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不老不死の薬・中編

 メラヘニズム昏光教団からユーリとフランの研究室に送られた謝礼は膨大なものとなった。

 お金は勿論のこと、研究所の増設、何でも言うことを聞く奴隷――特にリザードマン――の強制労働など、二人の要求に沿うようにと配慮された。

 だが、フランは怒髪天を衝いている。

 広くなった研究室は広すぎるがゆえに、二人とも同じ階で研究をしているが、人形のような奴隷しかいないため、むしろ二人が親しみやすくなっただけである。

 他の階や部屋には、山ほどのお菓子とぬいぐるみ、研究資料と設備と道具があるだけ。

 そこでフランは、一切の笑顔なく言う。

「ユーリ、お前は今何を作っている?」

 笑顔なく、冷たいフランの言葉にユーリはついビビる。

「へぇー!? はぁー!? も、モチのロンで性転換の薬ですよ! イヒヒ、嫌ですね博士、私だって偉大なる目的と野望のために性転換の薬を……」

「正直に言え!!」

「はひーっ! か、顔が笑顔で固定されちゃう薬作ってました……」

「なんで?」

「だって博士、最近笑わないんですもん……」

 子供らしく、いじらしく、ユーリは自分でも意識せず男性にとってポイントの高い評価を得られるような反応をするが、フランはつまらなそうに鼻を鳴らすだけである。

「俺が何故、イラついているか分かるか?」

「何故? ……分からねーですね。リザードマンの男、わんさかもらえたし、お金もあるし、お菓子も食べ放題。これ以上何を望みます? 性転換の薬でしょ?」

「本気で言っているのか?」

「冗談ですよ。アレイドル・リッサーですよね」

 フランは深々と頷いた。

 アレイドル・リッサー。

 歴代でも三本の指に入るほどカリスマに長けたリザードマンで、女性で美麗ながら(リザードマンにとって)実力も高い君主。

 女性ながら全てに長けた存在として、フランは一目置いていたのだ。

 リザードマンの男を愛するフランにとって、そのリッサーが男になればどれほど素晴らしいか、と。

 だがその存在は、先日メラヘンによって殺された。

「……ユーリ、俺が何を考えているか分かるか?」

「メラヘンの奴……殺してやる、殺してやらぁぁぁぁあああああああああ! って感じですか?」

「そうだ」

「そうですか……ってぇぇぇぇええええええええええええ!? マジすかマジすか!? ギャーッハハハハ!! とんでもないこと考えますね!! それでどうすんすか!?」

「国を作り直そう」

「ギャーッッハハハハハ! ありえないでしょ!? ありえないでしょ!? どうするんですかそれで!? 国王ですか!? 国名は!?」

「知らん、任せる。俺はまずあいつをぶち殺さなければ気がすまん」

「過激すぎるッ!! 本気なのはわかりましたけど、付き合い切れませんよ!?」

「分かった。じゃあ一人で行く」

「あ、はーい。分かりました」

 そういうことで、フランは服を着替えた。

 元々ズボンとジャケットを一枚羽織るだけのラフな格好だったが、今はより分厚く、大きなジャケットを着ている。

 その中には数多くの試験管と毒々しい色の液体が入っている。どれも危険な薬だ。

「じゃあな」

「へいへーい。ま、精々死なない程度に頑張ってください。アンデッドだけど。イヒヒヒヒ!」

 高笑いするユーリは大きく手を振って、闘いに出る男を見送った。

「死にゆく男達は、愛する女に何を残すのか……イヒヒ、お菓子もお金も独り占めっ!」

 さて、そうはいかない。


 グラミエル王国をも裏切ったメラヘニズムは、リザードマンの前衛と優れた魔法兵による後衛の布陣の精強さに加え、リザードマン国と旧ドグラマグラ領が大陸の端であるという立地の良さも起因し、防衛戦に関しては常勝無敗の強さを誇っていた。

 更に『不死者(ノスフェラトゥ)メラヘン』が戦場に出る度、敵国の優秀な将軍が減っていくため、連合国の中にはメラヘニズムにひれ伏すことすらあった。

 全てが順風満帆――そう思われていたが、メラヘンには唯一の悩みがあった。

 フランとユーリ、自分を最強にした二人の存在、その薬、それが他の者に使われたならばどうなるか?

 メラヘンが得た『不死身』というイニシアティブは失われ、築き上げた地位も国も消える。

 ここまできて、メラヘンの素地である臆病と優柔不断が出てきてしまった、次の不老不死が出る前にフラン達を始末するかどうか、英雄として讃え国に閉じ込めるか、様々な手段を考えるが、二人に手をかまれるかもしれないと怯え、悩んだ。

 そして、フランが選んだと同時に、メラヘンも決めた。


 ある日突然、六人の元帥を呼び出し、開口一番メラヘンは命じた。

「……レイル、リィン、グリモ、フランとユーリの研究所を襲いなさい」

 三人は異論も反論もできず、疑問だけを抱きながら、忠実にそれを約束する。

「ファレン、ヅグ、ロルドル、あなた達は私の傍に仕え、私を護りなさい」

 こちらの三人も同様に、言葉も挙動もなく意志のみで答える。

 この六人は事情の一切を露知らず、それぞれが恐らくフランとユーリが反旗を翻す奸計を企てたと予想し、決意していた。


 

 研究所に真っ先に訪れたのはリィンだった。

 齢六十、子供のように小さな背格好の老人はモニター越しにユーリと会話を試みた。

『誰ですか?』

「僕はリィンっていってね、これでもメラヘニズムでは元帥なんだよ?」

『あっそ。爺に興味ないんで』

 片手間でユーリが無視し、試験管を弄り続ける。

 リィンは、いつの間にかその真後ろにいた。

「連れないね、もう少し優しくしてくれていいんじゃないの?」

 穏やかな口調と笑みながら、リィンの言葉には迫力がある。

「……不法侵入じゃないですか。やめてくださいよ、権力をかざすの」

 ユーリは両手に試験管を持ったまま、ちらりと後ろを見下ろした。

 背の低いリィンはユーリのお尻の辺りに手を当てた。

「い、いやぁぁぁあああああああ!!」

「ふふふ、役得、役得」

 またしても、いつの間にかリィンはユーリから遠く離れた、部屋の端の階段に座っていた。

「な、なんですかその速さ。瞬間移動ですか?」

「それは時空魔術の極地だね。僕のは光魔術の極地、『光身化(ライティライズ)』」

 その小柄な体をユーリは瞬きせずじっと見ると、一瞬リィンの体が光り、いつの間にか移動しているのだ。

「体を光に変え、その圧倒的な速度で移動をする。じゃあ悪いけど……殺すね」

「えー!? 光になるですってー!? それだけですか……」

 ユーリは懐に手を入れ、試験管の蓋を開ける。

 だがその時点で、リィンの光の速度の手刀が喉笛を叩っ切った。

 あふれ出る血、リィンはその残酷な瞬間に目を閉じる。

 それが敗因。

「いてて」

 ユーリは右手で喉を擦りながら、左手でリィンの頭を掴んだ。

「なに?」

 次の瞬間、リィンの体は床に埋まり、首だけが出ていた。

「あーあー、服が汚れちゃいましたよ。あのね、洗濯って面倒臭いんですよ!? 前までもメラヘンさんにやってもらってたんですから!」

 言いながら、ユーリは首だけ見えるリィンを見て、笑った。

「プクスプクス! さらし首! ここに元帥の晒し首がありますよ!? これもしかしたらめちゃくちゃ高く売れるんじゃないですか!?」

 光の速度になれても、地面に埋められてはどうしようもない。

「な、何をしたんだい!? 僕の体が、こんな……」

「『瞬間移動する薬』、あなたを地面に転移させました」

「く、首を切っても死なないのは……」

「ああ、『不老不死の薬』を結構前に飲みましてね。便利なもんで解毒してなかったんです」

 リィンは目を丸くして、くつくつと笑い始めた。

「……そうか、だからメラヘンは……そうだったんだね……」

「何を悟ったかは知りませんが、これどうぞ」

 ユーリは突然、リィンの口に薬を流し込む。

「な、何を飲ませた!?」

「光使いのあなたがもっと光れるようにね。私も死体を研究所に置きたくないので」

 リィンは、体が徐々に動かなくなるのを感じる。足も腕も、先端から徐々に動かなくなるのだ。

「な、にを……」

「知らないのも可哀想ですね。これは『飲んだ人を黄金に変える薬』です。偉大な元帥殿の黄金像を残すために、精々勇ましい表情で死んでください」

「そ、そんな!」

 最後に残ったのは、恐怖に涙する像だった。

(きたね)え顔。やっぱりいりませんよ、これも、男も」

 そう吐き捨て、ユーリは黄金像を研究所の外に転移させた。



 一方、メラヘニズム王宮前にて、数多くの衛兵を連れたファレンはフランを前にした。

「よぉフラン博士、噂はかねがね聞いているぜ」

「俺はお前を知らん。どけ、死にたくなければな」

「お~お、過激だねぇ? 勝てると思ってんのか、この数に?」

 ファレンは前髪をかきあげ、その手で並ぶ兵をなぞった。横一面に並ぶ魔法兵は、いつでもまっすぐにレーザーを発射できるような準備も整っている。

「それに、これでも俺は火の魔術に関しては世界最高の男だ。おとなしく投降すれば、許してやらんでもないぞ。俺はお前を殺す命令を受けていないからな」

 フランは一切表情を変えず、ようやく敵意を見せた。

「そうか、世界のレベルも落ちたものだ」

「なに?」

 ファレンもついに怒りを示すが、直後にフランの迫力に気圧された。

「お前程度、薬を使わずとも倒せる」

 直後、世界が割れた。


 残ったのは地獄だった。


 この日、メラヘニズム昏光教団を襲った地震は歴代最悪にして全世界最凶の大きさと被害であった。

 死者の数は全人口の半分を超える四千万人、形を残す建物を探すのにその数十倍もの瓦礫を目にしなければならなかった。

 それでもこの国がしばらく名を残したのは、他の国にも大きな被害があったからである。

 この世界の歴史ではいまだに解明されていないその原因は、『魔力を増やす薬』によって地力である地の魔力を使ったフランの、最強の魔法の一つであった。

「フゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウラァァァァァアアアアアアアンンンンンン!!」

 瓦礫の山から飛び出たヅグが無数の土塊と共に、フランへ飛び来る。

 衛星のように動く土塊は巧な魔力の操作ながら、焦りによってヅグ本来のポテンシャルを完全に削いだ動きだった。

 直後、ヅグと岩をも砕く山が競りあがった。

「こんなのが地魔術師を語ってんのか? 薬飲む前の俺だってもっと強かったぞ」

 空中で四散したヅグには、聞くこともできない声だったが。

 冷たく、あきれ果てた、残酷な声だった。



 研究所の残骸から這い出たユーリは、しばし呆然とそれを眺めていた。

「……何も残ってねえ! 研究資料とお菓子と薬! 薬これしかねえ!」

 そうユーリは改めて自分の懐に入っている物騒な薬を確認する。

 無論、白衣の内側に忍ばせるものであるため、割れているものもあり、使える数は十ほど。

「どんな魔法合戦すりゃこんなになるんですか……。不老不死じゃなけりゃ死んでますよこれ。夢のグッドメルヘンライフ、バイバイ……」

 そこに、風のグリモが訪れた。

「……ユーリ、だな」

 ユーリは涙が流れそうな目で、グリモを睨む。

「なんですかあなた? 今、私は気分が悪いんですよ」

「俺だって早く戻って皆の安否を確かめたい! そのためには、お前を殺す必要があるんだよぉ!!」

 グリモの最大最高の魔力から放たれる『竜巻殲風(トルネード・スロート)』は、鎌鼬が吹き荒れ、あらゆるものを切り刻む。

 それが来る前にユーリは三本の薬を同時に飲み干し、改めてグリモを睨む。

「うざいし殺す。とっとと死ね」

 あどけなかったはずの、ユーリの表情は、玩具に飽きた子供のように関心を失い正気を逸したようだった。

 それにグリモは怯えた。得体のしれない恐怖、無垢の残酷を示されたようで。

 ユーリは瞬間移動し、グリモの真後ろに立つと、その手を降ろした。

 同時に、グリモの後頭部から背中にかけて、手が触れた部分は消失した。

「『手が触れたものを消せるようになる薬』……時空魔術の基礎でできるしょうもない薬ですが、これって気分が良いんですよね」

 その言葉は、なんとかグリモに届いた。

 だが、意味はない。

 後悔がグリモの中に渦巻く。

 ミスは間違いなく、メラヘンとの誓約に乗ってしまったからだ。

 だがそれがどうして悪なのか。

 確かに欲に走り、最初自分で考えたメリットとデメリットの重さを測り切れていなかった。

 けれど魔術師だ、魔術師なのだから魔力を得る事項のためなら、命の一つくらい……。

 そこで、グリモの意識はなくなった。

 最期に彼が至ったのは極論だ。実に馬鹿げているし、一考の値もない。

 だが、それがメラヘニズムの魔術師の、特に高位な者の一般認識であった。

 死ではない、魔術の極地に至れずに名を残せないことこそが最大の恐怖。

 彼はそれに気付けた。それだけ幸せであったと言える。


 水のレイルは遅れて研究所に向かっている最中、大元帥時空のロルドルは国の救援活動に当てられた。

 火のファレンは地底の奥底でもまだ生き永らえ、復活の時を伺う。

 メラヘニズムの三日天下は、今に終わる。

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