彼女と彼は決意します
現在午後7時を少し回ったところ。この時間帯の過ごし方は食事を食べたり。バラエティ番組を見てくつろいだり。お風呂でしっぽりと一日を振り返ったり。宿題に取り掛かろうとするがまだ時間あるかーあとでいいやーと後回しにして漫画を読んだり。仕事が残っていて社畜なんてやめてやる!なんて思いながらも必死にパソコンと向き合ったり。様々な過ごし方がある時間帯。
我が家では、食事とその後の片付けを済ませほっこりとお茶を頂き好きなテレビ番組を見ている。いつもなら。
本日の我が家では会議が始まろうとしていた。議題はもっぱらアイラのことである。名づけて「陽人の朝まで探ります。in 天使」だな。なんかテレビ番組のタイトルみたいなところには触れないでおきたい。別にいつも通りにテレビを見たいわけじゃない。うん、違う。違うぞ、絶対に!
己の欲望との争いを自己暗示によって終戦させ、目の前で手持ち無沙汰に座っているアイラの方を見つめる。俺が急にそうしたせいか、アイラは背筋を伸ばし全身に力が入る。彼女自身もこれからする話をわかっているのだろう。俺の横の陽菜もやはり真剣な面もちである。可愛い。
この緊張した空気を突き破るように俺はひとつ咳払いをし、話を切り出した。
「単刀直入に聞く。アイラ、お前は何者なんだ」
「私は……人間じゃない。こことは違う世界からきたの」
俺はだいたい予想というかあの文章を、自分の直感を信じていたので別段驚きはしない。むしろこの言葉を待っていたのだ。しかし隣の陽菜はと言うと、ほえあ?何言ってんのこいつバカじゃねえの?みたいな顔をしている。うん、その反応が普通だから気にしないで。お兄ちゃんがちょっとおかしいだけだから。
「お、お兄ちゃん、わけがわからないんだけど……」
「アイラ、俺と陽菜にお前の事話してもらってもいいか?」
そうアイラにお願いすると、アイラは黙って首を縦に振り、食事の時とは打って変わって重々しい表情で話し始めた。
「私は天界といって、天使が住む世界にいたの。だから当然、私も天使。天使はいろいろな物に幸福をもたらすことを役目として生きてる。天界に住む動物、植物、様々なものにね。でも私はある罪を犯したことで天界を追放され、人間界にきたの。」
「あわわわ~陽菜もうダメ頭がパンクしちゃう~~」
陽菜の頭から湯気とクエスチョンマークが見えるが今は構ってられない。お兄ちゃんもわけわかんないから。
「マジで天使だったのかよ……んで、その罪ってのはなんなんだ?」
「それは……」
俺がそう質問すると、アイラは顔を耳まで真っ赤にして目を俺から逸らし、なかなか言い出そうとしない。
人間には言えないなにかが天使にもあるんだろう。ましてや初対面だ。俺だって言いたくない事を初対面の奴に言うわけがない。
「あ~すまんアイラ、言い辛いなら言わなくても」
「ブドウを食べてしまったのです!!!」
時間が、空気が、脳が止まる。
「ほへ?」
自分でも聞いたことない情けない声がたまらず出てしまった。人間、自分の想像を遥かに超えたものが目の前で起こった時、どうして良いかわからなくなるものである。
「食べちゃいけないって言われてたのにそのブドウを食べてしまって……」
停止した脳を再び動かす努力をする。そういえば脳を動かす唯一のエネルギーはブドウ糖だけらしいよ!うん!関係ないね!落ち着け俺。
「ってかそれ似たような話あったよな。賢くなれるリンゴ食って楽園から追放されるやつ」
「わ、わたしはお腹が減っていて我慢できず隣の家のブドウを食べてしまい、その家族を悲しませてしまったので……」
「我慢しろよ……」
こいつは天界とやらでも食いしん坊だったらしい。子供というかアホというか……
「で、天界には戻れるのか?」
「戻ることはできるよ。ある条件をクリアすることができればだけど」
「その条件ってのは?」
「自分が心に決めた一人の人間を幸福にすること。ただ、一度心に決めてしまうと、もう変えることはできない。その人を幸せにするまではずっと天界には戻れないの」
「……もう決めたのか」
「まだ、だけど、はると、あなたにしたい。カレーくれたから!拾ってくれたから!恩返ししたいの」
アイラはまたエンジェルスマイルを俺に見せる。だが俺はその顔を直視することができない。俺はどうすればいいかわからないからだ。
俺が幸せにならなければアイラは天界に帰ることはできない。俺はアイラに自分を変えてくれるかもしれないなんて身勝手な期待、何の根拠もない幻想を抱いたことにひどく罪の意識を感じる。自分の力だけで変わろうとせず他人に任せようとした自分の浅はかさを恨むばかりだ。俺はまた他人を不幸にしてしまうのか。俺は選ばれてはいけない。
「アイラ、ダメだ。俺を選んでは」
「アイラちゃん、お兄ちゃんをよろしくお願いします!」
「おい!陽菜、お前何勝手に!」
「お兄ちゃん、変わるチャンスは今しかないよ。いつまでもグズグズしてんじゃねーよバカ兄貴」
まずい、陽菜の口が悪くなる時は本気でムカついてる時、そして俺の誤りを見抜き、正そうとする時だ。
「いつまでも逃げてんじゃねえよ、幸せになるってのは大変なことなの。はなっから諦めっぱなしでどうすんのさ。それにこんな可愛い子をまた外に放り出すの?やっぱり全然紳士じゃないね。だから今度こそがんばろ、ね?」
陽菜はいつも俺を見てくれていた存在だ。だからこそ俺の性格も理解しているし考えていることを常に見透かす。そして正しい道へ導いてくれる。そうだ、陽菜の言うとおりだ。俺は周りの事を考えていたつもりだが、それは結局自分自身を守ろうとしていただけだ。つくづく頭が上がらない。それに女の子を目の前で見捨てるなんて俺のポリシーに反するぜ!可愛いはジャスティス!
「陽菜、ありがとう。アイラ、俺が幸せになってお前を無事天界に返せるようにがんばるわ」
俺はアイラを助けるために、自分を変えるために胸に誓う。絶対に変えてやる。変わってやる。今も、未来も、過去に囚われるのは嫌だ。
「ありがとうはると、ひな!それでは……」
アイラは目を瞑り一度深呼吸した後、おもむろに右手を上げる。そして再び目を大きく開き
「アイラ・ディスラーンは白羽背陽人に幸福をもたらすことを誓い、ここに宣言する!」