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白の姫  作者: 川端 怜汰
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story 03 - 閃光バルベルグ









「 ____ テオさま !」


テオを呼ぶのは、真新しい戦闘服に身を包んだ新米女戦士であり、テオの従者だった。

鋼の甲冑を着ていながら、雪原を跳ねるように走り行く姿はまるで白狼のようだった。

バルベルグ集落から少し抜けた平野を数台の馬車と兵士達が左右対称の隊列を成し進んでいた 。

従者はどうやらそれに遅れたようで、その最後尾を数百メートル後方から追い掛けていた。

雪に足を取られる前に次の足で大地を踏み締める。

従者は若者であったけれど、並の大人よりも強靭な脚力と体力を持ち合わせて居るようで、ものの数分で隊列の中心の一番大きな馬車へとたどり着いた 。

馬車の揺れが最小限になるよう注意を払いながら荷台の後ろへ飛び乗った従者は、被っていた外套を外し髪を整えてから、車内へと入った。

先ず始めにした事は、謝罪だった。


「 申し訳ありませんテオさま!準備に手間取ってしまいました 」


自分の足元に跪いた従者を横目で見ながら、テオはひとつ長くしっとりとしたため息をついた 。

そもそも、遅れた従者は自分の足で隊列に追い付いたのだから、実質プラマイゼロなのであって、しかしだからといって従者が従者自身を甘やかさない事はテオも充分知っていた。

テオも馬車を止め従者を待つ気はサラサラ無かったし、例え倒れようと何があろうとそれが必ず自分の元へ来る事はわかっていた 。

故にテオは、怒りの感情よりも呆れの感情で従者の顔を見て、またひとつ溜息を付いた。


「 エルザ 」


「 はっ!」


テオは従者の名を呼ぶと自分の座る隣の人一人分空いたスペースに目線をやった。

エルザと呼ばれた従者は、腰に下げていた何時かの銀の剣を外し、壁に掛けると 「失礼します」と一声置いて、テオの隣に腰掛けた 。


「 遅刻の事はもういい。お前がそういう人間だということは嫌というほど分かっている。嫌というほど。 」


最後の一文を強調しながら、テオは壁に掛けられた剣を見つめ、懐かしむように続けた。


「 頼りない所は確かにあるが、エルザ。お前の初陣だ。お前が私の元へ来て4年、お前はバルベルグ精鋭の名にふさわしい戦士となった。 ... この戦、お前の善戦に期待しているぞ。」


主人に微笑まれたエルザは、幼い頃と変わらない花の咲くような笑顔をこぼし、「仰せのままに、私の族長さま!」と叫んだ。








「 ... 」


時は正午。

アナスタジアでは珍しいほど穏やかな昼だった。

小さな丘の上に立つ一人の女とそれを囲む少数精鋭 、その丘を囲む大軍が睨み合いをしていた。

先に我慢を切らし、叫んだのは大軍を率いた一人の男 。


「 バルベルグの忌み子、テオよ!今日こそ我等アズルの一族が、古き王の首を取り新しい山脈の風を吹かせん!!」


丘の上の女は、小さく。


「 お前達には、荷が重いことだ。今すぐ兵を引くならば、我等は危害を加えない 。」


男は油を注がれた火のように、燃え上がるように、咆哮した。

己の腰に下げた剣を引き抜き、前方上で済ました顔をした女の喉元へ切っ先を向けた。


「 黙れ ____ !女を戦場に立たせるひ弱な一族などもう要らぬ!よもや敵国で育った者を族長としようなんて愚かな 。」


女はそれでも冷たく、吐き捨てるように。


「 そのひ弱にお前達は負けるのだ 」


糸がプツンと切れたように、男は声を荒らげた。

それが合図だったようで、丘を囲う兵達は矢を射り、剣を掲げ走り出す。


「 笑わせるな ____ ! 囲まれた時点でお前達の負けなのだ !!!」


矢は正確に女の脳天を目指し飛んだ。

けれど、矢は女の傍に控えていた従者によって全てたたき落とされた。

ふわり、と宙を舞うように、バルベルグの戦士がひとりふたりと丘から飛び降り、踊るように敵の獲物を弾き飛ばした。

女は、ただ丘の頂点に立つだけ 。


「 な、なんだ!?なんだこの身軽さは ____ 」


バルベルグが幾つもの族の中で最強たる由縁は、その身軽さだった。

鋼の甲冑をしていても、重さを感じさせない足運び。

ただの動きではなく、ただ早く、速く、夙く動くために鍛え上げられた脚力 。

そして、銀の剣。

鋼よりも重く、全てを切り裂く獲物を鞭のように自由自在に操る、彼等が最強以外になんと表せようか。

バルベルグの戦士達は、大軍の3分の1程度の兵力で

瞬くうちに全ての敵を伏せさせた。

たったひとり、軍を率いていた男を除いて。


「 な、なんなんだ。話が違うじゃないか、バルベルグは名ばかりの一族なのではなかったのか。」


男は尻餅を付き、震える小動物のように女を見つめた。

その時の男に、たった数メートルの丘の上に立つ女を天上から見下ろされるようであっただろう。


テオは丘から音も無く降りると、男の前へ歩いた。

今までは傍にぴったり付いていた従者や戦士達も

もうすべて終わったことのようにゆったりとして、

男がなにかをしよう、出来るとは微塵も思っていないようだった。

それを感じ取った男は、恐怖を無理やり怒りで塗り潰し、持っていた短剣を目の前の女に振り投げた。

けれど、女は瞬きもせず短剣を皮一枚の所で躱し、口を開いた。


「 私達バルベルグは長年アナスタジアの頂点に立っているが 、お前達のような身の程も知らぬ者達が後を絶たない。何故だか、わかるか 。」


男は、答えなかった。

否、答えられなかった。

目の前に立つのは己よりも幼く、女であるというのに

気圧されるとはこういうものなのかと、こんな状況であるのに悠長に感じていた。

それは余裕では無く、死の悟りのその向こうだったけれど。


「 すべて、殺すんだよ。お前達の全てが死んだのを確認してから、お前達の集落を潰す。私達に抗う者は全て殺すんだ。だから私達がどのように戦い、どのように立ち振る舞うのか伝える者が居ない。そしてまた、愚かな弱者が私達に粗末な牙を向ける。私達は、自ら血を流す行為はしない代わりに、情をかけない。」


男は、もう死んでいた。

自分の妻や子が殺される事を考えて、心が壊れてしまった。

ただ、自らの肉体を殺す勇気を持ち合わせおらず、故にぼうっと目の前の女を見つめていた。

己に切り掛る刃の銀の輝きまで、ずうっと、見つめていた 。

嗚呼、テオ、エルザ ( うっとり )


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