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決戦のコロシアム!前篇(重力を無視して放り投げられるようになる薬)

 その日フランは足音なく、まずユーリの声を聴いた。

「ヴェレッ!っててれてーれ、てれっててれてーれ、てれっ!……」

 謎のリズムを口ずさみながら、ようやく足音と共にユーリは姿を現した。

「アイ、ビリーブ、ふふふのふふん! 男なら! 一度は憧れるんですって! 世界最強!」

 相変わらず意味の分からないことをのたまうユーリにフランは顔を顰めつつ、面倒臭そうに尋ねた。

「で、何の用だ?」

「破壊力ってのは速度と重さです。重いものが速ければそれだけで強いんです。殴る場合はそこに握力も加わります」

「加わらねえだろ」

「加わります! この天才が異世界の電波を受信してそう言っているのですからそうなんですよ!」

 ユーリの言う異世界っていうのは言うまでもなくこっちの世界の何かである。フランにとってしてみれば、電波を受信とか頭がおかしくて大丈夫だろうかと心配なのだが、間違っていることを言ってはいないのだ。

「ともかくですね、私はグラップラーになるためにこんな薬を作ったわけです」

 言いながらフランは赤い液体の入った試験管を見せびらかした。

「これは『重力を無視して何でも放り投げられるようになる薬』です。家だってボールみたいに投げられますよ」

 さて皆さん、お久しぶりの薬について解説でございます。

 なんで人一人が飲む薬の影響で家を放り投げられるんだ!? それもう投げる物の方に影響出ているだろ! とお思いのあなた。

 俺もそう思う。また無茶なこと言い出したよ、と。こんなの科学でも魔法でもないよ、と。

 でも魔法科学だから! 飲んだ人の手の先から魔力的なものが出たりなんやかんやでそうなるのだ!

 ということを我々は知らないが、フランは知っているので普通につづけた。

「で、それをどうするんだ?」

 胡散臭そうな顔のフランにユーリは笑顔で返し、それを一気に煽った。

「ぷはぁ、これで私が敵選手をぽんぽんと放り投げて優勝です!」

「優勝?」

 そこまで言って、ようやくユーリは袂から一枚のチラシを取り出した。

「『来たれグラップラー! 最強の戦士は誰だ! 武器ありドーピングあり何でもありのコロシアム! 詳細はアニマ獣神帝国まで!』というトーナメント戦のエントリー表です。ちょっと調べてみたらありまして、ドーピングもありだから出ようかなと」

「実戦かよ。死ぬぞ」

「死にませんよ、天才ですから」

「いやいや」

「博士も出ましょうよ。オスのリザードマンもいっぱい来ますよ」

「マジで?」

「マジ」

 こうして、二人の科学者は男達が血で血を洗う決戦場へ赴くのであった。



 ドグラマグラ暗黒教団よりはるか南、リザードマンの国よりも南に位置するアニマ獣神帝国。

 そこに住むアニマロイドとは、様々な動物の獣人たち。反射神経や運動神経など肉体能力は人を遥かに超え、ゴブリンやリザードマンの亜種と言われている。

 ライオンのアニマロイド、現皇帝レオン三世は非常に革新的な思想を持ちながらも、古来からの娯楽や風習も蔑ろにしない人柄だった。

 その中の一つがこのコロシアム。

 肉体と肉体をあらゆる手段でぶつかり合わせ、国民の軍事的熱狂を底上げし、更に勝者を公的に賭け事に利用することで一定の収益も上げることができる、アニマロイドのこの国には必要不可欠な行事であった。

 剣を使うリザードマンの優勝歴が非常に多く、マンネリ化しているとも昨今言われがちであるが、かつて人の身でありながら優勝した『武闘家ハチモン』、女性初兼ゴブリン初の優勝者『斧姫(ふき)バルサ』、颯爽と現れて優勝者を暗殺し、また消えた『音速の魔族マックスピード』など、数多くの話題、事件があり、各国の有力貴族や王族を招くことで、帝国と他国の仲を取り持つことができるイベントでもある。

 そのために、ドグラマグラ暗黒教団の変人科学者二人のエントリーは珍しい人間とアンデッドの枠ということであっさりと認められ、二人はトーナメントに参加することになった。

 参加者は二百五十六人のトーナメントが二つ、それぞれの優勝者が最後に戦い真の優勝者が決まる。

「博士はA大会ですね。私はBなので」

「おう。しかし……」

 フランも勢いで参加したものの、オスのリザードマンが見れるというメリットに対してデメリットが大きすぎる。死ぬかもしれない戦いなのだ。

「やっぱり帰りたいな」 

 そんな弱音を聞いたのは、たまたま近くにいたフランの対戦相手であった。

「コエーってんなあ帰りゃいいじゃネーか」

 奇妙な喋り方は元より、その声はフランも聞いたことがあった。

「お前……誰だ?」

 聞いたことはあったけど、顔は見ても名前も何も出てこない。まあ誰だって反応しているくらいだから、うっすらと記憶に反応したのだろう。全く知らなかったらフランは『お言葉に甘えて帰ります』って感じで帰っただろうから。

「誰って! 俺の名前を忘れたとは言わせネーぜ!」

 紫色の肌をした、フランより一回り背の高い、半ズボンだけ着た半裸の男は、自分をぐっと指さしてフランを睨む。

 が、フランは首を(かし)げるだけであった。

「忘れたとは言わねーよ知らねーよ。ともかく失礼する。じゃあユーリ、死なないように」

「アイアイサ! イヒヒヒヒ!」

「待てやオメー! このファルハローダ様を忘れたってのか!? ビビりのフランちゃんよぉ!?」

 そう、ファルハローダがフランの胸倉をつかんで、ようやくフランは反応を示した。

「ファルハローダ、なんか聞いたことあるような……」

「えー? 私は知りませんよ? 博士、夢でも見てんじゃないですか?」

「かもしれん。ともかくここにいる理由はないな。おいお前、放せ」

 不躾な態度にいい加減、紫の肌に青筋を立ててファルハローダは叫んだ。

「ニドルスタン・アンデッドコミューンのニドルスタン高校で! 俺様に虐められていたのは誰だったか覚えてねえってのか!?」

「ええ、何それ詳しく!!」

 どこかへ去ろうとしていたユーリは実に興味深そうに瞳を輝かせて一気に戻ってきた。

 が、フランは尚も首を(もた)げていた。

「いじめ? ふむ……そもそも俺はそんな高校に通っていたのだろうか……」

「ザケンな!」

「すまん、ふざけた。学生生活は覚えている」

 尚も胸倉をつかまれたままなのに、フランはニコリとも笑わず、形だけ頭の後ろを掻いて見せた。そんなお道化た態度がますますファルハローダを怒らせる。

「てっ、テメェ……」

「だが虐めなどは覚えていないな。そもそもお前の顔を覚えてないんだから」

「アアン!? 物なくなったり壊れたりしてただろうが!」

「プクスプクス! そんな地味なことしてちゃ博士に名前覚えてもらえませんよ! 私なんか研究ぶっ壊してぶっ殺されかけましたから! イヒヒヒヒ!!」

 過去を思い出し、ユーリはぶるると身震いして、即座に自分の行くべき会場の方へと走り去った。

「よく物がなくなることはあったが、そうか、お前のせいか」

「へ、やっとわかったかよ」

 満足したようにファルハローダはフランを解放して、去り際に大声を残して逝った。

「賢いだけで調子に乗ってるからだぜ! せいぜい反省して、逃げ帰ることだな……!」

 途中から彼の言葉は胴体が分割されて放たれている。しかしアンデッドでも人間でも、上半身と下半身が繋がっていなくても喋れるものである。

 人間はその後長生きできないが、アンデッドならこんなもの怪我程度、という差異はあるが。

 頭から地面に落ちたファルハローダは、急に視界が回転した恐怖に冷静さを失う。

「な、な、んなぁぁぁぁあああああああ!?」

「うろたえるなよ。死ぬわけじゃなし」

 そのファルハローダの首根っこを掴んたフランの手は、赤い血に濡れていた。それがファルハローダの血であると気付いていないだろうが。

「なっ、んな、なんで?」

「自然の摂理だと誤解することで、お前に変な自信を与えてしまっていたことを反省して、しっかりお前に恐怖と、より強い者に歯向かうことがどんな結果をもたらすか、大会の前に知らしめておかねばな」

「は? ンブッ!!」

 そのままフランは首を握り潰し、頭を踏み潰し、内臓を食らった。

 アンデッドに人権はない。

 なのでこの国でアンデッドを殺しても裁かれることはない。

 つまりアンデッドは旅行などをしたらカモになるが、死を知らず、アニマロイドに劣るが人を超える戦闘力を持つアンデッドに喧嘩を売ろうというものは少ない。

「……強いんですね」

 そんな惨劇を見ていた、柔道着を纏った人間がそう声をかけた。

「強いとか弱いってのを見るだけで判断するのはよくないだろう。だがまあ単純にお前がそう思ったのなら、そう思っておけばいい」

「ですが、闘う前に不意を討ち敵を殺すなど、武闘家にあるまじき行為! 許しません!」

「別に許してもらおうと思ってねえし、武闘家でもねえんだが」

 男は右手を前に突きだし、左手を胸のあたりで待機させ、中腰の体勢を取る。

 それをフランは面倒臭そうに睨む。

「やるならやるぞ」

「……」

 だが、男はその姿勢を解き、堂々と立った。

「いえ失敬。私も武道家の端くれ、然るべき試合の場で行ないましょう」

「ほう」

 男は去り際に、背中を見せたまま叫んだ。

「武道家ハチモンが息子、キュウモン、覚えておいてください」

(自信ねえな……)

 キュウモンの後ろ姿を見て、フランはそんなことを思った。



「レディース、エーンド、ジェントルメーン、アンド異形の皆々様! 私今回のコロシアムで司会をさせていただきます、ご覧の通りアニマロイドと人のハーフ、犬耳がチャーミングなディクニでーす! 血を滾らせ、肉を焦がす熱い戦いを見せてくれる最初の二人は、これだ!

 ドグラマグラ暗黒教団からやってきた狂気のマッドサイエンティスト! 金色のポニーテールに輝く八重歯、そして体のどのパーツよりも大きいと言って過言ではない爆乳! この爆乳から……失礼、この頭脳からどのような技が繰り広げられるのでしょうか!! ユーリ選手!」

「うおー! ディクニちゃんセッ○スしてくれー!」

「さあユーリ選手も本能を滾らせているところで次の選手! リザードマン傭兵団『ロッコ・バロッコ』の副団長、言わずと知れた『扇刃二刀の赤蜥蜴ダブルレッドスプリング』の異名を持ち、リザードマンの特殊種である赤い鱗! 渦巻状の刀であるスプリングを操る身長三メートル超えの痩身! ダイランテ選手!」

「……さて、ルールはギブアップ宣言と失神、死亡で終わりだったな」

「はいそうでーす!」

「なら、それまでは何をしても終わらないわけだ」

「おーっと! これは意外や意外、ダイランテ選手もユーリ選手に負けず劣らず本能を滾らせているようです! それでは……試合開始!」


 戦いのゴングが鳴ると同時に、ダイランテは一メートルを超える足を地面に叩きつけてユーリの元へと懸けた。

 バトルフィールドは三十五メートルの正方形、リザードマンの体力ならばあっという間に端から端へ移動できるし、追い詰めることもできる。

 懐からはスプリングと呼ばれる螺旋階段を模したような刀を取り出す。撫でるように切ることで複数の傷口を作ることができる、殺傷よりむしろ甚振ることと相手の剣を絡めとることを目的とした武器だ。

 それを前にユーリは素早く一つの薬を飲みほして、準備万全と両手を前に出した。その格好はユーリにとっては万全だが、歴戦の猛者であるダイランテにとっては素人同然だが。

 だがダイランテもユーリを殺すわけではなく、まず喉を潰して声を出さないようにすることを目的としている。それまでは傷つけることをなるべくしないようにして、まだスプリングを持っていない左手をまっすぐユーリの首に向けた。

 案の定ユーリの反応は遅く、ダイランテの左手はユーリの首を捕えたかのように思えた。

 だが違った。

 すりぬけたのだ。

「はっはっは、かがくのちからってすげー! でしょ!」

 ユーリは逆にダイランテの首を掴み、それを真上へ投げた。

 痩身と言えどリザードマン、百キロを超える三メートルの体は、軽々と二十メートル以上空へと飛ばされた。

 何が起きたか分からないダイランテは、ともかく落下の衝撃に耐えるべく、俯せの姿勢になり腹側の鱗を立てた。空中からでもユーリの姿を確認しないといけないからだ。

 その時にユーリは懐からまた薬を飲み、そして地面を拾った。 

 一メートル四方の石の立方体、それをユーリは次々にダイランテに向かって投げつけたのだ。

 最初の一撃はかろうじてスプリングで弾こうとするも、曲がりくねった刃はあっさりと折れて、一打一打ごとに骨が響いた。

 最後に彼専用の石棺ができあがっていた。

 


 こうしてユーリは勝利し、フランは不戦勝した。

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