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異種族騒動記  作者: しろ組
14/27

一三、飲み比べ

一三、飲み(くら)


 トム達は、早朝に、ニジンの村を()ち、昼前に、ソノイの町へ辿り着いた。そして、広い通りを歩いていた。

 突然、「トム、あの宿酒場(やどさかば)なんか、どうだろう?」と、フォッグが、同意を求めて来た。

 トムは、右隣のフォッグを見やった。すると、右手で、右斜め前の宿酒場を指しているのを視認した。そして、「ああ。何か手掛かりが(つか)めるかも知れないしな」と、トムも、頷いて、賛同した。宿酒場ならば、人の出入りも、多そうなので、それなりの話が、聞けそうだからだ。

 フォッグの後ろを歩くミュールが、立ち止まるなり、「上手い事を言って、お酒が飲みたいだけじゃないの?」と、じと目で、ツッコミを入れた。

 少し後れて、ミュールの左隣のレイミーも、足を止めるなり、「そうですわ。あのようなお店でなくても、(よろ)しいかと…」と、冴えない表情で、同調した。

 フォッグも、歩を止めるなり、「俺だって、昼間から、飲む気なんて無いぜ。遊びに来ている訳じゃ無いんだからさ」と、否定(ひてい)した。

「本当にぃ?」と、ミュールが、(いぶか)しがった。

「そうでしょうか?」と、レイミーも、(まゆ)をひそめた。

「ははは…。俺って、信用無いんだな…」と、フォッグが、苦笑した。

 トムも、数歩先で、立ち止まり、「二人共、(うたが)っていても、(きり)が無いから、いい加減に、許して上げなよ。多分、酒を飲む余裕なんて無いと思うよ」と、口を(はさ)んだ。無駄話の時間も、惜しいからだ。そして、「早いとこ、ゲオの足取りを掴もうぜ」と、宿酒場を向くなり、先立って歩き始めた。

 間も無く、四人は、宿酒場の中へ移動した。その途端、奥から、屈強(くっきょう)な男達の喧騒(けんそう)な声が、飛び()っており、場を(にぎ)わしていた。そして、入ってすぐ左手の()いた円卓(テーブル)の席へ着いた。

 トムは、何気に、左隣のレイミーを見やった。落ち着かない様子だからだ。そして、「レイミー、大丈夫かい?」と、気遣った。無理をしている感じだからだ。

「はい…」と、レイミーが、兎耳(うさぎみみ)を押さえたままで、(おび)えるように、声を震わせながら、返事をした。

「レイミー、お前さんに、迷惑(めいわく)を掛けてすまないが、連中の手がかりを集めるには、人の集まっている場所が、最適(さいてき)なんだよ」と、フォッグが、向かいの席から、苦笑しながら、弁明(べんめい)した。

「だったら、無理に、酒場じゃなくても、他のお店でも良いんじゃないの?」と、右隣のミュールが、レイミーの代弁(だいべん)するかのように、意見を述べた。

「ミュールの言うことも、間違いじゃないが、時間が限られている上、町中を歩き回っているのを気付かれて、余所へ移動されても、面倒な事になるだけだからな」と、フォッグが、考えを語った。

「フォッグの言う通り、効率的(こうりつてき)に動くのなら、酒場で聞いた方が、手っ取り早いだろうな」と、トムも、支持した。宿酒場は、ある意味、町の縮図(しゅくず)のような場所だからだ。そして、「でも、あれだけ執拗(しつよう)に、ミュールとレイミーをさらっていたゲオが、あっさりと宝玉へ心変わりするなんて、何か有るな」と、眉をひそめた。ゲオの人身売買から盗掘(とうくつ)へ、あっさりと商売()えする事が、()に落ちないからだ。

「トムは、あたし達が、狙われていた方が良いって訳?」と、ミュールが、つっけんどんに言った。

 その直後、トムは、頭を振るなり、「ち、違う!」と、否定した。そして、「そんな訳無いじゃないか。あの(ほこら)では、君達も、連れ去る事が出来た筈なのに、それをしなかった理由が気になったからさ」と、言葉を続けた。ゲオの考えが、()せないからだ。

「じゃあ、本人に聞けば良いじゃない」と、ミュールが、あっけらかんと言った。

「確かに…」と、トムは、溜め息を吐いた。本人に聞く事が出来れば、もやっとした気分から解放されるからだ。

「ま、ミュールの言う事も、一理有るが、ゲオが、再会したところで、理由を親切に教えてくれると思うか?」と、フォッグが、冴えない表情で、口を挟んだ。

「あのチビハゲが、素直に教えてくれるとは、考えにくいわね」と、ミュールも、苦々しく同意した。

「だろ? だからこそ、ここで情報を仕入れるんだよ。まあ、それなりにしなきゃあならない事が有るだろうがな」と、フォッグが、奥歯に物の挟まった言い方をした。

「やらなければならない事って?」と、ミュールが、興味津々に、質問した。

「相手の出方次第って事かな。例えば、高い金額(きんがく)を要求される事も有れば、無茶苦茶な事をやらされた見返りなど…」と、フォッグが、はぐらかすように、あやふやな回答をした。

「ふーん。そうなんだ~」と、ミュールが、理解を示した。

 そこへ、「いらっしゃいませ!」と、フォッグの背後から、快活(かいかつ)(りん)とした女性の声が、割り入って来た。

 その直後、トムは、その方を見やった。すると、青い髪留めをした黒いお下げ髪(ツインテール)に、ミュールやレイミーと年の近そうな顔立ちで、袖や裾へは白いひだ(フリル)の布を(あつら)えた緑の布地の膝上までしかないスカートに、白い前掛け(エプロン)をした給仕娘(ウェイトレス)を視認した。

「御注文は? お酒? それとも、お水?」と、給仕娘が、冗談を(まじ)えながら、(うかが)って来た。

 フォッグが、給仕娘を見返るなり、「今日のお勧めは、何だい?」と、にこやかに尋ねた。

「そうですねぇ~。焼きエザサやオッカの刺身(さしみ)が、この店だけでなく、ソノイのお(すす)めね」と、給仕娘が、さらりと回答した。

「じゃあ、そいつを頼むとするか」と、フォッグが、間髪(かんはつ)()れずに、注文をした。そして、「で、お姉ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど…」と、続けざまに、問い掛けた。

「はい、何でしょうか?」と、給仕娘が、きょとんとなった。

「少々、(なら)いたい事が、有るんだけどね。ここへ来るのは初めてだから、誰に声を掛けて良いのやら分からないから、町の事情に通じている奴を紹介して貰えないか?」と、フォッグが、要請した。

「良いわよ」と、給仕娘が、快諾した。そして、「奥で盛り上がっている船乗りさん達なら、町の事を知っていると思うわよ。誰か呼んで来て上げるわね」と、踵を返した。

「フォッグ、結構、()れているな」と、トムは、やり取りの(うま)さに、感心した。自分ならば、初対面(しょたいめん)の者とは、落ち着いた会話など出来そうもないからだ。

 フォッグが、向き直り、「なあに、そんなの経験さ」と、照れ笑いを浮かべた。

 少しして、給仕娘が、鶏冠(とさか)(あたま)に、色黒肌で、がっしりした体格の(こん)と白の横縞(よこじま)の入った半袖(はんそで)シャツの男と橙色の(バンダナ)を頭に巻いている妙に締まりの無い人相(にんそう)をした筋肉の(かたまり)のように引き締まった体を、黄ばんだシャツに包み込んだブヒヒ族の男を連れ戻って来た。

 鶏冠頭の男が、給仕娘を見やり、「おうおう! こいつらか? 俺達に、用が有る奴らってよう!」と、威勢(いせい)の良い声で、尋ねた。

「ええ。こちらの方々が、お習いしたい事が有るそうで…」と、給仕娘が、何食わぬ顔で、愛想(あいそ)良く答えた。

「へえ~。そうかい。姉ちゃんは、仕事に戻っても良いぜ。後は、俺達だけで、話が進められるだろうからな」と、鶏冠頭の男が、促した。

「はい。では、御用が有る時は、お呼び下さい」と、給仕娘が、鶏冠頭の男へ向かって、軽く一礼をした。そして、反転するなり、立ち去った。

 間も無く、「俺達に、何が聞きたいんだ? 話の中味によっちゃあ、俺達の条件を()んで貰う事になるかも知れないがな」と、鶏冠頭の男が、含み笑いを浮かべながら、示唆した。

 その直後、フォッグが、鶏冠頭の男を見やり、「分かった…」と、力強く頷いた。そして、「少し教えて欲しいんだが、この数日中に、出航(しゅっこう)する船は、どれくらい有るんだ?」と、声を低くして、問うた。

「何だ? ドファリーム大陸へ渡りたいのか?」と、鶏冠頭の男が、問い返した。

「違う」と、フォッグが、即座に、頭を振って、否定した。そして、「人を捜しているんでね」と、言葉を続けた。

「そうかい。でも、今のところ、出航の予定は無いぜ」と、鶏冠頭の男が、仏頂面で、淡々と答えた。

「それは、どうしてだ?」と、フォッグが、怪訝な顔で、尋ねた。

「最近、ソノイの近海(きんかい)まで、デヘル帝国の軍船がのさばって来て、俺達の船や仲間達の船が、理不尽(りふじん)拿捕(だほ)をされて、仕事が出来なくなっているんだ。密航なんてしようものなら、問答無用で、火を()けられて、(そく)撃沈(げきちん)だろうな」と、鶏冠頭の男が、事情を語りながら、恐いと言うように、両肩を竦めた。

「なるほどな。戦争好きのデヘルが、海にまで出張(でば)って来るとは、近頃(ちかごろ)の海の上も、物騒(ぶっそう)になったものだな」と、フォッグが、すっきりした表情で、納得した。

「そう言う事だ」と、鶏冠頭の男が、腕組をしながら、頷いた。そして、「そう言えば、さっき、人を捜しているとか言っていたな?」と、問い返した。

「ああ」と、フォッグが、すぐに頷いた。

「お前達が、捜している奴かどうか分からないが、心当たりが有るんだがな」と、鶏冠頭の男が、勿体(もったい)()った。

「本当か!」と、フォッグが、明るい表情で、食い付いた。

「ああ」と、鶏冠頭の男が、小さく頷いた。そして、「但し、条件が有るが、良いか?」と、示唆(しさ)した。

 その直後、「あ、ああ。言ってくれ」と、フォッグが、覚悟は出来ていると言うように、神妙な態度で、促した。

 その途端、鶏冠頭の男が口元を(ほころ)ばせるなり、「じゃあ、今から、こいつとあんたとで、飲み比べをして貰うってのは、どうだ?」と、鶏冠頭の男が、左手の親指を立てて、斜め後ろを指しながら、その先に居るブヒヒ族の男を指名した。

 その直後、「おで、飲み食いなら、ウルフ族には負けないぞ!」と、ブヒヒ族の男が、自信を(のぞ)かせるように、薄笑いを浮かべながら、挑発(ちょうはつ)した。

面白(おもしろ)い! 受けてやろうじゃないか!」と、フォッグも、即答するなり、勢い良く席を立った。そして、「で、勝ち負けは、どう決めるんだ?」と、フォッグが、ブヒヒ族の男を見据えながら、鶏冠頭の男に、問い掛けた。

「簡単な事だ。一杯(いっぱい)でも多く飲んだ方の勝ちだ。但し、負けた方は、飲み代を全部払って貰う事になるけどな」と、鶏冠頭の男が、得意顔で、告げた。そして、「それと、ウルフ族の兄ちゃんが勝てば、捜している奴の事を教えてやる。だが、負けた場合、そこの猫耳族とバニ族の(じょう)ちゃん達に、一日中、俺達の(しゃく)をやって貰うという事で…」と、補足した。

 その瞬間、「良いぜ」と、フォッグが、断りも無く、快諾した。

 その直後、ミュールが、身を乗り出すように、(せき)を立つなり、「フォッグ! 何を勝手に、話を進めているのよ!」と、食って掛かった。

 少し(おく)れて、レイミーも、立ち上がり、「フォッグさん! 勝手に、そのような事を決めるなんて、(ひど)いです!」と、表情を強張らせながら、抗議(こうぎ)した。

 フォッグが、おもむろに、振り向くなり、「俺が勝てば、問題は無いだろ?」と、フォッグが、悪びれる風も無く答えた。

 その刹那(せつな)、「冗談じゃないわ!」と、ミュールが、()えた。

「そうですわ! 賭け事の対象なんて、嫌です!」と、レイミーも、(まく)し立てた。

「おいおい。どうするんだ? 二人共嫌がっているが、止めるのなら、今の内だぜ」と、鶏冠頭の男が、にやにやと笑みを浮かべながら、選択を迫った。

 その途端、フォッグが、両手を合わせるなり、「ミュール! レイミー! 頼む!」と、必死に、頼み込んだ。そして、「ここは、俺に任せてくれ!」と、言葉を続けた。

 トムも、立ち上がり、「フォッグ、勝算は有るのか?」と、表情を曇らせながら、確認するように、問い掛けた。妙に、心許(こころもと)ない気がしたからだ。

「いいや。無い…」と、フォッグが、頭を振って、きっぱりと答えた。

 その瞬間、「おいおい。それじゃあ、二人は、生け贄にされるようなものじゃないか」と、トムは、(あき)れ顔で、指摘した。場当たり的で、二人の意思(いし)の反映されていない、先走(さきばし)った行為だからだ。そして、「フォッグ、今回は、行き過ぎたようだな」と、溜め息混じりに、たしなめた。

「そうよ、そうよ」と、ミュールが、(しか)めっ面で、相槌を打った。

「そうですわ」と、レイミーも、不機嫌な顔で、同調した。

「おいおい、やらないんなら、俺達は、席に帰らせて貰うぜ」と、鶏冠頭の男が、急かすように、告げて来た。

「トム、俺を信じてくれ。俺だって、やる時はやる男だ。負けた時は、二度と皆の前には姿を現さないからさ」と、フォッグが、鬼気(きき)迫る顔で、願い出た。

「分かったよ」と、トムは、気迫に()されて、承諾した。男気が伝わったからだ。そして、「ミュール、レイミー。フォッグが、ああ言っているんだ。ここは、任せてやらないか?」と、口添えした。自分では、判断を下せないからだ。

 ミュールとレイミーが、互いに見つめ合いながら、(もく)した。しばらくして、一つの結論に達したと言うように、フォッグを見やった。

「仕方無いわね。今回だけよ」と、ミュールが、冴えない表情で、同意した。

 少し後れて、「フォッグさん、次からは、私達の意見を聞かないで、勝手に話を進めないで下さいね」と、レイミーも、表情を曇らせながら、やんわりした口調だが、厳しい言葉を発した。

 その瞬間、フォッグが、厳しい言葉を受けて、苦笑するなり、「ありがとう、二人共…」と、礼を述べた。そして、鶏冠頭の男へ向き直り、「聞いての通り、二人の許可(きょか)も下りた事だし、始めようぜ」と、意気揚々に、申し出た。

「良いぜ。承知した」と、鶏冠頭の男も、満面の笑顔で、頷いた。そして、奥の方を向くなり、「おい! 今から、飲み比べを始めるぞ!」と、飲み食いしている仲間達へ、大声で、開催を告げた。

 次の瞬間、歓声が()き起こり、ぞろぞろと屈強な体格の男達が、やって来た。そして、周りに人垣(ひとがき)が出来た。

 そこへ、「はいはい、ごめんさいね~」と、給仕娘が、(あふ)れんばかりの紫色の酒を満たしている普通の水飲み(コップ)の約五倍有る木製の取っ手付きの器(ジョッキ)を、長方形の(トレイ)に二つ乗せながら、それを細い左腕で、支えていた。そして、均衡(バランス)を保ちながら、男達の間をすり抜けた。間も無く、円卓の傍に着くなり、卓上へ、水飲み三個分の間を空けながら、右手で、一個ずつ丁寧(ていねい)に並べ終えた。少しして、一歩下がった。

「へへ、準備が出来たようだな」と、鶏冠頭の男が、一瞥(いちべつ)した。そして、交互に、フォッグとブヒヒ族の男を見やり、「二人共、準備は良いか?」と、問うた。

「ああ、良いぜ」と、フォッグが、即答した。

「おう!」と、ブヒヒ族の男も、威勢の良い返事をした。

 その直後、二人が、互いを見据えたままで、(うつわ)の傍へ移動した。そして、同時に、取っ手へ、右手を伸ばした。

 その途端、「始め!」と、鶏冠頭の男が、掛け声を発した。

 次の瞬間、フォッグとブヒヒ族の男が、同時に、勢い良く(あお)った。

 間も無く、ブヒヒ族の男が、(から)になった容器を卓上に置くなり、「次っ!」と、お代わりを要求した。

 少し後れて、フォッグも、同様に置くなり、「俺にも頼む!」と、二杯目を求めた。

「はいは~い」と、給仕娘が、愛想の良い返事をした。そして、それらを回収するなり、すぐさま、カウンターへ引き返した。少しして、すぐに、補充(ほじゅう)した器を盆に乗せて、戻って来た。

 その途端、フォッグとブヒヒ族の男が、待ちきれないと言うように、器を取り上げるなり、あおった。そして、今度は、ほぼ同時に飲み()して、盆の上へ置いた。

 その直後、給仕娘が、それを、再び、カウンターへ運んで、すぐに、器を満たして戻って来た。

 二人が、間髪容れずに、器を持って飲み干し、盆の上へ置いた。

 その一連の動作が、同じ速度で、十杯目まで繰り返された。やがて、循環(じゅんかん)(にぶ)り、十五杯目に差し掛かった。

 フォッグが、(うつ)ろな表情で、先に、あおった。そして、飲み始めた時程の勢いは無いが、何とか飲み干して、器を盆の上に置いた。その直後、くずおれるように、その場で倒れ込んだ。

「へへへ、ウルフ族の兄ちゃんは、おねんねだぜ。おい、ブロンス! それを飲み干して、盆の上に置いた後で、立っていたら、勝ちだぞ!」と、鶏冠頭の男が、勝利を確信するかのように、声を掛けた。

「お、おう…」と、ブロンスと呼ばれたブヒヒ族の男が、虚ろな表情で、生返事(なまへんじ)をした。間も無く、器を口へ、ゆっくりと運んで行った。そして、時間を掛けて、勝敗を決する酒をちょろちょろと流し込んだ。しばらくして、飲み干すなり、器を置こうとした。その瞬間、その場に、倒れ込んだ。

 その刹那、「な…!」と、鶏冠頭の男が、言葉を失って、呆けた。

 ミュールが、表情を強張らせるなり、「レイミー、あたし達、どうなるのかしら?」と、問い掛けた。

「分かりません。あの方達の相手をさせられるという可能性も、考えられますわね」と、レイミーも、厳しい顔つきで、答えた。

「おい、この場合は、どうなるんだ?」と、トムは、鶏冠頭の男に、尋ねた。二人を安心させてあげる為にも、はっきりとさせておいた方が、良いからだ。

 間も無く、「あ、ああ…」と、鶏冠頭の男が、我に返った。そして、「そうだな…」と、言葉を詰まらせた。

「おいおい。まさか、引き分けで、二人に、あんた達の酌をさせようって訳じゃないだろうな?」と、トムは、強気に、尋ねた。返答次第では、事を構える覚悟だからだ。

 その直後、「と、とんでもない!」と、鶏冠頭の男が、素っ頓狂な声を発した。そして、「これ程の勝負を見せて貰って、このような結果だし、お嬢ちゃん達に、酌の相手をさせる訳にはいかないでしょう。ウルフ族の兄ちゃんに、敬意を表して、酒代(さかだい)の負担と情報を教えてあげるよ」と、回答した。

「分かった」と、トムは、すんなり承諾した。自分達にとって、悪い話ではないからだ。

 その瞬間、ミュールが、笑みを浮かべるなり、「聞いた? レイミー?」と、確認するかのように、声を掛けた。

「はい! ミュールさん!」と、レイミーも、満面の笑みを浮かべながら、力強く返事をした。

「まずは、寝ている連中を起こさないとな」と、鶏冠頭の男が、左隣の給仕娘を見やり、「姉ちゃん、例の物を頼む」と、注文した。

「はーい」と、給仕娘が、即答するなり、踵を返した。少しして、黄金に近い色の液体が入っている透明(とうめい)な水飲みを二つ乗せて戻って来た。そして、「はい、キンジャエンスです!」と、鶏冠頭の男の前へ、盆を差し出した。

「おう」と、鶏冠頭の男が、それらを両手で持つなり、慣れた手つきで、ブロンスとフォッグの口へ、順番に流し込んだ。

「おい、それは?」と、トムは、興味津々に、尋ねた。初めて目にする物だからだ。

「姉ちゃん、説明してやってくれ」と、鶏冠頭の男が、促した。

「はい」と、給仕娘が、即答した。そして、「先程運んで来ましたのは、当店自慢(じまん)のキンジャエンスというお飲み物でございます。効能(こうのう)(いた)しましては、疲労回復・()()まし・解毒(げどく)・その他の異状回復などです」と、説明した。

「なるほど。ほとんど万能薬に近い飲み物なんだな」と、トムは、感心した。治らないものは無いくらいの物だからだ。

「ええ、そうです。製法は、当店の秘伝(ひでん)ですけどね」と、給仕娘が、柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべながら、肩を(すく)めた。

 少しして、フォッグとブロンスが、上半身を起こした。

 フォッグが、呆けた顔で、鶏冠頭の男を見やり、「あれ? 勝負は?」と、問い掛けた。

「残念ながら、うちのブロンスも、お寝んねしちまったので、引き分けさ」と、鶏冠頭の男が、苦笑しながら、告げた。

「じゃあ、この場合は、どうなるんだ?」と、フォッグが、小首を(かし)いだ。

「俺から話そう」と、トムは、口を挟んだ。そして、倒れ込んだ後の事を語った。

 しばらくして、「何だって? ほとんど勝ちに等しいじゃないか!」と、フォッグが、驚きの声を発した。

「そう言う事だ。ま、次からは、こんな無茶は、止してくれよな」と、トムは、やんわりした口調で、たしなめた。何にせよ、賭け事に等しい事は、()()りなので、一言(ひとこと)言っておきたかったからだ。

「分かったよ…」と、フォッグも、神妙な態度で、真摯(しんし)に聞き入れた。

「ところで、一応、念の為に、あんたらの捜している奴の特徴を、教えてくれないかい?」と、鶏冠頭の男が、確認を取るように、問うた。

「俺達が、捜しているのは、チビ・デブ・ハゲで、子供くらいの背丈に、黒ずくめの格好をしたおっさんなんだけど」と、トムは、()()まんで告げた。瞬時に思い付くと言えば、これくらいだからだ。

 そこへ、「よく、大男を連れているわよ」と、ミュールが、付け加えた。

「それだけ聞けば、十分だぜ。そいつらなら、知っているぜ」と、鶏冠頭の男が、急に、にんまりと笑みを浮かべるなり、自信たっぷりで、答えた。そして、瞬く間に、顰めっ面となり、「あの面は、忘れようにも、忘れられねぇぜ」と、意味深長に、言った。

「あんたらも、何かされたのかい?」と、トムは、尋ねた。ゲオに、何かしらの被害を受けたのだと察したからだ。

「何かされたってもんじゃないさ」と、鶏冠頭の男が、厳しい顔つきになった。

「良かったら、聞かせて貰えないかな?」と、トムは、促した。事情を把握(はあく)しておきたいと思ったからだ。

「ああ、良いぜ」と、鶏冠頭の男が、頷いた。そして、「そうだな。俺らが、連中に会ったのは、十日くらい前の事だ。あの日も、今日のように、ここで、仲間達と飲んで居たら、あんたの言う黒ずくめのオヤジとツルツル頭の大男が、やって来るなり、()れ馴れしく話し掛けて来た訳だ。そして、黒い(つや)やかな石を(つら)ねた首飾りを言葉(たく)みに売り込んで、ブロンスの奴が、押し切られて、二七万リマで買わされる羽目になった訳だ」と、語気に、熱を帯びて来た。そして、「けれど、先に、金を出させておいて、すぐに、本物を持って来るとか言って、店をでて行った切りで、戻って来ないって訳さ。次に、どこかで見掛けたら、全員で、あいつらをボコボコに伸してやろうと思っていたんだけどなっ!」と、怒りを露にしながら、右の(こぶし)で、左の手のひらを数回叩いた。

「あいつら、この町でも、そんな事をしていたのかよ…」と、トムは、呆れ顔で、溜め息を吐いた。やり方が、セコいからだ。

「レイミーの伯父さんの時と似たような手口だな。どこまでも、金に汚いオヤジだぜ!」と、フォッグも、不快感を露にした。

「まあ、金を先に渡したブロンスにも、落ち度は有る。しかし、この町で、二度とあのようなインチキな事をやらせる気は無いけどな。それに、この一件は、町の船乗り達に知れ渡っているからな。ま、全員を敵に回したようなものだからな。だから、幾ら金を積まれても、この町で、誰一人として、協力する奴は居ないし、さっきも話したが、デヘルの奴らに逆らって、海の藻屑(もくず)になるのも、ごめんだからな。どの道、この町から、海路で、余所へ行く事は、無理だろうな。陸路を行くにしても、近い町でも、北西のニホセまでは、歩き通しても、二日は掛かる筈だぜ」と、鶏冠頭の男が、推測を熱く述べた。

「トム、連中の(たる)んだ根性で、二日間を歩き通すのは、厳しいかもな。俺が思うに、この町の近辺(きんぺん)に潜んでいると思うが、どうだ?」と、フォッグが、問うた。

 トムも、腕組みをするなり、「そうだな。ひょっとすると、近場に、隠れ家を構えているかも知れないな…」と、険しい表情で、頷いた。居所を確定する情報は得られなかったが、前例から考えると、その可能性が高そうだからだ。

「あんまり難しく考えるなよ。この周辺だと、西の(いそ)に在るクフーダの隠し神殿(しんでん)と東の(みさき)廃屋敷(はいやしき)くらいしか、身を隠す場所なんて無いだろうからな。もしも、船を自前で手配していたら、神殿辺りが、手頃だろうな。昔、信者が使っていた船着き場が在るらしいぜ。俺は、(のろ)われたくないから、行った事は無いけどな」と、鶏冠頭の男が、語った。

「クフーダの隠し神殿か…」と、トムは、冴えない表情で、言葉を詰まらせた。暗黒神(クフーダ)の神殿には、どのような(わな)を仕掛けられているのか不安なので、気乗りしないからだ。

「トム、あんまり行きたくないけど、一応、(のぞ)いてみるか?」と、フォッグも、敬遠(けいえん)気味に、尋ねた。

「…」と、トムは、躊躇(ちゅうちょ)して、黙った。場所が場所だけに、軽々しく決断を下せないからだ。

「おいおい。今は、(すた)れて、信者の出入りは無いようだぜ。この御時世(ごじせい)、信心深い奴らが居ないって事なんじゃないのか? 神頼みしたって、物事が上手く行かない事だらけだと思っている連中ばかりだからな。出入りしても、誰も文句を言わないだろうし、ヤバそうだったら、引き返せば良いだけじゃないのか? 様子見に行っても、(そん)は無いと思うぜ」と、鶏冠頭の男が、あっけらかんと促した。

「そうかも知れないな」と、トムも、同調した。難しく考える必要は無いからだ。そして、「取り敢えず、行ってみるか」と、口にした。あれこれ考えるよりも、行動した方が良いと思ったからだ。

「そう来なくっちゃな!」と、フォッグが、にこやかに、賛同した。

「あたしも、トムに付いて行くわよ!」と、ミュールも、意気込んだ。

 少し後れて、「わ、私も、トムさんの御供をさせて貰います!」と、レイミーも、負けまいと言うように、力強く申し出た。

「兄ちゃん、人間なのに、良い仲間を持っているな。これだけの異種族の仲間に(した)われるほど、人望が有るなんて、(うらや)ましいぜ」と、鶏冠頭の男が、目を細めた。

「そんな事は無いさ」と、トムは、はにかんで、謙遜した。偶々、こうなっただけだからだ。そして、「隠し神殿には、どう行けば、良いんだ?」と、尋ねた。

「ここからなら、港から浜へ下りて、西へ向かって、しばらく進むと、岩山が見えて来る。その岩山は、空洞(くうどう)で、入り江にもなっている。船で、近くを通る時に、船着き場の跡も見えるしな」と、鶏冠頭の男が、説明した。そして、「先に行くんだったら、そっちを勧めるけどな。そこで、出航の準備をしているとも考えられるからな。奥へ進めば、神殿の入口へ着く筈だ」と、補足した。

「ありがとう」と、トムは、礼を述べた。そして、冴えない表情をするなり、「取り敢えず、先に、神殿へ行ってみるよ」と、溜め息を吐いた。後回しにしたかったが、船着き場から出航される可能性を考えれば、宝玉を取り戻す事が困難になるので、禍々(まがまが)しい場所でも、優先せざるを得ないからだ。

「そうか。気をつけてな。それじゃあ、俺達は、席へ帰らせて貰うぜ」と、鶏冠頭の男が、申し出た。

「ああ」と、トムも、頷いた。これ以上は、引き留めておく理由も無いからだ。

「皆! 戻って飲み直そうぜ!」と、鶏冠頭の男が、周囲の者達に、声を掛けた。

 次の瞬間、「おおーっ!」と、周囲の者達も、一斉に、歓声を発した。

 少しして、ブロンスも、立ち上がり、「今度は、ゆっくりと飲もうぜ」と、フォッグに、一声掛けた。

「ああ。そうだな。こんな勝負じゃ、酒の味なんて分からねぇからな。あんたとは、良い飲み友達になれそうだな」と、フォッグも、にこやかに、同意した。

「んだ。あんたとなら、なれるかもな」と、ブロンスも、満足げに、力強く頷いた。

 間も無く、鶏冠頭の男達が、元の席へと引き上げて行った。

 その直後、「お料理の方は、いかが致しましょうか?」と、給仕娘が、入れ代わるように、問い掛けて来た。

 フォッグが、給仕娘を見やり、「ああ、頼むよ。腹ごしらえをしたいからな」と、応対した。

「じゃあ、すぐに、お料理をお持ちしますね」と、給仕娘も、背を向けるなり、カウンターへ歩を進めた。

「ミュール、レイミー、座るとしよう」と、トムは、促した。

「うん」と、ミュールが、頷いた。

 少し後れて、「はい」と、レイミーも、安堵の表情で、返事をした。

 間も無く、トム達も、席に着くのだった。

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