第三夜 神社にて
元服は一般的には12-16歳で行いますが、主人公は17歳で元服しました。
桔梗の花言葉は「永遠の愛」「誠実」「清楚」「従順」
花言葉の「永遠の愛」や「誠実」は、キキョウが恋人のために一生涯、ただ待ち続けた若い娘であったという物語(Balloon flower was a young girl who spent her lifetime waiting for her lover and without any results.)に由来するともいわれてるらしいです。
ふえー
こんな夢を見た。
夢の中で、私は元服を迎えたばかりの若い侍だった。そして、今夜、果し合いをする手筈になっている。それまでに私は剣を振るうことに人生のほとんどを捧げていたが、命をかけた斬りあいをするのはこれで初めてだった。生まれて飯を食っている時間、それと寝ている時間以外は、ほとんど剣を振るっていたと思う。私が住んでいる村の誰よりも剣に触れている時間は長かったと思うし、私は同世代のどの剣士よりも強い自信はあった。それでも、果し合いをすることが決まってから、自分が斬られる夢を見て、目が覚めることは少なくなかった。
果し合いに至った経緯は、夢から覚めた今でもよく思い出せない。恐らく、夢の私はそれには、興味がなかったのだろう。私も夢の中の私も、過去に得た経験や知識の経緯よりも、未来に向けて何をするべきかと、考えることを重視する性格だった。
果たし合いの日が近づくにつれて、私は生まれて初めて、稽古の量を徐々に減らしていった。私は、果し合いをするまでは、毎日、口にしたものを吐くほどに、剣を振るっていた。親から貰った刀を、ただひたすら見えない敵に向かって、斬り結ぶことばかりをしていた。私の剣はひたすらに独学で、師は居なかった。父から、少々剣を教わったことはあったが、死ぬほどに剣を振るうことで、数年で、かつて剣の腕では、他国でも高名らしい父の剣を、超えることができた。私はその日以来、「鬼才」と呼ばれるようになったが、私自身はそのことに、全く興味はなかった。
また、私は「桔梗」という名の刀を、父から貰っていた。私は他に刀を持ったことはなかったが、ひたすらに剣を振るうことしか出来なかった私の思うことに、「桔梗」は全て応えるように動いていくれた。「桔梗」は銘の無い刀なので、どこでいつ作られたものかは分からない。ただ、「桔梗」を振るえば振るうほど、私にはもったいないくらいの名刀であることは、私でも理解が出来た。
そんな刀に応えるためという訳ではないが、私は、誰に言われた訳でもないが、自分の体力の限界を超える稽古ばかりをしていた。文字通り吐くほど剣を振るったし、「桔梗」は重たい刀のため、扱いに慣れるまでは、手のマメが破れて刀に血が滲まない日は無かった。また、複数の人間を相手に想定した稽古を、体力の限界までに行えば、大概は朝に口にしたものが口から漏れた。口から胃液の臭いが消えなかったために、何も口にしなかった日もあった。そんな日にはもちろん胃液を吐く量は少なかったが、血を吐くこともあった。私の周りの人間は、それに見かねて私の稽古を止めたが、私は、依然として無茶な稽古を続けた。ずっとこんな無茶な稽古をすることが出来ることはないだろうと私は思っていたからだ。そうして、私を止めようとする人はいなくなった。
そんな剣しかなかった私でも、私は何の為に生きているのだろうかと、時々思うことがあった。それを考えるたびに剣捌きの冴えは落ちた。俗に言う「雑念が入る」というものだったのだろう。安直な発想しか出来ない私は、文字通り迷いを断ち切るように剣を振い続けた。そうしてある日、私はいつも通り剣を握ったとき違和感を感じた。異常に頭は冴えていて、体を動かすのに感情が動くことが一切なかった。「桔梗」が、私に剣の振り方を教えてくれているように感じた。それ以来、剣に迷いが生じることは一切無くなった。そうしていつしか、私は何の為に生きているのかと、考えていたことも忘れてしまった。
果し合いまで、あと五日までと迫ったころ、私も、流石に限界を超えた稽古はしなくなった。いかに「桔梗」を活かすか、ということだけを考えた。それからの五日間は、とても短く感じた。私は果し合いの相手を、知らなかった。ただ、他人によって決められた人間を斬る。それについて、私は何も感じることはなかった。
果し合いの日も、私は万一斬られてしまった後に、腸が零れないように、さらしを巻いたこと以外は、特に普段と変わったことはしなかった。私には、人生の最後の日になるかもしれないのに、これといって特に食べたいものも、行きたいところも、会いたい人も、特にいなかった。遺書も特には書いていなかった。私は何の為に生まれたのだろうか、と思うことすら、なかったと思う。
果し合いは、夜の神社で行われた。相手は長身の黒い着物を着た男だった。顔は頭巾で隠しているため見えず、得物は私の刀よりも少し長めのものだった。私はこの場にいても、これといって特に考えることは無かった。ただ、「桔梗」の望むがままに剣を動かせばいい。今までやってきたことを、そのままやればいいと私は思った。
初めての果し合いは全体的に印象に残ることがなかった。頭は冴えていて、体も普段と同じように問題なく動いた。果し合いの相手は、弱かった。鈍いし、どのように剣を振ってくるのかということも、見え見えだった。斬り結ぶことすら、一回もなかった。私は多少のフェイントを利かせ、足を斬って、胸を斬り、左胸を突いてあっけなく終えた。こんなものかと思い、私はとどめを刺した。その時でも私は、特に思うことは無かった。そうして斬った相手の頭巾を剥いだ。中からは、歪んだ父の顔が出てきた。
そして夢から覚めた。
引っ越しのバタバタ終わったのでそろそろ本格的に小説書いてきまっす