心配性のカカシ
「なんだったんだろう、あれは……」
ふーふー、とライオネルさんに握られて赤く腫れてしまった手を労わるようにしてふーふーと息を吐いて痛みが引くようにと、息を吐きながら痛みを治して行く。
さっきのライオネルさんの握手(?)が何だったのかは分からないけれども、痛い。
今もなお、ひりひりとした痛みが染みて痛いです……。
ティンロガーさんに回復魔法をかけて欲しいんですが、この痛みを作り出したライオネルさんと共に先に宿屋の中へと入って行ってしまったし……。
私が使えるのはプライドと一緒に服を脱ぎ棄ててビキニ1枚になったとしても、使えるのは火炎魔法だけだし、この痛みを失くす事は出来ない。
「そ、そうだ! 折角、こんな無駄に冷たい雪がいっつも降っているんです! この雪を使って、痛みを和らげよう!」
痛んでいる部分に雪をかけて冷まそうと思って、宿屋の扉の脇に作られたちょっと大きめの雪の山の中に入れようとすると、
「止めろ!」
と、窓を開けてスケアクロウさんがそう強い口調で言って、「そこで待ってろ!」と言って、物凄い勢いで降りて来る。
もう、ここからでも中のドタバタとした音が聞こえるくらい。
「はぁはぁ……。何、してんだ」
スケアクロウさんは息を切らしつつ、状況を把握しようと辺りを探って、そして私の手が赤く腫れている事に気付く。
「……なるほど、な。手が痛いから雪に手を突っ込もうとしたと、なるほど、なるほど。まぁ、雪に手を突っ込む前に私が気付いて良かった」
「あ、あの……どうして……」
どうして止めたのか、と全部言い切る前に、スケアクロウさんは何も言わずに、さっと、自分が着ていたコートを私の上に被せる。
「……中に入ろう。手当をする」
「あ、ありがとう……ございます……」
気遣いも、感じられる心の温かさも良いんですけれども。
「(酒臭っ!)」
ごめんなさい! その酒臭さで全部台無しです! スケアクロウさん!
☆
「……ほら、これで良いだろう」
と、宿屋のスケアクロウさんの部屋へと連れて行かれると、私はベッドへと座らせて貰って、その上手を優しく包帯で巻かれた。
勿論、消毒液(酒と言う名の)で消毒された後、だけれども。
「いきなりあんな雪の山なんかに手を突っ込んだら、雪の冷たさに手が凍ってしまいますよ。最も、そんな事がないとは思っていますが、少なくともその身体が傷付かれるのは確かです。もっと自身の、《マヨイビト》としての身体を大切にしてください」
「…………」
「ティンロガーを呼んできます。私のは、ただの応急処置なので。こう言う時こその回復術師です」
「待って!」
と、そう言って出て行こうとするスケアクロウさんの手を掴んで止める私。
「……もう少しここに居てください」
私がしおらしくそう言うと、「分かりました」と小さく言って椅子に座る。
「スケアクロウさん、もしかして……さっきのライオネルさんの握手って……前に話していたライオネルさんとの仲良しだったりします?」
「まぁ、ライオネルなりの交流の仕方と言うべき、なのだろうね」
「……そのコミュニケーションによって、手が腫れてしまったんですけれども」
「まぁ、その辺りは勘弁してやってくれ」
まぁ、あのコミュ症のダメさから考えれば、あれでも彼女なりに頑張ったんだとは思うけれども……。
それでも痛い物は痛いんですが……。
「まぁ、消毒のためだけに雪山に手を突っ込まないでくださいね。そう言う時は、こっちを呼んで下さいね」
「……うぅ、分かり、ました!」
「それならば良いんですが……」と言ってスケアクロウさんは、落ち着いてくれる。
「「…………」」
そして広がる、言い知れない重い雰囲気が流れる。
私は耐え切れなくなったのか、ちょっと話をし始めるスケアクロウさん。
「私はね、ちょっとした経緯からライオネルさんの事を昔から知っている。ライオネルさんはその頃から今の強さの片鱗が見えていた。私は自分の強さにだいたいの見切りをつけていたからね。で、私はそれで彼女の邪魔をしてはいけないと思ってね。
……まぁ、昔から一芸に秀でている奴との交流が多くて、ね。それで思ったのさ」
こいつらの邪魔をしてはいけない。
幼い頃、スケアクロウさんはそう理解した。
「その頃から、私はサポートに回る事にした。出来るだけ多芸に、色々支援出来る形を作り、なおかつ彼らの話を理解できるようにね。それで今では騎士団の中でも、支援兵士としてはかなりの地位には付けた。
……一芸に秀でているのは大抵プライドの塊だ。そう言う奴らをこちらと折り合い良く付き合わせるためには、こっちが一歩下がって折れて行くのが都合が良い」
そう言う意味で言えば、《マヨイビト》であるあなたも同じですよ、とスケアクロウさんは言う。
「……まぁ、それが嫌ならば今度からはそう感じさせないようにしま」
「バカッ!」
と、私はそう言って彼の頬を殴る。
……なんか上手く行かなくて、顔じゃなくて胸の辺りを手の平で殴っちゃったんですけれども。
ほら、上手く出来なくて、スケアクロウさん、キョトンとしてますよ!
と、とりあえず押し切ろう!
「……え、えっと私はそんな無理してのお付き合いは望んでまちぇん!」
「……ちぇん?」
「…………」
か、かんでしまった。
折角、決めようと思ったのに……。
「え、ええい! とにかく! 私の世界では、そんな人の眼を見て盗むようなお付き合いは望んでません!」
「いや、別に盗むような付き合いは……」
「黙って!」
「は、はい!」
よ、よし! 突っ込まれると色々とまずいから、とりあえず口答えは禁止にしておこう。
「私の世界でも……そうやって他人の事を見て、羨む人とかは居ました」
なんであんなに食べて太らないのだろうと。
「けれども、その人は別にその一芸を見て凄いなとは思いませんでした」
確かに太らないのは凄いと思うけれども、食っている姿が完全に豚だよねと。
「一芸に秀でているからと言って、絶対にその人が凄いとは限りません」
アイドル仲間からのニックネーム、『豚』だったもん、その人。
豚の体脂肪率が実は約14%ぐらいと低くて、その人の体脂肪率もだいたい同じだったから、特に。
「だから、ね。一芸に秀でているからと言って避けないであげて。普通に接して欲しいの」
『豚』さんも、「普通に接して!」って言ってからは皆で普通に接してたもん。
「……スケアクロウさん、お願いします。
私に対してはそんな卑屈な態度じゃなくて、普通に、前に会った時のように接してください」
お願いします、と頭を下げると、スケアクロウさんはちょっと困惑気味で、
「……すぐには治らないかも知れないけれども、確かにドロテアさんの言う通りだね。うん、私、頑張ってみま……みるよ」
ちょっと困惑気味に、けれども自然な笑顔を見せてくれたスケアクロウさんに、うんうんと頷く私。
「その域だよ! あっ、そうだ! 私、リキュール……なんとかに潜入する方法を見つけたから他の2人を呼んで来て!」
「リキュールグレイノリーへの潜入方法を? 分かりました、ちょっと待って……ろよな」
そう言って、スケアクロウさんは2人の所に行った。
スケアクロウさんが部屋から出ると私は、窓を開けて空を見る。
空からは相変わらず雪が降っていたが、雲の間から地球では見れなかったほどの星空が見えていた。
私はその星空に彼女の、『豚』さんの事を思い浮かべる。
「ありがとう、とんか……戸甲さん。あなたのおかげでスケアクロウさんが前みたいに、気兼ねなく喋れるきっかけになったよ」
星空に願いを込めて、私は彼女への感謝の言葉を捧げる。
『カレーは飲み物だよ! ぶひっ!』
あっ、「ぶひっ!」とは言ってなかったかも。
まぁ、その辺は許してね、戸甲さん。




