笠
こんにちは、そして初めましてと言っておきましょう。私の名はキュセロ・ニニゴ(*1)、クラン『コレクターズ』のサブマスターをしています。
たまにはギルドで顔を売ってこいとマスターに言われましてね、今日は明け方から冒険者ギルドのロビーで相談窓口の仕事をしています。
夜明けと共に冒険者がギルドにやって来て今日の仕事を見繕ってはすぐに出掛けて行きます、そんな中でも慎重な者達は資料室(ココの資料の殆どはウチのクランで調べた情報です)で敵の情報や該当地域の地形などを熱心に調べてから仕事に出掛けます。
そういう慎重な者は良いのですが、そうで無い者は余程自信が有るのか何も考えていないのか、心配はしますが冒険者に成ったら生きるも死ぬも自己責任、依頼に失敗してもせめて生きて帰って来て欲しいものです。
そうそう、長かった日照りも終わり例年通りならそろそろ雨季が近付いてきた筈。
この開拓地では雨傘を使う人物は殆ど居ません、もちろんソレには理由が有ります。
そもそも雨傘と言うモノは片手を塞いでしまいます、そうなると当然ながら荷物の運搬に支障をきたすのですよ。
既に一通りの開発が終わった都市部などでは問題無いでしょうが、開拓地では冒険者も職人さんも商人も常に何かを持ち歩いたりしています。
雨傘の様な片手を塞ぐ道具は好まれないんですね。
多くの人が使っているのは防水加工されたフード付きマント、建築関係の職人さんの中には道具だけは濡らさない様にして自身は濡れるのを気にも留めない豪快な人も居るようです。
しかし冒険者、それも雨でも依頼を受けて野外活動をするモノにはフード付きマントだけでは対応できない事が有るのも事実、そこでウチのクランでは傘では無く笠を使うようにしています。
傘と笠の違いが判らない?では説明しましょう、ざっくり言えば手に持つ物が傘、頭に被る物が笠です。
笠の最大の利点は耳を塞がない事、顔の周囲を濡らさない事ですね。
そんな事を考えていると丁度良い相談が入ってきましたね。
「はい、おはようございます。相談窓口へようこそ」
「おはようございます、護衛依頼についての相談なんですが。」
「判りました、コレクターズのサブマスターとしてキュセロが責任を持ってご相談を承りましょう。」
「えぇえええ、そんな凄い人がなんで窓口なんてやってるんですか?」
「いやぁ、マスターが顔と名前を売って来いなんて言い出しまして、たまには書類仕事を放り投げて現場仕事だってやりたかったんで丁度いいんですよ。」
「そ、そうなんですか。」
「こうやって貴方が大声出してくれたおかげで顔も名前も少しは知れたので目的は果たしましたよ。」
「すいません。つい大声を・・・」
「えぇ構いませんよ、早速ですが依頼内容と貴方のPTの構成について聞かせてください。」
彼女の話を纏めるとこうなる。
・護衛対象は行商人で9人の行商人での共同依頼
・PTの構成は前衛3、斥候1、物理後衛1、魔法後衛1の6人
・西の街の門前までが責任範囲
・困っているのは予想される移動中の雨と盗賊の襲撃
「そうですねぇ、まず雨と盗賊の襲撃について、カギとなるのは斥候です。」
「はい、それは判りますが具体的にどうすれば良いでしょうか?」
「斥候の雨具はどうなっているか、具体的に話して下さい。」
「上から順に、革帽子、フード付きマント、ハイブーツです。」
「悪くは有りませんが良くも有りませんね。」
「どこがいけないのでしょう?」
「フード付きマントは雨の時にフードを被りますよね?」
「それは仕方が無いと思います。」
「ちなみに斥候の方の種族と性別は?」
「エルフの男性です。」
「ではフードを被るとせっかくのエルフ耳の利点が失われるはずです。」
「ですから困っているんです。」
その後の話し合いの結果、
・斥候には笠を装備させ、視界と聴覚の確保をさせる。
・笠も本人が使いやすいように事前に改造する
・夜間の活動に備えてエルフは昼の間は寝て過ごす
・野営の作業に備えて雨傘も1本だけ用意しておく
等の対策をする事で納得してもらった。
たぶん大丈夫だとは思うが、結果が気に成る処だ。
10日もした頃だろうか、例のPTを見かけたので話を聞いてみた。
「やあ、こんにちは。6人揃ってココに居ると言う事は依頼は成功したのかな?」
「先日はお世話に成りました。 はい、依頼は成功で、斥候が怪しい人物を見つけましたがコチラが先に発見して声を上げた為に何事も無く通過しました。」
「うんうん、何事も無いのが一番だね。ギルドには盗賊の可能性について報告はしたかな?」
「それはもちろん、西の街と、この開拓地、両方とも報告済みです。」
「結構だ、本当に盗賊ならばギルドから討伐依頼が出るだろうから、君達も一応気にしておいて下さいね。」
その後は軽く世間話をして別れたが、別にただの興味本位で話をした訳では無い。
相談依頼を受けたら可能な限りの追跡調査と結果の報告を聞く事で次に繋がるデータの収集をするのが目的なのです。
このデータの蓄積こそが歴史など無いこの開拓地の歴史の1ページに成る可能性を秘めているし、仮に役に立たなかったとしても、役に立たない事が確認出来るのもデータが残っていればこそですよ。
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続くよ
(*1)名前の由来 ヤ○ハのバイク 旧型セ○ー225 筆者が初めて買ったバイクです。