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ビキニ彼女は、人殺しですか?

「……なんなのよ、これ」


 雪が降り止まぬ極寒の寒空の下で露出度が高いビキニ姿と言う格好の私、風野(かざの)ドロテアはいきなり手から出た火炎によって見ず知らずのお婆さんを焼死させてしまった。

 いきなり私の手から出た炎も不思議だけれども、それ以上に見ず知らずの老人を殺してしまった事の方が、私にとってはショックな出来事だった。

 手から出される火炎は、今もなお真っ赤に燃え上がり、その火炎から放たれる高熱は私の身体に今もなお熱を与えていた。

 私が望んでいたのは温かさを出すための小さな火で良かったのに、どうして人を殺してしまうこんな炎なんか出すつもりなんてなかったのに……。


「うぅ……。もう良いよ……もう良いから止まってよ……」


 何度もそうやって心の中で「小さくなって欲しい! 小さくなって欲しい!」とお願いすると、徐々に手の平から放たれる火炎は小さくなっていく。

 そしてようやく私が望むようなマッチ大の、私1人が温まれるような大きさへとなって行きホッとする私。

 これでようやく生きた心地がするくらいの、暖を取る事が出来た。

 手足の方もちょっとずつ動くようになって来たし、唇もぷっくらとした張りを取り戻しつつある。

 ようやく私は心から落ち着いてきた。


「うぅ……」


 それでも先程、行ってしまった事は消えはしない。

 ゆっくりと私は、先程焼死させてしまったお婆ちゃんの死体の元へと近付く。

 私が焼き殺してしまったお婆ちゃんの焼死体は全身の肌と言う肌が真っ黒に焼け焦げていて、所々このビュービューと吹いている北風で飛ばされた皮膚の下から雪とは違った白さの骨がうっすらと見える。

 全身からただの物を焼いただけの臭いとは違う、独特の人間の腐敗臭が辺りに漂っている。

 持っていた物はほとんどが黒い消し炭になってしまっていて、唯一身元が分かりそうな物は右手の薬指にはまっている銀色の指輪だけ……。


「生きてるはず……ないよね……」


 と、私は真っ黒焦げになってしまっている焼死体を見ながらそう思っていた。

 焼死体なんて今まではテレビでしか見た事がないような光景だったのだけれども、それを今、私は目の前で目撃していた。そしてそれを行ったのは他ならぬ、さっき私が手から放っていた、あの紅蓮の炎で……。


「ううっ……吐き気が……」


 私はそう言いながら、せめて見つからないようにと、お婆さんの焼死体を雪の中へと埋め始めた。

 人間、どうやら同情した後にやるべきは証拠の隠滅であるみたいである。

 最も雪の中へと埋めるとは言っても、近くの雪を死体にかけて隠しているだけ、なんだけど。

 それでも多分、雪の上に放り出しているよりかは、遥かにマシだと思う。

 ――――――お婆さん、ごめんなさい。

 身勝手とは思うけれども、自分の手から放たれた火炎で人を殺したなんて、少なくとも誰も信じてくれないと思うの。

 だったらばれないように、証拠隠滅すれば誰も私を犯人だなんて思わない。


(だ、大丈夫。見つかる訳がないわ……)


 そう思いながら私は焼死体に雪をかけながら、辺りを見渡していた。

 辺りを見渡しているのはこの犯罪を誰かに見られていないか不安だったし、同時に私がこうなった原因と言っても過言ではないあの扉を探していたのだ。

 私はオーディションを受けに来て、そして扉を開けたらいきなりこの寒空で、極寒の北風が吹き抜ける世界に来てしまったのだ。

 扉から入ってこの世界に来たんだから、もう一回あの扉を抜ければ戻れるに違いない。


 そう思って私は今もなお手の平の上で燃え続ける炎を使ってランプのように使いながら、他に誰かが居ないか調べるために見渡す。

 まぁ、こんな雪が今もなお降っている極寒の空の下、私以外に人が居るはずないと思うんだけれども……。


「あっ……」


 とそう思いながら、私が誰か居ないかと手の平に今もなおボゥボゥと燃え続けている火を使って探していると、そこにこちらを見て固まっている1人の、ちょっとくたびれた男性と目が合った。

 その男性は少し灰などで薄汚れたであろう黒い毛皮のコートを着ており、手にはちょっぴり糸がほつれているけれども温かそうな藍色の手袋、そしてその足には薄汚れて私の趣味ではない、ふかふかとモフモフそうな毛皮の付いた靴を履いている。

 いつもだったら着そうにもないそんな服を、初めて私はそれが欲しいと心の底から、そう本当に喉から手が出るほどの感情を彼の身に纏う全てに、北風や雪を防ぐその全てを愛おしいと思っていた。


「えっと……ここであなたは何を……」


 彼はそう気の抜けた声でそう尋ね、私を、いや私の後ろを見て驚いた表情を浮かべて……えっ、私の後ろ?

 私には思い当たる節があった。

 その事について私は錆び付いたブリキの人形のようにゆっくりと後ろを振り向くと、そこには先程私が雪で覆い隠して隠滅(かく)そうとしていたお婆ちゃんの焼死体が……。


「……ッ!?」


 私は死体を隠そうとする犯人で、彼はその光景を目撃した第一発見者。


(ま、拙い! 拙い拙い拙い!)


 証拠を隠そうとしなければ良かった。普通に焼死体を置いて逃げとけば良かった。

 そうすれば『手の平から放った火炎で人を焼死させてしまった』なんて言う良く分からないような事象は証明出来なくて、犯人にはならなかったと思ったのに。

 これじゃあ、『人を焼死させてしまった被害者を隠滅しようとしている犯人』でしかない。それに手の上にはこの焼死体を生み出した火炎が今もなお燃えている。


「……なに、してるんですか?」

「え、えっと……その、ですね……。――――――ごめんなさい」


 どうやって話を誤魔化そうとしていたと思うんですけれども、生来の日本人らしい生真面目さが災いして、私はただ正直に謝っていた。

 その謝罪が果たして何に対して謝っていたのかは分からないけれども。


「……ちょっと、今すぐそこに行きます。待っていてください」


 彼はそう言って雪をかき分けながらこちらに向かって来る。

 それを、私はただ手の平の上に燃える、ちっぽけな炎を見つめながら待っていた。


 ――――――その炎を使えば、今すぐにでも彼を焼き殺せるよ?


 誰かが、私の中に居る何かが私にそう囁いた気がした。

 確かに先程のような真っ赤な、あらゆる物を焼き尽くす火炎を使えば彼も燃やし尽くす事が出来るかもしれない。

 けれども私はそうしたいと思わなかった。

 そもそも私は、人を殺したくて殺したかった訳じゃないんだから。


「……ック」


 そう思いながら、私は涙を流してしまっていた。

 あまりの悲惨さか、罪の重さに耐えきれなかった故か。

 その理由は果たして最後まで分からずじまいだったが、それでも私はそれに涙した。

 どうしてこうなたのかは今もなお分からないけれども。

 瞳から流れる涙は、いくら止めようと思っても決して止まってはくれなかった。

 フワリと、私の身体に何か布がかけられる。

 それが彼の着ていた黒い毛皮のコートだと分かった時には、私は驚きを隠せなかった。


「えっ……?」

「……こんな寒空の下、なんでそんな薄着かは分からないけれどもそのままだと風邪をひいてしまうでしょう。こんな寒空の下で、そ、そのような格好で居たらあまりにも寒すぎるでしょう。こんな物で良かったら使ってください」


 そう言って私のためにかけられた黒い毛皮のコートについてちょっぴり想いをはせながら、彼の気遣いに胸がドキリとする私が居た。


「……ふむ。完全に焼け焦げている。骨の一本一本までに完全に熱が籠っている所から見ても、相当な火炎魔法であったと……」


 あんなにくたくたな、くたびれた格好である彼が私が焼死させてしまった、何故か私には少しカッコよく思えた。


「……こ、これは!」

「ど、どうかしたんです……」


 と、彼がお婆さんが付けていた銀色の指輪を見て、人生の中でも一番驚いたと呼べるようなそれくらいにまでに驚いた顔をして、すぐさま私の肩を両手で掴む。

 あ、あれ? こ、これってもしかして?


「……お嬢さん。今すぐ私の住む国に来てくれないか? この者の事について王からお話がありますので」

「は、はひ……」


 王様って何だろう?

 そう思いながらも、私は彼の真剣な眼差しに逆らえなかった。

 いつの間にか手の中の炎は消えて居たが、私の胸に小さな恋の炎がボゥと燃え始めていた。

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