七、ニジンの村
七、ニジンの村
周囲が、薄暗くなり掛けた頃、トム達の行く手の木々の枝葉の隙間から、無数の平たい尖った先っぽが、突き出るように見えた。
突然、「トムさん、ひょっとすると、私の暮らしていた村かも知れません!」と、レイミーが、告げた。そして、左手を放すなり、先立って駆け出した。やがて、遠ざかって、見えなくなった。
少しして、トムは、ミュールを見やり、「ミュール、このままじゃあ、走り辛いから、離れてくれないか?」と、やんわりと促した。重い荷物を持っているようなものなので、追い掛けられないからだ。
「良いじゃないの。レイミーだって、逃げた訳じゃないんだから~」と、ミュールが、喉をならしながら、その気は無いと言うように、口答えをした。
「ま、そうだけど、レイミーを待たせるのは、悪いだろう?」
「どうせ、この先で待っているわよ」と、ミュールが、しがみ付くように、右腕へ力を入れて、密着した。
「やれやれ…。君は…」と、トムは、頑ななまでに離れようとしない態度に、言葉を詰まらせるなり、根負けして、溜め息を吐いた。これ以上は、言い合う気にならないからだ。そして、組み付かれたままで、のろのろと曲がりくねった街道を進んだ。しばらくして、ようやく、村と思われる板塀で囲われた集落の入口が見える位置に、差し掛かった。すると、レイミーが、入口の手前から、満面の笑顔で、小さく跳ねながら、急かすように、両手で、大きく手招きをしているのを視認した。更に、かなりの時間を要して、ミュールと共に、辿り着いた。その直後、「待たせたね」と、苦々しく詫びた。
レイミーが、頭を振り、「気にしないで下さい。それよりも、トムさん、ここは、やっぱり、私の住んでいる村です!」と、言葉を弾ませた。
その途端、「ええ! そうなんだ!」と、トムは、両目を見開いて、驚きの声を発した。意外な形で、約束が果たせたからだ。そして、目を細めるなり、微笑んだ。
「御礼がしたいので、私に付いて来て下さい」と、レイミーが、背を向けるなり、歩き始めた。
トムは、ミュールをそのままにした状態で、先刻と同じ歩調で、後に続いた。そして、木造の平屋家屋が並ぶ通りを直進した。やがて、中央広場に入った。間も無く、中心の長方形に並べられた赤煉瓦で囲われた色とりどりの花が咲く花壇の手前を右へ折れるなり、広場を後にした。しばらくして、赤煉瓦造りの屋敷の玄関に案内された。
そこで、レイミーが、振り返るなり、「ここが、私の家です!」と、にこやかに、告げて来た。
トムとミュールも、数歩手前で、立ち止まった。そして、驚いた表情で、思わず顔を見合わせた。レイミーの実家が、お屋敷だとは、思いもしなかったからである。
「どうかなされましたか?」と、レイミーが、不思議そうな顔で、問い掛けて来た。
その刹那、トムは、レイミーに向き直り、「君の実家が、立派だとは思わなかったもので…」と、些か、呆けた顔で答えた。もっと、こじんまりした一軒家を想像していたからだ。そして、「レイミー、君は…」と、尋ねようとした。家屋の建材からして、身分の高い者なのが、一目瞭然だからだ。
そこへ、ミュールが、言葉を遮るように、身を乗り出して、割って入った。そして、「レイミーのお家って、お金持ちなの?」と、率直な質問をした。
「いいえ。私の家は、お金持ちではありませんわ」と、レイミーが、頭を振って、否定した。そして、「お金持ちではありませんが、父が、村長を務めていますわ」と、訂正するように、言葉を付け足した。
トムは、ミュールへ視線を移すなり、「ミュール、君は、屋敷といえば、金持ちと思っているんじゃないのか?」と、ツッコミを入れた。ミュールの感覚では、屋敷を所有する者全てが、金持ちだと推察したからだ。
その直後、「えへへ…」と、ミュールが、図星だと言うように、苦笑した。
「ここでの立ち話も何ですから、中へ参りましょう」と、レイミーが、提案した。
「そうだね」と、トムも、同意した。
少し後れて、「うん」と、ミュールも、頷いた。
間も無く、レイミーが、背を向けて、扉を開けた。その直後、「あっ!」と、驚きの声を発した。
次の瞬間、トムも、注視した。すると、レイミーの右斜め前に、やや細身で、気品の漂う顔立ちをしている白い服の上に、茶色い胴着を羽織り、青銅色のズボンを穿いたバニ族の中年男性も、驚きの表情で、立っているのを、視認した。
「レ、レイミー…」と、細身のバニ族の中年男性も、信じられないと言う表情で、声を絞り出した。
その瞬間、「お、御父様!」と、レイミーも、返答した。
レイミーの父が、安堵の表情となり、「い、今まで、何処に?」と、穏やかな口調で、問い掛けた。
「私、森の奥の黒い建物に、監禁されていましたわ」と、レイミーが、にこやかに答えた。
その直後、「か、監禁だって!」と、レイミーの父が、素っ頓狂な声を発した。そして、「何処のどいつが、そんな事を!」と、語気を荒げた。
「御父様、落ち着いて下さい。私は、こうして、無事に帰って来られたのですから」と、レイミーが、宥めた。そして、「御父様、実は、紹介したい方々を連れて来ているのですが…」と、言葉を続けた。
「ほう。レイミーが、紹介したい人物が居るとは、珍しい。早速、お目通りさせて貰うとしようか…」と、レイミーの父が、興味を示した。
「はい!」と、レイミーが、力強く返事をした。そして、「こちらです」と、振り向いた。
少し後れて、レイミーの父も、身を乗り出すように、レイミーの左隣まで進み出た。そして、間髪を容れずに、品定めをするような感じで、見据えて来た。
トムは、その眼光の鋭さに、些か、気圧されて、緊張した。やましい所は無いのだが、検閲されるように見られるのは、苦手だからだ。だが、視線を逸らす事も無く、堂々と見返した。
不意に、「君が、レイミーを助けてくれたのかね?」と、レイミーの父が、怪訝な顔で、問い掛けて来た。
「はい。この村に来る途中で、ゲハゲハ団と名乗る人身売買の連中のアジトで、囚われていましたレイミーさんに出会いまして、救出致しました!」と、トムは、表情を強張らせながら、妙に力んで答えた。
レイミーが、目配せをするなり、「そうですのよ、御父様」と、相槌を打った。
その瞬間、レイミーの父が、一転して、柔和な笑みを浮かべるなり、「レイミーの様子からしても、君の言葉は、本当のようだね。それに、金品目当てで、レイミーを送って来た訳でも無いようだね」と、見解を述べた。
その直後、レイミーが、厳しい顔つきとなり、「御父様、トムさんに、失礼ですわ」と、諌めた。
間髪を容れずに、「すまん、すまん」と、レイミーの父が、平謝りをした。そして、畏まり、「君を疑って、すまなかったね。人間を見ると、どうしても、悪い想像をしてしまうものでね…」と、陳謝した。
「ははは…。気にしないで下さい。自分も、初対面の相手でしたら、疑って掛かりますからね」と、トムも、弁護するように、考えを述べた。このご時世、安易に素性の知れない者を受け入れる方が、どうかしていると、考えるべきであり、警戒するレイミーの父の対応も、もっともだと理解出来るからだ。
「そう言って貰えると、私も、助かるよ」と、レイミーの父が、苦笑した。そして、「私は、レイミーの父であり、村長を務めているロバート・フェンダと申します」と、名乗った。
「じ、自分は、トム・レイモンドです。じ、自称ですが、トレジャーハンターです」と、トムも、ぎこちない態度で、名乗り返した。
「あ、あたしは、ミュール・シースターよ」と、ミュールも、すかさず、にこやかに告げた。
「おや? そちらの猫耳族のお嬢さんは?」と、ロバートが、興味津々の顔で、ミュールを見やりながら、問い掛けて来た。
「な、何かしら?」と、ミュールが、たじろいだ。
「ミュールも、先程申し上げた連中に、先の街で追われていた所を助けた事により、一緒に旅をするようになったのですよ」と、トムは、簡単に、経緯を説明した。
「それで、君は、警戒心の強い猫耳族のお嬢さんと一緒な訳だ」と、ロバートが、納得した。そして、「なるほど。おくてのレイミーが、珍しく、君を積極的に、紹介したがる訳だ」と、自身に、言い聞かせるように、言葉を続けた。
「御父様、トムさんは、私の恩人です。何か、御礼でも…」と、レイミーが、進言した。
「そうだね。ここまで送ってくれた方々に、何もしないのは、失礼だからね」と、ロバートも、同感だと言うように、頷いた。そして、「トム君、ミュールさん。ささやかだが、私達の持て成しを受けて頂けますかな?」と、穏やかな表情で、申し出た。
その瞬間、「え?」と、トムは、両目を見開いて、驚いた。大した働きをしていないからだ。そして、「…」と、受けるか、どうか、躊躇した。
そこへ、「あたしは、トムに任せるわよ」と、ミュールが、後押しするように、一任して来た。
少し後れて、「トムさん、どうか、お受け下さい」と、レイミーも、懇願するように、申し出た。
「分かったよ。どうせ、今日は、一晩、お世話になるんだからね。喜んで」と、トムは、笑顔で、快諾した。レイミー親子の好意も、無下に出来ないからだ。
その刹那、「ありがとうございます!」と、レイミーが、嬉々として、一礼した。
「レイミー、お二人を、客室へ通して上げなさい。私は、宴の準備がてら、近しい方々に、声を掛けて来るから、ちょっと出掛けるよ」と、ロバートが、すたすたと、通りへ出て行った。そして、広場の方へ立ち去った。
少しして、「トムさん、ミュールさん。どうぞ、中へ」と、レイミーが、促した。
「ああ」と、トムは、頷いた。
「ええ」と、ミュールも、返事をした。
間も無く、レイミーが、反転するなり、先立って、中へ歩を進めた。
トムとミュールも、数歩後から付いて行くのだった。