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夢十夜(仮)  作者: 両腕
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第一夜、花の庭園

庭園の花は花菱草です。寒さに強い花で花言葉は「希望」。僕は花や夢はよく隠喩として小説によく使います。


ドビュッシーの「夢」聞きながらの読書推奨です。


…二夜目以降全く思いつかぬ。

 

 こんな夢を見た。

 幼い私は金髪の少女と小さなオレンジ色の花が咲き乱れる庭園の中で手を繋いで立っていた。少女と私は10歳前後で整った顔をしている。この少女のことは分からない。ただ、こうして手を繋ぐのは初めてではなかったような気がする。花の匂いは甘く、少女の手のひらは少し湿っていて、風を切る音は柔らかく、舌にはべっこう飴の微量の苦味の余韻が残っている。庭園は50平方mほどで小さなオレンジ色の花以外の花はなく、中央にピアノがあった。庭園に来る前は冬の夜は冷えるからと誰かに言われ、私たちは事前にコートを着てここへ来たと思う。外は寒いので手はかじかんでしまっていたが、私たちの手のひらの内側だけはお互いの熱で冷えることはなかった。少女のことも自分のこともはっきりしたことは何一つ思い出せない。ただ、ここにこうして少女と来るのは初めてではなかったような気がする。


 「この花は何の花なんだろう。」

 どこかで見た覚えのある花だが、花の名前は思い出せなかった。

 「この花の名前を思い出せないのですか?」

 大人びた少し掠れた声だった。少女は花から視線を反らすことはできなかった私の方を振り向いた。金髪の少女の大きめの黒い目が私を見ている。何かを訴えているような目だった。

 「うん、何で僕がここにいるのかも思い出せないな。」

 「…そうですか。でも焦らなくていいと思いますよ。」

 「…そうなの?ところであのピアノは?」

 「私の父が買ってくれたものです、この庭も。」

 「君の家はお金持ちなんだね。」

 「そう…、そうですね…。私は父を尊敬しています。」

 少女の声が曇った。私が何も思い出せないことに対して悲しんでいてくれているのだろうか。私はこの少女のことしか知らない。何らかの関心を少女が私に持っていてくれるだけで救われた気がした。

 「君はピアノが弾けるの?」

 私が尋ねると少女は無言でピアノに向かって歩いて行った。

 

 三日月と星の下で少女がピアノを弾く姿は美しかった。この景色は私は何度も見ている気がするが、少女が私の手を握っていた指からピアノの音がしているのが私にとって何故か不思議だった。あの温もりを持った手はこんなこともできるのか。自分の能力を発揮しているのを見て少女がどこか遠くに行ってしまったような喪失感を感じる。ピアノの演奏はほぼミスがなく、本当に上手かった。少女はピアニストなのだろうか。曲はドビュッシーの「夢」だった。少女のことを思い出せないのに曲名はすぐにわかった。そのことを少女に言えば気分を害してしまうかもしれないなと思った。


 曲が終わって私は少女がこちらに向かってくるのを見て自分の体の一部が戻ってくるように感じた。

 「どうでしたか?」

 少女が微笑んで尋ねてくる。私たちは先ほどとは違い顔を合わせて向き合った。柔らかな表情をしているけれども少女の目は変わらず何かを訴えている。

 「とても…、上手かった。」

 「そう…、そうですよね…。」

 少女は黙ってしまった。何故私はここにいるのだろうか。

 「ごめん、僕は君のことは思い出せないけど、こんな風に君はずっと僕の近くにいてくれたんだよね。」

 「…。」

 「ありがとう。」

 「…。」

 目を伏せる少女の表情は読めない。もしかすると空気が悪くなってしまったのかもしれない。僕は空を見上げた。

 「月が綺麗ですね。」

 私は冗談めかして言った。ただ冗談の苦手な私は思いつきではなく、以前からこの少女を愛していたと思う。

 それに応じて少女は微笑して私の額に軽くキスをして言った。

 「今日ここで私は死んでもいいですよ、お父さん。」

 そして夢から覚めた。

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