決戦のコロシアム・中編
アニマ獣神帝国の年に一度の祝祭、それがこのコロシアム。
魔法を使わなければ何でもありの戦いは、蛮族であるリザードマンが行う数少ない国際交流であり、アレイドル・リッサーが他種族と語り合う奇跡の機会である。
「レオン殿、あなた側の本命はどなたで?」
A大会の戦場が良く見える特設ステージで、リザードマンの女王アレイドルとアニマロイドの皇帝レオン三世は向かい合って茶を啜っていた。
「この大会には私の兄が参加している。粗暴なために帝位を剥奪されたと風聞されているが、本当は自分の知恵の無さを思い私に帝位を譲った方だ」
「それはそれは。その方はそれで今、何を?」
「何もしていない。自分が無知であると分かっているだけで、兄は本当に何もできないのだ。ただ、力は私よりも強いがね」
「へえ」
アレイドルは喉を鳴らして笑う。
「君の方は? 今度は負けるつもりはないが」
「私の方も、ダイランテが負けたと聞いて驚きましたが、二人、凄いのがいますよ」
「ほお」
レオンは心底楽しげに、頬杖を突きながらアレイドルの言葉を心待つ。
「一人はそのロッコ・バロッコ傭兵団の団長ロッコ・バロッコ。あなたも煮え湯を飲まされたでしょう?」
「あの小柄なリザードマンか」
レオンはすぐに想起できた。いや、実を言うなら聞く前からそうだろうと勘繰っていたほどだ。
金さえ出せばリザードマン以外の勢力にも付く銭ゲバ、平均身長二メートルを超えるリザードマンにして、僅か百五十センチの小さな戦士。
基本的には短刀を一本ずつ持ち闘う二刀流ながら、煙幕や火薬なども操る知恵のある男。
元来リザードマンは剣に誇りを感じ、魔法を使えたとしても使わないとか、正々堂々闘うといったことを重んじる。
つまりロッコは人にとってみれば知恵がある、だがリザードマンにしてみればずるい卑怯者だ。
レオンは彼と対峙した時に、剣だけだろうと油断していた。
だがその短刀の動きだけで、自らの爪を剥がされ、挙句胡椒爆弾で三時間もくしゃみが引かないなんてことになったのだ。
「思い出すのも辛い。して、二人目は?」
アレイドルの口元がにやりと歪む。リザードマンらしからぬ含み笑いだ。
「アルケルデ・ゴーンド。黒い鱗を持つ戦士」
「ほお、聞いたこともない」
一回戦は人間がその威容に恐れをなして不戦勝となった男。話題性だけレオンも耳にしていたが、それも小賢しい知恵を持ったリザードマンだと検討つけていたところである。
「強いのか?」
「もし戦争が続けば、必ずやあなたの首を取るでしょう」
アレイドルの笑顔にレオンは僅かな微笑みで答える。
既に選手紹介から、話は外交に変わる。
「それはそれは物騒だ。どうしたら回避できるのだろうなぁ?」
「私の国民は非常に野蛮ですからね。いまだに誇りや慣習などから抜け出せない」
「哲学家でも呼べばどうだ?」
「そんなものは刀の錆びにしかなりませんね」
「では、野蛮なリザードマンを統べ、啓蒙するにあたって、何が必要だ?」
「より大きな力を」
「……それを我らアニマロイドに求めるのは筋違いではないか?」
「いえいえ、腕力ではありません。魔法科学、その力を私は求めています」
言われてレオンは少し納得した。
リザードマンの肉体は頑強にして弾丸をも通さない。
けれど魔法は使えない分、その耐性がない。
特に生活が原人同様のリザードマンにとって、魔法による文明の発達は、いかに古いしきたりに縛られたリザードマンといえど、様々な考えをもたらされるだろう。
しかしアニマロイドに魔法科学はない。
「求められても、ないものねだりだ」
「ええ。なので、今ここに偶然、二人の天才魔法科学者が来ていると聞いたところなのです」
本当に偶然であった。アニマロイドに融通してもらい、何か魔法文化を分け与えてもらおうと思っていた矢先、フランとユーリの参加を知ったのだ。
けれどそれを、レオンは渋い顔で答えた。
「魔法科学者……いやあの二人はやめておけ。リッサー殿は他の種族と交流する機会があまりにもないから知らないのだろうが、国が亡ぶぞ」
「大胆な改革が必要なのです。レオン殿」
「私はあなたと戦争がしたいわけではない。むしろリッサー殿、あなたの身を案じている」
「私とてアニマロイドとの戦争をするなど……」
「なればこそあの二人はやめろ。手に余る」
「私を誰とお思いですか、レオン殿」
「アレイドル・リッサーと言えどリザードマンの帝でしかない。かの二人がなんと言われているかご存じか?」
「……いえ」
否定の言葉の後、レオンの言葉を受けてアレイドルは無言でその場をあとにした。
「二回戦、見目麗しい金髪の博士、見た目の割に非常に高い知能を持つユーリ選手!」
「ディクニちゃん愛しているよー!」
「はい熱いラブコール頂きました。その対戦相手はシード選手ということで今回初の試合となります!
銀色の毛並を持つライオンのアニマロイド、ご存知我らが皇帝レオン三世の兄であり、実力だけなら私以上とレオン陛下に言わせしめたお方、ライオ選手!」
「……うむ」
ユーリの目前に立つ男は、ユーリの身長の倍以上ある。人と同じほどの体格であるはずのアニマロイドながら、その体長三メートルを超えていた。
だがその白く輝く毛並は、獰猛な雰囲気はなく、本人の落ち着いた態度も合わせて、老人の白髪のような雰囲気があった。
「プクスプクス、老い耄れ爺がピチピチギャルと戦うなんて、もう戦う前から決まったようなもんですね」
「おーっとユーリ選手、恐れを知らない発言だぁ! これにライオ様はどう答える!?」
「普通、逆ではないだろうか?」
「普通の返事だ! 流石ライオ様器の大きさを感じさせる!」
「ちょっとディクニちゃん贔屓が過ぎるんじゃないですかね!? どう見てもただの惚け爺でしょうが!」
「えー、これ以上話してもあれなので、試合を始めますね。試合、開始ぃ!」
ユーリはこの段階で三種類のドーピング効果が出ている。
研究所で飲んだ投擲物重力無視、先ほどの試合で飲んだ意志による選択透過、そして試合前に飲んだ肉体強化のドーピング薬。
肉体強化と言っても、市販のタウリンだとか、筋力増強だの神経伝達がどうのこうのという単なる化学薬品ではなく、これも魔法をも絡めた最高の逸品。
攻撃時には地属性魔法と風属性魔法を利用した硬化した体と素早い攻撃を可能とし、防御時には先ほどの硬化に加え時属性魔法と光属性魔法の回復効果まで発動する。
その作用がいかほどのものかと言うと、剣の達人であるダイランテの攻撃を見切ることも可能であり、か弱い乙女のユーリがアンデッドのフランに殴り勝つほどである。
ただいかんせん、脳が反応してから体が動くのは早いが、敵の行動に素早く気付けるかどうか、というのは薬に関係ないところであった。
故に、ユーリが気付いた時、既にライオの拳が鳩尾に入っていた時点で、試合結果は変わらなかった。
変わったのはユーリの生死くらいである。常に若返るように時間を戻るおかげで彼女の傷は命を奪う真似はしなかったのだ。
要するにライオの一撃でユーリは負けた。
体は派手に回転することもなく、体が平行移動するように吹き飛び、そのまま客席の下の壁に激突し、磔になった。
彼女が感じたものは、速いとか痛いとかじゃなく、生への執着を失した明確な死のイメージであったという。
ユーリの敗北、そしてしばらくの入院を聞かされたフランは渋々試合を延期してもらい、様子を見に行くことにした。
無論、いかに薄情で人間味にかける(アンデッド)の彼と言えど、同僚にして似た志を持ち同じ目的で、そして自分以上の天才だと思う人物が負けたということには、驚きを隠せず、心配もしていた。
だがその人並みの感情は、より大きな驚きに塗り潰される。
「なっ! アレイドル・リッサー!?」
「……! これはこれは、フラン博士」
ちょうど、二人にとって運命的な出会いであった。
「驚きのようですが、私のことをご存知なのですか。世間からズレて暮らしていると聞いていますが」
ズレ、というのは距離のみならず感性や能力も全て含めて、である。
「ああ、よく知っているさ。俺はリザードマンが好きでね」
「へえ、ふふ、リザードマン以外にとって、リザードマンなど雌と雄の区別もつかないでしょうに」
そうアレイドルは嘲るように笑うが、フランはむしろアレイドルを嫌悪するように顔を顰めた。フランにとって、雌のままのリザードマンなど他の全てと同じなのだ。
ただそれでも、アレイドルは少し特別なわけで。
「……俺には区別できるさ。あんたはいい女なわけだ」
「それはどうも。世辞として受け取りましょう。それより話があるのですが……」
「ん、おい待て」
近寄ってきたアレイドルを腕で制して、フランは人混み、選手の中にいる一人の影を見つけた。
「あれはロッコ・バロッコさんじゃないか! うわ! 俺ちょっと行ってくる、失礼!」
表情はたいして変わらないが、そのままの顔で声が大きく、上気して子供のように叫ぶのだから、アレイドルもなんじゃこりゃと驚いている。
がフランは本当にそっちの方へ走っている。
何とも困惑してしまうような状況だが、フランがリザードマンを好きだと言う事実は都合が良い。
アレイドルも話の続きのためにフランを追いかける。
「あのー、ロッコ・バロッコさんですよね?」
声をかけられた小柄なリザードマンのロッコ・バロッコ、背が低い以外に目が大きく、鼻と口が嘴のように尖ったリザードマンにして、その部分がずんぐりとむくれているように大きいという特徴がある。
で、彼は声をかけられ、フランを見て、表情を歪めた。
「ゲェッ! お前もしやアンデッドのフランか!? 好色変人アンデッド!?」
「いえいえ、名前を知られて光栄です。どうです今夜一緒に……」
「近寄るな! 離れろ気持ち悪い!」
「まだ触ってもないのに、ご無体な」
そこで、ギャーギャー騒いで短刀を振り回しているロッコをアレイドルが諌めた。
「そう邪慳にしてあげないでください。できれば彼とは協力的な関係を結びたいと思っているのですが」
「へ、それはどういう……」
「私はフラン博士の技術を高く評価しています。彼は我が国に必要不可欠な人材であるとすら、考えているのです」
その時のロッコと言ったら、ウチの皇帝にはそんな趣味があったのか、と血の気が引いていた。
誤解を解くと同時に、フランの性癖がアレイドルに理解されたところで、もう一人のリザードマンが二人の元に訪れた。
「失敬、目立っています、アレイドル様」
「アルケルデ、試合は終わったのですか?」
「無事勝利しました。……そちらは?」
ロッコといまだに拳闘を繰り広げているフランは、今度はその黒い鱗を見て愕然とした。
「黒鱗……、絶滅した種だと聞いていたが、あなたのお名前は?」
「アルケルデだ。勝ち進めば、いずれ闘うことになろう」
「そういやそうだった。死ぬか失神するかギブアップというまで終わらない、だったな……ガハ、ガハガハガハ」
「この男はリザードマンの敵だ! 覚えとけよ黒いの!」
言いながらロッコはずかずかと、距離を空けるように歩き出した。
「ロッコ、どこへ?」
「試合だよ! アレイドル様と変態を一緒にしたらまずいから残ってただけだ!」
「そうか。じゃあ俺も用があるから失礼しよう」
「いえお待ちを。私はあなたに話があるのです、フラン」
「では随伴しましょう」
「それは構わんが……ふむ」
品定めするようにフランはアルケルデをじろじろと見て、彼も久しく感じなかった感覚に身震いをした。
規則正しく、胸を上下に揺らしてユーリは静かに眠っていた。
傍には目玉がぎょろぎょろ動くカメレオンのアニマロイドが、白衣を着て、カルテを読みながら言う。
「死ぬことはないでしょう、が、いつ起きるとは言えません。しばらくは小康状態が続くのみです」
「そうか。参ったな。で、メラヘンはなんでここにいるんだ?」
「ななななんでじゃ、なな、ないでしょうがっ! わわ、私はよよ呼ばれれていいいたんですからっ!」
メラヘンもユーリの傍の椅子に座っていたのだが、あまりに怒りで立って、真正面からフランを睨んだ。
「ととととというかそそもそもも、なんであなた達がささ参加していいるんですか!? わわわたしに知らせていいたら、ぜっ、ぜっ、絶対に、ささ参加させなかったのに!」
怒り心頭で叫ぶメラヘンに、フランはあっさりと答える。
「だから知らせなかったに決まってるだろ。馬鹿か」
「フラン! 口が過ぎるぞ!」
護衛の大男が一人喚くが、フランはこともなく。
「じゃあ、俺も試合に行こうか」
「ままま待ちなさい! こここんどはきききけんしなさい!」
「断る」
「ゆっ、ゆゆうしょう賞金の倍払います!」
「金じゃねえよ」
「ではなにを!?」
「好きな奴の前で頑張りたいもんなんだよ、男ってのは」
「え、それって……」
「お前じゃねえよ」
「フランンンンンンンン!!」
大男が地面から土槍を無数に突き出すと同時に、フランはまっすぐ岩の球を彼の顔面に打ち出した。
土の槍はフランの体に弾かれ、男の顔面からは血が噴き出した。
「ま、お前がリザードマンの国を手に入れられるってんなら、考えてやらねえでもねえがな」