ショベル
よぅ、ロッソだ。
唐突だが今オレは感動に打ち震えている!
さっきまでクランハウスのロビーでだらけて居たのだが、ケンプファーが目の前に
差し出して来た一本のショベル(*1)から目が離せないで居る。
そもそも、たかが穴掘りの道具などに感動するのもオカシな話だと思うヤツも多いだろう、
オレだって実物を見る前なら他の連中と同じように呆れて小馬鹿にして居たさ。
それでも実際に自分の目で見て触れてしまえば感動せずには居られない機能美が
そこには存在しているんだよ!
話は半年ほど前まで遡る、クラン『コレクターズ』の武器調達係をしている
ケンプファーが酒の席でこう言い出したのが始まりだった。
「おいロッソ、今使ってるショベルはすぐに壊れると文句を言っておっただろう。
ワシの考える最高のショベルを作ってやるから一口乗らんか?」
「あぁん?今はショベルを使ってる様に見えるか?どう見たってエール飲んでるのが
見て判んねえのかぁ?」
「ったくヨッパライめ!、おめぇさんの装備品のショベルの話しだ。」
「だったらそう言えば良いだろうがぁ」
「さっきからそう言っておるじゃろう・・・
うん、酔ってたんだスマン。これ以上詳しく思い出すのは止めておこう。
まぁ何と言うか売り言葉に買い言葉で、
「そんな凄いショベルが出来たら半額出してやるぜ。まぁ出来る訳が無ぇがな!」
「ふははは、確かに言質を取ったぞ、凄いショベル作って吠え面かかせてやるわい。」
と成った訳だ。
そして冒頭の場面に戻るんだが・・・ハッキリ言ってケンプファーのヤツを舐めてた
これほどのモノを作るとは思っていなかったし、吠え面を晒しても悔しいとさえ
思わない程の圧倒的な存在感を放つショベルが目の前に有った。
具体的に説明をするならば、
1 柄は軽く狂いの少ない桐の本正目(*2)に塗料で劣化防止をして
さらに表面には薄く叩き延ばしたニッケル特殊鋼(*3)を巻いて異常な強度を確保。
2 柄の持ち手側の端にはT字の金具でこれまたニッケル特殊鋼のパイプで作った
ハンドルが付いている。
3 最も重要な刃の部分は錆に強く粘りのある軟鉄を鍛えた本体に、刃先部分のみ
錆には弱いが強度の有る炭素鋼を使用。
4 刃の形状としては一般的な中央部分に向かって少し尖っている、
いわゆる剣先ショベル型を真似しつつ片方の側面には
簡易的なノコギリとして使えるギザギザを持ち
反対の側面には掬った土などが零れにくい様に折り曲げて低い壁を作っている。
「おいおいおい、この刃先の処理は高級な鍛造剣の作り方じゃねぇか。」
「ふむ、その程度は流石に一目見れば判るか。」
「それに見た目は全部金属なのに、持ってみると予想より随分と軽い。」
「柄の部分の処理に苦労したからな。」
「コイツは使って確かめるしか無いな。ちょっと裏庭で穴掘ってくる!」
「品質に自信は有るが使う人によっては考えも違うだろう、
意見が聞きたいのでワシも付いて行くぞ。」
おぉぉぉ、素晴らしい性能だ。
確かな手ごたえを伴って切り裂くように地面に入って行く刃先、
ハンドル部分は手に吸い付くように握りやすく・・・これは表面の装飾に見えるが
実際には滑り止めとして機能しているのか、
掘り起こすために力を籠めるとほんの少しの弾力を持って柄がしなり土が掻き出される。
そして実際に穴を掘ってみて気が付いてしまった。
この重量バランスと強度、そして大きさ等を全て考慮すると・・・
「なぁケンプファー」
「どうしたどこか不具合でも出たか?」
「コレって槍としても使える様に作っただろ?」
「ふわっはっはっはっはっは、ついに気が付いたか。そうともよ、
この一本のショベルを持ち歩けば今までの装備から短槍を減らす事が出来る上に
この絶妙な短さによってショートソード程度の近距離戦闘もこなせるのじゃ。」
「この一本と小ぶりなハンマーアックスを持てば即席の工兵の出来上がりだな。」
その日、クランハウスの庭で嬉々として奇声を上げながら穴を掘る二人組は
すぐに仲間に見つかり、出来たばかりのショベルと追加で片手用の小型
ハンマーアックスがクランの正式装備として採用されたのは数日後の話だ。
続くよ
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(*1) 日本ではJIS規格により刃の部分を足で踏みこめる形状の両手持ちで
大型のモノをショベル、主に片手持ちで足を掛ける部分の無い小型のモノを
スコップと呼ぶ・・・のですが、地域や特殊形状などで例外が多いのも事実でして、
この作品では両手持ちで刃の部分に足を掛けて踏み込める形状のモノとします。
(*2)桐の本正目非常に軽く、重さの割には強度のある桐の木材で
本正目とは切り出した木材の端から端まで真っ直ぐに木目が走っている最高級部位。
(*3)ニッケル特殊鋼 いわゆるステンレスに近い物だと思って下さい。




