絶対妊娠する薬(男も可)
「博士ー、できましたよー」
ユーリの間延びした声が階段の奥から聞こえ、フランは顔をあげた。
「なんだー? 何の薬だー?」
やっと姿を見せたユーリは、のんびりした様子で緑色のえぐい液体の入った試験管をふらふらと振っている。
「エロい薬です」
「じゃ、メラヘンに渡せ。俺は忙しい」
「そう言わずに実験させてくださいよ。これ、結構衝撃的な発明ですよ」
真面目に食い下がるユーリの表情を見て、フランは溜息交じりにその顔を見た。この顔は嘘を吐いていない顔だとフランにも分かる。
「で何の薬なんだ?」
「ズバリ、『絶対に妊娠する薬|(男も可)《かっこおとこもかかっことじィ!》』です!!」
涼しげなフランの目が、明りを求めるように大きく見開かれた。
「な……馬鹿な……」
「真面目なところだと子供ができなくて困っている夫婦、子供を作れない男のホモども、そして! 愛し合う華やかなレズカップルも大喜びの品物です! 妊娠はどうしたらするかって? ノーエッチ、イエスキス!!」
「き、キスで妊娠するのか!? お、お前って本当に天才だったんだな……」
「イヒヒヒヒ!! 舐めてもらっちゃ困ります! このドクターユーリを誰だと思っているんですか!?」
イヒヒと満面の笑みのユーリに対して、どこかフランの顔色は優れない。アンデッドだから元々紫なんだけど。
それに気付いたユーリはどこか心配するように尋ねた。
「あの、どうしました? 何か問題でも?」
「いや……これが普及すると俺達の計画が狂わないか?」
「はい?」
「性転換の薬を作り、全てのリザードマンを男にし、子供を作る薬を用意してそれをネタに脅すのが目的だろ。これが先に出回ったら……」
「あっ」
ユーリも気付いたように言って、それを地面に投げ捨てた。
「お、おいおい!」
慌ててフランが、手遅れと思いつつ止めたが、ユーリは感情を失くした瞳で訴えかける。
「博士、何も見なかった、何も聞かなかった、いいですね」
「……分かっている」
それがどれだけ世界のためになったとしても、二人の野望のための障害ならば容赦なく切り捨て、作り方すらこの世に残さないだろう。
「……しかし博士、処女って凄いんですよ」
「何の話だ?」
脈絡がないようで、ユーリはユーリらしからぬしっかりした考えを披露した。
「宗教って奴はふしだらな女を嫌いますから、人から生まれた神の話をする時、その聖母は処女であるという説を推します。子を産むのに処女なんてありえないのに、彼らはそれを妄信し処女を重視するのです。奴らは処女厨なんですよ」
「お、おう。別に厨にそんな使い方ないからな?」
「けれど、もしキスで妊娠できる薬があれば、その強引な宗教家どもの辻褄合わせが可能になるんです。世紀の発見で、私はかの信徒どもに永遠に崇拝されうる信奉者となることが可能なのです。それほどの発明である可能性を秘めているのです」
感情を排したかのようなユーリのその雰囲気は普段以上に学者然としていた。
「この薬は革新的でした。生物の常識を打ち破るような……」
「でも捨てなきゃな!」
「ギャフン! そうですね!!」
言いながらもユーリは地面に広がっていく緑色のえぐい液体を注視していた。
「……そうですねー。そうですねー。野望のためにはねー」
「俺達の理想の世界ができた後に、もう一度作ればいいさ。みんなが俺達の唇を求めるようになる」
「そっ! そうですね!! そうすればいいんですよ! 流石フラン博士! 天才!」
「当然だ! ガハガハガハ!」
互いに夢を見て、励まし合い、こうして互いの存在を憎みながら絆を深めるのであった。
「……時にユーリ、男が妊娠したらどうやって子を産むんだ?」
「さあ? ケツんとこからブリッと行くんじゃないですか? イヒヒヒヒ!」
笑いながらユーリは背を向けて、自分の部屋に戻って行った。
時を待ち、機は逃さない、それが大切なのである。