親切さんに連れられて
スケアクロウ。
それが私に、この毛皮のコートをくれた優しい男の人の名前だった。
「マヨイ……ビト?」
「はい。あなたの話が本当だとしたら、あなたはこちらの世界で言うと、《マヨイビト》と呼ばれる存在だと思われます」
私がどうしてビキニ姿で、お婆ちゃんの焼死体を埋めていたかについての事情を話した私に対して、彼は私の事を《マヨイビト》と呼んだ。
「ブルーチキン。この名前に聞き覚えはありませんか?」
「ぶ、ブルー……チキン? どう言う意味なんですか、それは?」
「やはりご存じありませんか。私、スケアクロウなどの民が暮らす国の名前です。
この近くでブルーチキンの名を知らぬ者はおりませんし、あ、あなた様の身に着けていらっしゃる服は見覚えがございませんので、恐らく《マヨイビト》で間違いないでしょう」
口がドモっている際に彼が何を考えたのかについて敢えて口にはしないだろうけれども、スケアクロウさんが考えていたのはあの私の艶やかな肢体についてだろう。
……うん、口に出して貰えない方が私としてもありがたい。
「《マヨイビト》とは、この世界ではない別の世界から迷い込まれた客人の事です。何かを通り抜けようとした時などの際に、こちらに落ちてしまうと伝承ではありますね……」
「何かを通り抜けようと……」
つまり、その何かと言うのがあのオーディションへの扉だったのだろう。
私はいつの間にか『不思議の国のアリス』のように、異世界へと迷い込んでしまっていたみたいである。
別に兎を追っていた訳ではないんだけれども。
「え、えっと……私以外の《マヨイビト》さんは……」
「この世界に残る、もしくは還られました。なんでも、この世界に降り立ったあなたがた《マヨイビト》は使命を果たすと、元居た世界、元居た時間に帰られる……でしたっけ? うちの国にはそう言った形で伝承が残っています」
つまり、元居た世界に帰りたくば、この世界で何かをしなくてはならないって事?
でも、その何かってなんでしょう?
「スケアクロウさんはその何かについて、ご存知ですか?」
「……それについては王様から指示があります」
またこれ、である。
どうも私の使命とか、そう言った話になると彼は「指示があります」の一言で済ませてしまう。
あのお婆ちゃんの焼死体を見て、彼は何を感じたんだろう?
「……でも、確か《マヨイビト》は特殊な力を神様から1つだけ、なんでも与えられると言われています」
「特殊な力、それもなんでも……。……それって金銀財宝とか、永遠の美貌とか、そう言った物?!」
嘘っ!? 神様って超良い人じゃないですか!
人にとって、女にとっての永遠の憧れが叶うかも知れないって事じゃないですか!
うわー、1つだけでしょ!?
何にしようかな……。
金銀財宝だったら使い切ってしまったら無くなっちゃいますし、それに永遠の美貌を手に入れたからって今の私が完全に美しいってほどでも……。
「あっ、でも恐らく、ドロテア様は神様から既に力を貰われてるかと。手の平から火炎を出すだなんて、普通の人には出来ませんから」
その言葉を聞いて私は思い返す。
《ならば、そちには『火』の魔法を授けよう。そちは選ばれし者。そちはお前が欲しいと願った、『火』の力で世界を……》
「あの幻聴が神様!?」
私はその事実に、がっくりと冷たい雪の中に膝を下ろして俯くのであった。
☆
それから数十分。彼の話と時折見せる優しさ(滑りかけたらフォローしてくれたり、疲れましたかって何回も聞かれたり……)で、なんとかやる気を見せた私は、遂に目的地であるブルーチキンへと辿り着いた。
……うん。この光景、どこかで見た事あるかなと思ったら、テレビとかで良く見るヨーロッパですよ。
大きな石造りの道の両脇に小さな一階建ての一軒家が立ち並び、目の前には大きな白銀の城。
「道路は雪が積もってないんですね……」
と、私はこの国に入って初めに思った質問をスケアクロウさんに尋ねる。
家にも、城にも、どちらにも分かるくらい雪が積もっているのだが、この大きな道には雪があまり積もっておらず、ほんのりと素足から温かみが感じられる。
「あなたと同じ《マヨイビト》である、偉大なる大魔法使いのフォーズ様のお力によって、この大きな道の下には熱水が魔法によって循環しています。ですので、外よりかは多少温かいかと……」
「へ、へぇ~……」
「さぁ、こちらです」
フォーズ様、様様ですねと思いながら、大きな道を歩きつつ、私は辺りの様子をうかがう。
家々からは明かりが見えるが、どうにも嬉しそうと言うか楽しそうな声は聞こえなくて、私達以外の人達も道には居るけれども彼らの表情はどこか暗い。
これでも両目共に視力2.0はあるので、見間違いではないとは思うんだけれども……。
「す、スケアクロウさん。これは一体……」
「見ての通りですよ、ドロテア様。これがこの国の実態です」
目の前を進んでいるスケアクロウさんに尋ねるも、彼から返って来たのはそう言った暗い言葉。
それと共に彼の身体が、少し震えているのが見えた。
「……私にコートを渡してコートがないから寒くて震えてるの?」と思ったけれども、それが何かを我慢するような震えだと分かったのは、彼が小さく「大丈夫……」と呟いたのを耳にしたから。
「……さて、そろそろ王城です。王城に入って、まっすぐ行くと王の居る大広間に着きます。では、私はこの辺で……」
そう言って立ち去ろうとするスケアクロウさん。
えっ!? 王の城の前でお別れ、と思ったけれども、どうやら彼はこの城の兵士だったみたいで、私を見つけたのも、私が出したあの炎の調査を命じられたからとか。
……確かに凄い威力出てたし、見られていても仕方ないか。
「大丈夫です。我らが王は賢明にして、民の事を一番に考える、偉大にして、優しい王様です。きっとあなたの力になってくれるでしょう。
大丈夫ですよ、ドロテアさん。きっと、なんとかな~る、な~る」
「う、うん。そのさっきのは……」
「え、えっと……私の口癖って言うか、落ち込んでいる自分を慰める時の言葉ですよ。自分で励ます時は良く使っています。で、ではこの辺で!」
そう言って、彼は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしながら走って行った。
途中で、何もない所ですっころぶ姿はドジと言うか、ちょっと可愛かった。
「よ、よし……。なんとかな~る、な~る」
私も彼を真似してそう言ってみると、ちょっとだけ勇気が出て来た。
そうだ。
スケアクロウさんも言っていたじゃないか。
王様は良い人、だって。
ならばきっと大丈夫に違いない。
私はそう思いながら、スケアクロウさんが言っていたように、まっすぐ進んで王の間へと足を運ぶのであった。
☆
「では、そのコートを脱いでくれぬか? 我らが待ち望みし、《マヨイビト》よ」
まさかその行った王の間とやらで、開口一番、その王様とやらにそう言われるとは思っても見なかったけど。