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ヒーローだって悩みは尽きない!  作者: 逸迄茂 笑太
われら、職業戦士!
8/11

レッド 俺らのヒーロー生活マジ危険信号(レッド) ⑦

 呆ける多田を皆が寂しそうな目で見ていると、部屋にベルの音が軽快に鳴り響く。


 更なる来訪者だ。


 一同玄関がある方に首を振ると、横目を滑るように多田が駆けていった。息の詰まるこの部屋から一番に出て行きたかったのだろう。


 「はいはいはいーー。どちら様でしょかぁ?」


 完全に外面の笑顔を作った多田は手を揉みながら玄関に顔を出す。多田は自分がタンクトップにボクサーパンツ姿だということを忘れているようだ。


 玄関口に立っているのは初老というにはまだ早い男性。癖のある黒髪は艶を醸し、型のしっかりとしたシャツは大人の清潔感を男に与えていた。細身のジーンズは若々しく、何よりも縁の細いメガネが男の生真面目そうな笑顔を強調していた。


 しかし男の笑顔は引くついている。それもそうだ。なんせ出てきたのは下着姿のおっさんなのだ。


 「ど、どうもこんにちは。いつもお世話になってます。進藤で……」


 それでもその男は笑顔を崩さない。どうやら多田とは知り合いのようで、何かの用があってか出向いてきたらしい。手に持った菓子折りを多田に差し出す。


 しかし、崩れたのは多田のほうだった。


 「きききき、キサマァーーーー!」


 つい先ほどまでの型にはまった笑顔は消え、むしろ殺気に満ちた形相で男を睨む。そのまま威嚇した状態で玄関の靴箱の上にあるものを素早く取り、男に向って構えた。


 謝罪フォンだ。


 多田は何を思ったか、男相手に変身を始めた。


 「マジ、すんません!」


 突然大きな声で多田が謝ると、謝罪フォンから光が溢れ出した。


 男はその余りの眩しさに、持った菓子折りで顔を隠す。


 謝罪フォンから溢れる光は留まることを知らず、更に量を増し、遂には玄関全てを包んだ。


 「やったやった確かにやった」


 光の中から多田の声だけが聞こえる。


 これは多田達、謝罪戦隊の変身口上である。


 その声を皮切りに光が少しずつ減っていく。


 「おれがやったよ謝るよ、マジごめん!」


 そして完全に光が消えると、多田の姿はだらしない姿から、赤色の全身タイツに変わっていた。胸には大きく『事後』の文字。


 「やってから後悔するタイプ、事後レッド!」


 大きく上に手を伸ばしポーズを決める。


 「ちょっと、ちょっと待ってよ多田君。話を聞いてくれ」


 光を遮っていた菓子折りを下ろすことなく男は言った。大分慌てて、声が裏返っている。


 「貴様に待てと言われて待つはずがないだろう!」


 多田は男を無視し、決めポーズを解く。そして胸の前で拳を握った。これはポーズとは違い、確実な殺気を男に向けた、構えである。


 「ここであったが十年目!いくぞ!!」


 そのまま腰を入れる。


 「シントウアーツ!覚悟!!」


 多田は大きく右腕を振りかぶった。


 シントウアーツ


 それは、陳謝戦隊十年前からの因縁の相手。宿敵侵略星人オカスンダー首領の名前である。


 そう、この来訪者 進藤 敦  年齢不詳


 職業 日本国公認ゆるきゃら異星人集団『オカスンダー』団長  


 正体は侵略星人 オカスンダー首領 シントウアーツなのである。



 「あ、進藤さん」

 

 「あれっ、小山野くん?」


 進藤と呼ばれた菓子折りの男はひょいと体を反らし室内を覗く。奥からは、小山野が顔を覗かせていた。


 「おっとっとと、あぁぁっ!」


 菓子折りごと進藤の顔面を狙った多田の大降りの右拳は空を裂き、勢いあまって多田自身を引っ張った。多田は止まることが出来ずそのまま開いた玄関から外に転がって行った。外では何かにぶつかった音がする。


 「どうしたんですか、進藤さん。こんな時間に」

 

 玄関口に出てきた小山野は多田を気にする事無く進藤に声を掛けた。


 「いやぁ、ちょっと……君もいたんだ」


 そういうと進藤は「しまったなぁ」という声を持ってきた菓子折りで隠す。


 「金曜日のこの時間は大体、明日の日程を確認するんですよ。なにか、御用でしたか」

 「うーんとね……そのぉ」


 小山野はどうぞと、中に通そうとするが進藤が手の平を前に出し、それを断る。


 「あ、進藤さんこんにちはー」

 「お久しぶりです」


 しかし、進藤が中に入らず時間を使っていても、中のものが変わりにどんどんと出てくる。玄関がだんだんと賑やかになってきた。


 「や、やぁ。服部君に阿部君。元気そうだね」


 更に出てくる人間を見て進藤も更にばつが悪そうに頬を掻く。


 「……みんないるじゃないか、日を改めようか」

 「どうかしました?」

 「あ、いや別に……ね。あ、これよかったらみんなで食べてください」


 そういって進藤は漸く手に持った菓子折りを差し出す。

 それを服部が受け取る。「あ、これ環七沿いにいあるお店のやつだよ。阿部君」「それ、俺も知ってます」と二人の意識は菓子折りに集まる。


 その隙を見て進藤はすかさず小山野に小声で耳打ちする。


 「……ところで今、シルフィアくんは……中にいるのかな?」


 「ピンクに何のようだ」


 「わわわわわ!」


 進藤の質問に返事を返したのは多田だった。いつの間にか戻ってきた多田は、進藤の真後ろにぴったりとくっついていた。


 「あ、いや!多田君!あの今日はね!」


 「御託はいらん!貴様、またピンクに悪さをしにきたんだろう!!」


 「あっいや、それは。その」


 多田の言葉に進藤はあからさまに顔色を悪くする。


 「……そのことについては、本当にすまなかったと思っている。謝っても、謝りきれない事をした自覚はある。それでも本当に、すまない」


 急激に萎む進藤。しかしお構いなしに多田は畳み掛ける。


 「そうやって落ち込んだ振りをしていてもだめだね!お前はピンクにひどい事をしてきたんだ。それを謝りたいならさっさと退治されてくれよ」


 その言葉に背中を丸め小さくなる進藤。多田はそれを面白がっている。


 「多田さん!いい加減に……」

 「いいんだ、小山野くん」


 それを見かねた小山野が多田を静止しようとするが、それを止めたのは進藤本人だった。


 「進藤さん。あなたが多田さんに攻められる必要なんてどこにもないのにい」

 「それでも彼女にひどい事をしたのは確かなんだ。だから僕は」


 そういって進藤は多田の悪態を受け入れ続けた。



 進藤は侵略星人という異星人だ。十年前、あの決戦の日まで地球の秩序など知りえはしなかった。彼は侵略星人シントウアーツとしての行動を全うしただけなのだ。


 その行動の中に、「ピンクの肉体的侵略」があった。


 彼はことあるごとに彼女の体を弄んだ。当然のように彼女を陵辱した。それがこの地球上で「罪」にあたることを知らずに。


 進藤はその事についての戒めはいくらでも受ける覚悟があった。だから多田の暴言をも受け入れ続けた。


 「どうせ、お前。ピンクが人間じゃないからあんな事してもいいと思ったんじゃねぇの?お前、ケモナーってやつか?ははははは」


 しかしこの発言を、進藤は飲み込むことが出来なかった。


 「……あなたが」


 「ん?」


 背中を丸めた進藤の声は、うまく多田の耳まで入らない。近寄り多田が進藤の顔を覗きこむ。



 「あなたがそんなんだからっ!!」


 

 突然の大声に多田は仰け反りしりもちをついた。小山野はもちろん、多田の陰湿さに苦い顔をしていた服部、阿部も目を丸くした。

 

 「どうしてあなたはそうやって彼女の孤独に気付けないんだ。だから彼女は!」

 

 進藤は悲しそうに多田を見下ろした。


 「な、なんだよ……」


 「……もういいです。心は決まりました」


 多田は腰が抜けて立てない。そんな多田に言葉を吐き捨てる。


 「今日は彼女を頂きに来ました」


 そういうと進藤は玄関から中に入った。多田は自分が掛けられた言葉の意味を租借できない。


 「お邪魔させていただきます」


 「進藤さん……」


 入ってすぐ、目の前には目的の女が既に立っていた。


 「あっ……」


 進藤は目をそらし情けない声を漏らしてしまうがそれをすぐに噛み潰す。そして再び彼女を見やる。

 

 進藤の目の前に立つ女。羽織った桃色のカーディガンは彼女の温和な表情を引き立てる。淡く輝くリップが塗られた唇は同じ春らしい色で。肩に掛かる栗色のストレートヘアは彼女に気品を持たせ、つんと尖った獣の耳(・・・)は目の前の男を見つけると甘く垂れ下がった。


 獣の耳の女  シルフィア 年齢不詳


 職業 肴処 うさぎ アルバイト 兼 陳謝戦隊 マジゴメンダワー 結局ピンク


 やはり美しい人だな。


 進藤の表情に笑みが沸く。


 「シルフィアさん」


 「……はい」


 進藤の枯れ掛けの声で名前を呼ばれて、シルフィアの耳は更に垂れた。同じくして頬は初摘みの桃色に淡く染まる。


 進藤はメガネのフレームを押し上げ、シルフィアの右の手を掴んだ。


 「僕は今日、あなたを奪います」


 進藤、突然の告白に辺りは騒然とする。


 「……はい」


 二つ返事で笑顔を返すシルフィアにもどよめく。


 進藤、シルフィア以外の人間達は今目の前で起こっていることを理解しようと必死になって頭を回転させる。

 突然現れた進藤、シルフィアを見つけるなり告白して、シルフィアも了承。それはつまり


 「……えっと、お二人は」そう服部が切り出そうとすると


 「失礼します」


 と進藤はシルフィアの手を引き基地敷地外にい駆け出した。

 二人後を暖かな風が追いかけてゆく。


 「えっとぉ……?」


 服部が言葉を詰まらせ、引き笑う。そして小山野、阿部と順に目を移すと、皆同じ表情をしていた。 


 「つまり……」

 「これって」

 「そうなるよねぇ」

 

 そこで漸く三人は一つのことを確信した。


 三人はへたり込む多田を同時に見下ろした。その視線に多田が答える。


 「……え、なに。俺、振られちゃったの?」


 多田も、笑ってしまっていた。

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