二〇、フォッグの探索
二〇、フォッグの探索
フォッグは、左へ進んだ。やがて、突き当たりで、右へ折れた。すると、右手の窓から、外よりも草木の生い茂った中庭が、視界に入った。それを尻目に、左の窓から射す陽光の廊下を、悠然と歩いた。しばらくして、分かれ道に差し掛かった。そこで、くっきりとした新しい複数の足跡を見つけた。それらは、中庭の方へ続いていた。その瞬間、「一応、辿ってみるとするか」と、呟いた。万が一という事も、考えられるからだ。そして、足跡を追跡した。少しして、通用口から中庭へ出た時点で、足跡は消えていた。しかし、先に続いている通路の草木だけは、何かで切断されていた。その様を見るなり、大剣を抜いて身構えた。ゲオの手下が、潜んでいるかも知れないからだ。その直後、庭へ踏み込むなり、慎重な足運びで、進んだ。だが、屋内と違って、意外にも見通しが良かった。間も無く、長年の風雨で、灰色に薄汚れた有翼族の女性の石像が、中央の辺りに建っているのを発見した。その瞬間、そこへ向かって、切り開かれた所を通り抜けた。やがて、像の裏側へ行き着いた。すると、元に有った位置よりも、玄関側へ、数歩動かされた跡が有り、地下へ続く階段を確認した。その刹那、迷わず、階段へ踏み入った。何らかの手掛かりが、得られると思ったからだ。そこから、十数段程下り、通路に下り立った。勢いそのままに、奥へ歩を進めた。しばらくして、行く先で、複数の人の話し声が、聞こえて来た。その途端、足を止めるなり、聞き耳を立てた。
「兄貴ぃ、この部屋、何にも無いぜぇ」と、間延びした男の声が、聞こえた。
「ゲオ様が、屋敷に有る金目の物は、全部くれてやると言うから、探してみれば、ここにも無いようだな」と、違う男のぼやく声も、聞こえた。
「ターヤ兄貴、あの人が、気前の良い事を言って、おいら達が、得した事って、有るかい?」と、子供っぽい男の声が、指摘した。
「ムルンの言う通り、お零れにもありつけた事はねぇな」と、ターヤが、同調した。
「兄貴ぃ、ソリム国の国境の峠で、山賊稼業に戻ろうぜぇ。おで、ゲオ様に、上前ばかり持って行かれて、うんざりだぁ」と、間延びした男が、提言した。
「おいらも、ポンク兄貴に、賛成だよ。こっそりと帰っちゃおうよ。ゲオ様には、もう付いて行けないよ」と、ムルンも、口添えした。
「そうだな。山賊をしていた時の方が、もっと、暮らし易かったからな。そうと決まりゃあ、さっさとずらかるとしよう。あの人に会うと、違約金を請求されかねないからな」と、ターヤも、同意した。
その直後、フォッグは、意を決して、お構い無しに、歩を進めた。ゲオに係わる者ならば、ニルフ達の行方を問い質す必要が有るからだ。間も無く、開けた場所に行き当たった。次の瞬間、見覚えの有る筋肉質のブヒヒ族の男が、真っ先に、視界に入った。その刹那、「あ! お前は!」と、驚きの声を発して、足を止めた。まさか、一昨日、祠で、ゲオと共に居たブヒヒ族の男だとは、思いもしなかったからだ。
少し後れて、「お、お前は! あの時の!」と、筋肉質のブヒヒ族の男も、面食らった顔で、驚きの声を発した。
「あ、兄貴ぃ。こいつと知り合いかぁ?」と、筋肉質のブヒヒ族の男の右隣に立つ大柄のブヒヒ族の男が、筋肉質のブヒヒ族の男を見やりながら、問い掛けた。
「一昨日、ゲオの助っ人として、同行させられた時にな」と、筋肉質のブヒヒ族の男が、簡潔に説明した。
「やれやれ。ゲオのお仲間のブヒヒ族が居るとは、思いもしなかったぜ…。しかも、今度は、二人ほど、見掛けない間抜けそうな奴等が、増えているしな」と、フォッグは、溜め息を吐いた。ニルフ達の行方を問い質すには、心許ない気がするからだ。
「ターヤ兄貴、何だか見下されているような気がするんだけど」と、筋肉質のブヒヒ族の男の左隣に立つ子供くらいの背丈のブヒヒ族の男が、筋肉質のブヒヒ族の男を見上げながら、不平を言った。
「そうだな。今のは、ムルンの言う通り、弟分達を見下した物言いだな」と、ターヤが、頷いた。そして、「今の言葉は、俺達、ブヒヒ三兄弟に対する侮辱だな」と、言葉を続けた。
「んだんだ。侮辱だぁ」と、ブヒヒ族の大男も、復唱しながら、力強く頷いた。
「はあ? 別に、俺は、侮辱した覚えは無いぜ。言い掛かりは、止してくれ」と、フォッグは、悪びれる事無く否定した。単に、見たまんまの事を口にしただけだからだ。
「ターヤ兄貴、やっちゃってよ!」と、ムルンが、けしかけた。
「そうだぜぇ。おで達、三人居るんだからぁ」と、ブヒヒ族の大男も、闘志を剥き出しに、口添えした。
「ははは! 確かに、ウルフ族一匹くらいで、びびる事はねぇな!」と、ターヤも、意気込んだ。
「へ、俺も、なめられたものだな。まとめて、相手をしてやるよ!」と、フォッグも、応えるように、語気を荒らげた。衝突は、避けられそうもないからだ。
「ムルン、お前は、下がって居ろ。俺とポンクで、倒してやる!」と、ターヤが、見据えながら、指示した。
「兄貴達、気を付けて」と、ムルンが、告げた。その直後、ターヤの背後へ回り込むように、後退した。
その間に、フォッグは、大剣を鞘へ収めた。多少痛め付ける程度で、良いと思ったからだ。そして、「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと掛かって来な。何なら、まとめて掛かって来ても良いんだぜ」と、右手の手の平を上にして、手招きしながら、挑発した。さっさとやっつけて、他を捜したいからだ。
次の瞬間、「な、なめやがってぇ! お前なんか、おでだけで、十分だぁ!」と、ポンクが、挑発に食い付くなり、怒りを露にした。そして、突っ掛かって来た。
フォッグは、掴み掛かられる寸前で、身を屈めてかわした。そして、「へ、腹が、がら空きだ!」と、ポンクの無防備な腹部へ、左の拳の突きを食らわせた。その瞬間、腹部の肉へ食い込む感触に、思わず笑みを浮かべた。手応え抜群の一撃だからだ。少しして、その手を抜くなり、間髪容れずに、一歩後退した。
間も無く、ポンクが、動きを止めるなり、「ぐ…」と、苦悶の声を発した。そして、重力に引かれるように、その場に、くず折れた。
「何だよ。戦い方が、なっちゃいないぜ。俺としては、隙だらけで、楽だったけどよ」と、フォッグは、見下ろしながら、得意顔で、感想を述べた。そして、ターヤを見やり、「次は、あんたかい?」と、不敵な笑みを浮かべながら、声を掛けた。
「くっ…! 虚仮にしやがって! 勘弁ならねぇ!」と、ターヤが、激昂するなり、右手を腰へ回した。その直後、使い古した手斧を取り出した。
「どうやら、こっちも、本気にならねぇといけないようだな」と、フォッグも、応じるように、再度、大剣を抜いて構えた。先刻の奴よりも、筋肉質の男の方が、戦い慣れているものを感じたからだ。
「どうした? 今度は、お前から掛かって来ても良いんだぜ! 俺様が、恐いのか? 野良犬野郎!」と、ターヤが、罵倒した。
「ブヒブヒうるせぇ! お前さんこそ、鼻だけじゃなく、足も動かせよ! びびって、足が動かなくなっちまったか!」と、フォッグも、すかさず、切り返した。安い挑発で、熱くなれば、向こうに、主導権を奪われるからだ。
「けっ、言ってくれるじゃねぇか! おつむが弱いくせに、口だけは、達者なようだな!」と、ターヤが、憎々しげに言った。
「お前さんに言われたくは無いな。お前さんこそ、他人の事を言えないんじゃないのか? ゲオの下働きをしているという事は、自慢出来るほど、賢いとは言えないぜ」と、フォッグは、冷ややかに、詰った。
「ぐ…! う、うるさい! このままじゃ、埒が明かねぇ! こうなりゃあ、腕ずくで、黙らせてやる!」と、ターヤが、手斧を高々と上げながら、突っ掛かって来た。
少し後れて、「望むところだ!」と、フォッグも、右足を、一歩踏み出した。そして、大剣を、横に構えた。間も無く、振り下ろして来た手斧を受け止めた。その瞬間、金属音が、響き渡った。
その直後、「ぐぐぐ…!」と、ターヤが、歯を食い縛りながら、力押しして来た。
「何の!」と、フォッグも、負けじと、その場に踏み留まって、押し返した。ウルフ族の誇りに懸けて、他種族との力勝負に負けたくないからだ。
「兄貴、頑張れ!」と、ムルンが、声援を送った。
その直後、「おう! 任せとけ!」と、ターヤが、見据えたままで、返事をするなり、更に、力を増して、押して来た。
「くっ!」と、フォッグも、歯を食い縛って、踏ん張った。そう易々と、押し切られる訳にはいかないからだ。
「へへ、俺様に押し切られるのも、時間の問題のようだな」と、ターヤが、得意顔で、告げて来た。
「さあな」と、フォッグは、素っ気無く返事をした。これ以上、力勝負を続けても 、仕方が無いと思えて来たからだ。そして、「お前さんの勝ちで良いぜ」と、宣告した。その直後、体を左へ開いて、力点を逸らした。間も無く、大剣の刃を伝って、手斧の刃が滑った。
その瞬間、「な、何だと!」と、ターヤが、前のめりに、体勢を崩した。そして、瞬く間に、「うわ!」と、勢いそのままに、突っ伏した。
「何事も、程々にする事だな」と、フォッグは、皮肉った。そして、ムルンへ、視線を向けた。
「お、おいらだって、やる時は、やるぞ!」と、ムルンが、声を震わせながら、粋がった。
「止めておけ。俺は、弱い者をいたぶる気なんて、更々無いんでね」と、フォッグは、大剣を鞘へ収めた。結果の見えている戦いは、しない主義だからだ。
「うう…」と、ムルンが、怯えながらも、睨んだ。
フォッグは、眉根を寄せるなり、「おいおい。俺には、もう、敵意は無いんだ。一つだけ、質問に答えてくれれば良いんだから、そうしてくれれば、立ち去るからさ」と、やんわりした口調で、語り掛けた。
「ふん、そんな見え透いた嘘には、騙されないぞ! 答えた後で、ばっさりと切り捨てるんじゃないのか?」と、ムルンが、警戒心を剥き出しにした。
「だったら、問答無用で、切り捨てている筈だぜ。それに、初対面のお前さんに、怨みも無いし、危害を加える理由も無い。だから、知らなければ、知らないで良いんだ」と、フォッグは、考えを述べた。
「じゃあ、背中を向けてなら、質問に答えてやっても良いぜ。おいらは、怖がりだからね」と、ムルンが、条件を提示した。
「分かった」と、フォッグは、承諾した。その直後、背を向けるなり、「お前さん、ゲオ達が、黒ずくめの薄気味悪い奴と組んでいる事を知っているか?」と、尋ねた。駄目元でも、何かしらの手掛かりを得たいからだ。
「おいらは、そんな奴は、面識が無いよ。おいら達は、ゲオ様に、昨夜、手紙を貰って、ここに来ただけだよ。無駄足だったみたいだけどね」と、ムルンが、淡々と答えた。
「じゃあ、これ以上、訊いても、無駄なようだな」と、フォッグは、溜め息を吐いた。話からして、ニルフ達の誘拐には、関与していないという感じだからだ。そして、立ち去ろうと、右足を踏み出した。その瞬間、「うっ!」と、左の脇腹に、刺す痛みが、走った。その途端、瞬く間に、全身の力が、入らなくなり、その場で、くず折れた。
少しして、「へへへ、どうだい? おいらの特製針のお味は? まあ、痺れ蛸の毒だから、あんたなら、約半日は、そのまま、ここで、お寝んねだろうね。おいらに、背中を見せたのは、迂闊だったね。まさか、このような事態になるとは、思ってなかったんでね。正直、あんたが、お人好しで助かったよ。ゲオ様の手下の大男のような気性の荒い奴だったら、間違い無く、ぶっ飛ばされていただろうからね」と、ムルンが、得意気に、語った。
「あ…う…」と、フォッグは、言い返そうとした。だが、腹に力が、入らないので、声が出せなかった。
「何を言っているのか、分からないなぁ~? まあ、もう直、気を失うだろうけどね」と、ムルンが、にこやかに、告知した。
間も無く、フォッグは、意識を失うのだった。