決戦のコロシアム・終編!
変に連載物にすると投稿が遅れるって前も言ったけど本当にね。
ユーリが治療されているベッドの傍で、フランはぼーっと立っていた。
「結局決勝まで来たか……、とりあえず、お前が治るまで暇潰しで参加しようと思っていたんだが」
言いながらフランはユーリの頬を叩く。アンデッドならすぐに治るだろうに、人間はなかなか傷が塞がらない。
人間といえば、キュウモンもだ。ちょいちょい自分につっかかってきた顔に見覚えがあったが、最後の戦いに負けた後に潰された顔は、フランが見ても息をのむほど酷い有様だった。
だから悲しいとか、しんみり、なんてセンチな感情をフランは抱かない。だが奇妙な苛立ちを覚えていたのは確か。
「フラン博士、失礼」
突然の訪問者アレイドルは、不躾にフランの肩を取り、強引に自分の方を向かせた。
「アレイドル・リッサーか。何の用だ?」
「一つ頼みたいことがあります。決勝戦、ライオを倒してください」
「なに?」
フランにとっては全く理解の出来ない依頼であるが、アレイドルにとってこれは急を要する問題だ。
ライオが勝てば、リザードマンが複数出ていた武闘大会の優勝がアニマロイドということになり、各国の種族間評価が変わる。
更には戦争の激化は予想され、特にリザードマン領への侵攻が増えてしまうだろう。
尤も、優勝がリザードマンでなかった時点でアレイドルの支持率は下がるだろうが、力のアニマロイドではなく知恵のフランが優勝することで、逆にリザードマン達に知識重視の気風を巻き起こすことができるかもしれない。
フランが勝てば万々歳、とまでは言わないが、その逆は地獄、それだけである。
「ふん、別に棄権してもよいのだがな」
「何か望みがあれば、我が国ならできる限り協力させていただきたいのですが。ただとは言いません。確かに魔法科学について我が国は後進的ですが、その分資源は手付かずなために安価で差し上げることが……」
「アレイドルリッサー、俺の物になれ」
「は、い?」
予想だにしないフランの言葉に、アレイドルはきょとんと、間を置いた。
「あなたのものになる、とは……」
「言葉通りだ。俺の欲望を受け止める対象になれ、と言っているんだ」
何度も聞かなければならないほどアレイドルは理解力が悪いわけではない、が俄かには信じられない。
「……リザードマンの女で良いのですか? それにしたって、私より魅力的な女性はいくらでも」
「お前がいいんだ、俺は」
アレイドルがときめく! そもそも男女差別の激しいリザードマンの世界では、忠臣すら自分を裏切るかもしれない環境! 他種族のフランの言葉は妙に真実味があった!
「そんなこといって、国が、権力が目当てなんでしょう」
「国なら捨てろ。俺の元に嫁げ」
またもやときめく! 自分の権力以外を見てくれる人が今までいただろうか!?
心揺さぶられるアレイドルであるが、実は男体化しないと全く興味を引かないとは思いもしていない!
「……守るべき民と国があります。それが落ち着いたならば、それも考えましょう」
「今はそれでいい」
言い残し、フランは会場へと足を進めた。
「ではでは最後の選手紹介をさせていただきますー! まずは今大会で唯一勝ち上がったアンデッドにして、巷で噂の変態マッドサイエンティスト、フラン博士! 二ドルスタン・アンデッドコミューン出身、ドグラマグラ暗黒教団お抱えの天才科学者でもあります。対戦相手の行方不明や棄権など不吉な雰囲気で勝ち上がった彼ですが、今、目の前にはとんでもない威容の化け物がございます!」
ディクニの解説を受けるまでもなく、フランはその巨体を目に入れていた。
「銀獅子ライオ! 圧倒的な実力でリザードマンや、フランと同じ魔法科学者ユーリを屠った最強の戦士! アニマロイドとアンデッドの戦いということで、今回は珍しくリザードマンがいませんが、独特の戦いを見られそうです」
この奇妙な組み合わせはこのコロシアム始まって以来だ。だからと言って観客が盛り上がらないわけではない。
「さあて、やるか」
フランが懐の薬に手をかけつつ言うと、ライオも自分の爪を舐めて答える。
「少しは楽しませてもらおうか」
紫色の肌に白衣だけを着こなすアンデッドのフランは体長二メートル近い、だがそれでも銀色の毛を全身に持つ全身凶器のライオは一回り大きい。
「試合、開始!」
そして同時に、跳ねたライオの動きに、フランさえついてこれなかった。
唸りを上げる右の拳がフランの鳩尾を殴り抜けた。
痛みを感じないフランでさえ、その衝撃に肺の中の空気を全て吐き出した。
だが、フランは吹き飛ばない。まるで衝撃を全て吸収したように、体が仰け反ることもなく、足が地面から離れもしない。
「驚いたが、力任せの攻撃には負けん」
自分を殴った拳を掴んだフランは、簡単にライオの右腕を握り潰した。
素早くライオが腕を引き抜こうとするが、その力の強さのあまりに自らの腕を引き千切る形になる。
一瞬のインファイト、だが火を見るよりも明らかにライオの不利。
フランが飲んだのは自分の肉体に衝撃吸収作用を付与するものと、自分の魔力を肉体の力に還元するもの。
それによって敵の打撃を受け止めながら、痛みを感じない自分の肉体で敵の攻撃を受け止めることができる。
難点は一つ。
腕を失い高速ステップでフランの周りで隙を伺うライオの動きについていけないことだ。
「タフ、だが遅い」
「ほざけ、にゃんころ風情が」
事実、ライオがフランを倒す手立てはないが、フランがライオを倒せるかと尋ねられれば難しい。
手持ちの薬ではどれも、俊敏な、目にも留まらぬ速度のライオを攻撃できない。
フランも首を動かし、回りながらなんとかライオを視野に入れる。
だが、素早く薙いだライオの爪の一振りがフランの背中を削ぎ取った。
「遅い」
それにフランは少しぞっとした。いかに痛みに耐えられても体が欠損していっては勝ち目はない。
「だせえな、男の癖にちょこまかと」
「腐れゾンビが言ってくれる。何を言っても無駄だ」
「種族の誇りもねぇ不意打ちで小娘人間殺した野郎に言うだけ無駄だったか。それもそうだな、だらしねえ奴め」
「貴様も不戦勝や棄権があっただろうが」
初めてライオの目が鋭く狭まった。動きは止め、フランを真正面から見据える位置。
「アンデッドの俺に、そういう口を利くこと自体、だらしねえよ」
「……くく、そこまで言うなら挑発に乗ってやろう」
王族にして無頼の戦士であるライオは獲物を前にした肉食獣のように舌なめずりをし、更なる高速でフランの周りを回り出す。
「なんたる速度! もはや我々にも見えません! ライオ選手、しかしこれは……徐々に円が縮まっている! フラン選手を嬲り殺す気かぁ!?」
円の半径が僅か五メートル、フランを中心に竜巻でも起きようかという速度、観客はフランと同じく圧倒的な力の前に畏怖すらしている。
そして、瞬間円からライオがフランに飛びかかる。
ヒット&アウェイ、フランが反応できない速度で肌を削ぎ取り、また回転を再開させた。
(……これを繰り返して全身削る気か)
延々と回転、不意に行われる攻撃、これが続けばアンデッドといえどフランは活動できなくなる。
三回、四回と攻撃が続き、ついにフランの左腕が落ちた。
「仕返しだ、アンデッド」
牙に紫の肉片がついたライオは、やっと一瞬止まった。
だがフランが攻撃に移る前に再び回転が始まる。
小さく舌打はしたが、しかしフランはまだ諦めていない。
ライオの戦いの全てを見たわけではないが、ユーリとの時もキュウモンとの時も一撃で戦いは終わっていた。だが今は持久戦のような形になっている。
それはフランも同じことだが、ライオはつまりこの戦い方に慣れていないはずなのだ。圧倒的パワーで叩き潰す戦いとは違う。ならばこそ、どこかにほころびがあるはず。
フランがその弱点を見つけ出し、突くことができれば、あるいは。
――――――――――――
「まだ、まだギブアップしないフラン選手! いや、できないのかーっ!?」
左腕に始まり、右腕、左足、右足を削ぎ取られたフランは、痛みがないとはいえ、大腿部を支点にしてなんとか自立するのが精いっぱいの状況だった。
ついにライオは立ち止まり、その腕からフランの足を客席に放り投げると、フランの方へと歩み寄った。
「どんな気分だ、ゾンビ」
「……」
既に何度目かの攻撃で喉も潰されていた。それを知っていてフランに話しかけるのは、ただの嘲りだ。
いかにアニマロイド最強を称されるライオといえど、ここまでてこずったのは初めて。だからこそ甚振り、その労に見合うだけの優越感を得ようとする。
王という業務や名誉に興味はない。ただあるのは自分が最強であるという自負と、最強であるという名誉。
そしてライオはフランの頭を引っ掴んで持ち上げた。このまま握り潰せばアンデッドといえど、命はない。
「最後の言葉も残せずに死ぬ気分は……」
そうライオが尋ねるのと同時だった。
「ぶっ!!」
フランが口から何かを噴出した。
唾液だけではない。攻撃を受けている最中に砕いた歯、そして千切ったベロ。
「がぁっ!」
魔法科学の薬品によって鍛え上げられた肺活量から発せられたその三つの凶器はライオの顔面に直撃すると同時に、片目と顔中の皮膚を切り裂くほどのダメージを与えた!
それと同時に解放されたフランは四足歩行するように肘から下がない腕と太ももで這ってライオに飛びかかった!
声にならない声、喉を潰された掠れた息のようなそれは、誰にも聞き取れない。ただフランだけが、そう言った、と考えている。
『最後の言葉など、残せるほうが珍しい』
首が千切れんばかりにスナップを利かせた頭突きは、ライオの首を吹き飛ばすほどの威力であった。
ユーリが目を覚ました時には、既に何もかもが終わっていた。
研究所に移設されたベッドで体を起こし、長い夢を見ていた気分で、何の気なしに階段を下りてフランの元へ移動しようとする。
けれど、うまく歩けずふらついた。
「おろろろろっ、なんか……力が入らない……ような……」
いつもできていた簡単な行動ができず、ドタドタ動けず手すりをもってゆっくりと階段を下りた。
そしてフランの姿が変わっていることにも驚いた。
「ユーリ、目が覚めたか」
「はぁ、何かありましたっけ?」
「半年寝たきりだったんだぞ、お前は。」
「はいぃぃぃぃぃ!?」
フランの両腕と両足は、以前よりも太くたくましい銀色の毛が生えたものになっていた。
「お前がふざけたコロッセオだか大会だかに参加して、アニマロイドに負けてボコボコにされて寝たきりだ」
「そんな……あ~、ありましたね。私もしかしてレイプされました?」
「いやされてないが」
「まさか……ま、どっちでもいいです。それよりその体は?」
既にライオの四肢を移植して慣れ切ったフランにとって、その説明は煩わしいほどだ。
「それも、なんでもいいだろ」
「ま、そうですね」
大会の時はメラヘンなど半狂乱になって止めようとしたほどなのに、ユーリも大して気にせず、楽にその場に座り込んだ。
「どうも筋肉が衰えたみたいで、辛いんですよね。薬ありません? そういうの」
「自分で作れ。俺は忙しいんだ」
「愛想ないでやんの。ま、いいですけど」
またユーリは元気を失くしたように、ゆっくりと階段を昇っていく。
その最中、フランは思い出したように言った。
「ああ、お前に言う意味もないんだが、アレイドル・リッサーは俺のものになった」
「誰でしたっけ、それ」
「……いや、どうでもいいな」
秘密の契約を交わし、フランの願望は性転換の薬を作るだけになった。
そんなことも、結局は重要ではないのだ。
「性転換の薬、ちゃんと作るんだぞ、ユーリ」
「そりゃこっちの台詞でもありますよ。変な博士ですね、イヒヒヒヒ!」
ほんの少し様相は変わって、けれどなんら変化することなく、二人の研究は続いていく。
言わずと知れた不定期更新です。部数は第二クール終了的にキリがいいですけど。