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不老不死の薬・後編

 ロルドルがフランと出会ったのは全くの予期せぬことであった。

 もっとも、地震の被害が大きい地点に向かえば、必然発信源であるフランの近くに現れるのは当然のこととも言えた。

「お主……これはお主が?」

「そう言って信じるか?」

 フランは無愛想に答える、ロルドルはそれを笑うこともせず、老いさらばえた体を、再びまっすぐ伸ばした。

「信じ、そして戦おう」

 ロルドルの周りの空間が歪む。周りに球状の何かが浮かぶが、それは宇宙としか形容できないものだった。

宇宙亜空(コズミック・ホラー)……、触れればこの世界に戻ってはこれんぞ」

 それが九十をも超える年で、大魔導マグラの兄弟分と称された男の極地。

「時空魔術の粋……やっとまともな相手を見つけたところか」

 フランが敵意を剥きだしにすると同時に、地響きが始まる。

「さて、久しぶりの心躍る闘いになりそうじゃ」

「戦い……違うな。俺には実験に過ぎない」

 そう、フランは懐から薬を一つ選び、飲み干した。

「ほざけ小童が!」

 宇宙空間が広がり、フランを飲み込む。

 フランはその抵抗をせずに、あっさりとこの世界から消え去った。

「何を企んで……?」

 直後、ロルドルの体を土が貫いた。

 血を吐き伏すロルドルは、既に息絶えていた。

「ユーリの作った瞬間移動できるようになる薬……、異世界からも帰還できるとは恐れ入った。やはり天才だな、ユーリは」

 フランはかつての同僚を素直に褒め称え、思い出しながら、再び自らの復讐へ戻った。



 体が抉れたグリモと、叫喚の表情を浮かべたリィンの黄金像。

 レイルはそれを見ても、どれだけの恐怖と死の覚悟、死より恐ろしい中途半端な人生を送ることを覚悟してでも、それと戦う命に背けなかった。

「……ありえないでしょ、こんなの。リィンさんが勝てないのに、敵うわけがない……」

 魔力を練り自らを高めるより、素直に暴力で暗殺した方が良いのでは、そう思えるほどにレイルの心は既に折れていた。

「……美女発見」

「何者!?」

 レイルは即座に振り返るが、瞬間移動できるユーリを見つけることはできない。

「『見ただけでスリーサイズが分かる薬』によると……78、56、81、んー、マンダム」

「どこっ!?」

「楽しんであげる」

 その声は、耳元で聞こえた。

「『激圧水流(ウォータープレス)』!!」

 自分を中心に三百六十度全方位に放たれる膨大な水は全てを圧殺する。

 黄金像は粉々に砕け、研究所があった瓦礫をも破壊し、グリモの体とて遠くに流される。

 だが高い空へと移動したユーリを倒すことはできない。

「可愛い抵抗でしたね、もう安心してください」

 次、ユーリは薬をレイルに飲ませた。

 体が動かず、レイルは怯えながらユーリの表情を伺うことしかできない。

 満面の笑顔のユーリは、レイルの服を脱がせ始めた……。



 破壊されつくした王都でメラヘンは一人彷徨い歩いていた。

 自分の傍にいた衛兵たちは皆押し潰されて死んだ。

 それでもメラヘンは自分一人、ひき肉のような状態から無事に再生し、生還したのだ。

 そして彼女はフランと出会った。

「よおメラヘン」

「……ふふフラン、ななななぜここっ、ここに?」

「リッサーを殺した。その報いを受けてもらおうと思ってな。性転換の薬以上の手間だぞ、生き返らせる薬なんざ……」

 一瞬、メラヘンは病んだ瞳を大きく開き、驚きを示すが、すぐに諦めたように目を閉じた。

「……そうですね、殺せるならばどうぞ殺せばいい。私は何もかも失った……この命以外は」

 この国はそもそも、師匠マグラの死を秘匿し、いつか再生の日を迎えるための隠れ蓑。

 その師匠は今の衝撃で確実に命を落とし、無限と思える自分の命も、所詮は長き時間研究ができるだけという些細な利点に過ぎない。

 何よりも、生涯をかけた自分の研究でさえ、目の前の男の薬と比べれば矮小な一事象に過ぎないと悟ってしまった。

 フランはそんな絶望にも似た諦念を察し、一本の薬をメラヘンに投げた。

「不老不死の薬の解毒薬だ。飲めるな?」

 それは狂気を持ち直したメラヘンの特効薬を失くすこと。

 それをまじまじと見つめる目には、恐怖の色が一瞬浮かんだが、それすら彼女は飲み下した。

「……フラン、あなたのこれからの栄光に乾杯」

 直後、メラヘンの体に無数の亀裂が走り、爆散した。

 フランはそれを、しばしの間名残惜しげに見つめていた。

 寂しさのような、それとは違うような感情、それを形容するには寂しさという他ないが、そんな微弱な悲しみをフランは持つ。

 それは友でも家族でも恋人でもない、数年着慣れたコートを失うような、微弱微細な寂寥感。

「復讐は何も産まないか……得心行ったよ」

 フランは自分にまで飛び散ったメラヘンの肉片を空の試験管に入れた。

 生き返らせる薬ができた時、もう一度生き返すために。

「ちょーっち待ちな」

 突如後ろからかけられた声に、フランはゆっくりと振り返った。

 瓦礫を押しのけて出てきたのは、自分の赤い髪を血塗れにした、足のないファレンだった。

 フランの視線が厳格になると、ファレンは慌てて両手を挙げる。

「待て待てって! 生憎、メラヘンが死んだ以上俺の行動はもう自由だ。国もこうなっちまった以上、俺の立ち位置も何もない、降参だ」

「ならどうする? 一思いに死ぬか?」

「それもないな。俺を一体誰だと思っている? 単純な魔力量ならロルドル卿よりも高い俺に……」

「なら、そっちを防げ」

「あ?」

 フランから右を見れば、彼自身が起こした地震による最悪規模の津波が迫っていた。

 波の高さは十メートルにも及ぶ、それをも超える土壁を今、フランは作り続けなんとか防ごうとしていた。

 だが左側、レイルがやられ際に放った激圧水流が高さ三メートルほどの津波となり襲い来ていた。

「お前これーっ!?」

 叫びながらファレンの残された両腕から炎が噴き上がる。




 生者のいなくなった国で、一人のアンデッドは足のない男を背負い、運んでいた。

「すまねえな旦那ぁ……だが見直したろ?」

「俺はお前より凄い奴をたくさん知っているからな。ほら、そこに……」

 先にユーリの姿を見つけたフランだが、隣に水色の髪の女が倒れており、その奥には研究所だったものが散乱していた。

「……ミスったな。おいユーリ、大丈夫か?」

 言葉に反応し、ユーリは立ち上がってフランに近づく。

 そのユーリは全裸だった。

「……博士」

 ファレンは慌てて目を瞑るが、フランはそれ以上に、普段とあまりに違う冷静な語調に驚いた。

「一体どうした? 何があった?」

「私、初めて女を抱いたんですけど……」

「ヒエーッ!?」

 ファレンが間抜けな声を上げるが、二人は当然無視。

「別にハーレムじゃなくてもいいです、私は、ユーリはレイルだけを愛し、生きていきます」

 澄んだ瞳で語るユーリに、フランはただ驚いた。

「……あ、そう。勝手にしろ」

「それよりこの研究所、どうしましょ? メラヘンさんは?」

「死んだよ。研究は続ける、薬を作らねばなるまい」

 フランは忌々しげに残骸を見つめた。やっぱり思いつきの激情ですべきではないことまでしてしまったと反省すらする。

「まあいいか。こっちには優秀な人間が四人いる。引く手数多だろ」

「ちょっと勝手にカウントしないでくださいよ!? 私とレイルはこれからどこかで幸せに暮らすんですから!」

「どこだよ、そこ」

「どこって……」

 ユーリはちらりと残骸を見て、溜息を吐いた。

「……そうですね、三食お菓子付、風呂トイレシャワー付きの8LDK三階建てならどこへだってついていきますよ!」

「それ、前の研究所よりもハイスペックじゃねえか……。ま、行けるだろ、今なら」

 むくりと起き上ったレイルと、居辛そうなファレン、二人を連れて、研究者二人は旅に出たのであった。




 こうして暗黒教団の密かな野望は、頭首たる悪人一人とそれに付随する七千五百万人超の国民の死とともに潰えた。

 史上最悪の地震と津波は隣のグラミエル王国に特に被害が大きく、そのために魔法が原因である今回の事件を解析は遅々として進まなかった。

 それゆえ、魔法技術の衰退を憂う連合国は、メラヘニズム昏光教団の生き残り四人である天才達を優遇して騎士の国へ招き入れた。

 しかし、研究に対するお金以上に馬にお金を使うこの国、ユーリが望む条件はおろか、碌な研究もできなかった。

 挙句、反魔法の気運が高まることで新たな火種が誕生するのだが、それはまた別の機会に。







次回からは当然みんな生きていますよ。

ってかメラヘンさんが悪い役ばっかりになっているので、ちょっとはっちゃけたいです。

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