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異種族騒動記  作者: しろ組
10/27

九、二人の行方

九、二人の行方(ゆくえ)


 翌朝、トムは、広間の床に、横たわっていた。

 突然、「トム君! 起きたまえ!」と、ロバートの(あわ)てた声が、耳元で、聞こえて来た。

 その直後、トムは、(まぶた)をカッと見開くなり、飛び起きた。すると、動揺しているロバートを視認した。寝惚(ねぼ)けた頭でも、異常事態が起きた事だけは、察しが付くからだ。そして、「ロバートさん、どうしたんですか? ふわぁ~」と、欠伸(あくび)をしながら、尋ねた。

 その途端(とたん)、「呑気(のんき)に、欠伸なんかしている場合(ばあい)じゃない! 大変なんだよ!」と、ロバートが、気でも(くる)ったかのように、いきなり(かた)(つか)んで()さぶって来た。

 その刹那(せつな)、「ロ、ロバートさん、どうしたんですか? お、落ち着きましょうよ」と、トムは、面食らった顔をしながらも、(なだ)めた。気が動転している状態(じょうたい)では、ちゃんとした話が出来ないからだ。

 少しして、ロバートが、兎の耳をやや前に(かたむ)けるなり、「す、すまない…」と、気持ちを静めた。

 間も無く、「いったい、どうしたんですか?」と、トムは、穏やかな口調で、尋ねた。

 その瞬間、「トム君! また、レイミーが、居なくなったんだよ! 昨日と同じように、朝の挨拶(あいさつ)が無いので、部屋へ行ってみると、姿(すがた)が無いんだよ!」と、ロバートが、耳を立てるなり、再び、怒気(どき)(ふく)ませながら、告げた。

「ええ! な、何ですってぇ!」と、トムは、信じられない面持(おもも)ちで、(おどろ)きの声を発した。レイミーが、朝っぱらから居なくなるとは、思いもしなかったからだ。そして、「ミュ、ミュールは、部屋に居ましたか?」と、続け様に、問い掛けた。ひょっとすると、ミュールも居ないと考えられるからだ。

「ミュールさんは、どの部屋かね?」

「確か、階段を上がって、右へ曲がって、すぐの部屋でしたよ」と、トムは、告げた。まだ、些か、頭が(はたら)かないものの、ミュールを運んだ記憶(きおく)は、残っていたからだ。

「分かった。君は、ここで、待って居てくれたまえ。私が、その部屋を見に行くとしよう」と、ロバートが、申し出た。

「お願いします」と、トムは、軽く一礼した。勝手に、他人の家をあれこれ探し回る訳にもいかないからだ。

 その直後、ロバートが、踵を返した。そして、足早に、広間を出るなり、右へ折れた。

 トムは、立ち上がり、眉をひそめながら、小首を傾いだ。そして、「レイミーが、一声も掛けずに居なくなるなんて、何か引っ掛かるな」と、(つぶや)いた。昨夜のレイミーの様子からして、黙って出て行くような要因(よういん)が、思い当たらないからだ。

 しばらくして、ロバートが、厳しい顔つきで、戻って来た。そして、「トム君…。ミュールさんも…、居ない…」と、開口(かいこう)一番に、落胆(らくたん)しながら、力無く告げた。

「そうですか…」と、トムは、淡々(たんたん)と聞き入れた。何と無く予想をしていた事なので、意外と驚かなかったからだ。そして、「ロバートさん、取り敢えず、僕は、村内を見て回りますよ」と、申し出た。どう見ても、情緒(じょうちょ)不安定なロバートの精神状態では、正しい判断が出来そうもなさそうなので、自分が、動いた方が手っ取り早いからだ。

「すまない…トム君…。私も…、気持ちを落ち着かせてから…、村内を(さが)してみるよ…」と、ロバートが、弱々しく返答した。

 その間に、トムは、左手で、刀を差している事を確認した。そして、「じゃあ、一回り見て来ます」と、口にした。その直後、玄関へ向かって、歩を進めた。間も無く、外へ出た。しばらく直進し、広場の中央に在る花壇(かだん)に突き当たった所で、足を止めた。すると、左手より、ゲオの手下の無精髭(ぶしょうひげ)の男が、視界に入った。次の瞬間、その行方を目で追った。何処へ向かうのかが、気になったからだ。

 無精髭の男が、気付いた素振(そぶ)りも見せぬまま、屋敷とは反対の道へ向きを変えた。

「何処へ行くんだろう? ひょっとして…」と、トムは、今の十数歩離れた距離を保ちながら、(まよ)わず尾行(びこう)を始めた。行く先には、ミュールとレイミーの居場所へ辿(たど)り着けそうな気がしたからだ。

 しばらくして、無精髭の男が、板塀に突き当たった。そこで、立ち止まり、何かを探すように、()で回し始めた。

 その間に、トムも、右手の物置(ものおき)小屋の陰に、素早く身を隠した。少しして、顔を半分(のぞ)かせながら、(うかが)った。何らかの意味が有ると察したからだ。

 間も無く、無精髭の男が、周囲を気にする風も無く、右手で、板塀を押した。その直後、回転扉のように、五枚の板が、軽々と動いた。そして、勢いそのままに、通り抜けた。やがて、半回転をして、元の状態に戻った。

 少し()を置いて、トムは、すぐに、その場所まで歩み寄った。そして、「ここら辺だったな」と、目を()らして見回した。何らかの違いが、見つかる(はず)だからだ。すると、一見、周囲の板と変わりは無いのだが、仕掛けを(ほどこ)されている箇所(かしょ)は、新しい板をわざと(よご)している物だった。そして、「なるほどね。こうなっていたのか」と、含み笑いをした。からくりを見破ったからだ。その直後、無精髭の男と同じ位置を押した。次の瞬間、通路が現れた。その先には、人為的(じんいてき)()られた洞穴(ほらあな)()った。その途端、すぐさま刀を抜きながら、潜り抜けた。ゲオ達が、奥で待ち構えていると考えられるからだ。少しして、洞穴へ侵入した。しばらく、効力(こうりょく)の切れ掛かって点滅(てんめつ)する照光石の明かりを頼りに、(ゆる)やかな左右に曲がりくねった通路を進んだ。やがて、突き当たりの手前に差し掛かり、左奥から別の強い光源(こうげん)の明かりとゆらゆら伸びる数人の影を確認したので、その場で足を止めた。

 そこへ、「おい、誰にも見られて居ないだろうな?」と、大男の野太い声が、響いた。

「へへ、見られていれば、とっくに、村の連中が、ここへ押し掛けているさ」と、無精髭の男が、得意気(とくいげ)に、答えた。

「もう見られているんだよっ」と、トムは、笑いを()み殺しながら、呟いた。間抜(まぬ)けなやり取りが滑稽(こっけい)なので、思わずツッコミを入れたくなったからだ。そして、曲がり(かど)まで、足音を(しの)ばせながら、歩を進めた。そこで、歩を止めるなり、聞き耳を立てながら、様子を窺った。

「ははは、それも、そうだな。ここは、色々と都合の良い場所だからな。ですよね、ゲオ様」と、大男が、同意を求めるように、声を掛けた。

「うむ。この村には、わしに協力をしてくれる者が居るからな。まさか、取り逃がした商品を取り戻せるとは、思いもしなかったよ」と、ゲオが、(じょう)機嫌(きげん)で、声高(こわだか)に返答した。

 その直後、「あんたなんか、トムに、また、やられるわよ!」と、ミュールのつっけんどんな声がした。

 少し(おく)れて、「そうですわ。トムさんが、あなた達を()らしめに(まい)りますわ!」と、レイミーも、強い口調で、同調した。

「ははは。ここを見つけたのならば、あの若造(わかぞう)も、お前達を助けに来られようものだろうがな。精々(せいぜい)、来もしない若造の名でも、ほざくが良い」と、ゲオが、無駄な事だと言うように、(あざけ)った。

「トムは、絶対に来るわ!」

「私も、トムさんは、来てくれると信じてますわ!」

 その直後、トムは、二人の期待に(こた)えるかのように、進み出た。すると、居住空間のように、木箱(きばこ)(たる)角材(かくざい)が、調度品(ちょうどひん)のように置かれており、その手前では、ゲオと大男と無精髭の男

が、ニタニタ笑い合って居るのを視認した。

 その途端、「トム!」と、ミュールの呼び声が、奥の方からして来た。

 少し後れて、「トムさん!」と、レイミーの声もして来た。

 その瞬間、ゲオ達も、振り向いた。

「お、お前…」と、大男が、右側の樽に腰を掛けたままで、面食らった表情をした。

 少し後れて、「こ、小僧!」と、無精髭の男も、大男の左側に立ちながら、驚きの声を発した。

「おっさんら、性懲(しょうこ)りも無く、こんな洞穴に隠れて居るなんて、やっぱり、人の姿をした害虫(がいちゅう)みたいだな」と、トムは、溜め息混じりに、皮肉った。

「うるさい! また、お前か…」と、ゲオも、正面の樽に座りながら、うんざり顔で、言い返した。

「こっちの方が、うんざりだぜ。また、おっさんらに出会うとは、思いもしなかったよ…」と、トムも、呆れ顔で、答えた。ゲオ達が、今回も、(から)んでいるからだ。そして、「今度は、少し痛い思いをして貰おうか!」と、凄んだ。このままでは、同じ事の繰り返しになりかねないからだ。

「おい、小僧(こぞう)。それは、こっちの台詞だぜ!」と、大男が、余裕の有る声で、示唆した。

「どう言う事だ?」と、トムは、眉をひそめた。余裕(よゆう)の有る態度が、気になったからだ。

 間も無く、「こう言う事だよ」と、大男が、得意顔で、奥を見ろと言うように、(あご)をしゃくり上げて、指した。

 トムは、その方へ視線を向けた。次の瞬間、両手両足を(しば)られたミュールとレイミーが、横長の角材へ並んで座らされて居るのを視認した。そして、丸顔の男が、切っ先を向けながら、二人の前に立って居るのも、視界に入った。それを目の当たりにするなり、「く…!」と、歯噛みした。二人を人質(ひとじち)に取られている以上、不用意に手出し出来ないからだ。

「ほれほれ、早く武器を捨てやがれ。俺達も、商品を(きず)付けたくないのでな」と、大男が、笑みを浮かべながら、にこやかに、投降(とうこう)を促して来た。

「トム…」と、ミュールが、眉根を寄せながら、言葉を詰まらせた。

「トムさん…」と、レイミーも、右隣で、両耳を半分曲げながら、表情を曇らせた。

「仕方無い…」と、トムは、憮然(ぶぜん)とした表情で、刀を前へ放った。そして、数歩先へ転がった。言いなりになるのは(しゃく)だが、これ以上の危険に(さら)すのは、不本意だからだ。

「トム君、君には、ここで、しばらくの間、わしらの逃走時間を稼いで貰うとしようかね。下手に君を始末して、わしの手下に、汚い返り血が付いても、困るからな。君には、大人しく、この部屋で、制限付きだか、(くつろ)いで貰うとしよう。ガハハハ!」と、ゲオが、踏ん反って、高笑いを始めた。

「おい、お前! 小僧を、とっとと(ロープ)で縛りな」と、大男が、無精髭の男に、指図(さしず)した。

「へ~い」と、無精髭の男が、返事をした。

 その間に、大男が、壁に掛けてある縄を右手で取り寄せた。そして、「ほらよ」と、無精髭の男の前へ差し出した。

 無精髭の男が、受け取るなり、歩み寄って来た。そして、右側にたった。

 少し後れて、丸顔の男も、左側へやって来た。

 間も無く、トムは、両側を挟まれた。

「へへへ。大人しくしてろよ」と、無精髭の男が、余裕の笑みを浮かべながら、告げた。そして、縄を巻き付け始めた。

「そうだぜ。今度は、永遠(えいえん)に、お寝んねする事になっちまうかも知れないからよ」と、丸顔の男が、切っ先をちらつかせながら、口元を(ほころ)ばせた。

 突然、「おや? 何だか、犯罪の(にお)いが、ぷんぷんするなぁ~」と、真後ろから、聞き覚えの有る勇ましい男の声がして来た。

 その瞬間、ゲオが、(こお)りつくように、高笑いを止めて固まった。

 トムは、後ろを見やった。すると、昨日、街で声を掛けて来たウルフ族の男を視認した。

 その刹那、「よお」と、ウルフ族の男が、右手を上げながら、親しげに、挨拶をして来た。

「ああ…」と、トムは、呆けた表情で、軽く会釈(えしゃく)をした。そして、ゲオへ視線を戻した。

 その途端、「ゲ、ゲオ様! ウ、ウルフ族ですよ!」と、大男が、恐慌(パニック)を起こした。

 ゲオが、大男を見やり、「オドオドするんじゃねぇ!」と、(しか)りつけた。そして、ウルフ族の男の方へ熱い眼差(まなざ)しを向けるなり、「そこのウルフ族君。わしの用心棒(ようじんぼう)にならないかね? (かね)は、(いく)らでも出すよ」と、柔和な表情をしながら、()びた口調で、勧誘(かんゆう)した。

 トムは、何も出来ない状況に、再度、歯噛みした。ウルフ族の男を味方にするような言葉や手段が無いので、動向(どうこう)を見守るだけだからだ。

「分かったよ」と、ウルフ族の男が、返事をした。

 その瞬間、トムは、項垂(うなだ)れた。ウルフ族の男が、手下になった瞬間だと絶望(ぜつぼう)したからだ。

流石(さすが)は、戦士殿だ。物分かりが、良い」と、ゲオが、満面の笑顔で、歩み出した。

 トムは、(うつむ)いたままで、右側を通り過ぎるゲオの足音を(むな)しく聞くだけだった。金が物を言う事を、思い知らされたからだ。少しして、頭を上げるなり、呆然(ぼうぜん)と成り行きを見届けた。

 間も無く、ゲオが、ウルフ族の男の数歩手前から、握手(あくしゅ)を求めるように、右手を差し出すなり、「今日から君は、ゲハゲハ団の仲間入りだ」と、にこやかに告げた。

 次の瞬間、ウルフ族の男が、右手で、その手を(はた)くなり、「お断りだ!」と、きっぱりと断った。

「あ…!」と、トムは、驚きの表情で、気を取り直した。まだ、自分には、運が有ると感じたからだ。

 少しして、「な、何をする!」と、ゲオが、右手を振りながら、語気を荒げた。そして、「分かったと、言ったじゃないか!」と、食って掛かった。

「都合の良いように、解釈(かいしゃく)するなよな。俺は、あんたらの魂胆(こんたん)が分かったと答えただけさ。それに、幾ら金を積まれようとも、悪党に加担(かたん)するほど、落ちぶれちゃいねぇからよ」と、ウルフ族の男が、毅然(きぜん)とした態度で、言ってのけた。

「ゲ、ゲオ様! さっさと退散(たいさん)しましょう!」と、大男が、進言した。

「そ、そうですよ! ここは、引き下がりましょう!」と、丸顔の男も、同調した。

「ゲオ様! お、俺らじゃ、とても、ウルフ族にゃ敵いませんよ!」と、無精髭の男も、声を(ふる)わせて、(うった)えた。

「どうするんだ? ゲオさん? あんたの手下共は、早く逃げ出したいようだけどな」と、ウルフ族の男が、落ち着いた態度で、選択を(せま)るように、問い掛けた。

「う、うるさい!」と、ゲオが、返事をする代わりに、怒鳴った。そして、「おい、お前達、行くぞ!」と、手下達へ振り返らずに、一声掛けた。その直後、すたすたと、出口へ向かって歩き始めた。

 少し後れて、「ゲ、ゲオ様ぁ~」と、手下達も、(なさ)けない声を(そろ)えながら、追い掛けて行った。

 間も無く、一味の足音の間隔(かんかく)が、段々と速くなった。やがて、遠ざかり、(つい)には、聞こえなくなった。

「あんたも、大変だな。昨日、追っていた連中って、さっきの奴らか?」と、ウルフ族の男が、問い掛けて来た。

「ああ、そうだ」と、トムは、すんなりと頷いた。

「あのチビハゲは、曲者(くせもの)だぜ。あの(つら)は、執念(しゅうねん)深そうな面構(つらがま)えだな」

「ははは。確かに」と、トムは、苦笑して、同調した。ゲオの執念深さは、身をもって、経験(けいけん)しているからだ。そして、「すまないが、縄をほどいて貰えないかな?」と、要請(ようせい)した。先ずは、ほどいて貰うのが、先決だからだ。

「ああ、良いぜ」と、ウルフ族の男が、快諾(かいだく)した。そして、右隣に歩み寄って来た。少しして、「よし、これで良いだろう」と、告げた。

 その直後、縄がほどけるなり、はらりと落ちた。

 トムは、ウルフ族の男へ向き合うなり、「ありがとう」と、満面の笑顔で、礼を述べた。ゲオの(さそ)いを断ってくれた事が、嬉しいからだ。そして、「どうして、ここまで?」と、間髪容れずに、問い掛けた。都合良く現れた事が、不思議でならないからだ。

「村に入ると、ここへ向かっているあんたの姿が見えたものでね。後をつけさせて貰ったんだよ。しばらく経っても、あの隠し通路から出て来ないもので、お節介を承知で、介入(かいにゅう)させて貰ったんだよ」と、ウルフ族の男が、はにかみながら、経緯(けいい)を話した。

「なるほどね」と、トムは、納得(なっとく)した。たまには、お節介(せっかい)をして貰うのも、悪くないからだ。

 そこへ、「トム、あたし達のもほどいて!」と、ミュールが、口を(はさ)んだ。

 その瞬間、トムは、ミュールに振り返り、「あ、ああ…」と、思い出すかのように、返事をした。色んな事が同時に起きて、ミュール達にまで、気が回っていなかったからだ。そして、「すまないけど、バニ族の子の縄をほどいてほしい」と、ウルフ族の男に、一声掛けた。少しして、刀を拾い上げて、(さや)へ収めるなり、奥へ歩き始めた。

 その直後、「おう」と、ウルフ族の男が、返事をした。少し後れて、付いて来た。

 間も無く、トムは、ミュールの前に立つなり、両手を束縛している縄を瞬く間に、ほどいた。

 その刹那、「トム、もう二度と会えないかと思ったわ…」と、ミュールが、些か、涙ぐんだ。

「俺も、こんなに早く見つけられて良かったよ」と、トムも、安堵の表情を浮かべた。無精髭の男の軽率な行動のお陰で、無事に助けられたからだ。

「おい、こっちも済んだぜ」と、ウルフ族の男も、作業終了を告げて来た。

 その直後、「こっちも、すぐに、終わらせるよ」と、トムは、返事をした。そして、しゃがみ込んで、ミュールの両足を拘束する縄を速やかにほどくなり、立ち上がった。少しして、右を向いた。すると、ウルフ族の男とレイミーが、立ち並んで居るのを視認した。

 そこへ、ミュールが、立ち上がるなり、「トム!」と、間髪容れずに、左肩へ寄り掛かって来た。

 その途端、「ミュールさん、不謹慎ですわ!」と、レイミーが、露骨に、不機嫌な表情で、注意した。

「ふん!」と、ミュールが、離れようともせずに、鼻で蹴った。

 トムも、ミュールを見やり、「ミュール、甘え過ぎだぞ」と、たしなめた。レイミーの気に食わない心中も、理解出来るからだ。

 ミュールが、鼻を鳴らすなり、「トムまで、固い事を言わなくても良いじゃない。別に、レイミーが、迷惑している訳じゃないんだから…」と、反論した。

「あのなぁ~」と、トムは、呆れ顔で、言葉を詰まらせた。本人に、全く自覚が無いからだ。

 その刹那、「はっきり言って、迷惑です!」と、レイミーが、顰めっ面で、きっぱりと言い切った。

「ふう…」と、トムは、眉根を寄せながら、溜め息を吐いた。どちらにも、掛ける言葉が見つからないからだ。

 そこへ、「おいおい、痴話喧嘩なら、後回しにしてくれないか?」と、ウルフ族の男が、口を挟んだ。

「二人共、そう言う事だ」と、トムは、便乗するように、話を切り上げた。どっち付かずで、埒が明かないからだ。そして、すぐに、ウルフ族の男へ視線を戻すなり、「で、何だい?」と、尋ねた。何用かと思ったからだ。

「率直に言わせて貰う。俺をあんたの相棒にして貰えないかなぁ?」と、ウルフ族の男が、遠慮気味に、申し出た。

「良いぜ。あんたのような戦士が、仲間になってくれれば、心強いよ」と、トムは、迷う事無く快諾した。二度も断る訳にはいかないからだ。

「宜しく頼むよ。俺は、フォッグ・シェルフだ」と、フォッグが、にこやかに、名乗った。

「俺は、トム・レイモンド」と、トムも、笑顔で、すぐさま名乗り返した。

「この子が、昨日、助けるって言っていた猫耳族の娘さんかい?」と、フォッグが、ミュールをしげしげと見ながら、問い掛けた。

「ああ、そうだ」と、トムは、頷いた。

「猫耳族の娘さん、(よろ)しくな」と、フォッグが、にこやかに挨拶をした。

「よ、宜しく…」と、ミュールが、そのままの姿勢で、ぎこちなく挨拶を返した。

 トムは、ミュールを見やり、「おいおい、そんな挨拶じゃ、失礼だぞ」と、苦々しくたしなめた。あまり、良い印象を与えないからだ。

「良いじゃない。挨拶なんて、どうでも」と、ミュールが、挨拶を(かろ)んじる発言をした。

 トムは、フォッグへ視線を戻すなり、「すまない。ミュールは、恥ずかしがり屋なんだ…」と、苦笑しながら、取り繕った。

「ミュールさん、それでは、フォッグさんに、申し訳ありませんよ」と、レイミーが、真っ向から指摘(してき)した。そして、「フォッグさん、私は、レイミー・フェンダと申します」と、ミュールとは対称(たいしょう)に、フォッグに向かって、深々と一礼した。

「これは、丁寧(ていねい)な挨拶をありがとう」と、フォッグも、頭を下げて、返礼した。そして、頭を上げるなり、「あんた、中々の良い育ちのようだね」と、レイミーをしげしげと見ながら、感心した。

 少しして、レイミーも、頭を上げて、フォッグを見据えた。そして、「そんな事無いですわ。父が、この村の村長を務めているだけですわ。父に、恥をかかせないように、挨拶だけはたしなんでいるのです…」と、はにかんで、謙遜(けんそん)した。

「そうなのか」と、フォッグが、納得だと言った感じで、満足(まんぞく)げな表情を浮かべた。

「一先ず、レイミーの家へ戻ろう。ロバートさんに、二人の無事と隠し通路を伝えないといけないからね」と、トムは、穏やかな口調で、提言した。一刻も早く伝えてやりたいからだ。

「そうですわね。御父様を、早く安心させてあげないといけませんわね。御父様の事ですから、オロオロしているかも知れませんものね」と、レイミーも、すぐに賛同(さんどう)した。

「へへ、ここで、立ち話なんてしている場合じゃないな」と、フォッグが、ニヤニヤしながら、ほどいた縄を回収し始めた。

「フォッグ、縄なんか拾って、どうするんだよ?」

「今、縄を切らしているから、拝借(はいしゃく)させて貰うんだよ」と、フォッグが、巻き取りながら、理由を述べた。

「そうか。まあ、ゲオ達が調達した物だから、品質は、あまり保証しないけどな」と、トムは、皮肉った。すぐに駄目になりそうな安物の縄でも使っている気がするからだ。

「良いさ。まあ、有って、困る物でもないからな」と、フォッグが、回収し終えるなり、革帯(ベルト)の右側に、(くく)り付けた。

 少しして、「じゃあ、出るとしよう」と、トムは、告げた。良い頃合いだからだ。

「ああ」

「うん」

「はい」

 間も無く、トム達は、出口へ向かって歩き始めるのだった。

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