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白の姫  作者: 川端 怜汰
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story 04 - 遠い日の記憶

そろそろ本題へgo(三軒屋風)ですねえ。





少女は潤んだ瞳で絶望を見つめる。

鮮血は大地を鮮やかに染めたけれど、降りゆく新雪にまた白く塗り潰される。


凍土に横たわり、か細い呼吸音をたてながら少女は生きていた。

琥珀の髪は色を失い、無惨にもハラハラと落ちゆく。

歳は両手で事足りる程度だろうか。

白い肌は赤みを通り越し黒ずんで、少女は既に寒さを感じないほど衰弱していた。

もう頭を上げて見渡すことは出来ないけれど、彼女の周りには先に天へと逝った同胞達が倒れている。

彼等は、後悔はなかっただろうか。

己の生命が危機にさらされていながら、少女はそんな事を考えていた。


少女が戦の場で生命を取り留めたのは、その若さ故のことでは無かった。

敵族は山脈一の手練揃いで、非情で冷徹と恐れられる彼等は敵に情をかけない。

その全てを切り裂くような太刀筋に似合わぬ、舞いの如く軽やかな足捌きは、圧巻の一言だった。

少女は同胞達がバタバタと倒れていく様をただ真っ直ぐ見つめていた。

腰に付けたお飾りのような短剣は彼女を戦場から逃がさぬための足枷のように重かった。

少女は死を悟った。

己もあの神妙な舞いに魅入られ、万物を切り裂いてきた銀の刃に屠られるのだと。

けれど、山脈が彼女を隠した。

吹き荒れた白の吐息は戦士達を包み、熱を奪う。

雪崩よりは小さく、単に吹雪というには激し過ぎるそれは、少女の小さな身体を白く染め、敵族の目からかきけした。

雪の中で敵族が引いていく馬の足音が聞こえていた。

少女は誇り高き戦士としてその場で立ち上がり、声を上げることは出来なかった。

その点では、少女は若さ故にその生命を取り留めたと言えるだろうか。



この戦は少女の一族にとっては負け戦で、その命を持って信念を突き通さんとするなんとも愚かな戦いだった。

彼女のような幼い少女が前線に立たずんでいたのはそれが理由だった。

彼女が一族の族長娘だったこともその一つだろう。

古い考えを打ち破り、山脈に新しい風を吹かせる、その初めの小さな小さな風にならんとした。

立ちはだかるが最強の一族と言えど、立ち上がらなければ何も始まらないと示すための戦だった。

代償は、その生命で。


その策略は後にアナスタジア革命戦争を起こす火種になる。





「 ――― 生きているか」


一瞬、幻かと思った。

けれどその声はもう一度少女に生死を問うた。

低くて落ち着いた、男の声だった。

少女の後方から凍土を踏みしめる音がする。


「なんだ、生きているじゃないか」


男は少女の目の前に跪くと、安堵した様に言葉を置いた。

横になっていた少女には男の顔が見えなかったけれど、

外套の裾に記された族紋で男の出生が先程の敵族のものだとわかった。

嗚呼、今度こそ死ぬのだなと少女は思った。


けれど、男は少女を殺すどころか来ていた外套を少女に被せると、軽々とその身体を抱き抱えた。


「 ... っ ??」


少女は驚くも、抵抗する体力は残って居なかった。

動物の肥爪の音がする。

男が乗ってきたものだろう、その造りは見た目こそ質素なものの、一族の長となる教育を受けた少女の目の前では、それが特別に作られた馬車だと言うことは隠せなかった。


馬車の中は、暖かかった。

馬の操縦者に行き先を伝えると、男は少女に向き直し、毛布や乾いた服に着替えるように言った。

少女はいわれた通りに差し出された服を身に纏う。

裾は余り、袖はすっぽりと腕を隠す。

男はそれを見て、腹を抱えて大笑いした。

少女が顔を膨らませると、悪い悪いと謝罪の言葉を流しながら、少女の頭を撫でた。

男は、三十代初めくらいの、自分の父と同じ程度に見える容姿をしていた。

鍛え上げられた肉体は、厚い防寒具の上からでも見て取れた。


馬車は優しく二人を揺らした。

途中で渡された赤黒い液体は、戦の前に戦士達が飲む気付けのアルコールで、少女も何度か口にした事があった。

アルコールは体内から暖をとる方法としては上等で、

少女はゆっくりとグラスの中身を飲み干した。

少女の身体に温度が戻っていった。


「お前、ナジアの一族の一人娘だろう」


少女は驚いた。

確かに自分はナジアの一族、ガロウの一人娘であったけれど、

私は産まれてから自分の民以外に会った覚えがなかった。

肯定するべきか、否定するべきかを必死に考えた。

あの戦場で倒れていたのだから、ナジアの一族と言うことはバレていても素性までとは。

仮にも今回の戦で対立する者同士であり、肯定することは自分の死を表すものだった。

けれど、男が適当にカマをかけているようにも見えず、命の恩人である彼に嘘をつくことが少女には出来なかった。

柔らかく曲線をえがく顎を小さく上下させると、男は自分の持っていたグラスに酒を注ぎながら、「あの猿みたいな赤ん坊がよく育ったことだな」と笑った。


どうやら、私は赤ん坊の時にこの男に会ったことがするるらしい。

全く覚えがない事にも納得が行く。


.... 猿みたいな?


少女は思わず笑みを浮かべ、高らかな笑い声を響かせた。


幼い頃の少女と会える人間となると、それは限られてくるだろうと少女は考えた。

ふと思い出したのは、父であるガロウが懐かしむように話していた、一人の旧友の話だった。

その名前がどうしても思い出せない。


「確か名前は、 .... なんだっけ お前」


思考を遮られるように男の問いは飛んだ。


「 ... ガネッサ、です。」


「あーそれ。それそれ、ガネッサ。」


「貴方様の、御名前は」


「 ..... 」


「 ... どうして、助けたのですか」


例えどんなにこの男と父が深い関係にあろうと、

それは敵族の族長の娘となった自分を助ける理由としてはあまりに浅く。

生かされていることに不満を感じるわけではなく、ただ純粋な疑問だった。


「山が」


男は注いだ酒を一気に飲み干すと、そう呟いた。


「え?」


それは少女に届くには、少し小さすぎる声で。

男は目線をグラスから少女に移すと、ゆっくり口を開いた。


「山が、お前を助けたんだろう?

自慢ではないが、うちの戦士達はお前の様な子供でも見逃したりしない。

けれど、お前は生きていた。

それはつまり、この山脈が、 .... アナスタジアが、お前を助けたという事だ。」


王者の一族が掲げる言葉。


――― 山脈と共に生き、山脈と共に滅ぶ。


「 だから助けた。この山の意思に沿っただけだ 」


何とも、理解しがたい話だった。

山脈が生きるというのは蛮族の謳い文句で、

少女が生き延びたことはただの偶然でしか無かった。

けれど少女が、その言葉を否定する理由もなくて。


「 .... 有難う 。」


小さく呟いたそれに、男は答えなかった。





暫くして少女はある集落後に降ろされた。

アルベヴムの傘下にある小さな一族の集落だった。


「 .... アルベヴムは貴方方とは宿敵に値する一族ですよね。」


男は自分に、どうしろというのだろう。

助けたものの命を敵族に放り込むなんて、一体何がしたいのかわからない。

自分のそばに置いておけば、少なくとも悪いようにはならないだろう。

少女は整った顔立ちをしていたし、剣の覚えもそれなりにあった。


「ガネッサ」


男は少女の腰元から短剣を抜くと、その刃を少女の喉元に宛がった。

殺気はなくとも、おふざけではないと少女もすぐ諭した。


「強くなれ、ガネッサ。

俺はお前の家族や同胞を殺した憎い相手だ。」


今になって馬鹿馬鹿しい。

それは真実であるけれど、少女の中では偽だった。

そんな事男だってわかっているはずだった。

例えどれほど憎くむべき相手でも、憎めるはずがなかった。

己の命の恩人なのだから。

その恩人は、いつか自分を殺しに来いという。


男は、少女が絶望していることを気にしたのだろうか。

生きる意味を持たせようとしたのか。

はたまた、ただの頭のネジが抜けた人なのか。


少女はわからなかったけれど、

男が自分を連れていく気が無い事だけはわかった。



「必ず ... 貴方を殺しに、行くわ」


少女はもちろん、そんなつもりはなかった。

けれど男の言葉が、なんだか殺してほしいという叫びに聞こえた気がした。


男はその言葉を聞くと、一瞬口元を緩めたけれど、それを隠すように短剣を鞘にしまい、少女に渡した。


2人は、そこで終わった。

遠くなっていく馬車の尻を見つめながら、少女は未来を心に決めた。

あの男にもう一度会い、その名を聞く。

まだ彼の熱を持った短剣の柄を強く握り締め、少女は踵を返し、アルベヴムへと続く雪道を歩き始めた。



今回も読んでいただいて感謝!(๑>؂<๑)

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