踊り続ける薬
思いついて書いて投稿してしまう程度の作品がこれである。読む方も気楽にね!
こつ、こつ、とゆっくりとヒールが階段を踏み鳴らす音が響く。
同時に、猫の鳴き声もだ。
「はーかーせー」
のんびりとした声のユーリにフランが目を向ける。
そこには水平に歩くために両腕をまっすぐ伸ばし、肩に猫を乗せたフランが、シルクハットを被って向かってきていた。
「左にゃんこ! 右にゃんこ!」
「気でも違ったか?」
口ではそう言いつつも、通常ならありえない奇行はユーリによくあることなので特に気にした様子でもない。
「博士、私は異世界から飛び来る電波を受け取り映像で確認したのです。踊りはいい! と」
言いながらユーリは肩を動かさずに腰を前後させ、ビームビームと呻く。そのたびに豊満な胸が悩ましげに揺れるが、それを悩ましげに思う人間がここにいないことが残念だ。
「踊りはいい……普段なら下らんと切り捨てるが、同感だ」
フランはしみじみと呟く。
そう言うのも、リザードマンという野蛮な文化の中で唯一存在するのが『剣の舞』だからである。
そもリザードマンとは戦争と闘争、狩猟しかない文明であり、種族は今まで剣一本で生き抜くことしか教えられてきていない。
言葉すらあいまい、文字など当然ない、その中で培われたのは実戦形式で行われるダンスバトル、本物の剣を使った命すら失いかねない魂の演舞。
「しかしユーリ、それでその格好と何か関係があるのか?」
右肩には白ニャンコ、左肩にはミケニャンコ、頭には黒いシルクハット、右手にはそれと対になる黒いステッキ、そして左手には緑色の発光する液体の入ったフラスコが入っている。
「この黒いのは異界の踊りの伝統……肩のニャンコは踊りの基本……そしてこの薬こそはぁっ!!」
突如薬を掲げると、ユーリの肩からニャンコは飛び跳ね、ステッキはぶん投げられ、シルクハットが吹き飛ぶ。
「秘密です! 一緒に飲んでナイトフィーバーと行きましょう」
「何となく察したが、それで俺が素直に頷くと思うのか?」
「ノリノリの笑顔で白衣を脱ぎだしたアンデッドのオッサンを見ればそう思わざるを得ない」
「これでも俺は昔『鬼気迫る舞踏家』『舞踏会を統べる死者』といわれるほどのダンサーだったのさ」
言いながらアンデッドのフランは惜しげもなく紫の肉体を伸ばしてストレッチを始めている。
「柄じゃねー! イヒヒ! 面白いですねそれ! じゃあ一緒にパーリーと行きましょうか!」
ユーリは懐から同じ薬の入った試験管をフランに投げ、遠くから互いに乾杯をした。
その瞬間、ユーリは両腕を高く挙げ、フランはそれに加えて片足まで挙げた。
「おおっ!? ところでこれは何の薬なんだ!?」
「無論、死ぬまで踊り続ける薬ですよ! イヒヒヒヒ!!」
両腕を天高く挙げ、クレーン車のようにぐわんぐわん上下させるフランは、その奇怪な動きを続けたまま、きょとんと驚いてみせた。
「……もう一度言ってみろ」
「だから! 死ぬまで踊るのです! イヒヒ!」
「お前は何を考えているんだ!?」
「楽しいじゃないですか!? 体中からあふれ出るエナジーをこうやって表現するのです! 大丈夫、エッチも食事もできますし、寝ながら体が動くだけです! 寿命をまっとうできるうえに運動不足にならない、素敵な薬ですよ!?」
「いや研究が……」
「できます!」
言いながらユーリは蓋をした試験管をくるくると回しながら、魔力を込めている。
が、薬品と魔力、科学と魔法を組み合わせた魔法科学といえど、こんなに落ち着きがない状態で研究は難しい。
「……次に作る薬はこれの解毒薬だな」
「その前に、みんなにもこのダンスマカブルなハートを伝えたいと思いませんか!?」
腰と腕を振るモンキーダンスを見せつけるユーリの笑顔に、ようやくフランは得心行った。
「水か宇宙、どっちだ?」
ユーリは汚く、ずるい笑顔を返した。
二人の作る魔法薬品は特別なものであり、同様の研究者は数多くいるが二人ほどの天才はいない。
そんな二人を満足させるべくメラヘンが用意した施設が、浄水場に近い研究施設だ。
浄水場に薬を混ぜれば、直近のミネソタ村は当然、間接的にドグラマグラ暗黒教団の全員に薬を投与することができる。
とは別に、科学の天才であるユーリは打ち上げロケットを作っていた。
そこに薬を入れた試験管と特殊な装置を使用すれば、この大陸の生物全てに投与できる。
で、二人は研究所の屋上で、ロケットを見送っていた。
宵闇に瞬く星々、空飛ぶロケット、それらを背景に手を取り踊り合う二人は、アンバランスながらも奇妙な調和と不自然な美しさが見えた。
「これでほんの一時間後には誰もが踊り狂う世界ですよ!? イヒヒ!」
「ガハガハガハ! たまにはおどけて踊るのも悪くない!」
あと少しの辛坊だとフランは考え楽しむ、ユーリは純粋にマイブームがダンスなので楽しんでいる。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
僅か一か月にも満たない時間で、大陸はリザードマン女王アレイドル・リッサーに占領された。
通常の生活もままならぬ中、戦争も踊りも変わらないリザードマン達の精強な兵はその武力を遺憾なく発揮し、無抵抗同然の他種族を殺して回った。
もはや戦争とすら言えない。ただの虐殺、いわば血祭、殺す阿呆と死ぬ阿呆の舞踊劇。
やがてフランとユーリの前にも彼らは現れた。
踊りながら薬を放ち、戦う二人も、やがてユーリは力尽きる。
「モノローグだけで死ぬなんてー!」
「ユーリッ! くっ……全部お前のせいだ」
踊れなくなった者には死……それがこの薬のもう一つの効用。
フランの前には三人のリザードマンが立っていたが、それをかき分けるように踊るリザードマンが前に出た。
リザードマンにしては細長く、膨らんだ胸がある、一目で女性だと分かる存在。
だが人間はこれを見て美しいとは感じない。感情のない黄色い目蓋のない瞳、側頭部まで裂けた口に細かく多い牙、鱗に覆われた体。
「あ、アレイドル・リッサー……俺はお前を男にするために頑張ってきたというのに……」
「あなたが高名なフラン博士ですか。お噂はかねがね」
殺すだけのリザードマンにしては珍しい丁寧な口調に、フランも言葉を失う。
アレイドルは物言わぬ骸と化したユーリを一目見ると、フランに向き直る。
「その話です。私もこの体ではリザードマンに対する求心力がなくてですね、性別を自由に変えられる薬が欲しいのですよ」
「なに?」
フランの顔色が変わると、リッサーは口を大きくゆがめた。
「交渉です。性別を変える薬を量産しなさい。そうすれば、奴隷として生かしてあげますよ」
「条件がある! 俺と一緒にいる時は男であってくれ!」
「条件など……まあ、それくらいなら」
フランは言葉もなく、ダンスのフィニッシュポーズを決めた。
そうしてこの大陸はリザードマンによって統一された。
その中でフランは無事踊る薬の解毒薬と性転換の薬を作り出し、リザードマンからの信頼も受け、奴隷から食客へ待遇が変わり、幸せな余生を送ったそうな……。
「ユーリ、忘れないぜ、お前のおかげで俺は……」
『ふざけんな! 人を生き返らせる薬くらい作れんでしょうが! ちょっと頼みますよー!』
アンデッドのフランは時折そんな亡霊の呼び声を聞くそうであるが、彼はアンデッドで寿命がないため、特に影響はなかったとかなんとか。
次回には当然のように生きていますとも。トラクル!