カレー食いに行く話(味覚を変える薬)
下ネタとかあるので食事中に読まないようにするか、イメージせず頭空っぽにして読んでください。
ユーリ博士は独自の魔法科学を駆使し、異世界の電波を受信する術があった。
異世界の名前やものはこの世界の物と酷似しており、それらに触発されて何か行動を起こすことも多い。
「フランちゃーん、いいですか?」
「突然なんだ?」
「カレーを食べに行きましょう」
突然の提案にフランは眉根を顰めた。そもそもアンデッドに食べ物は必要ないから積極的に何かを食べる必要がないのだ。
「本当に突然なんだ? なんでまた?」
ちなみにカレーといっても、スルカレイドスというこの世界の食べ物で、数々のスパイスと農作物を混ぜたドロドロのス―プを蒸した穀物と合わせて食べる……要するにカレーであってカレーでないものだ。
「見たんですよ、インドのカレーは上手いカレーだってね!」
「またあの変な世界の話か。スルカレイドスをカレーなんて略すのはお前くらいなもんだ」
「でもいいじゃないですかカレー! おいしいですよ? イヒヒッ!」
フランは少し思い出す。そういえば最近何もものを食べていなかった。
香ばしいスパイスの香りは尋常ならざるほどに食欲を惹きたてる。口の中にピリリと広がる香辛料の風味、野菜がドロドロに解けて大地の恵みをしっかりと吸収したスープ、素朴な味わいのコメにスープが絡みつき、何とも言えぬハーモニーを醸し出す。
ごくりとフランの喉がなる。
「ま、たまにはいいな、そういうのも」
「でせうでせう!? じゃ行きませう!」
急に変な喋り方をする理由は特にない、彼女のテンションが意味不明なのはいつものことなのだ。
ユーリとフランはそれぞれ既に白衣を着ているのに、更に白衣を重ねて研究所を出た。
ソネミタ村は結構繁栄している。村と言うと、筆者のイメージでは畑と木製の家々が並ぶような、今時日本でもねえだろというイメージが強くあるが、ソネミタ村は日本で言うと大都市の中の一番田舎、みたいな感じで結構いろんな店やらなんやらがあって、道路も大体がコンクリートで舗装されている。
さて、二人がやってきたのは老舗のスルカレイドス屋『スカレス』だ。
この国がドグラマグラ暗黒教団である前から、二百年間続いてきたお店でありながら、特にこだわりのメニューなどなく、むしろ様々な要素を取り入れて発展してきた、数多くの種族が集まる名店だ。
昔ながらの店内には数多くの争いとカレーの跡が残っている。このカレーの臭いしかしないようなお店は、アンデッドの臭いすら気にならないと他種族の人とも交流できる中世イギリスのコーヒーハウスのように市民の意見交換の場になっていた。
要するにみんな楽しいカレー屋さんだ。
「ちわーす! イヒヒ! 注文いいですか!?」
「こんにちはー、いいですか?」
二人がそれぞれカウンター席に座り、「エーラッシャイ!」という店員の声に反応して同時に声をあげる。
「一辛のリンゴ擦りおろしとチョコ掛けで!」
「三十辛のスパイス大盛り」
店員は「アイヨー!」と威勢よく承るが、フランとユーリは睨みあった。
「……なんすか?」
「……お前こそなんだよ?」
二百年間、継ぎ足し継ぎ足し残ってきたスーパースパイススペシャルが惜しみなく使われて二人のカレーが作られている間に、二人はますます目と目で火花を散らせている。
「……辛いカレーってなんすか? なんでそんなの食べるんですか?」
刺々しいユーリに対して、フランの方がおっほほほと馬鹿にするように笑い出す。
「いやいやいや、お前こそなんだそれ? 甘いスルカレイドスなんざスルカレイドスじゃねえだろ」
それなりに盛況していた店内も二人の真っ向から別れた意見に耳を傾ける。
辛いか、甘いか、こだわる客達はその一つの想いを十の論理、百の言葉にして伝えることができる猛者だ。
「あのねぇ博士、辛さってのは痛みなんですよ? ツーカク刺激しているんですよ? それがいいってなんですか? ドMですか? マゾの変態ヤローでしたか? あーはー?」
店内の辛党が一斉にユーリに殺意を向ける、けれどそれをどうにかする前にフランがまたおっほほほと馬鹿にして嘲笑する。
「それだからお前はお子ちゃまなんだよユーリちゃぁん? 痛いからいいとかじゃねえだろ? 刺激だよ刺激。お前だってよくシゲキエックスとか楽しそうに食べるだろ? それそれ。お前はまた辛味の良さを分かっていないんだ。だろ、ベイビー?」
カチンときた。ユーリとフランはまた睨みあう。
やがて、二人の元にそれぞれのカレーが運ばれてきた。
ユーリの前には茶色い普通のカレー、フランの前には真っ赤なマグマそっくりの煮えたぎるカレー。
スルカレイドスは辛さによって色を変える食べ物なのだ。そういうスパイスの調合が必須なのだ。
さて、先ほどまで大人だったフランはユーリのカレーを見て、すぐに笑い出す。
「ガハガハガハ! なんだそれうんこじゃねえか! お前は食事時にビッチビチのうんこ食うのか!? 流石はベイビーのウサちゃんだ!」
店内で甘めのカレーを食べていたうちの数人が吹き出す。店員も困った顔付きだ。
だが成人していても精神年齢が子供に近いユーリがそんなことを言われて黙っていられるわけもなく、顔を真っ赤にして怒り出す。
「あんた大の大人がうんこうんこって恥ずかしかねーんですか!? それを言うならあんたの食事なんてもうただのマグマじゃねーですか!?」
「マグマ食うのとうんこ食うのどっちがマシだよ? うっわエンガチョ、ちょっと喋らないでください口からうんこの臭いがするんでー」
「くっ、ふ、フランんんんんんーーー!!」
鼻をつまみ始めたフランに、ユーリは涙目でぷるぷると震えている。返す言葉が見つからないのだ。
「あー辛いスルカレイドスはうめーなー。この味が分からねーんだもんなーユーリはなー」
「くっ、くっ、くっ」
笑うように言葉を漏らすユーリの心は大雨である。まさかカレーに誘ってこのような仕打ちを受けるとは夢にも思っていなかった。
遠慮せず食べるフランの後頭部にユーリは手をやり、そのまま皿の中に押し込んだ。
「そんなにうまいなら埋まっとけ! この馬鹿! ばかばかばか!」
赤いドロドロしたのを顔にいっぱいつけて、フランは顔をあげる。
「お、お前な……ぎゃっ! 目痛っ! やべ痛っ! 水水!」
刺激的過ぎるスパイスが鼻や目の粘膜から吸収されると、もうとんでもなく痛いのである。
しかし顔を拭き終わったフランは、えーんえーんと無邪気に泣きじゃくるユーリに強く言えず、しかも拭いてもまだ顔中痛いし、散々であった。
「で、できたのがこれです。味覚チェンジャー!」
後日フランが用意したオレンジ色のきらきらした液体は、味を変えるらしい。
「もっと詳しく」
「苦味も辛味も酸味も全て甘くします。世界は我ら甘党のものになりました」
「寄越せ」
「嫌です」
「いいから寄越せ」
「嫌……いやっちょ! ちょやめてください! いやこの野獣! 臭い! 臭いしキモい!」
背が低くて小柄なユーリは胸と態度しかデカくない、人より遥かに強靭なアンデッドのフランにあっさりと取り押さえられてしまい、薬も奪われた。
「これはもうこのままメラヘンに渡すぞ、いいな?」
「嫌です! 私はこれを近くの浄水場に混ぜてこの国中の人達の味覚をコントロールするんです!!」
実はここは結構高い土地にあって、国中に水道を通す浄水場にすぐ行ける。だからそこに薬を混ぜれば国民を実験台にすることができるのだ。
「させるか。全部辛くする薬でも作るんだな」
「こ、この人でなし! 人間の屑! 人間の風上にも置けない!」
「アンデッドだから」
平然とフランは薬を懐にしまおうとしたが、それをユーリが止めようと飛びかかる。
「返せっ! 私の叡智の結晶!」
「ばっ! お前危ない!」
薬の入った試験管はもみ合ううちに壊れ、運悪くフランの手元がオレンジの液体でびしゃびしゃになった。
「あっ! お前な、メラヘンにどう説明するんだよ?」
オレンジの液体は不自然な形でフランの手に吸収された。
ユーリがごくりと喉を鳴らす。
「……おいどうしたユーリ?」
「……舐めさせろ」
「は?」
「私の理想の味ー!」
ユーリの口はすっぽりとフランの右手を飲み込んだ。
「おぎゃあああああああ!! お前なんつーことを! 放せ! 放せ!」
「むぐむぐむぐ……」
口の中に広がる砂糖果糖液糖ブドウ糖ショ糖黒糖蜂蜜黒蜜そのどれにも属さないような不思議な、けれどどれをも凌駕する甘味は舌のあらゆる部分、歯一本一本の隙間までをも刺激し、ユーリの脳をとろけさせるほどの快楽をもたらした。
が、アンデッドの臭気はそれすら凌駕した。
「オーボエ―!!」
「ぎゃああああああ!! 俺の手に吐瀉ッ!! トシャ!!」
結論、好き嫌いなく食べましょう。