極寒なのにビキニ一枚
「……何、これ」
骨に染み入るような寒さの中、私、風野ドロテアは自らの体を抱きかかえるように震えながら、扉の前に広がる光景を前にそんな言葉を呟いていた。
「……何なのよ」
目の前に広がるのは、白。
一面真っ白の、どこまでも続く永遠のような白。
――――――ただ一面真っ白の雪が降り積もった空間。
木々は白銀の化粧を身に纏い、風は寒さと雪を運びながらビュウビュウと音を立てていた。
「……な、なな、何だっていうのよ」
こんな寒さの中、私は露出度の高いビキニ姿で立っていた。
そう、その格好は寒さを全く防ぐのに適さない、極寒の土地には全く持って向いていない服装だった。
自殺志願者か頭が可笑しいとしか言いようがない服装。
あまりの寒さに、私は正しく言葉を発せないくらい芯まで震えていた。
「……ど、どうなっているのよ。これ」
震えるだけでは状況は一転しない。
そう判断した私はこれまでの状況について振り返る。
何故ビキニ姿の私が、どうして極寒の土地に居るのか?
――――――確か私は『Toto Dogs』と言う会社のモデルになるために、ちょっと派手かなと思いながら、友人の勧めで私に似合うと言われてビキニ姿になって……。
「……って言うか、寒い」
ガチガチと、寒さで歯が音を立てているし、唇はもう既に死人のような紫色に変色しているに違いない。
「と、とにかく、早く人を見つけないと……」
こんな雪の中、ビキニ姿一枚は風邪をひく所の話ではない。
もはや凍死レベルの問題である。
私はなんとしてでも生き延びるために、この寒さをしのぐ場所を探して歩きはじめる。
一歩、また一歩。
雪道と言うのは、本当に歩き辛くて、一歩歩く度に雪に生身の足が膝の辺りまで下ろさなくてはならなくて、その度に肌が壊死しそうなくらいに凍える。
だから身体を震わせて、ちょっとでも身体を温めようとするんだけれども、北風がその度に肌にひんやりとした寒さを味わわせて本当に寒い……と言うよりも、寒さを通り越して既に痛さへと変わりつつある。
「ううっ……。さ、さむい……」
ここはどこなんだろう?
そんな疑問を投げかける前に、私は手先の感覚がどんどん無くなりかけて行く事に危機感を覚えていた。
同時に全身に降り注ぐ、冷たい雪の雫がむき出しの肌に当たると共に、私のほんの少し温かい体温で水となってじんわりと濡らして、どんどん体温を奪って行く。
(や、やばい……。し、死ぬ……)
私、普通にモデルの仕事をしようと思っただけですよ?
それなのに、どうしてこんな仕打ちを受けないといけないの?
どうして、極寒の大地で死を体感しないといけないの?
声を出そうにも、出て来るのは白い息だけ。
どうやら喉も、あまりの寒さに凍りづいてしまっているみたい。
(あ、あったかい物が欲しい。あったまりたい……)
《ならば、そちには『火』の魔法を授けよう》
と、頭の中にそんな幻聴が聞こえてくる。
《そちは選ばれし者。そちはお前が欲しいと願った、『火』の力で世界を……》
幻聴の言葉はどうでも良かった。
世界の危機よりも、今は全身から感じる、凍えるような寒さの方が一大事だからである。
《ふむ。然りだな。ならば、風野ドロテアよ。目の前に手の平を差し出し、ゆっくりと『火』の事を念じよ。擦ればお主の望む者は手に入ろう》
そんな仰々しいような言葉は、脳内が凍りかけていた私にはどうでも良い話だった。大切なのは『火』が手に入るかも知れないと言う事だけ。
私はなんも疑いもせずに手の平を目の前に突き出す。いつもだったら、もう少し疑り深く考えていたかも知れないけれども、この凍えた世界では考える時間の方が無駄である。
ゆっくりと手を突きだす。
一刻も早く、火が、温まる物が欲しい私であるが、身体中がほぼ凍え死んでしまっているような今の状況では、ゆっくりと死にかけのかたつむりのように動かすのが精いっぱいだった。
でも、それでも動く事は止めずに手を突きだす。
そして頭の中に思い浮かべる火についてのイメージ。
真っ赤に燃え盛り、私達の凍えた身体を温めてくれて、そして温もりをくれる炎。
(なんでも良いから、出るなら出て!)
もう既に、考えると言う事を放棄していた私には、疑うと言う物は一ミリたりともなくて、
ボゥ!
と、手の平に現れたマッチ大の火を見て、やったと思っていた瞬間、
ボゥゥゥゥゥゥ!
私の手からは、あらゆる物を焼き尽くす、そう、それはまるでテレビ番組でしか見た事がないような、物凄く大きな火炎の奔流が私の手から現れる。
「えぇ――――!? あ、熱っ!?」
確かに暖かくなりたいとは願った。
けれども、こんな火事を引き起こすくらいの、ドデカい火炎を起こそうとは思っていなかった私は、手から出る火炎の、まるで全身を火炎で纏ってるかのような高温の熱に寒いと言う事を忘れて熱がっていた。
さっきまではビキニ姿はあまりにも寒いので嫌と思っていたが、今だったらこのビキニ姿じゃなかったら他の服を脱がなければならないと思っていたかもしれない。
実際、今もビキニを脱いでしまいたいと思っているのだが、そこは流石にこんな寒空の下、裸で居るのはちょっと……。
「グワァァァァァァァァァァァァァ!」
「こ、今度は何!?」
そう思って声のする方を見てみると、なんと私の手から出ている火炎が1人のお婆さんを焼いているではありませんか!?
「え、えぇぇぇぇ!?」
「ギヤァァァァァァァァァァァァァ!」
奇声をあげながら逃げまどう、私の放った火炎を纏ったお婆ちゃん。
そして、そのままパタリと倒れ、火炎を纏ったまま動かなくなってしまった。
「と、止まって!? と、とにかく止まってよ!?」
私がそう言っても、一向に炎は小さくならず、私の手から出た炎は、私の体感時間にして5分以上燃え続けた。
その間、お婆さんが纏った炎も消えはしなかった。
「な、なんなのよ! これは――――――!?」
空気の冷たさを感じる白銀の銀世界。
私は手から出した炎で、人を焼死させてしまいました。