九、二人の行方
九、二人の行方
翌朝、トムは、広間の床に、横たわっていた。
突然、「トム君! 起きたまえ!」と、ロバートの慌てた声が、耳元で、聞こえて来た。
その直後、トムは、瞼をカッと見開くなり、飛び起きた。すると、動揺しているロバートを視認した。寝惚けた頭でも、異常事態が起きた事だけは、察しが付くからだ。そして、「ロバートさん、どうしたんですか? ふわぁ~」と、欠伸をしながら、尋ねた。
その途端、「呑気に、欠伸なんかしている場合じゃない! 大変なんだよ!」と、ロバートが、気でも狂ったかのように、いきなり肩を掴んで揺さぶって来た。
その刹那、「ロ、ロバートさん、どうしたんですか? お、落ち着きましょうよ」と、トムは、面食らった顔をしながらも、宥めた。気が動転している状態では、ちゃんとした話が出来ないからだ。
少しして、ロバートが、兎の耳をやや前に傾けるなり、「す、すまない…」と、気持ちを静めた。
間も無く、「いったい、どうしたんですか?」と、トムは、穏やかな口調で、尋ねた。
その瞬間、「トム君! また、レイミーが、居なくなったんだよ! 昨日と同じように、朝の挨拶が無いので、部屋へ行ってみると、姿が無いんだよ!」と、ロバートが、耳を立てるなり、再び、怒気を含ませながら、告げた。
「ええ! な、何ですってぇ!」と、トムは、信じられない面持ちで、驚きの声を発した。レイミーが、朝っぱらから居なくなるとは、思いもしなかったからだ。そして、「ミュ、ミュールは、部屋に居ましたか?」と、続け様に、問い掛けた。ひょっとすると、ミュールも居ないと考えられるからだ。
「ミュールさんは、どの部屋かね?」
「確か、階段を上がって、右へ曲がって、すぐの部屋でしたよ」と、トムは、告げた。まだ、些か、頭が働かないものの、ミュールを運んだ記憶は、残っていたからだ。
「分かった。君は、ここで、待って居てくれたまえ。私が、その部屋を見に行くとしよう」と、ロバートが、申し出た。
「お願いします」と、トムは、軽く一礼した。勝手に、他人の家をあれこれ探し回る訳にもいかないからだ。
その直後、ロバートが、踵を返した。そして、足早に、広間を出るなり、右へ折れた。
トムは、立ち上がり、眉をひそめながら、小首を傾いだ。そして、「レイミーが、一声も掛けずに居なくなるなんて、何か引っ掛かるな」と、呟いた。昨夜のレイミーの様子からして、黙って出て行くような要因が、思い当たらないからだ。
しばらくして、ロバートが、厳しい顔つきで、戻って来た。そして、「トム君…。ミュールさんも…、居ない…」と、開口一番に、落胆しながら、力無く告げた。
「そうですか…」と、トムは、淡々と聞き入れた。何と無く予想をしていた事なので、意外と驚かなかったからだ。そして、「ロバートさん、取り敢えず、僕は、村内を見て回りますよ」と、申し出た。どう見ても、情緒不安定なロバートの精神状態では、正しい判断が出来そうもなさそうなので、自分が、動いた方が手っ取り早いからだ。
「すまない…トム君…。私も…、気持ちを落ち着かせてから…、村内を捜してみるよ…」と、ロバートが、弱々しく返答した。
その間に、トムは、左手で、刀を差している事を確認した。そして、「じゃあ、一回り見て来ます」と、口にした。その直後、玄関へ向かって、歩を進めた。間も無く、外へ出た。しばらく直進し、広場の中央に在る花壇に突き当たった所で、足を止めた。すると、左手より、ゲオの手下の無精髭の男が、視界に入った。次の瞬間、その行方を目で追った。何処へ向かうのかが、気になったからだ。
無精髭の男が、気付いた素振りも見せぬまま、屋敷とは反対の道へ向きを変えた。
「何処へ行くんだろう? ひょっとして…」と、トムは、今の十数歩離れた距離を保ちながら、迷わず尾行を始めた。行く先には、ミュールとレイミーの居場所へ辿り着けそうな気がしたからだ。
しばらくして、無精髭の男が、板塀に突き当たった。そこで、立ち止まり、何かを探すように、撫で回し始めた。
その間に、トムも、右手の物置小屋の陰に、素早く身を隠した。少しして、顔を半分覗かせながら、窺った。何らかの意味が有ると察したからだ。
間も無く、無精髭の男が、周囲を気にする風も無く、右手で、板塀を押した。その直後、回転扉のように、五枚の板が、軽々と動いた。そして、勢いそのままに、通り抜けた。やがて、半回転をして、元の状態に戻った。
少し間を置いて、トムは、すぐに、その場所まで歩み寄った。そして、「ここら辺だったな」と、目を凝らして見回した。何らかの違いが、見つかる筈だからだ。すると、一見、周囲の板と変わりは無いのだが、仕掛けを施されている箇所は、新しい板をわざと汚している物だった。そして、「なるほどね。こうなっていたのか」と、含み笑いをした。からくりを見破ったからだ。その直後、無精髭の男と同じ位置を押した。次の瞬間、通路が現れた。その先には、人為的に掘られた洞穴が在った。その途端、すぐさま刀を抜きながら、潜り抜けた。ゲオ達が、奥で待ち構えていると考えられるからだ。少しして、洞穴へ侵入した。しばらく、効力の切れ掛かって点滅する照光石の明かりを頼りに、緩やかな左右に曲がりくねった通路を進んだ。やがて、突き当たりの手前に差し掛かり、左奥から別の強い光源の明かりとゆらゆら伸びる数人の影を確認したので、その場で足を止めた。
そこへ、「おい、誰にも見られて居ないだろうな?」と、大男の野太い声が、響いた。
「へへ、見られていれば、とっくに、村の連中が、ここへ押し掛けているさ」と、無精髭の男が、得意気に、答えた。
「もう見られているんだよっ」と、トムは、笑いを噛み殺しながら、呟いた。間抜けなやり取りが滑稽なので、思わずツッコミを入れたくなったからだ。そして、曲がり角まで、足音を忍ばせながら、歩を進めた。そこで、歩を止めるなり、聞き耳を立てながら、様子を窺った。
「ははは、それも、そうだな。ここは、色々と都合の良い場所だからな。ですよね、ゲオ様」と、大男が、同意を求めるように、声を掛けた。
「うむ。この村には、わしに協力をしてくれる者が居るからな。まさか、取り逃がした商品を取り戻せるとは、思いもしなかったよ」と、ゲオが、上機嫌で、声高に返答した。
その直後、「あんたなんか、トムに、また、やられるわよ!」と、ミュールのつっけんどんな声がした。
少し後れて、「そうですわ。トムさんが、あなた達を懲らしめに参りますわ!」と、レイミーも、強い口調で、同調した。
「ははは。ここを見つけたのならば、あの若造も、お前達を助けに来られようものだろうがな。精々、来もしない若造の名でも、ほざくが良い」と、ゲオが、無駄な事だと言うように、嘲った。
「トムは、絶対に来るわ!」
「私も、トムさんは、来てくれると信じてますわ!」
その直後、トムは、二人の期待に応えるかのように、進み出た。すると、居住空間のように、木箱と樽と角材が、調度品のように置かれており、その手前では、ゲオと大男と無精髭の男
が、ニタニタ笑い合って居るのを視認した。
その途端、「トム!」と、ミュールの呼び声が、奥の方からして来た。
少し後れて、「トムさん!」と、レイミーの声もして来た。
その瞬間、ゲオ達も、振り向いた。
「お、お前…」と、大男が、右側の樽に腰を掛けたままで、面食らった表情をした。
少し後れて、「こ、小僧!」と、無精髭の男も、大男の左側に立ちながら、驚きの声を発した。
「おっさんら、性懲りも無く、こんな洞穴に隠れて居るなんて、やっぱり、人の姿をした害虫みたいだな」と、トムは、溜め息混じりに、皮肉った。
「うるさい! また、お前か…」と、ゲオも、正面の樽に座りながら、うんざり顔で、言い返した。
「こっちの方が、うんざりだぜ。また、おっさんらに出会うとは、思いもしなかったよ…」と、トムも、呆れ顔で、答えた。ゲオ達が、今回も、絡んでいるからだ。そして、「今度は、少し痛い思いをして貰おうか!」と、凄んだ。このままでは、同じ事の繰り返しになりかねないからだ。
「おい、小僧。それは、こっちの台詞だぜ!」と、大男が、余裕の有る声で、示唆した。
「どう言う事だ?」と、トムは、眉をひそめた。余裕の有る態度が、気になったからだ。
間も無く、「こう言う事だよ」と、大男が、得意顔で、奥を見ろと言うように、顎をしゃくり上げて、指した。
トムは、その方へ視線を向けた。次の瞬間、両手両足を縛られたミュールとレイミーが、横長の角材へ並んで座らされて居るのを視認した。そして、丸顔の男が、切っ先を向けながら、二人の前に立って居るのも、視界に入った。それを目の当たりにするなり、「く…!」と、歯噛みした。二人を人質に取られている以上、不用意に手出し出来ないからだ。
「ほれほれ、早く武器を捨てやがれ。俺達も、商品を傷付けたくないのでな」と、大男が、笑みを浮かべながら、にこやかに、投降を促して来た。
「トム…」と、ミュールが、眉根を寄せながら、言葉を詰まらせた。
「トムさん…」と、レイミーも、右隣で、両耳を半分曲げながら、表情を曇らせた。
「仕方無い…」と、トムは、憮然とした表情で、刀を前へ放った。そして、数歩先へ転がった。言いなりになるのは癪だが、これ以上の危険に晒すのは、不本意だからだ。
「トム君、君には、ここで、しばらくの間、わしらの逃走時間を稼いで貰うとしようかね。下手に君を始末して、わしの手下に、汚い返り血が付いても、困るからな。君には、大人しく、この部屋で、制限付きだか、寛いで貰うとしよう。ガハハハ!」と、ゲオが、踏ん反って、高笑いを始めた。
「おい、お前! 小僧を、とっとと縄で縛りな」と、大男が、無精髭の男に、指図した。
「へ~い」と、無精髭の男が、返事をした。
その間に、大男が、壁に掛けてある縄を右手で取り寄せた。そして、「ほらよ」と、無精髭の男の前へ差し出した。
無精髭の男が、受け取るなり、歩み寄って来た。そして、右側にたった。
少し後れて、丸顔の男も、左側へやって来た。
間も無く、トムは、両側を挟まれた。
「へへへ。大人しくしてろよ」と、無精髭の男が、余裕の笑みを浮かべながら、告げた。そして、縄を巻き付け始めた。
「そうだぜ。今度は、永遠に、お寝んねする事になっちまうかも知れないからよ」と、丸顔の男が、切っ先をちらつかせながら、口元を綻ばせた。
突然、「おや? 何だか、犯罪の匂いが、ぷんぷんするなぁ~」と、真後ろから、聞き覚えの有る勇ましい男の声がして来た。
その瞬間、ゲオが、凍りつくように、高笑いを止めて固まった。
トムは、後ろを見やった。すると、昨日、街で声を掛けて来たウルフ族の男を視認した。
その刹那、「よお」と、ウルフ族の男が、右手を上げながら、親しげに、挨拶をして来た。
「ああ…」と、トムは、呆けた表情で、軽く会釈をした。そして、ゲオへ視線を戻した。
その途端、「ゲ、ゲオ様! ウ、ウルフ族ですよ!」と、大男が、恐慌を起こした。
ゲオが、大男を見やり、「オドオドするんじゃねぇ!」と、叱りつけた。そして、ウルフ族の男の方へ熱い眼差しを向けるなり、「そこのウルフ族君。わしの用心棒にならないかね? 金は、幾らでも出すよ」と、柔和な表情をしながら、媚びた口調で、勧誘した。
トムは、何も出来ない状況に、再度、歯噛みした。ウルフ族の男を味方にするような言葉や手段が無いので、動向を見守るだけだからだ。
「分かったよ」と、ウルフ族の男が、返事をした。
その瞬間、トムは、項垂れた。ウルフ族の男が、手下になった瞬間だと絶望したからだ。
「流石は、戦士殿だ。物分かりが、良い」と、ゲオが、満面の笑顔で、歩み出した。
トムは、俯いたままで、右側を通り過ぎるゲオの足音を虚しく聞くだけだった。金が物を言う事を、思い知らされたからだ。少しして、頭を上げるなり、呆然と成り行きを見届けた。
間も無く、ゲオが、ウルフ族の男の数歩手前から、握手を求めるように、右手を差し出すなり、「今日から君は、ゲハゲハ団の仲間入りだ」と、にこやかに告げた。
次の瞬間、ウルフ族の男が、右手で、その手を叩くなり、「お断りだ!」と、きっぱりと断った。
「あ…!」と、トムは、驚きの表情で、気を取り直した。まだ、自分には、運が有ると感じたからだ。
少しして、「な、何をする!」と、ゲオが、右手を振りながら、語気を荒げた。そして、「分かったと、言ったじゃないか!」と、食って掛かった。
「都合の良いように、解釈するなよな。俺は、あんたらの魂胆が分かったと答えただけさ。それに、幾ら金を積まれようとも、悪党に加担するほど、落ちぶれちゃいねぇからよ」と、ウルフ族の男が、毅然とした態度で、言ってのけた。
「ゲ、ゲオ様! さっさと退散しましょう!」と、大男が、進言した。
「そ、そうですよ! ここは、引き下がりましょう!」と、丸顔の男も、同調した。
「ゲオ様! お、俺らじゃ、とても、ウルフ族にゃ敵いませんよ!」と、無精髭の男も、声を震わせて、訴えた。
「どうするんだ? ゲオさん? あんたの手下共は、早く逃げ出したいようだけどな」と、ウルフ族の男が、落ち着いた態度で、選択を迫るように、問い掛けた。
「う、うるさい!」と、ゲオが、返事をする代わりに、怒鳴った。そして、「おい、お前達、行くぞ!」と、手下達へ振り返らずに、一声掛けた。その直後、すたすたと、出口へ向かって歩き始めた。
少し後れて、「ゲ、ゲオ様ぁ~」と、手下達も、情けない声を揃えながら、追い掛けて行った。
間も無く、一味の足音の間隔が、段々と速くなった。やがて、遠ざかり、終には、聞こえなくなった。
「あんたも、大変だな。昨日、追っていた連中って、さっきの奴らか?」と、ウルフ族の男が、問い掛けて来た。
「ああ、そうだ」と、トムは、すんなりと頷いた。
「あのチビハゲは、曲者だぜ。あの面は、執念深そうな面構えだな」
「ははは。確かに」と、トムは、苦笑して、同調した。ゲオの執念深さは、身をもって、経験しているからだ。そして、「すまないが、縄をほどいて貰えないかな?」と、要請した。先ずは、ほどいて貰うのが、先決だからだ。
「ああ、良いぜ」と、ウルフ族の男が、快諾した。そして、右隣に歩み寄って来た。少しして、「よし、これで良いだろう」と、告げた。
その直後、縄がほどけるなり、はらりと落ちた。
トムは、ウルフ族の男へ向き合うなり、「ありがとう」と、満面の笑顔で、礼を述べた。ゲオの誘いを断ってくれた事が、嬉しいからだ。そして、「どうして、ここまで?」と、間髪容れずに、問い掛けた。都合良く現れた事が、不思議でならないからだ。
「村に入ると、ここへ向かっているあんたの姿が見えたものでね。後をつけさせて貰ったんだよ。しばらく経っても、あの隠し通路から出て来ないもので、お節介を承知で、介入させて貰ったんだよ」と、ウルフ族の男が、はにかみながら、経緯を話した。
「なるほどね」と、トムは、納得した。たまには、お節介をして貰うのも、悪くないからだ。
そこへ、「トム、あたし達のもほどいて!」と、ミュールが、口を挟んだ。
その瞬間、トムは、ミュールに振り返り、「あ、ああ…」と、思い出すかのように、返事をした。色んな事が同時に起きて、ミュール達にまで、気が回っていなかったからだ。そして、「すまないけど、バニ族の子の縄をほどいてほしい」と、ウルフ族の男に、一声掛けた。少しして、刀を拾い上げて、鞘へ収めるなり、奥へ歩き始めた。
その直後、「おう」と、ウルフ族の男が、返事をした。少し後れて、付いて来た。
間も無く、トムは、ミュールの前に立つなり、両手を束縛している縄を瞬く間に、ほどいた。
その刹那、「トム、もう二度と会えないかと思ったわ…」と、ミュールが、些か、涙ぐんだ。
「俺も、こんなに早く見つけられて良かったよ」と、トムも、安堵の表情を浮かべた。無精髭の男の軽率な行動のお陰で、無事に助けられたからだ。
「おい、こっちも済んだぜ」と、ウルフ族の男も、作業終了を告げて来た。
その直後、「こっちも、すぐに、終わらせるよ」と、トムは、返事をした。そして、しゃがみ込んで、ミュールの両足を拘束する縄を速やかにほどくなり、立ち上がった。少しして、右を向いた。すると、ウルフ族の男とレイミーが、立ち並んで居るのを視認した。
そこへ、ミュールが、立ち上がるなり、「トム!」と、間髪容れずに、左肩へ寄り掛かって来た。
その途端、「ミュールさん、不謹慎ですわ!」と、レイミーが、露骨に、不機嫌な表情で、注意した。
「ふん!」と、ミュールが、離れようともせずに、鼻で蹴った。
トムも、ミュールを見やり、「ミュール、甘え過ぎだぞ」と、たしなめた。レイミーの気に食わない心中も、理解出来るからだ。
ミュールが、鼻を鳴らすなり、「トムまで、固い事を言わなくても良いじゃない。別に、レイミーが、迷惑している訳じゃないんだから…」と、反論した。
「あのなぁ~」と、トムは、呆れ顔で、言葉を詰まらせた。本人に、全く自覚が無いからだ。
その刹那、「はっきり言って、迷惑です!」と、レイミーが、顰めっ面で、きっぱりと言い切った。
「ふう…」と、トムは、眉根を寄せながら、溜め息を吐いた。どちらにも、掛ける言葉が見つからないからだ。
そこへ、「おいおい、痴話喧嘩なら、後回しにしてくれないか?」と、ウルフ族の男が、口を挟んだ。
「二人共、そう言う事だ」と、トムは、便乗するように、話を切り上げた。どっち付かずで、埒が明かないからだ。そして、すぐに、ウルフ族の男へ視線を戻すなり、「で、何だい?」と、尋ねた。何用かと思ったからだ。
「率直に言わせて貰う。俺をあんたの相棒にして貰えないかなぁ?」と、ウルフ族の男が、遠慮気味に、申し出た。
「良いぜ。あんたのような戦士が、仲間になってくれれば、心強いよ」と、トムは、迷う事無く快諾した。二度も断る訳にはいかないからだ。
「宜しく頼むよ。俺は、フォッグ・シェルフだ」と、フォッグが、にこやかに、名乗った。
「俺は、トム・レイモンド」と、トムも、笑顔で、すぐさま名乗り返した。
「この子が、昨日、助けるって言っていた猫耳族の娘さんかい?」と、フォッグが、ミュールをしげしげと見ながら、問い掛けた。
「ああ、そうだ」と、トムは、頷いた。
「猫耳族の娘さん、宜しくな」と、フォッグが、にこやかに挨拶をした。
「よ、宜しく…」と、ミュールが、そのままの姿勢で、ぎこちなく挨拶を返した。
トムは、ミュールを見やり、「おいおい、そんな挨拶じゃ、失礼だぞ」と、苦々しくたしなめた。あまり、良い印象を与えないからだ。
「良いじゃない。挨拶なんて、どうでも」と、ミュールが、挨拶を軽んじる発言をした。
トムは、フォッグへ視線を戻すなり、「すまない。ミュールは、恥ずかしがり屋なんだ…」と、苦笑しながら、取り繕った。
「ミュールさん、それでは、フォッグさんに、申し訳ありませんよ」と、レイミーが、真っ向から指摘した。そして、「フォッグさん、私は、レイミー・フェンダと申します」と、ミュールとは対称に、フォッグに向かって、深々と一礼した。
「これは、丁寧な挨拶をありがとう」と、フォッグも、頭を下げて、返礼した。そして、頭を上げるなり、「あんた、中々の良い育ちのようだね」と、レイミーをしげしげと見ながら、感心した。
少しして、レイミーも、頭を上げて、フォッグを見据えた。そして、「そんな事無いですわ。父が、この村の村長を務めているだけですわ。父に、恥をかかせないように、挨拶だけはたしなんでいるのです…」と、はにかんで、謙遜した。
「そうなのか」と、フォッグが、納得だと言った感じで、満足げな表情を浮かべた。
「一先ず、レイミーの家へ戻ろう。ロバートさんに、二人の無事と隠し通路を伝えないといけないからね」と、トムは、穏やかな口調で、提言した。一刻も早く伝えてやりたいからだ。
「そうですわね。御父様を、早く安心させてあげないといけませんわね。御父様の事ですから、オロオロしているかも知れませんものね」と、レイミーも、すぐに賛同した。
「へへ、ここで、立ち話なんてしている場合じゃないな」と、フォッグが、ニヤニヤしながら、ほどいた縄を回収し始めた。
「フォッグ、縄なんか拾って、どうするんだよ?」
「今、縄を切らしているから、拝借させて貰うんだよ」と、フォッグが、巻き取りながら、理由を述べた。
「そうか。まあ、ゲオ達が調達した物だから、品質は、あまり保証しないけどな」と、トムは、皮肉った。すぐに駄目になりそうな安物の縄でも使っている気がするからだ。
「良いさ。まあ、有って、困る物でもないからな」と、フォッグが、回収し終えるなり、革帯の右側に、括り付けた。
少しして、「じゃあ、出るとしよう」と、トムは、告げた。良い頃合いだからだ。
「ああ」
「うん」
「はい」
間も無く、トム達は、出口へ向かって歩き始めるのだった。