

 サハランは一つ言葉を切って、レイノールへと視線を向けた。

「付け焼刃な近衛の剣式を、他国の、しかも王族に見せるなど。恥を知れ」


 まるで汚いものを見るような視線をレイノールに向ける。サハランは無表情ではあるものの、その目が感情を語っていた。

 サハランだけではない。近衛は悉く平民を下に……そして馬鹿にしている。自分達の手を汚さなくて済んでいるのは、その平民達のおかげだというのに。王族だけを守って王宮にいられるのは、近衛の中でも五軍と平民の実働部隊である九軍、そして諜報部隊の十軍がいるからだ。そしてお前達の生活を支える国民がいるからこそ。汚れ仕事をする者たちがいるから、真っ白な隊服をきて土や血の汚れの事などを考えずに近衛達は王宮にいられるのだ。


 それを、近衛達……ひいてはその一族である貴族たち、そして傭兵を先祖に持つ国王や王族でさえ忘れてしまっている。

 

 レイノールは表情を変えず、微笑みを浮かべたまま内心は煮えくり返っていた。


 自身のせいで、九軍を悪く言われる。最低だ。けれどこの場で身分も立場も上なのは国王と、近衛。言葉を挟めば、余計首を絞める。


 何も言うことができないレイノールは、目を伏せたまま時が過ぎるのを待つだけだ。プライドの高い奴と馬鹿と馬鹿には、勝手に吠えさせておけばいい。

 イルクもそれが分かっているからか、一度強めに拳を握っただけで表情を変えないまま二人を見ていた。

 



 けれど腹の探り合いができない人間がここにいたのを、二人はすっかり忘れていたのだ。




「俺……じゃなくて、えっと、わ、わたしが副隊長にお願いしたんです! 副隊長は悪くないんだ……です!」

 思わず、レイノールとイルクが斜め後ろを振り返った。そこには、頭を下げたままの凪だけがいる。今の言葉は、凪、だ。


 ひやりと、レイノールの背に冷たい汗が流れた。イルクもどうしていいのかわからないかのように凪を見て、そうして自身の背に隠すようにゆっくりと体を横にずらした。

「私の言葉が間違っているといいたいのか、お前は」

 冷たく、そして怒りのこもった声が静かに響く。レイノールはその声の主、サハランに向けて素早く頭を下げた。

「大変申し訳ございません。子供の言うことです、どうかお捨て置きください。よく言い聞かせますので」

「レイノ……っ」

 抗議するように声を上げた凪の頭を、レイノールが片手で抑え込む。サハランは音を立てて一歩前に出た。

「さすが平民、躾が全くなっていないと見える。その者をこちらへ。私が鍛え直してやろう」

「国王陛下、御前汚しますことどうぞお許しください」

 レイノールはサラハンの言葉を遮るようにそういうと、間髪入れず凪を押さえていた右手で力の限りその体をはり飛ばした。

 小さな体が、修練場の土の上を飛ばされて転がっていく。受け身をとることさえできなかった凪の体が、少し離れたところでようやく止まった。


「お見苦しいものをお見せし、大変申し訳ございません」


 レイノールは深々と、目の前の二人に対して頭を下げた。それに続くように、イルクも頭を下げる。国王は大きな笑い声をあげた。

「目の前でここまでされたら、サハランも何も言えまい。よい、子供のしたことだ。許してやれ。サハランよいな?」

「はっ」

 短く国王の言葉に頷いたサハランだが、決して許しているわけではない。彼は生粋の貴族だ。平民を痛めつけることに、何の躊躇もない。プライドを傷つけられればなおさら。

 

 しばらくは凪を一人にしないようにしなければ……。


 レイノールは凪を殴った右手を強く握りしめながら、それでも頭を下げ続けた。


 その時。



「国王陛下じゃないですか。こんなところまで出張ですか? 暇なんですか?」


 そののんびりとした言葉に、レイノールの体からゆっくりと力が抜けていく。その声の主は、焦ることもなくいつもの足取りでこの緊張した空気を切り裂いた。そうしてレイノールの横に立つ。

「貴様、国王陛下になんて口の利き方だ!」

 国王が口を開く前に、サハランが声を荒らげる。国王より前に出て、腰の剣に手をかけた。

「国王陛下の前で抜剣ですか。それで何しにこんなところまで」

「貴様……!」

「もうよい、控えよサハラン」

 まだ叫ぼうとしていたサハランは、国王の言葉に口を真一文字に引き締めながら一歩後ろに下がった。今にも抜剣しそうな殺気をそのままに。


「お主も相変わらずだな、元気そうで何より」

「いや先日会議であってますよ、もうボケてきました?」

「隊長殿……」

 緊張が抜けたのか、イルクが隊長を呼ぶ。その声に、隊長が周囲に視線を走らせた。そこかしこの物陰に、隊員たちが固唾を飲んでこちらの動向を見守っているのが分かる。

 今までそこに考えが至らなかった。レイノールは自分でも思っている以上に緊張していたらしい。


「ほら国王陛下なんて雲の上の存在が来るから、私の隊員達が修練できずに固まってるじゃないですか。だめですよ、緊張させては」

「普通はあぁなるのだ。お主がおかしいんだ」

「いやいや、威圧に負けてたら仕事できませんから」

 そう真顔で言い切った隊長は、深々と頭を下げた。

「私の部下が失礼なことをしてしまったようですね。サハラン殿、大変申し訳ない。大人の余裕でお許し願えませんか?」

「サハラン、お主まだ怒っておるのか。許してやれと申したであろう」

 隊長と国王にそう言われ、許さないわけにはいかない。大人の余裕という言葉まで持ち出して、挑発する隊長もどうかと思うけれど。


「もとより、気にかけるほどの存在ではございません」


 そう答えたけれど、決して言葉通りではないのはその雰囲気と目が語っている。それに気づいていて、国王は笑い気づかないふりをしている。

 なんて、腹黒。やはりこの国は変わっていない。私の嫌いな体質。


「イルク殿の様子を見がてら、レイノールの様子も見ようかと思ってな。来たらちょうど近衛式の剣技で二人が稽古していて見ものだったぞ」

「あぁ、私が頼んだのですよ。イルクは私達にとってとても大切な方ですから。いろいろなものに触れて身につけて欲しいですからね」

 まるで井戸端会議のように話し始めた隊長の言葉に、サハランが叫ぶ。

「殿下と呼ばぬか!」

 隊長はきょとんと瞬きをした後、だって……とイルクを振り返った。

「私の隊員ですし、イルクがそれでいいといいましたし」

「ならば貴様がお教えすればよいだろう! わざわざ副隊長に殿下のお世話をさせるなど……っ」

「彼は元近衛ですから。サハラン殿もご存知でしょう? あなたが稽古をつけたこともあったのでは? 私のような他国者が教えるよりいいと思ったんですけど。おかしいなぁ、駄目でした?」


「まぁ、よい」


 二人の会話を、国王が断ち切った。


「まだ散策の途中でな。他にも回りたいところがあるから、ここらで退散しよう。では皆の者、励めよ」


 修練場にいる全ての者たちに聞こえるよう野太い声でそう告げると、国王と近衛達は立ち去った。

 

 サハランの憎々し気な視線を最後に残して。

次に続きます→

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