一四、クフーダの隠し神殿
一四、クフーダの隠し神殿
トム達は、食事を済ませた後、鶏冠頭の男の言葉通りに、ソノイの町の西側を、浜に沿って進んだ。少しして、岩山が見えて来た。やがて、中腹の空洞が、視界に入った。しばらくして、トムを先頭に、進入した。間も無く、フォッグが、やっと歩ける幅の道を、ミュール、レイミー、フォッグの順に、一列となり、抉られるように長い年月の浸食を物語る内壁の岩肌に沿って、奥へ進んだ。
「皆、足下には、気を付けろよ」と、トムは、注意を促した。湿った苔で、滑り易くなっているからだ。
「ああ」と、フォッグが、応えた。
「うん」と、ミュールも、返答した。
「はい」と、レイミーも、返事をした。
トムは、外光が届かなくなるなり、歩を止めた。視界の利かない足場の悪い道を、闇雲に進みたくないからだ。そして、「フォッグ、昨日の石で、照らしてくれ」と、要請した。この先を進むには、蛍石の明かりが、必要不可欠だからだ。
「分かった」と、フォッグが、すぐに、返事をした。
間も無く、周囲が、緑の光で、ほんのりと明るくなった。
「ありがとう」と、トムは、振り返る事無く礼を述べた。そして、再び、歩を進めた。これで、安心して進めるからだ。
しばらくして、一同は、入り江に、差し掛かった。
「トム、ここが、例の船着き場なんだろうな」と、フォッグが、声を掛けて来た。
トムも、歩を止めるなり、右手を見やった。次の瞬間、潮溜まりに浮いている古びた木片を視認した。そして、「そうかも知れないな」と、頷いた。同じ見解だからだ。そして、「ゲオ達は、ここから海へ出る気は無いみたいだな」と、視界の利く範囲を見回しながら、口にした。小舟さえも係留させる杭も見当たらないくらいに、廃れているからだ。
「これだけ廃れていると、鶏冠の奴が行ってたように、クフーダの信者さえも、出入りしていないみたいだな」と、フォッグも、見解を述べた。
「確かにな。でも、別の邪な奴らが、居着いているかも知れないがな」と、トムは、示唆した。ゲオ達が、潜伏している可能性が、考えられるからだ。そして、「どの道、奥へ進んで、確認するしかないけどな」と、言葉を続けた。
「ははは。そりゃあ、言えてりゃあ」と、フォッグが、両手を、軽く数回叩きながら、声高に笑った。
突然、「ひゃあ!」と、ミュールが、奇声を発した。
その刹那、「ミュール、どうした!」と、トムは、咄嗟に、振り返った。祠の時のように、奇襲を受けたと思ったからだ。
間も無く、「トム、大丈夫だ。ミュールは、何かに驚いたんだと思うぜ」と、フォッグが、代わりに、答えた。
次の瞬間、「ふぅ~。驚かすなよ。また、人質にでもされたのかと思ったよ」と、トムは、大きく息を吐きながら、安堵した。何事も無かったからだ。そして、「どうしたんだ? 変な声なんか出してさ」と、問い掛けた。原因が、気になるからだ。
「あ、足首に、何かが触れたから、び、びっくりしただけよ!」と、ミュールが、動揺しながら、答えた。
その直後、トムは、足下を見やった。すると、ちょろちょろと走り回る無数の足を動かす楕円形の虫が、視界に入った。そして、「なるほどね」と、納得した。原因が、判明したからだ。
「トム、早く行きましょうよ。変な虫が居て気持ち悪いからぁ~」と、ミュールが、半泣きで、促した。
「そうですね。私も、ここにとどまるのは、ちょっと…」と、レイミーも、冴えない表情で、同調した。
「そうだな。虫を眺めて居ても、埒が明かないからな」と、トムも、同意した。そして、奥へ向き直るなり、歩き始めた。
しばらくして、一同は、道と同じ幅で、上部が山なりになった両開きの門扉に差し掛かった。そこを境に、長方形に切り出された深緑の石で、敷石が施されており、平坦に、整備されているのを、微かに開いている隙間から確認出来た。少しして、勢いそのままに、通り抜けた。間も無く、同様の石が、びっしりと壁に嵌め込まれた場所へ辿り着いた。
その途端、トムは、不自然に抉じ開けられて歪んでいる長方形の鉄扉の様子を見るなり、「こ、これは…」と、息を呑んだ。傷み具合からして、時間が、あまり経過していない感じだからだ。そして、フォッグへ、振り返り、「ひょっとすると…」と、言葉を詰まらせた。ゲオ一味の仕業かも知れないと思ったからだ。
「ああ。かもな」と、フォッグも、小さく頷いた。
トムは、ミュールとレイミーを見やり、「二人共、この先には、連中が待ち伏せて居るかも知れないから、出来るだけ、足音を立てないように…」と、厳しい顔つきで、注意を促した。ここから先は、用心して進まなければならないからだ。
ミュールとレイミーも、真顔で、揃って頷いた。
間も無く、トム達は、抉じ開けられた箇所から通り抜けた。そして、通路を注意深く進んだ。すると、思いの外、奥行きが有り、二人が並んで通れる幅の一本道で、突き当たりに行き着くと、右へ曲がるようになっている単純な造りだった。
しばらくして、トムは、三つ目の曲がり角の少し手前で、歩調を遅くした。進行方向に、見覚えの有るほんのりとした明かりを視認したからだ。そして、曲がり角の際まで忍び寄り、左手を横に突き出して、止まれと言うように、合図した。その直後、顔をそっと出して、様子を窺った。次の瞬間、ゲオ達が、先刻通り抜けた同じ形の扉の前で、立ち往生しているのが、視界に入った。
ゲオが、手下達の背後で、両手に持つ宝玉を見やって居た。そして、「お前達、何をグズグスしておる! 壊すなり、抉じ開けるなりして、開けんか!」と、荒々しい声で、急かした。
「ゲオ様、この扉は、錆び付いて、ビクともしないんですよ~」と、大男が、汗だくになって押しながら、言い訳めいた言葉を返した。
「うるさい! わしは、待たされるのが、嫌いなんじゃ! 口を動かす前に、扉を動かせ!」と、ゲオが、駄々っ子のように、癇癪を起こした。
手下達が、言われるがままに、黙々と押し続けた。
トムは、半笑いで、その様を見やり、「我が儘な奴が親分だと、手下は大変だな」と、溜め息を吐いた。ゲオのような我が儘オヤジにこき使われるのは、真っ平ごめんだからだ。
「いくら、クフーダの隠し神殿だからって、あんな連中に荒らされるのは、少々、気に入らんな。歴史的にも、何らかの価値が有りそうなんだがな」と、フォッグも、左斜め後ろからぼやいた。
トムは、フォッグを見やり、「確かに、観光資源としては、良い感じだけどな」と、賛同だと言うように、頷いた。これだけの状態ならば、調査をして、あんぜんが確認されれば、ソノイの名所になるだろうからだ。
「そうだな。トムの言うように、状態も良いようだから、きちんと整備すれば、良い文化財だな。勿体無いな」と、フォッグも、表情を曇らせながら、同調した。
「あたしには、トムとフォッグの言っている意味が分からないけど、邪神の神殿だから、誰も管理していないのよねぇ。チビハゲ達も、ここの価値なんて分かっていないのでしょうねぇ」と、ミュールが、口を挟んだ。
「そうですね。でも、ミュールさんの言った邪神というのは、語弊が有ると思いますわ。正確に言えば、闇を司ると言うのが、正しいですわね」と、レイミーが、さりげなく訂正した。
「世の中は、闇は邪悪という物の見方だからな。レイミーの言葉を借りるなら、闇に善も悪も無いからな」と、フォッグも、補足した。
「そうだな。フォッグの言う通り、闇に、善悪が有る訳じゃないし、他人が持つ、それぞれの価値観で、決まっているんだ。そういう価値観が、悪い方向へ向かって、異種族の者達を差別しているんだよな」と、トムは、冴えない表情で、同調した。世の中が、人間至上主義である以上、ミュール達のような異種族が、低く見られて、虐げられる現状を腹立たしく思ったからだ。そして、「俺は、誰が、何と言おうが、皆は、かけがえの無い仲間だからな」と、力強く付け足した。他の者に、どう思われようとも、三人とは、対等な立場だと思っているからだ。
その直後、「トムゥ~」と、ミュールが、左隣から、満面の笑顔で、鼻を鳴らしながら、じゃれるように、左腕へ組み付いて来た。
その瞬間、「ミュールさん、嬉しい気持ちは、分かりますが、今、ここで、トムさんに抱き付くのは、止めて下さい」と、レイミーが、フォッグの右隣で、不快感を露にしながら、つっけんどんに、たしなめた。
「ミュール、レイミーが、ヤキモチを妬いて居るから、離れた方が良いぜ」と、フォッグが、半笑いで、からかうように、忠告した。
レイミーが、即座に、フォッグへ向くなり、「フォッグさん、私は、ヤキモチなんて、妬いてませんっ。ここで、トムさんに抱き付くのが、不謹慎だと思いましたので、注意をしたまでですわっ」と、すかさず、語気を荒げて否定した。
突然、「おお! 遂に、開いたか!」と、ゲオの喜ぶ声が、聞こえた。
その瞬間、「ミュール、離れてくれ。どうやら、連中が、動き出しそうだ」と、トムは、離れるように、促した。次の行動に、移れないからだ。
ミュールが、名残惜しそうな表情をするなり、「分かったわ…」と、承知した。間も無く、素直に離れた。
トムは、再び、ゲオ達へ、視線を向けた。宝玉を取り返す機会を見逃す訳にはいかないからだ。その直後、手下達が、ようやく開けたという達成感に浸るかのように、その場で、立ち尽くして居るのを視認した。
「おお! お前達、よくやった!」と、ゲオも、歓喜の声を発しながら、歩み寄っていた。
その瞬間、「今だ!」と、トムは、意を決して、飛び出した。気を抜いている今しかないからだ。そして、ゲオへ向かって、まっしぐらに駆け出した。間も無く、「えい!」と、右肩から体当たりを敢行した。次の瞬間、ゲオの背中へ、直撃を食らわせた。
その刹那、「うわ!」と、ゲオが、突っ伏しながら、宝玉を放り上げた。
その間に、トムは、勢いそのままに、手下達をすり抜けるなり、扉を通過した。立ち止まる余裕など無いからだ。そして、奥へ駆け出した。
少し後れて、「こいつは、返して貰うぜ!」と、背後から、フォッグの声がして来た。
次に、「これまでのお返しよ!」と、ミュールの刺々しい声も、聞こえた。
その直後、「ぐえ!」と、不気味で、おぞましい声が、響き渡った。
間髪容れずに、「ゲ、ゲオ様ぁ!」と、大男の驚きの声が、一際大きく聞こえた。
しばらくして、トムは、走る速度を、少し落とした。三人が追い付けるようにと、暗闇の中を走り続けるのは、壁に衝突する危険性も有るからだ。少しして、背後から、ほんのりとした青白い明かりが、近付いて来た。
間も無く、「やっと追い付いたぜ」と、フォッグが、声を掛けて来た。
トムは、早歩きで、歩を進めながら、フォッグを一瞥するなり、「連中は?」と、尋ねた。ゲオ達の体勢次第では、再び、走り出さなければならないからだ。
「ミュールが、チビハゲの背中を、思いっきり踏んづけていたから、しばらくは動けないんじゃないのか?」と、フォッグが、淡々と回答した。
「あれが、そうか…」と、トムは、納得した。先刻の声は、ゲオが、ミュールに踏みつけられた際に、発せられた声だと判明したからだ。
そこへ、「お、お前達ぃ~! 早く、若造共を、追え~!」と、ゲオが、静寂を打ち破るかのように、絶叫に近い声で、命令を下した。その直後、通路内に響き渡った。
「トム、あのおっさん、完全に、頭に来たようだぜ」と、フォッグが、皮肉った。
「ふっ、そりゃあ、そうだろう。宝玉を奪われた上に、ミュールに踏みつけられたんだからな。おっさんにしたら、面目丸潰れとしか言いようがないのだろうな」と、トムも、小さく鼻で笑った。良い気味だからだ。
「トム、行き止まりに突き当たったら、どうする?」と、フォッグが、問うた。
「その時は、連中と戦う覚悟をしなければならないだろうな」と、トムは、苦々しく答えた。そして、「出来れば、このまま逃げ切れれば良いんだけどな」と、言葉を続けた。ミュールとレイミーを護りながら、一戦を交える程の腕に、自信が無いからだ。
「そうだな。俺も、護りながらの戦いは、苦手だ」と、フォッグも、同調した。
そこへ、「やっと追い付けましたわ」と、レイミーの安堵した声が、割り込むように、背後からして来た。
少し後れて、「あいつを踏んづけて、スッキリしたわ」と、ミュールの上機嫌な声もして来た。
その途端、「二人も追い付いたから、とにかく、行ける所まで走るとしよう」と、トムは、すぐに駆け出した。のんびりしていると、手下達に追い付かれそうな気がするからだ。
間も無く、「トムゥ~。ぐにゃっとした物を踏んじゃったぁ~」と、ミュールが、不安げに告げた。
「苔のような物じゃないのか? 気にする事は無いと思うよ」と、トムは、振り返らずに、穏やかな口調で、返答した。かなり、じめじめしているので、苔か何かを踏んづけたのだと考えられるからだ。少しして、曲がり角に差し掛かり、勢いそのままに、右へ曲がった。次の瞬間、落とし穴へ落ちた。その直後、「うわぁぁぁ!」と、驚きの声を発した。
続いて、「何だぁ!」と、フォッグが、素っ頓狂な声を発した。
少し後れて、「きゃあぁぁぁ!」と、ミュールが、悲鳴を上げた。
最後に、「いやぁぁぁ!」と、レイミーが、絶叫した。
間も無く、上で何かの閉じる音がして来た。
しかし、トム達は、成す術も無く、ただ、落下するだけだった。