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白の姫  作者: 川端 怜汰
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story 05 ‐ 白い獣

大好きなテオエルザではなく今回はテオガネッサです。(๑>؂<๑)





テオは、戦が好きだった。

その中でも、父であり剣の師でもあったジルの戦いが好きだった。

熱された鉄が高らかな音を立てて撃ち合われ、その軽さはまるで羽根の生えているようで。

ジルの、強さが好きだった。

どれほど腕の立つ戦士も、老いればその力も衰え、新しい世代へと受け継ぐものだけれど、ジルだけはそうならないと心のどこかで思ってしまうほどに彼の強さは圧倒的だった。


ジルはテオに沢山の事を教えたが、何よりも大事に教えたのは血と誇りについてだった。

アナスタジアに属する全ての族の頂点に立つ者としての立ち振る舞いと、気概。

斬る時に情はもたないけれど、心の美しい人間であれとジルは言った。

テオは「どうすればなれたと言えるのでしょうか」と問うた。

答えは、「わからない」だった。

その曖昧さに、父らしいと笑った記憶があった。



アズルとの戦いを終え、敵将の首を首桶に入れたことを確認すると、テオ率いる一軍はバルベルグへの帰路へ付いた。

昼間と同じく落ち着いた静かな夜だった。

馬車の中には今後の動きを考える真剣な表情をしたテオと、初戦を満足な結果で終え蔓延の笑みを浮かべたエルザが隣り合わせで座っていた。

エルザは腰程まである長い髪を緩く三つ編みに編んでいて、和やかな空気があった。

カタン、と音がした。

一瞬の間だけ馬車が傾き、人が乗ってきたことを2人も感覚で感じる。


「失礼いたしますテオ様」


咄嗟に掴んでいた銀の刃の柄から手を離すと、テオは長いため息を付いて入ってきた男を呆れ顔で見た。

そして自分の目の前に視線をやりながら、「座りなさい」と一言置いた。

男はもちろんバルベルグの戦士であった。

細身の高身長で、腰にはバルベルグの戦士の中では珍しい二対の獲物をぶら下げている。


「ゼファ。馬車に乗り込む際に失礼しますと言え。順番が可笑しいぞ」


戦士の名はゼファといった。

ゼファはクスクスと笑いながら「すみません」と伝えると、着込んでいた外套を脱ぎ、膝の上に畳んだ。

この一軍はテオに一任されたテオの戦士達だ。

本来ならば軍隊長と戦士の会話の中で戦士が軍隊長の言葉に笑うなんて有り得ないことだ。

けれどテオは戦士を咎めない。

それは、テオと戦士達の絆の深さを表していた。


「それで?」


「数百メートル先に、敵族です」


「待ち伏せか」


「全然バレてますし隠れてる様子も無いですけどね」


「何処の者だ?」


「一族率いて来たというよりは、うーん」


「あの女か」


曖昧なゼファの言葉はテオに真相を悟らせた。

一族を率いているのではなく、テオのように個人の軍隊を率いて隠れもせずバルベルグを待ち受ける者など一人しか居なかった。

テオは壁に掛けてあった剣を取ると、その刀身を抜き輝く銀をひと撫でした。

エルザもそれに続いて掛けてある銀の剣を腰に下げ、結んでいた三つ編みを解くと高い位置に結び直した。


「 あと数分で鉢合わせます。外の者はもう準備出来てるので、頼みますねテオ様」


ゼファが外に出たのを確認してから、テオはエルザに向き直った。

エルザは悠長にも伸びをしている。

ふっと柔らかな笑みを浮かべたテオは、立ち上がるとそばに居た従者の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

心配など、無用だった。


「―――」


馬車から降りたテオは、まず戦士達の様子を伺った。

先の男の言葉通り、戦士達は戦闘準備を終わらせ、前方の薄く見える影を睨み付けていた。

ガシャリと甲冑が擦れる音がする。

これは戦の音だ。


テオはゆっくりと息を吸いこんだ。

浮き輪に満タン空気を入れるイメージ。

次に息を吐いた時、自分は族長ではなくなる。

女でも、テオでも無くなる。

ひとりの戦士となり、雪の大地を翔けるのだと。


叫びは、咆哮。


「控えろ―――」


琥珀色の長い髪がテオの視界を染めた。

銀の甲冑に身を包み、手には身の丈ほどある大剣を軽々と持つ女戦士だ。


「我等をこの地を統べるバルベルグ軍と知っての狼藉か」


勿論そうだった。

わかりきっていても、形式を大事にするのはバルベルグ初代族長から続く威光。

敵軍の最前線に立つ琥珀の女戦士は答えなかった。

そして言葉の代わりに、その剣で表さんと大剣を振り上げる。

それは前進の合図のようだった。

叫び声を挙げながら、敵軍はテオ達を囲い込むように迫り来る。


テオは、葛藤した。

手袋をしなければ凍傷になるこの大地であるのに、焼けるように熱い何かを感じていた。

湧き上がる熱。戦の音。

嗚呼。


「全軍前進―――!!!!」


誰よりも速く大地を蹴りあげたテオは、迫り来る戦士に怯みもせずそのまま前進した。

そのあとを一人の女戦士が追い掛ける。


一太刀目は、剣を振り上げた戦士の喉元へ。

戦場で目が使えないのは、イコール死であった。

飛び散る鮮血を外套で避け、足を進める。

バルベルグの戦士は盾を持たない。

身軽さを武器としているのが一番の理由だったけれど、彼等は攻撃を避けるのではなく受け流すのが得意だった。


振り切られた剣の軌道を「削ぎ落とす」感覚で受け流す。

体重の乗せられた剣はそのまま硬い凍土に突き刺さり、次の瞬間相手の戦士に屠られた。


更に、バルベルグの戦士は弓を使わない。

弓は立ち止まらなければ動く的を狙えず、バルベルグの機動力を削ぐことになるからだ。


「 テオ様!ここはお任せ下さいませ!テオ様は、あの女の元へ!」


エルザの叫びが鼓膜を震わせた。

視界に居なくとも、彼女が私のそばに居ることはわかっていた。

けれどやはり声を聞くと、安堵の感情は生まれてくるものだった。

エルザの剣の腕を心配したことは一度もなかったけれど、あれは少し抜けているところがある。

大事な局面でポカをしてしまいそうな人間なのである。

テオは、少し考えて。


「 ... 任せたぞ」


信用するということは、命を預けるということ。

戦では曖昧な判断や言動は剣を鈍らせる。

テオの言葉を聞くと、戦士はいつもの笑みではなく真剣な表情で「はい」と応えた。


そこから、テオは誰にも捉えられる事なく敵族の女戦士の元へとたどり着く。

当たり前だ。

障害を一つずつ潰すのではなく、避けることを考えながら動く彼女の速さを、誰が止めることが出来きようか。

テオは女戦士の前に立つと、握っていた剣を構え直した。

相手の女戦士も同様に、手の中の大剣の柄を握り直す。

先に動いたのはテオだった。


最初の一撃はフェイクだった。

傾けた身体とは裏腹に軽い斬撃。

相手の反撃の一太刀目を皮一枚で躱しながら、相手の隙を伺う。

大剣は威力こそ絶大なものの、どうしても振る動作が大振りになってしまう。

女戦士は鍛え上げた剣技で最小限の動きをしていたが、それでも数度剣を交わすと大きな隙ができた。

更に、バルベルグ特有の「受け流し」は大剣には辛いものがあった。


先に相手の皮膚を切り裂いたのはテオだった。

繰り返された斬撃の中に一瞬見えた相手の隙をテオは見逃さなかった。

右肩から滲む血を、相手の女戦士は痛がりもせずにひとつ舌打ちをする。

勝負はついたようなものだった。

利き手では無くとも、手負いの状況というのは人を焦らせ、太刀筋を鈍らせる。

その上テオは、相手の攻撃パターンを読み取っていた。


そもそも、この2人の実力の差は明らかでいたのだけれど。


「いい加減にしないか、ガネッサ」


テオは呆れ顔で相手の女戦士に吐き捨てた。


「お前が私に勝てる日など来ない。 ...そもそも、アルベヴムの血を引かないお前が戦う理由など無いだろう」


アルベヴムは、古くから色素の濃い一族であった。

その黒髪とひどい凍傷になったような黒ずんだ肌はまるで死人のようで、テオの前に立つ戦士とは全く相容れなかった。


「戦う理由は、ある。けれど、それとは別に私には恩義がある。そのために、戦う」


もう、五度目になるだろうか。

琥珀の女戦士がテオの前に立ちはだかり、戦を挑むのは。

最初はテオも戸惑いを隠せなかった。

アルベヴムの族紋を背負い、自分達を襲った敵族の軍隊長は見るからにアルベヴムの者ではない。


例えば、アルベヴム軍と共にアルベヴム傘下の族がくっついてくるのなら話はわかるものだが、その女戦士はそうではなかった。

詳しい事情は知らなかったが、彼女はテオの敵だった。

何度挑まれようとも勝利はテオに降るのだが、毎度止めをさせずにいた。

一度目はテオが躊躇していたのもあったが、女戦士が危なくなると、一頭の白い獣が女戦士を攫う。


それは、山脈を颯爽と走る白狼。

馬よりも早く大地を駆ける白狼は、決して人には懐かないと言われている。

たった一つ、今はなきアナスタジアの古い民に、アナスタジアに生ける動物と意思を交わし手懐ける事が出来るという一族がいたというが、

その一族は数年前にバルベルグの手によって滅ぼされていた。


情を掛けぬ非情の一族の血を引くテオとしては、その一族の末裔なるものが目の前に居ることは肯定できず。


「 ....今日は、逃さないよ」


視界に白狼らしい獣の姿は見当たらないことを確認したテオは、その一撃で決めるつもりで、一気に間合いを詰めた。


琥珀の女戦士は、先程と打って変わって防御に徹する。


一瞬だった。

馬よりも鋭い獣の爪が凍土を裂く音がした。


衝撃。


「ちっ ...!来たか」


側面から重い体当たりを受けたテオは、軽やかに受身を取り体制を立て直した。

見えるは白銀の毛並み。

女戦士を囲む2匹の白狼がこちらを睨んでいた。

それは威嚇であって、頭の冴える白狼がもう一度テオを襲う意思は見えなかったが、それはテオが女戦士に手を出さない前提の話だった。

一方、テオも2匹と1人を一度に相手するのは若干厳しいと判断した。


ふと、口から零れるように。


「それは子供だな。この間のやつより小さい。 ...親は、どうした?」


女戦士は白狼の背に跨ると、奥歯を噛み締めながらぽつり「死んだ」と呟いた。

テオは「そうか」と答えるだけで、遠ざかっていく悲しげな背中をただ見つめていた。









テオが馬車を両軍がぶつかった場所へ戻ると、全ての戦はもう終わっていた。

結果は勿論、バルベルグの圧勝であった。

馬車の車輪の隣に腰を下ろし、愛剣の手入れをしていたエルザがテオに気付き、声を上げた。


「テオ様!」


戦士達もその言葉を聞き、テオへ向く。

それはもう毎度高齢になった報告だった。



テオは、少し苦い笑みを浮かべながらも、

「また逃げられてしまった」と戦士の輪の中に歩いていった。

いつもいつも、読んでいただいて感謝しておりまする( ՞ټ՞ )

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