一九、岬の廃屋敷
一九、岬の廃屋敷
トム達は、クフーダ神殿の反対側に位置する岬の高台に建つ廃屋敷の玄関先まで、足を運んでいた。そして、右半分の扉が、左へ傾いている両開きの木扉の前で、歩を止めた。
その途端、「トム、こんなに、オンボロ屋敷とは思わなかったぞ」と、フォッグが、ぼやいた。
「ああ。俺も、こんなに、荒れているとは、思わなかった」と、トムも、同調した。見る限り、ここまで通って来た敷地内に蔓延る雑草や蔦と所々の傷んだ外壁が、物語っているからだ。
「ま、連中が、好き好んで生息しそうな場所だろうけどな」と、フォッグが、憎々しげに、毒づいた。
「同感だ。ゲオ共が住み着くには、打ってつけの所だな」と、トムも、相槌を打った。ゲオ達には、お誂え向きの場所だからだ。そして、「そろそろ、連中を、コテンパンに、嫌と言うほど、やっつけてやるとしようか」と、雷電を抜いた。自分としても、これ以上、行く先々で、付き纏われるのは、うんざりだからだ。
「そうだな。今回は、徹底的にやるつもりだぜっ!」と、フォッグも、手の指の関節を交互に鳴らしながら、意気込んで、返答した。
「この扉は、立て付けが狂っているから、蹴破ろうぜ」と、トムは、提言した。見た感じ、普通に開きそうもないからだ。
「そうだな。景気付けには、丁度良いかも知れないな」と、フォッグも、にこやかに、頷いた。
間も無く、二人は、並んで、一歩後退した。その直後、「せーの!」と、声を揃えるなり、右半分の扉へ、阿吽の呼吸で、右足の蹴りを繰り出した。
間も無く、扉が、勢い良く中へ向かって倒れた。その直後、かなりの木屑と埃が舞い上がった。しばらくして、それらが治まった。
「どうやら、連中は、玄関を利用していないようだな」と、フォッグが、見解を述べた。
「ああ。この様子じゃな」と、トムも、同感だと言うように、頷いた。床一面には、踏み荒らされた形跡の無い積もった埃が、新雪のように綺麗な状態で、左右に分かれた廊下の奥まで広がっている感じからして、一目瞭然だからだ。そして、「ま、俺達に、ここへ来いと手紙を寄越して来たんだから、他に、出入り口でも有るんじゃないのか?」と、あっけらかんと言った。ゲオ達が、何処から出入りしていても、もう不思議に思わないからだ。
「だろうな。それに、この屋敷は、奥行きが、かなり有りそうだから、別々に動いた方が、良いかも知れないな。どうせ、一ヶ所には集まって居ないだろう。ま、誰も居なかったら、また、ここで落ち合えば良い事だしな」と、フォッグが、提言した。
「分かった。じゃあ、俺は、右回りに探索するから、反対側を頼むよ」と、トムは、考えを述べた。
「おう、分かったぜ」と、フォッグも、承諾した。
その直後、二人は、屋内へ進入するなり、左右へ分かれた。
トムは、通路を右へ進んだ。間も無く、突き当たりに差し掛かり、左へ折れた。すると、同じ造りの木扉が、一定の間隔で並んでいるのを視認した。そして、通常の足運びで、三つ目の部屋の前へ差し掛かった。
突如、扉が開くなり、丸顔の男が、右手に、抜き身の剣を持ちながら、飛び出して来た。
その途端、「な、何だ!」と、トムは、面食らった表情で、驚きの声を発した。気配を感じさせずに、急襲を受けるとは、思わなかったからだ。
その間に、丸顔の男が、昨日の宿屋の時と同じ無愛想な態度で、上段から斬りかかって来た。
トムは、少し後れを取るが、雷電を振り上げた。そして、間一髪の差で、その斬撃を受け止めた。その瞬間、乾いた弾ける音と共に、青白い火花が散った。
その直後、「あぎゃあぁぁぁ!」と、丸顔の男が、悲鳴を上げながら、痙攣して、くず折れた。
その刹那、トムも、目をしばたたかせるなり、「ひっ!」と、息を呑んだ。そして、「な、何だ?」と、面食らった。ただ、攻撃を受け止めただけなのに、いきなり、何かしらの衝撃を受けたかのように倒れたからだ。少しして、気を取り直すなり、様子見がてら、丸顔の男へ、切っ先を向けながら、警戒した。
しばらくして、丸顔の男が、起き上がり、その場へ、寝起きのようなぼんやりした表情で、徐に、胡座をかいた。
その瞬間、トムは、丸顔の男の喉元へ、すっと切っ先を突き付けるなり、「おい! ミュール達をどうした!」と、詰問した。
その直後、丸顔の男が、気付くなり、「ぐ…」と、見る見る内に、表情を強張らせながら、息を呑んだ。
「ミュール達は、どうしたんだ?」と、トムは、凄みながら、再度、尋ねた。
「し…知らない…」と、丸顔の男が、声を絞り出して、答えた。
「嘘をつくな! 昨日、俺達の前で、ミュール達をさらったじゃないか!」と、トムは、恫喝した。にわかに、信じがたいからだ。
「いいや、知らん! 俺が、聞きたいくらいだぜ! ここは、何処なんだよ!」と、丸顔の男が、自棄気味に、問い返した。
少し間を置いて、「本当に、知らないんだな?」と、トムは、仏頂面で、見据えながら、念を押すように、今一度、問い掛けた。
「ああ。俺は、いや、俺達は、クフーダの隠し神殿の一番奥の所で、黒ずくめのおかしな奴に会ったんだ。その後の事は、覚えていないんだ!」と、丸顔の男が、信じてくれと言わんばかりに、必死の形相で、訴えた。
「その様子では、本当らしいな」と、トムは、雷電を引いた。言動を見る限りでは、嘘をついているような素振りは見られないからだ。少し間を置いて、「だったら、さっさと消えろ! もう、用は無いからな!」と、怒鳴った。
その瞬間、「あ、ああ…」と、丸顔の男が、呆けた表情で、立ち上がった。そして、玄関の方へ、すたすたと歩き始めた。
その間、トムは、丸顔の男から視線を逸らさずに、角を曲がるまで、睨みを利かせながら、見送った。用心に、越した事は無いからだ。
間も無く、丸顔の男が、大人しく角を曲がった。次第に、足音も遠ざかった。そして、聞こえなくなった。
少しして、トムは、再び、前へ向き直り、奥へと歩き始めるのだった。