筆記用具
私の名はクレイド・ジェイド・ベルウッド、ココの開拓地を含むグラスラントの領主で爵位(*1)は男爵、前世では鈴木礼人と呼ばれて、まぁ、いわゆる転生者だ。
話は数年前に遡る。
「どうしてこうなった・・・」
「はっはっは、良い事ではないか。コレでお前も貴族の一員だ。」
「私は貴族になんて成りたく有りません!」
「判らないでも無いが、諦めろ。そしてお前が子爵で終わる訳が無い。それも諦めろ。」
「どうしてこうなった・・・」
「どうしてだと?決まっておるではないか。前の発明品の所為だな。」
「いやね、私は自分の使いやすい筆記用具を作っただけでして、大儲けとか貴族に成りたいとか、そういった事は求めては居なかったのですよ。」
片田舎で商家の3男坊として生まれ幸せな家庭で育ったが、さすがに三男では店を継げない、父の応援も有ったので独立して自分の店を持つつもりだった。
11歳で商工ギルドに登録し、実家の手伝いをしつつギルドの斡旋で様々な仕事を学んだ。
15歳の成人を機に独立資金を集めようと前世の記憶から幾つかの便利な道具を再現して売りに出したのだが・・・コレが大当たり、当たり過ぎてヒットを飛ばすつもりが場外ホームランだった感じだ。
その後いくつかの工房を抱え、何人もの見習いを雇って順調に店を経営していたが、当時の一番の関心事は使い勝手の悪い筆と紙の改良だった。
何度も職人と話し合い、山と積まれた試作品と格闘してながら2年を費やして完成させたのが、日本では『習字筆』などと呼ばれているペンと『わら半紙』と呼ばれる紙である。
商人として、実用に耐えうる品質と気軽に購入できる価格を両立させる事に腐心し、まずは自分で使ってみて、次いで見習いや取引先に使ってもらっていたのだが転機は納税の提出書類にその紙を使った事で訪れた。
「これ、そこの貴様。この店に安価でなめらかな紙が売られていると聞いたが誠か?」
「ようこそいらっしゃいました。ソレはおそらく当店の製品と思われますが、どちら様でしょうか?」
「私はフレイムポール伯爵領の徴税管でムーラットと言うモノだ。」
「ムーラット様ですね。お探しの紙はおそらくコレと思われますのでご確認ください。」
「ふぅむ、確かにコレだな。伯爵領の政務用に買い求めたい。とりあえず1万枚ほど用意するのに何日掛かる?」
とまぁ、あれよあれよと言う間に話しが大きくなって、とてもお抱えの工房では間に合わないので製法を広く一般に公開して生産量を一気に増やしたのだ。
この時点でお抱えの工房も店の見習い達も休みなく働いており、人手が足りないので給金より休みが欲しいと言い出すモノも出てきていたし、今までは製造から販売まで独占していたので十分すぎる利益を上げて居た。
今後の賃金低下を予告の上で利益の幾らかをボーナスとして支給し、5日間の臨時休業と言う形で休暇も与えた。
その話が領主のフレイムポール伯爵の耳に入ったようで
「自身の利益を優先せず、広く領地の発展に寄与し、報酬の与え方も人を使うと言う事が良く判っている。」
と気を良くして、家臣に加えたいと言い出してからは更に多忙の日々を過ごした。
私自身に特別に秀でた能力は無くても、領地の経営に必要な事務仕事を広く浅く満遍なく何でも出来るようになると
「お前を新たに貴族として推薦したい。」
などと言い出しやがtt ゲフゲフ、言われまして。
子爵位と領地の一部を任される様になり(要するに人手不足だった訳ですね)、話は冒頭に戻る。
なんとその時点で王都の貴族も何割かが『習字筆』を使っており、紙の方も公式書類には使えないが簡単な指示書やメモ書きとして重宝しているとの話を聞いた。
その際に伯爵が利益を捨ててまで一般に普及させた商人に褒美を与えるべきだ。と主張して色々と紆余曲折は有ったが結果として貴族に名を連ねて小さいながらも自治都市を預かる事と成ったのが数年前。
都市の運営が予想を超えて順調で有った為に昨年には男爵位を授かり、長年の間いつか行おうと計画だけは有っても実行できる人材が居なくて宙に浮いていた、東隣国へと続く街道整備と一帯の領地運営まで任されて、そして今に至る。と
今でも日々の仕事に欠かせない紙とペン、文官や商人だけで無く、今では中級以上の冒険者は高い割合で持ち歩いていると言う・・・うん、スマン、実はコレも私が普及させたんだ。
『細めで毛足の堅い習字筆』
『木で出来た箸箱の様な筆入れ』
『紐で巻いてぶら下げ持ち運ぶインク壺』
『木枠に皮を巻いて強度と防水性を備えた紙入れの筒』
これらを商工ギルドに標準品(*2)として登録し、安価で安定した品質で野外でも使える筆記用具を生み出した、それだけで無く領地の新しい情報を提供した者に報償を出す制度を作ったので冒険者達も小遣い稼ぎに色々と調べては報告書を提出してくれる。
金に成ると判れば冒険者だって読み書きを覚える、この政策により冒険者の識字率は他の領地よりかなり高い水準に成ったと聞く。商店は安定して道具が売れる。私は調査隊を組織するより遥かに少ない投資で領地の状況を知る事が出来る。これぞ一石三鳥だな。
さて、それでは午後も書類仕事をこなしますか。
――――――――――
続くよ
(*1)爵位について 中世ヨーロッパでも時代と国や地域によって爵位の呼び方や順位が違います。
この作品では男爵を中級貴族とします。
(*2)ギルドの標準品 商工ギルドで認められた一定水準の品質で、同じ材料、同じ大きさ、同じ値段で販売される品物の総称。内容についてはいつか詳しく書きます。
誤字脱字報告、ご意見ご感想等、お待ちしております。




