若返る薬と大人になる薬
「博士、博士、はかはかはかせ」
「どういうテンションなんだ?」
幼い子供のようにとてとてと両手を前に出して歩き出すユーリに、フランは純粋に疑問をぶつけた。
「ちゅくったんでちゅよ、ばぶー」
「ああ、分かった。『若返りの薬』か?」
「いえす、あいあむ」
懐から出されたのは桃色の怪しく光る液体の入った試験管、けれどユーリの体は変わっていないし、大きな胸もそのままだ。
「で、飲んでないのにどうしてそんな風に喋るんだ?」
「そりゃ勿論、楽しいからでちゅ。イヒヒヒヒ!」
ぐししと左手で口元を抑えて笑い出すユーリは、結局はいつも通りのユーリだ。
「で、若返りの薬だが、生憎俺とお前が飲むと若返りというよりも退行とか逆行ってんじゃないか?」
「それなんですよね。暴れイノシシにあげたらウリボウになっちゃって」
「リボ!? つっても俺はイノシシがどれくらいで成長するか知らないからな、やばくないか?」
「えっとですね、さっきキウィペディアで調べたら、イノシシの寿命は十年くらいだそうです。一年で半成熟って言ってますから、たぶん半年くらい若返るかと」
「……それはそれで問題だな」
「ですよね。全然戻らないんです。だからこちらに濃縮して効果を強めたものを用意!」
「ほお」
今度ユーリが取り出したのは桃色どころか赤に近いネットリドロドロした液体だ。
「これなら若返りますよ。私もあなたも若返り、桃色の息子、桃太郎を産めます。きゃ、吐きそう」
「いや飲まないから。場合に拠ったら死ぬだろ?」
「でも飲むんでしょ?」
「悩む」
あくまで研究者としてフランは純粋にその効果の真偽を、効力を確認したかった。けれど命は惜しい。
「飲んじゃいなさいよ。欲しくて欲しくてたまらないんでちゅよねぇ? イヒヒヒヒ……」
「仕方ない、一本もらおうか」
大して悩まずにフランは言った。命以上に知を求める辺りが彼のマッドサイエンティストたる所以だろう。
「それじゃ私も。かんぱーい!」
「ああ、乾杯」
そして二人は、互いに一気に桃色の液体を煽った。
どろどろと垂れてきてなかなか一気に飲むことはできないが、ちびりちびりと喉へ流し込んでいく。
「あぶー……」
「……おいおい」
フランは少年にしかなっていない。なんなら記憶も元のままだ。状況が分かっているがゆえに、この状況を恐ろしく思う。
「お兄ちゃん、くちゃい」
「勘弁してくれよ……」
互いに服のサイズとかも滅茶苦茶で、ひとまず白衣に身を包むが、ダボダボでとても動けるものじゃない。
フランの目の前には、ユーリの面影を残した赤ん坊がいた。言葉もままならず、無様に指を咥えている姿を見る限り記憶はないらしい。
「俺がアンデッドだからか? にしてもこれは、どうすりゃいいんだ? 俺は女のガキの面倒なんざ見れねえぞ」
「男ー、嫌いー」
「俺だってお前が大嫌いだコンチクショウ……」
少し絶望しながらも、フランには希望が見えている。
試験管には桃色の粘液がまだ残っている。その成分を細かく解析すれば反対の効果を持つ薬が作れるだろう。
それを自分とユーリに飲ませれば何もかも解決する。
「にしても凄いなお前は。本当に若返っちまうんだからな。こんな風に個人差がなけりゃいいのにな」
「うるちゃい! ごみー、うんこー」
「このクソガキ……!」
ついカッとなって手が出そうになるが、フランは落ち着いてそれを納める。
しかし、こんなすぐに自分が怒っただろうか? フランに新たな不安が生まれた。
もしかしたら子供に戻る方が個人差で、いずれはユーリのように記憶を失くし無様な子供になるのだろうか。
一抹の恐怖を覚えながら、もしそうならば、そう考えるとユーリに対する敬意が確かに生まれる。
「ほーらユーリちゃん、今から君のお部屋に行きましょうねー。俺を楽しませてくれよ、天才博士」
「くちゃ! くちゃいくちゃい! ふたしてやる!」
面倒臭そうにフランは自分の髪の毛を引っ張るユーリを背負って、階段をのぼった。
ユーリの部屋は客間と同じで真ん中にでっかい机があって研究品や薬品やらが沢山あるが、ここだけはポップでキュートな動物をあしらったクッションやタオルなど柔らかくて可愛いものも多く置かれてある。
しかも部屋は他の灰色の質素な雰囲気とは違い、絨毯はまっピンク、壁紙は黄色の花柄で雰囲気があからさまに違った。
その雌の臭いにフランは吐き気を覚えるも、息を止めながらその辺りをあさった。
「こりゃ! わたちの部屋を穢すな!」
「こいつ……置いて来ればよかったぜ」
そんなメルヘンランドの中で、机の上の乱雑に置かれた書類と試験管と様々な色の薬品と実験動物を入れる水槽だけは、科学者然としていた。
「さて、どこだどこだ? お薬の説明書はどこかな?」
「帰れ! 村に帰れ!」
「村出身じゃないってーの」
しかしフランは書類に書かれたミミズが這ったような崩れた字を見て眩暈がする気分だった。
かろうじて題字は『わかがえるくすり』と書かれてあったが、漢字ではなく平仮名のようなものを使っているためにかえって分かりにくい。
「おいおい冗談だろぉ!? なんだよこれ!? よめねー! ふざけんな! 馬鹿しね!」
「うちゃいうちゃい!」
書類が頼りにならないと諦めたフランは、そこら辺の薬を探ることにした。臭いと色、粘度、そして魔力を込めた目で見ることでそれがどの属性の魔力をどれだけ帯びているかを知ることができ、成分を知ることができる。
要はフランには大体の識別ができるのだ。
「ええっと、ミルサイシン、ルーペロン、フィ……あ、なんだっけ? ねえ、これなに?」
「しらなーい」
「あれー? えっと……まあ、あの混ざる奴だ。うん。大丈夫大丈夫」
名前を忘れてしまっても、その使用法や主成分、効果を覚えているあたりがフラン博士の優秀である証拠だろう。
問題は、今のフランは急がないと記憶を失うということを忘れてしまっていることだ。
「ああー、ミルに強引に時の魔力を加えてんだ。すっげー」
「えへん」
「じゃ、ルーにしたらどうだろ?」
「しらないもん。ユーしらない」
もそもそとフランの動く速度が落ちる。ユーリの薬の逆のものを作るという使命が、自分の好奇心に負けつつあるのだ。
「えーと、この紫と青混ぜたらどうだろ?」
「おもしろーい! やろやろ!?」
「……それでよかったっけ?」
「しらなーい」
「あれ、なんで俺、お前を背負ってんの?」
「んー、さー?」
フランはユーリの体を落とし、机に向かった。
「いたい! なにすんの!?」
「いや、知らねーよ。おまえなんか知らねー」
「みぃぃぃぃいいいいいいい! 嫌い! 男嫌い!」
蝉の鳴き声ではなく、怒りのアピールである。だがフランはそんなもの意に介さない。
「それより研究研究! なんかスゲーの作れる気がしてきた! ここスゲー!」
「ちねっ! ちねっ! くちゃいのちね!」
駄々をこねて小さな体をバタバタと暴れさせるユーリを気にせず、フランは一心不乱にその場で研究を行った。
数時間経った。
「……これ、どうなってんですかね?」
元に戻ったユーリが見たのは、フランっぽい少年がぐうぐうと眠っている様子だった。
そもそも記憶が飛んで曖昧なユーリも、自分で書いた書類を見なければ状況を分からないほどだった。
「ああ、若返りの薬を一緒に飲んだんでした。で、これはなんぞや?」
何故フランだけが幼くなり、自分は今元に戻っているのか?
机の上の、勝手に居場所が変わった自分の道具類を見てユーリは察した。
「……まさか、この子供が『大人になるクスリ』を作ったって言うの?」
俄かには信じられない。だが状況と机の上の産物を見てそれしかありえなかった。
「さ、流石ですフラン博士。普段はちんたらちんたら薬作っててやる気あんのかと思ってましたけど、やればできる子元気な子なんですね……。妬けるなぁ」
誰もいない時にだけ、ユーリは誰にも見せない悲しい顔を見せた。
そしてできた薬の成分を解析し、ちゃんと寝ているフランにも飲ませた。
「私の部屋汚しやがって、あとで折檻ですからね」
「さてと、お前が作った若返りの薬のせいでなんか記憶飛んだんだが」
「私も飛んでます。それより私の部屋に勝手に入って内装変えるなんて大胆ですね! 許しませんよ!?」
「お前なぁ……」
散々ユーリは文句を言うだけ言って、部屋に戻った。
フランもユーリに腹を立てながらだが、結局普段の研究に戻る。
何も変わらない、結局は普段通りの二人だった。
結論、子供のやる気は応援すべし、ただし目を離すな。
二つの薬は無事メラヘンに渡され、共に様々なことに利用された。敵国の兵を洗脳する術になったし、厄介な捕虜を老化させ早急に殺しつつ国際法に悖らないなど、結局は非人道的なことだが。