一一、宝玉、奪われる
一一、宝玉、奪われる
トム達は、ニジンの村の来た道の奥の門から出発した。しばらく進んだ所で、道祖神の立つ左右の分かれ道に、差し掛かった。
「こちらですわ」と、レイミーが、迷わずに、先立って、寂れた右の脇道へ進入した。
トム達も、後れて、続いた。
間も無く、一同は、小高い山の前に、辿り着いた。
その途端、レイミーが、立ち止まって、振り返るなり、「ここが、宝玉を祀って有ります祠です」と、左手を後ろ手にしながら、指した。
「レイミー、何処が、祠なんだ?」と、トムは、怪訝な顔で、尋ねた。蔓草の生い茂った小山にしか見えないからだ。
「トムさん、よくご覧下さい」
「ん?」と、トムは、正面の蔓草が目隠しのように蔓延り、その上、苔むしている場所を凝視した。そうまで言うのだから、それらしき物が見える筈だからだ。すると、次第に、目が慣れる事で、丸みを帯びた天辺部分から中腹部にかけて、薄茶色い煉瓦造りの目地を視認した。少しして、「なるほど」と、笑みを浮かべて、納得した。一見、周囲の風景に溶け込んで、同化していた小山ではなく、建造物だと、判別出来たからだ。
「でしょう」と、レイミーが、にっこりと微笑み掛けた。
「レイミー、ここは、手入れか何かをしているのか?」と、トムは、祠を見据えたままで、尋ねた。外観を見る限りでは、長い間、ほったらかしにされているような気がしたからだ。
「そうですねぇ。ここを訪れるのは、半年くらい前に、村中の人達と周囲の草刈りをして以来ですね」と、レイミーが、さらりと答えた。
「へぇ~。一応、掃除はしているんだな」と、トムは、意外という表情で、感心した。見ると聞くとでは、大違いだからだ。そして、「まさか、この先に、村の宝が安置されているなんて、余所者は、思いも付かないだろうな」と、感想を述べた。鬱蒼と繁っている繁みにしか見えないからだ。
「全くだ」と、フォッグも、トムの心境を理解するかのように、背後から同調した。
「トム、早く中へ入って、用事を済ませましょうよ。虫に刺されて、仕方が無いわ」と、右斜め後ろに居るミュールが、不機嫌な声で、羽虫を両手で追っ払いながら、急かして来た。
トムは、ミュールを見やり、「ああ、そうしよう」と、すぐさま賛同した。目的は違うが、やる事は、一緒だからだ。
少しして、トム達は、蔓草を掻き分けながら、石畳を頼りに、前進した。間も無く、階段に突き当たった。そして、十数段上り、中腹部に到達した。すると、蔦に覆われた奥に、大人二人が並んで通れる幅の四角い進入口を視認した。
トムは、勢いそのままに、先頭で、蔦を掻き分けるなり、通路へ踏み込んだ。そして、しばらく直進する内に、外光が届かなくなった。次第に、暗くなり、「かなり奥まっているな」と、呟いた。視界が利かなくなったからだ。しかし、暗い中を十歩と進まない内に、奥から月光のようなほんのりした明かりが、差している事に気が付くなり、「おや? 奥の方が、薄明かるいぞ?」と、その明かりを頼りに、歩を進めた。やがて、奥行きの有る開けた一室に、行き当たった。そこで、通路を塞ぐように、立ち止まった。明かりの正体に、魅了されたからだ。その途端、数歩先に、大人一人が、両足を揃えて、やっと乗れるくらいの面積の正方形の剣と弓と盾の図形を彫った床板が、数列敷き詰められており、その奥には、子供の背丈くらいの円柱の台座があり、天辺に、光源の宝玉が、安置されてあるのを視認した。
「おおっと! トム、どうしたんだ? 急に立ち止まってさ?」と、フォッグに、問われた。
「フォッグ、あれを見ろよ」と、トムは、右手で、奥を指しながら、促した。そして、道を譲るように、右へ一歩移動した。一刻でも早く見て貰いたいからだ。
間も無く、フォッグが、左隣に立つなり、「こりゃあ、十分なお宝だぜ…」と、想像以上の物だと言うように、言葉を詰まらせた。
「ああ…」と、トムも、相槌を打つように、溜め息を漏らした。うっとりとなったからだ。
「お月様見たいで、綺麗…」と、ミュールが、右肩に、寄り添って来た。
「それにしても、あれに金銭的な価値が無いなんて、レイミーの親父さんも、欲が無いな」と、フォッグが、指摘した。
「そうですか? 確かに見た感じでは、不思議な力は有りそうですね。でも、効力については、存じませんが…。御父様から聞かされた話によると、初代村長の曾祖父様が、開拓時代に、あの洞穴から掘り出されたそうですわ。御祖父様が、洞穴を閉鎖する際に、私財を投じて、ここへ、祠を建立したそうですわ。そして、様子見がてら、年に一度、外回りの掃除を、村の恒例行事にしているのですよ」と、レイミーが、村の歴史を交えながら、説明した。
トムは、左後ろのレイミーを見やり、「なるほど。それにしても、これだけ無防備なのに、誰も盗みに来ないなんて…」と、苦笑いした。このような無防備な場所だとは思わなかったからだ。そして、ミュールを見やり、「ミュール、ちょっと離れてくれ」と、一声掛けた。
「うん」と、ミュールが、珍しく、すんなりと離れた。
その瞬間、トムは、宝玉へ視線を戻すなり、「じゃあ、さっさと取りに行くとするかな。いつ、ゲオ達に盗まれるか、分からないからな」と、意気込んだ。直線距離で、十数歩往復すれば済む事だからだ。そして、右足を踏み出した。
突然、「トム、ちょっと待て」と、フォッグが、呼び止めた。
トムは、足を止めるなり、「ん?」と、フォッグへ振り向いた。何事かと思ったからだ。
「レイミーの親父さんが、仕掛けが有るって、言ってたよな?」
「あっ、そうだったな…」と、トムは、苦笑した。宝玉に魅了されて、すっかり忘れていたからだ。
「これを使いな」と、フォッグが、縄の先端を差し出した。そして、「用心するに、越した事は無いからな」と、言葉を続けた。
「ああ。そうだな」と、トムも、頷いた。まさに、その通りだからだ。そして、右手で、受け取った。その直後、腰へ、確りと、三重に巻き付けた。安全第一だからだ。
「トム、見てみろよ」と、フォッグが、促した。そして、「床板の図形と何か、関係が有るのかも知れないぞ。間違った図形を踏むと、抜け落ちるとか…」と、忠告がてら、考えを述べた。
少し後れて、トムも、宝玉の方へ向き直り、「そうかも知れないな」と、同調した。単純な構造には、何らかの罠が仕掛けられているものだからだ。そして、床板へ視線を落として、観察をした。すると、台座までの間に、縦の列に一〇枚と横の列には、端々まで一二枚並んでいるのを視認した。しばらく眺めたが、何の糸口も見られなかった。並び方に、何かしらの法則性が、有るものだからだ。ふと、先刻のミュールの言葉が、思い返された。図形を別の物へ置き換えてみたら、どうだろうかと思ったからだ。次の瞬間、はっとなった。宝玉を満月に例えると、弓の図形が、半月に見えて来たからだ。その直後、フォッグを見やり、「図形の意味が、分かったよ」と、すっきりした表情で、告げた。
「そうみたいだな。でも、お前さんが思っている通り、合っているのか?」と、フォッグが、訝しがった。
「まあ、見てなって」と、トムは、背を向けるなり、際に立った。間も無く、二歩斜め前の床板へ向いた。そして、「よし…」と、意を決して、右足から踏み出した。やがて、ゆっくりと体重を乗せた。その瞬間、安堵した。予想通り、床が抜けなかったからだ。その途端、正解だと判るなり、弓の図形の板を軽快な身のこなしで、次々に跳び移り、瞬く間に、台座の左隣へ、無事に着く事が出来た。
不意に、「きゃっ!」と、ミュールの悲鳴が、聞こえた。
その刹那、「どうした!」と、トムは、咄嗟に、振り返った。ただならぬ事だと察したからだ。すると、頭頂には、荒野で生えているような草を想像させる髪型をした鼻から右の頬へ抉られたような傷痕の有る筋肉質のブヒヒ族の男が、ミュールの背後から喉元に、右手を回し、持っている短剣を当てているのを視認した。
その男の後ろから、ゲオが、悠然と現れた。そして、フォッグの右隣で立ち止まり、「くくく…。若造よ、猫耳族の娘の命が惜しければ、その宝玉を渡して貰おうかな」と、満面の笑みを浮かべながら、要求して来た。
「くっ…!」と、トムは、歯噛みした。そして、間髪容れずに、「わ、分かった…」と、嫌々、承知した。ゲオに従うのは、不本意だか、ミュールの命を優先せざるを得ないからだ。間も無く、宝玉を取り上げた。急遽、来た順に跳び移り、元の場所へ、瞬く間に、戻った。
その途端、「さあ、バニ族の宝を寄越せ」と、ゲオが、ニヤニヤと笑みをこぼしながら、歩み寄って来るなり、両手を差し出した。
「いいや。先に、ミュールを放せ」と、トムは、仏頂面で見据えながら、要求した。このまま、言いなりになるのは癪だからだ。
「良かろう。だか、先に、宝玉を貰ってからだ。その後で、そこのブヒヒ族の男に、解放するように、言うとしよう。今回だけは、猫耳族の娘を返してやろう」と、ゲオが、聞き入れた。
「約束は守れよ」と、トムは、念押しして、冴えない表情で、手渡した。どうも、信用ならないからだ。
「うむ。約束は、守る」と、ゲオが、力強く頷きながら、受け取った。その直後、小躍りするかのように、軽快な足取りで、踵を返した。そして、ブヒヒ族の男の左側に差し掛かかるなり、「おい、放してやれ!」と、上機嫌で、指図をした。
「へい!」と、ブヒヒ族の男が、返事をした。その直後、「ほらよ!」と、ミュールを突き飛ばした。
次の瞬間、「きゃあ!」と、ミュールが、前のめりに、突っ込んで来た。
間も無く、「おっと!」と、トムは、抱き止めた。だが、思いのほか、勢いが有ったので、踏み留まる事が出来ずに、仰け反りながら、後退した。そして、剣の図形の床板を踏み抜くなり、「あっ!」と、声を発した。
次の瞬間、弓の図形以外の床が、一斉に崩落した。
同時に、「うわあぁぁぁ!」と、トムは、ミュールと共に転落した。少しして、暗闇の中で、反転した。その途端、腰が締め付けれる感触がするなり、落下も止まった。
「トム、大丈夫か?」と、フォッグの声が、降って来た。
「何とかな」と、トムは、すぐさま、苦々しく応えた。フォッグの忠告通りに、縄を巻いていたお陰で、助かったからだ。
「トム、しばらく、ミュールと二人の時間を満喫してくれ。引き上げるのに、体勢を立て直したいからな」
「フォッグ、そんな時間なんて無いから、急いで上げてくれ! ミュールを抱えられるのも、限界だ!」と、早急な引き上げを要請した。疲れて来て、力が入らなくなって来たからだ。
「トム、放して…」と、ミュールが、唐突に、申し出た。
「おい、ミュール! 何を言っているんだ! そんな事が出来る訳無いだろ!」と、トムは、面食らった表情で、語気を荒らげた。それを聞き入れる訳には、いかないからだ。
「良いの…。あたしは、あなたに迷惑ばかり掛けているから…」と、ミュールが、しんみりと口にした。
「だからって、君を放す訳にはいかないな」と、トムは、小さく頭を振った。そして、「君を放して、俺だけが助かっても、後味が悪いものだぜ。それに、君は、俺のかけがえの無い仲間なんだぜ。自己犠牲な心掛けは立派だけど、俺だけ生き残る訳にはいかない。落ちるのなら、君と一緒さ」と、気力を振り絞って、抱き締めた。こうなれば、一緒に落ちても構わないと、
覚悟を決めたからだ。
そこへ、「おいおい、何を、二人して、熱く語り合っているんだい?」と、フォッグの冷やかしの声が、割って入って来た。
「トムさんも、ミュールさんも、勝手に、二人の世界に、浸らないで下さい」と、レイミーの声も、間髪容れずに、穏やかな口調で、割り込んで来た。
その瞬間、トムは、きょとんとした。いつの間にか、近くまで引き上げられている事に、気が付いたからだ。間も無く、ミュールと共に、完全に、引き上げられた。
その途端、「やれやれ。二人で落ちられなくて、残念だったな」と、フォッグが、からかって来た。
次の瞬間、「フォッグさん! そのような言葉は、不適切です!」と、レイミーが、語気を荒らげた。
「冗談だよ、冗談。場を和ませたかっただけだよ」と、フォッグが、慌てて、苦々しく訂正した。
「冗談にしては、言い過ぎですよ」と、レイミーが、たしなめた。
「真っ暗で、何にも見えないから、何かで照らしてくれないか?」と、トムは、明かりを要請した。ゲオに、宝玉を持ち去られて、明かりが無くなったので、聴覚と触覚だけでは、不安だからだ。
「ちょっと待っててくれ」と、フォッグが、返答した。その直後、フォッグの手元に、緑色の雫のような光が灯った。
その瞬間、トムは、好奇の眼差しで、見やり、「フォッグ、何だい? それは?」と、問うた。興味が、そそられたからだ。
「蛍石と呼ばれる夜光石の一種さ」と、フォッグが、さらりと答えた。
「蛍石と言えば、初めて聞く名前だし、簡単に手に入る代物じゃないよな?」
「そうみたいだな」と、フォッグが、淡々と返答した。
「おいおい、まるで、他人事のような物言いだな。ま、それは、さて置いて。早いとこ、ゲオ達を追い掛けるとしようじゃないか。まだ、追い付ける筈だからな」と、トムは、提言した。あまり、時間は経っていない筈だからだ。
「そうだな。まだ、そう遠くへは行ってない筈だ」と、フォッグも、頷いた。
間も無く、トム達は、早足に、来た道を引き返した。そして、外へ出た。しかし、ゲオ達の姿が、何処にも見当たらなかった。
「あのオヤジ、逃げ足だけは早いんだからな…」と、トムは、その場に立ち尽くした。足取りが、途絶えてしまったからだ。
左隣に立つフォッグも、「全くだ…」と、相槌を打った。
トムは、レイミーに振り返り、「レイミー、宝玉を奪われて、すまない…」と、神妙な態度で、頭を下げて、詫びた。許されるものではないが、謝らずには居られないからだ。
「トムが、悪いんじゃないわ…。私が、人質になったからよ…。ごめんなさい…」と、ミュールも、庇うように、涙声で謝罪した。
「いいえ。あの場合は、宝玉よりも、ミュールさんの命が、大切だったと思いますわ。私でも、迷わず従っていたでしょうね。トムさんやミュールさんを責められませんわ」
「しかし、俺は、村の宝を易々と、あの悪党に渡したんだ…」と、トムは、言葉を詰まらせた。自責の念に駆られて、ロバートへ、どのように謝罪をすれば良いのか、思いつかないからだ。
「トムさん、気にしないで下さい。私が、事情を説明して、御父様に取り成しますから」
「ああ、頼むよ…」と、トムは、力無く返事をした。今回ばかりは、洒落にならない失態だからだ。そして、ロバートの叱りを受ける覚悟で、顔を上げた。いつまでも、下を向いて居られないからだ。
トム達は、んだ気持ちで、階段を下りるのだった。