氷の海の(色んな意味で)自由な海賊
「俺の名前はジャック・オータン! 魔女ウエストの秩序と言う名の檻をぶち破る、自由を求める海賊だ! リキュールグレイノリーへの侵入ならば、この俺に任せろ!」
漆黒の海賊が被っているような三角帽子に腰にはピストルと刀。
そして左耳には美しい翡翠の水晶の耳飾りを付けている、とっても良い感じのそのイケメンさんは、私に対してそうカッコよく宣言していました。
「…………」
そんな彼に対して、私は冷めたような眼つきで見ていました。
「おいおい、嬢ちゃん。そんな冷めた目つきで見つめられても困るぜ~。俺に惚れてるのかい?」
「……そう言う意味ではなく、ただ単純にこの世界に、海賊って概念があった事に対して驚いているだけです」
だって、この異世界で雪が降っていない場所を屋外で見た事がないし。
そんな世界の川とか全部凍っちゃってるし、そんな中で海賊とか意味が分からない。
七つの海どころか、その海全部凍っちゃってるじゃん!
私はそんな事を思いながら、彼の事を見ていたのである。
「海賊を知らない……そうか、嬢ちゃんはこの辺りの出身じゃないんだな! だから海賊の事も知らないんだろうな。うむ!」
「(本当はこの辺りの出身とかじゃなくて、普通に異世界なんですけれども……。説明し辛いし、黙って置きましょう)」
「海賊とは自由な存在だ!」
「……自由?」
「そうだ! 自由に生き、自由に考え、自由に動く! それが海賊と言う存在だ! お前も入らないか! 只今の海賊、俺1人なんだ!」
「……結構です」
「そうか、残念だ」と言いながら、ちょっと落ち込むジャックさん。
……なんでしょう、とってもイケメンさんなのに既に凄い残念臭が彼から漂っています。
こう言うのをああ言うんでしょうね、『残念イケメン』って。
「……やっぱり海賊船が無い事が希望者が少ない理由なのだろうか?」
「え、えっと……それ以外にも理由があると思うんですけれども」
私がそう言う事を想っていると、「まぁ、これくらいにしておこう」とジャックさんはそう言う。
「あのリキュールグレイノリーに行きたいのだろう? 何故かは知らないが、それならこちらに任せて置けば良い。あそこへの侵入手段は知っている」
「それは本当ですか! ならば是非に!」
瞳をキラキラと輝かせながら、私はジャックさんに詰め寄る。
私の使命は魔女ウエストを倒さないといけない事らしくて、それにリキュールグレイノリーに居る酒蔵のウイスキーを倒さないといけないみたいですし。
侵入する手段が見つかったら嬉しい限りである。
「さて、それでは早速あのリキュールグレイノリーに向かおうじゃないか! 俺はあそこに用があるんだ! 俺は目的が、そして目標があるんですよ! そのためにリキュールグレイノリーに行かなくてはならないのですから!」
「目的……?」
「そう……俺は海賊として、あそこに行かないといけないんですから!」
なんだか良く分からないんだけれども、深くは追及しない事にした。
うん、彼に関して言えば、そう言う扱いくらいが丁度良いと、理解しましたし。
「え、えっと私、他にも仲間が居ますので今すぐと言う訳には……」
「……ヒ、ヒック!」
私が仲間について伝えますと、彼は悲しそうに涙を流していた。
「……な、仲間の存在……。俺も海賊として大成するために、出来るのならば早く仲間が欲しいなぁ……。う、うぅ……ボッチに仲間はつらいよ……」
本当に悲しそうな顔で、涙をボロボロと流すジャックさん。
……大人の男の人が本気で泣く姿は本当に、見ていてつらい、です。
「……うぅっ。な、泣きはしないぞ! 海賊には涙は似合わないからだ!」
「(今もなお、涙を流し続けている人に言われても説得力が……)」
「と、とにかく! 色々と準備があるのですぐにでもと言う事には行かない! なので……そう、だな。訓練の開始は今晩、と言う所でどうだろうか?」
「え、えぇ……こちらも準備がありますのでそれくらいで」
「おしっ! じゃあ、あの建物の裏口前で待ち合わせだ! 絶対に来いよ! 絶対、だからな!」
そう言って、ジャックさんは走っていかれた。泣きながら。
「……スケアクロウさん達と合流しないと」
私はそう言って、スケアクロウさん達が居る宿屋に向かった。
☆
宿屋に戻ると、宿屋の前にガクガクブルブルと足を震わせながら立っているライオネルさんが居た。
「ガクガクブルブル……ガクガクブルブル……」
「え、えっと……」
「ガクガクブルブ……ひ、ひぃ!」
いや、そんな恐ろしい魔物にでも遭ったかのようにして、怯えないで欲しい……。
魔物とか一発で倒すのに、どうしてコートを着込んで魔法が使えない状態の私に、そこまで怯えるんだろう?
「……! そ、そうだ、った! が、頑張る!」
何を? と聞く前に、彼女はそう言って、さっと見えないくらいの速度で私に近付く。
そして、私の手をえいっ、と握る。
そう、所謂握手である。
「(え、えぇぇぇー! い、いきなり握手ってどう言う事!? し、しかも何気に恋人繋ぎだし!)」
私にそう言う趣味はないために、離そうと力を込めるが全然解けそうにない。
と言うか、痛い! 痛い! 普通に握力が強すぎるんですけれども!
「ちょ、ちょっとライオネルさん!」
「いーち、にー……」
「眼を瞑りながら数を数えてる!」
私が手を痛がっているのとか、絶対に見ていない。
と言うか、本当にだんだん手の感覚が薄れてきているので今すぐ止めて欲しい!」
「さーん、しー……」
「ちょ、ちょっとライオネルさん! い、痛い! 痛いですから!」
「……!」
私が痛さをアピールするように握手されていない方の手で彼女の身体を叩くと、彼女は眼を見開いて、そのまま慌てふたけたように眼を回す。
「……も、もうムリ――――――!」
そう言って、腕が引きちぎれんばかりの勢いで放したライオネルさんはそのまま宿屋の中へと走って行ってしまった。
「……なんだったんでしょう、一体」




