二一、ゲオの陰に居る者
二一、ゲオの陰に居る者
トムは、丸顔の男の出て来た部屋の隣から順番に、用心しながら、一部屋ずつ扉を押し開いた。他にも、ゲオの手下が、潜んでいると考えられたからだ。そして、慎重な足運びで、進んだ。しばらくして、最後の角部屋の扉を押し開けた。しかし、この部屋にも、もぬけの殻だった。その瞬間、安堵した。手下の急襲に注意を払い続けるには、些か、精神的に、辛いものが有ったからだ。その途端、一呼吸をして、気持ちを切り換えた。その直後、再び、歩き始めた。間も無く、左へ曲がった。少しして、中庭への通用口の前へ差し掛かった。すると、向かい側から続く足跡と屋敷の右奥から続く大中小の複数の足跡が、通用口の手前から交差しているのを視認した。敢えて、それらを見過ごすなり、右奥へ足を向けた。相手が、何者だろうと、フォッグなら、やられる事は無いと、安心しているからだ。さらに、しばらく進むと、裏手に出た。その刹那、苔むして、目地から雑草の生えた遊歩道の石畳が、視界に入った。その先に、離れ家が在るのを視認した。そこへ向かって、道沿いに行った。やがて、屋内へ進入した。その刹那、薄暗く、舞踏会が出来そうなくらいの広々とした板張りの広間に、辿り着いた。
突然、「ははは! トム君、よく来たねえ!」と、ゲオの陽気な声が、奥の方からして来た。
その瞬間、トムは、咄嗟に、立ち止まり、「ん?」と、目を凝らして、奥へ視線を向けた。その直後、ゲオの姿を確認した。そして、「何だ? 保護色で判らなかったよ」と、それがどうしたと言うように、何食わぬ顔で、皮肉混じりの返事をした。薄暗い上に、黒い服装なので、判別し辛いからだ。
「やれやれ。君は、相も変わらず、愛想が悪いねぇ」と、ゲオが、溜め息を吐いた。
「おっさん、あんたには、言われたくないよ。それよりも、ミュール達は、何処だ?」と、トムは、仏頂面で、問い掛けた。長々と駄弁る気など、更々無いからだ。
「ははは、連れない事を言うなよ。わしの誘いに乗って、わざわざ、ここまで来てくれたんだから、少しは、もてなしを受けてくれても良いんじゃないのか?」と、ゲオが、おどけた。
「へ、お断りだね! ミュール達をさらっておいて、よくも、おもてなしなんて、図々しい事を言ってられるな! 生憎、あんたのように、おつむの中が、単純に出来てないんでね! 機嫌良く受け答えは、出来ないよ!」と、トムは、つっけんどんに、言葉を返した。ゲオの言動に、段々と腹が立って来たからだ。
「そう熱くならなくても、良いじゃないか。わしも、君の態度一つで、悪人にもなり、善人にもなるのだよ」と、ゲオが、悟りを開くように、穏やかな口調で、宥めた。
「あんたが、表面上、綺麗事を並べても、本性は、欲の皮の突っ張った男だって事が、判っているから、話し合いで解決する事は、無理だよ」と、トムは、淡々と否定した。これまでの事で、学習させられているからだ。
「くくく。君の態度を見る限り、そのようだね。ならば、手紙に書いた通りに、ここで、完全決着をつけさせて貰うとしようか。お前達、この聞き分けの無い若造を、思う存分、痛め付けてやれ!」と、ゲオが、冷ややかな言葉を発した。
その直後、ゲオの背後から、大男と無精髭の男が、無表情のままで、飛び出して来た。
次の瞬間、「やはり、むっつりか!」と、トムも、動揺する事無く、迎え撃てるように、身構えた。いつもの返事が無いのが、油断のならない証拠だからだ。
やがて、手下達が、距離を詰めるなり、斬りかかって来た。そして、息もぴったりに、連携で、挟撃を仕掛けた。
トムは、間一髪の差で、跳びすさって、回避した。しかし、ゲオの塔で戦った時とは、二人の動きが、明らかに違っていた。無駄口を叩かないからだ。そして、すぐに、反撃の隙の無い速さで、再度、間合いを詰められた。
「ははは。あの御方に、こいつらの潜在能力を引き出して貰ったお陰で、わしは、のんびりと活劇を観させて貰っておるよ。君が、死と言う最期を迎えるという幕切れの活劇をな」と、ゲオが、にこやかに、告げた。
「く! 好き勝手言いやがって…!」と、トムは、猛攻を凌ぎながら、歯噛みした。ゲオの思い描くような筋書き通りになるのは、ごめんだからだ。だか、ふと、先刻の戦いが、脳裏を過った。確信は無いが、雷電には、何らかの効力を発するような気がするからだ。そして、足を止めた。その直後、喉元へ、無精髭の男の小剣が向かって来た。その刹那、思いっきり薙ぎ払った。次の瞬間、甲高い金属音と青白い火花が、生じた。
その途端、無精髭の男が、右へ、体勢を崩すなり、痙攣しながら、前のめりに、倒れた。
少し後れて、無精髭の男の真後ろに居た大男も、棘付きの棍棒を振り上げた状態で、動きを止めたまま、武器を交える事無く、卒倒した。
その直後、「こ、小僧! ななな、何をした!」と、ゲオが、信じられない面持ちで、狼狽えた。
少しして、トムは、ゲオを見やり、「さあな。俺にも、何が何だかな?」と、はぐらかした。雷電の仕業以外、実際に、何が起きているのか、さっぱり分からないので、答えようが無いからだ。そして、「あんたには、たっぷりと、ミュール達の事を聞かせて貰おうかな」と、不敵な笑みを浮かべながら、ゲオに向かって、歩を進めた。この場で、三人の行方を知っているのは、ゲオだけだからだ。
「ははは。嫌だなぁ~。トム君、そんなに熱くならないでくれよ。君の知りたい事ならば、何でも話すからさぁ~」と、ゲオが、苦笑しながら、取り成して来た。
「おっさん、調子の良い事を言っているんじゃないぜ! 形勢が悪くなったら、ご機嫌取りか? 反吐が出るぜ! 俺は、あんたをボコボコにしないと、気が済まない! 俺を怒らせておいて、タダで済まそうなんて、都合の良い事を考えているんじゃないのか! 俺だって、そんなに、甘くは無いぞ!」と、トムは、凄みながら、距離を詰めた。返答次第では、思いっきりぶん殴ってやるつもりだからだ。
「ぼ、暴力は、いけないよ! き、君を殺そうなんて、物騒な事は、考えてないよ! 君の本気の実力が、見たかっただけなんだ! だから、落ち着きたまえ!」と、ゲオが、必死の形相で、懸命に、宥めた。
間も無く、トムは、一歩手前に立ち止まった。そして、無言で、左手を拳固にして、振り上げた。これ以上の問答をするのも、腹立たしいからだ。
その直後、「ひっ!」と、ゲオが、恐れおののいて、尻餅を突いた。その刹那、床板が抜けた。そして、頭と手足を出した状態で、すっぽりと嵌まってしまった。
その瞬間、「ははははは! 良い気味だ! ははははは!」と、トムは、大笑いを始めた。威張って居た態度から一転して、穴に嵌まって、もがいている様が、滑稽だからだ。
「おい! 笑って居ないで、引っ張り上げてくれ!」と、ゲオが、喚いた。
その途端、トムは、冷めた表情になり、「は?」と、左手を耳に当てた。そして、「おっさん、何を偉そうに言っているんだ? 俺は、あんたの手下じゃないから、命令される覚えは、無いぜ。それに、助ける義理も無い」と、素っ気無く言った。立場が逆転した事で、優位になったからだ。少しして、「あんたの態度一つで、俺も、手を差し伸べる事も出来るんだけどな~」と、白々しい態度で、言葉を続けた。
「な、何を、どうすれば良いんだ?」と、ゲオが、自棄気味に、問うた。
「取り敢えず、質問に、答えてくれる事からかな?」と、トムは、上から目線で、条件を提示した。タダで、助けてやる義理は、無いからだ。
その瞬間、「わ、分かった! 何でも答えてやる! だから、引っ張り上げてくれ!」と、ゲオが、すんなりと聞き入れた。
「約束しよう」と、トムも、力強く頷いた。交渉成立だからだ。
「で、わしに、何が聞きたいんだ?」と、ゲオが、不機嫌に、尋ねた。
「そうだな。先ずは、ミュール達を、何処へやった?」と、トムは、睨みを利かせながら、淡々と質問した。
「あの所有物共か…」と、ゲオが、言葉を詰まらせた。少しして、「あの娘共は、神殿で会った黒ずくめの奴に、この屋敷の金品と手下達の能力の向上を引き換えに、くれてやったよ」と、語った。
「黒ずくめの奴って、魔術師みたいな奴だな?」と、トムは、厳しい表情で、詰問した。
「あ、ああ、そうだ!」と、ゲオが、即答した。
「なるほどな」と、トムは、納得した。人物像が、合致したからだ。次の瞬間、「と言う事は…はっ!」と、両目を見開いた。昨日の捨て台詞が、思い返されたからだ。
「お前の考えている通りだよ。娘共は、恐らく…」と、ゲオが、含み笑いをした。
そこへ、「おい! 若造が、ここへいるんだ?」と、大男の野太い声に、遮られた。
少し後れて、「あれ? ここは、何処だ? 確か、神殿に居た筈なんだが…」と、無精髭の男の間の抜けた声も、聞こえた。
「おっさん、手下達が、お目覚めだぜ」と、トムは、左手の親指を立てながら、背後を指した。
その直後、「若造! そこで、何をしている!」と、大男が、がなった。
「やや! ゲオ様に楯突く、若造じゃないか! 俺達を前にしていて、背中を見せるとは、良い度胸だな!」と、無精髭の男も、慌てた。
その途端、「おい! わしを、早く助けろ!」と、ゲオが、声を張り上げた。
「若造の向こう側から、ゲオ様の声がして来たぞ!」と、無精髭の男が、反応した。
「おう! 間違いねぇ! ゲオ様の声だ! あの若造が、危害を加えようとしているんだ! 急げ!」と、大男も、呼応した。
「おう!」と、無精髭の男も、即答した。
「おっさん、どうやら、俺が、手を差し伸べるまでも無いな。頼もしい手下達が、助けてくれるようだからな」と、トムは、冷ややかに、告げた。手下達へ、助けを求めた以上、わざわざ手を差し伸べる必要も無いからだ。そして、ゲオに、背を向けるなり、手下達へ向き合って、身構えた。
その間に、手下達が、並走しながら、瞬く間に、距離を詰めて来た。
トムは、眼前に迫るまで、引き付けた。戦う姿勢を見せる必要が、有ったからだ。案の定、まっしぐらに、駆け寄って来た。やがて、寸前の所まで、迫った。
「ゲオ様に、手出しするとは、許せぬ!」と、大男が、振りかぶった。
「若造、覚悟!」と、無精髭の男も、右肩から突っ込んで来た。
その途端、トムは、ほくそ笑んだ。そして、「よっと!」と、右へ、軽く跳んだ。その直後、間一髪の差で、手下達が、左側を走り抜けた。
次の瞬間、「お、お前ら、これ以上、来るんじゃない!」と、ゲオが、慌てて叫んだ。
「も、もう無理です!」と、大男が、即答した。
少し後れて、「そ、そうですよ! もう、止まれません!」と、無精髭の男も、口添えした。
間も無く、大きな乾いた音が、響き渡った。そして、間髪容れずに、「うわぁぁぁぁぁ!」と、ゲオ達の声が、合唱のように混ざり合った。やがて、遠ざかって行った。少しして、静まり返った。
トムは、振り返った。その直後、ゲオが、嵌まっていた時よりも、二回り程大きな穴を視認した。そして、「結局、こうなるんだよな~」と、溜め息混じりに、呟いた。ゲオは、自滅する運命なのだなと、感じたからだ。
不意に、「はぁ~。やっぱり、来てみて、正解だったな」と、聞き覚えの有る声が、背後から聞こえて来た。
その瞬間、トムは、振り向いた。そして、視線を、少し上げた。そこには、黒ずくめの者が、相も変わらず、頭上から見下ろしている姿を視界に捉えた。その途端、「おい! ミュール達は、何処だ!」と、つっけんどんに、問い掛けた。首謀者に、居場所を聞くのが、手っ取り早いからだ。
「ふふふ。三人は、クフーダ神様に御身を捧げて貰いましたよ」と、黒ずくめの者が、さらりと答えた。そして、「あなたにも、ここで、安らかに、眠って貰うとしましょうか」と、冷ややかに、言葉を続けた。
「くっ…! やると言うのか!」と、トムは、睨み付けた。敵わぬ相手でも、仇を討たなければならないからだ。
「ふふふ。その使いこなせていない長物で、私を倒そうというのですか? 愚かにも、程が有りますよ…」と、黒ずくめの者が、せせら笑った。
「やってみないと、分からないだろう!」と、トムは、語気を荒らげた。頭ごなしに、決めつけられるのは、性に合わないからだ。その直後、雷電を上段に、構え直した。やれるだけ、やってみるしかないからだ。間も無く、跳躍をして、仕掛けた。しかし、切っ先さえ届く事無く、黒ずくめの者の足下を潜り抜けて、空を切るだけだった。そして、着地をするなり、「くっ…!」と、歯噛みした。一太刀どころか、かすり傷さえ与えられない事が、腹立たしいからだ。
「分かったでしょう。あなたは、私に敵わないという事を。この先、幾らやっても、同じ事ですから、決着をつけさせて貰うとしましょうか。私も、忙しい身ですので…」と、黒ずくめの者が、物静かに、告げた。
その直後、「くそっ!」と、トムは、振り向き様に、見上げた。次の瞬間、眼前に、橙色の眩い光が、広がった。その刹那、目が眩んでしまった。一瞬後、黒い布袋を被せられるかのように、黒一色で、何も見えなくなった。そして、「何をした!」と、黒ずくめの者が居ると思われる方向へ、怒鳴った。
「ふふふ。あなたは、爆炎魔法の直撃を受けたのだから、もう、助からないわよ。その証拠に、痛みさえ感じないでしょう。もうじき、意識が、遠くなってしまうからね」と、黒ずくめの者が、淡々と予告した。
その瞬間、「くそー!」と、トムは、絶叫した。何も出来なかった事が、悔しいからだ。間も無く、意識が、遠退いて行った。
突然、「トム、起きろ」と、フォッグの声が、して来た。その直後、揺さぶられた。
その途端、「わわ!」と、トムは、慌てて、目を覚ました。次の瞬間、戸口の外光が、視界に入った。そして、惚けた表情で、起き上がり、「あれ? どうなっているんだ?」と、その場に、座り込んだ。爆炎魔法を、まともに食らった筈なのに、何事も無かったかのように、無傷なのが、解せないからだ。
「トム、まだ、寝惚けているのか?」と、フォッグが、再度、声を掛けて来た。
トムは、眉間に皺を寄せるなり、「寝惚けるも何も、何が何だか…」と、言葉を詰まらせた。黒ずくめの者の意図が、不可解だからだ。
「そうか? 俺が、来た時には、一人で横になって居たぜ」と、フォッグが、しれっと、状況を述べた。
「そこが、変なんだよ。俺は、爆炎魔法を食らった筈なんだよ」と、トムは、冴えない表情で、小首を傾いだ。妙に、すっきりしないからだ。
「ははは。夢でも見ていたんじゃないのか? すやすやと呑気に寝ていたぜ」と、フォッグが、冷やかした。
その瞬間、「くっ! 何が何だか、余計に、こんがらがって来た!」と、トムは、癇癪を起こすように、語気を荒らげた。考えれば、考えるほど、納得が行かないからだ。
「トム、そう熱くなるなよ。ま、何にしても、お前さんが、無事で、ホッしたぜ。この前のように、やられたのかと思ったからな」と、フォッグが、穏やかな口調で、宥めた。
「おいおい。俺だって、そう何度もやられないよ。おっさん共は、穴から落ちて行ったからな」と、トムは、左手の親指を立てながら、後ろを指した。
間も無く、フォッグが、頭越しに見やり、「ほう、確かに、中々大きな穴が、開いているな」と、感心するように、言った。
「だろ?」と、トムは、得意顔になった。そして、「ところで、ミュール達の手掛かりは、有ったか?」と、尋ねた。フォッグの方の経過も、把握しておきたいからだ。
「ははは。残念ながら、俺の方も、さっぱりだ。実を言うと、ブヒヒ族の三人組の小さい奴に、やられちまってね」と、フォッグが、自嘲気味に、告白した。
「そうか…。ま、無事で、何よりだ」と、トムは、労った。敵にやられはしても、生きていれば、何とかなるからだ。そして、「もう一度、昨日の隠し神殿へ行ってみよう。何か、引っ掛かるんだよな」と、眉根を寄せながら、提案した。隠し神殿へ行けば、黒ずくめの者の意図が、はっきりするような気がするからだ。
「俺も、そう思う。トムの言ってた爆炎魔法の事はさっぱりだが、神殿へ行くしかないだろうな」と、フォッグも、賛同した。
「じゃあ、決まりだな」と、トムは、立ち上がった。呑気に、座っている場合ではないからだ。そして、右手で、足下の雷電を拾い上げるなり、鞘へ仕舞った。
間も無く、二人は、その場を後にした。