レッド 俺らのヒーロー生活マジ危険信号(レッド) ②
小山野 研二郎にとってその光景は平凡だった。
ほぼ裸で立っている女、その女の胸を揉むにやけ面の男、その二人を悔しそうに見つめる小太り。
どうしてこの様な状況になったのかは定かでないが、それぞれがどういう状態でいるのかはなんとなく分かる。いつも通りの関係。
しかしいつからこれが『いつも通り』になったのかは分からなかった。
「こういうのは暗くなってからにしてくれよ、昼間っから気が擦れる」
小山野は表情を変えることなく居間に足を踏み入れる。長身の彼にこの家の戸はやや低い。頭を下げ潜る様に入った。
そしてひっくり返ったちゃぶ台を軽く持ち上げると壁に立てかける。
「おうブルー!聞いてくれよぉ。イエローのやつったらな」
「……っだから多田さん、それは誤解で!」
ほぼこう着状態に状態にあった居間が新しい刺激によって再び動き出そうとする。
「はいはいここ片付けてからでいいでしょ。服部、雑巾取って来い」
「あ、うん」
しかし小山野は言葉に乗ることなく当事者の一人を場から外させた。服部も小山野の言葉にすぐに従い居間を出た。
「シルさんも下着くらいは履いてくれよ。目のやり場に困る」
「やだっ、……ちょっと退いて」
流れるように女に言葉を繋げる。目のやり場といいつつ女のほうには一切視線を向けない。女は肩で多田を押しのけ、寝室に入っていった。
「うえ~~。なんでい、つまんねえなぁ」
「多田さん。あんたは」
口をタコのように尖らせる多田に対しても何か指示を出そうとするが、その姿を見て一拍置く。軽く息を吸って眉を顰め、
「タバコでも吸って来てくれ」
「了解ぃ、受けたまりーー」
落ちていたタバコを拾い上げ渡す。多田は滑るように玄関へと向っていった。
服部が戻り部屋を片付け、女が服を着て出てくる。最後に多田がまた居間に入るのに掛った時間は十分弱。それに合わせて暖かい緑茶を準備した小山野。『慣れ』による手際の良さが窺える一連の流れだった。
小山野 研二郎 二十八歳
職業 肴処 うさぎ アルバイト 兼 陳謝戦隊 マジゴメンダワー 爽やかブルー
陳謝戦隊一行はちゃぶ台を囲み座った。
誰が付けたか、液晶テレビには午後のワイドショーが流れていた。今日のピックアップはがん保険需給についての穴。テレビに映る司会者やコメンテイターは誰一人暗い顔などしていない。
「で、なんでおまえら今日集まってきたんだ」
一番初めに緑茶を飲み干した多田は顎を掻きながら言った。
「いやいや多田さん、今日金曜日だから」
服部は啜ろうとした緑茶を軽く噴出し声を上げる。それを聞き多田は「あ~~、はいはい。そうかそうか」と納得しながら「作戦会議ね」と付け足した。
この日は金曜日。
陳謝戦隊は毎週金曜日に作戦会議を開いているのだ。
「毎度思うけど、会議って言うほど話し合うことなんてないんだけどね。はい、プリント配りまーす」
そういって服部は居間にいる全員に一枚のプリントを配った。プリントの一番上には
『5月17日(土)~18日(日)地球防衛作業日程』
と書かれている。
「じゃあ明日の日程を確認するよ。明日現れるのは中村橋の美術館だね。午前11時に一般展示室に出るから集合は……」
「いやいやちょっと待て」
プリントを配り終えた服部がそのまま話を続けようとすると多田が口を挟んだ。
「イエロー。なんか大事なもん忘れてねぇか?」
そういうと多田は腕を組み目を閉じた。
「え?大事なもの?プリントに不備でもあったかな」
「そうじゃねぇだろうが!!」
隣に座る小山野のプリントを除き見る服部を多田は一喝する。
「俺達は、なんだ……」
声を張り上げはしたが石のように動かない多田。今度は呟くように言った。
「……え。うーん……。正義の、味方……とかかな?」
突然大声を上げられた服部は目を丸くしていた。しかしわけも分からないなりに多田の求める正解を探す。
「そーだよそう!俺達は正義の味方!正義の味方の『陳謝戦隊 マジゴメンダワー』だろうが!!」
どうやら服部の答えは合っていたようで、多田は目を開き右の手のひらででちゃぶ台を叩いた。
「その陳謝戦隊は~~、何人の正義の味方なんだよ?ピンク!」
多田は不意に右隣に座る女を指差した。
「えっ、私!?……五人だよ」
「そうだよ五人の戦士たちなんだよ俺達は。なぁ!ブルー」
次いで右隣の小山野。
「まぁ、五人だな」
「イエロー、もう分かるだろ。俺が何をいいたいか。お前は今仲間に対して、とてつもない失礼をやらかしているんだよ。五人の戦士の作戦会議を~~~~」
多田は最後に指を服部に向けて言葉を伸ばす。服部は、その先を自分に言わせたいのだということが分かったが、あえて質問の形で言葉を返した。
「もしかして、阿部君のことをいってるのかな?」
「~~~、っその通りだよ。四人しかいないだろうが!ブラックがいない!!」
望みどおりの形でなくとも望んだ回答を受けた多田は少し陽気に言った。しかし不満そうなのは服部のほうだった。
「やっぱり。でも多田さん」
服部の言葉に多田は右眉だけ吊り上げ返事をする。
「阿部君ならずっと……」と服部は多田を指差す。
正しくは多田の後方、居間の隅である。
「多田さんの後ろにいるよ」
「どわあぁぁーーーーーーーーー!」
その指の先を辿るように振り返った多田は大声を上げて飛び跳ねた。そのまま隣に座る女の胸にしがみ付く。女は「きゃんっ」とメス犬のような声を出す。
「いいい、いつからそこに居たんだブラック!!」
多田の後ろには痩せた男が座っていた。黒のスウェットに身を包んだ長髪黒髪のその男は、しきりに前髪を撫で付けていた。
阿部 麗音 二十七歳
職業 ゲームセンター CITY アルバイト 兼 陳謝戦隊 マジゴメンダワー 沈黙のブラック
多田が女を放り投げ立ち上がり、隅に座る阿部に寄った。しかし阿部は目線を多田に向けない。手に持ったプリントを眺め続けていた。
代わりに服部が「雑巾を取りに台所にいったらいたから部屋の片づけを手伝ってもらったの。そこからずっとそこに居たよ」と答えた。
「……ったく、びっくりさせるなよな。いるならいるっていえっつーの」
「で、多田さん」
舌打ちをしてちゃぶ台に向きを直し座る多田に服部が聞く。
「何が仲間に失礼だって話だっけ?」
やや冷えた笑顔の服部。
多田はその顔を真顔で見ていた。と思ったときにはやけに大きな笑い声を上げた。
「っははははは!俺はお前を試したんだよ!!」
更に多田は大きく笑った。服部はどっと疲れた様子で肩を落とし溜息を吐く。小山野はそっと服部に湯飲みを渡す。それからは熱々の湯気が上っていた。