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何もない薬

幸せになる薬、の続編になっております。一応読まずともよいですが。

読まずともよい、そんな作品ばっかりになっております。

 かつかつとヒールの音を鳴らして、珍しくユーリは年相応の分別を持ってフランの研究室に降りてきた。

「博士博士、私はしばしば自分のことを天才だなぁ優秀だなぁと思っていましたが、本日改めて私は天才で優秀だと再確認しました」

 振舞いと落ち着いた言動は非常に大人らしいが、その内容はやはり頭をつい抱えたくなるような話だ。

「で、何を作ったんだ?」

「それは飲んでからのお楽しみです。あなたが作ったとんでもねえ幸福になる薬よりかは善良ですよ」

 ――二人は以前、幸せになる薬を作成し、摂取している。

 その結果、二人は現状こそ無上の幸福と考え、みちみちた幸福感に野心を忘れ、日々を他の人のために費やすようになった。

 そして過酷な労働と理不尽な命令によってなんとか自我を取り戻し、今再び野望成就のために性転換の薬を作っている、という状況だ。

 フランはユーリの言葉に少し恐れながら、それを口にした。

 単なる研究者としての興味が強かった。口八丁のユーリが自分を褒め称えるのはよくあることだが、あの幸福になる薬よりも善良というのが引っかかったのだ。

 あの昂揚感、充実感、満足感を備えた幸福を得ても尚野心を失わない薬ならば、それはまさに神の所業と言える。

 けれど飲んだ後、フランを襲ったのは無上の幸福ではなく、無情な現実だった。

「……なんか、やる気なくなったんだが」

 脱力した様子のフランを見て、ユーリは暗く、しかし楽しそうに笑った。

「でしょうね。それこそが! 『何もない薬』です!」

「な、なんもない薬?」

「はい、なんもない薬です。イヒヒヒヒ!」

 狂ったように笑い出すユーリに対して、フランの方は怒りもなければやる気もなかった。

「結局何がどうなんもないんだ? ちゃんと説明しろ」

「はいはい、これはですね……」


 なんもない薬とは!

 強い感情を一時的に打ち消す薬である!

 人間とは何か、知的生命体とは何か、そう考えた時やはり、知性や感情があるからという結論になる。

 人は考えることができる。故に自らの命を絶つことも、生物として間違った行動を取ることもできる。それは決して愚かな行為ではない、知能が高すぎるが故の行動なのだ!

 しなければならない行動をしたくない、そんな我侭とて愚かではない! 常に疑問を持ち、考え続ける人の高尚な精神なのだ!

 それを一切打ち消す! それこそが悪魔のような『なんもない薬』なのだァー!


 一通りの説明を聞いても、フランは激情に駆られることなく、小さな溜息を吐いた。

「くっっっだらねぇ……、なんでそんなもん作ろうと思ったんだ?」

「博士が幸せになる薬を作ったじゃないですかぁ。その時の野心のなくなった姿って普通に生きていけそうだから、あの幸福作用のないバージョンを作ろうと思いまして」

「だからなんもない薬? はっ、しょうもな」

「しょうもなくないですよ! どうですか? 妄執から逃れた今の気分は?」

「なんもない」

「なんもなくないですよ!」

「なんもねーよ」

 ついにユーリはフランに掴みかかるが、身長差は大人と子供ほど、何もせず、それでぽこぽこ叩かれても全く動じないフランにユーリは諦めて跪いた。

「……もういいですよ、じゃあそれはメラヘンさんにでも渡しといてください」

「おー」

 特に考えもせずフランはそれを了承し、ユーリは涙ながらに自分の研究室へ戻って行った。



 しかし後日! このなんもない薬が大流行した!

 人はどうして争うのか、なぜ犯罪などがこの世にあるのか、なぜ悩み苦しむのか!?

 それは全て欲! 人の強い想いが引き起こすのだ!

 一時的な欲求が、劣等感でも優越感でも、怒り、悲しみ、妬み嫉み、喜び、感情の揺れが行動となり、それが人を狂わせる。

 それを失くすことができる薬がここにあった!

 まずは子供が使用した。副作用がないと評判のユーリの薬は誰でも使えるものが多い。

 子供はゲームをしたがったり友達と遊びたがったりスポーツしたがったり。

 もっと小さな子なら親に会いたいとすら思う。

 だが時限式でそういった感情を排すことができる! 親大喜び、家族関係も良好! 悪いことなし!

 次に宗教家が利用した。宗教において私欲は厳禁であるからだ。

 無論、薬に頼って欲を断つなど言語道断と考える者もいたが、逆にこの薬こそが神の啓示とし、ユーリを神格化する宗教まで誕生するに至った!

 そして、世界は平和になったのだ……。


 見てみよ、今の世界を!

 ユーリの薬により、子供たちは真なる夢、愛と希望に満ちた世界平和のために勉強を続け、優秀な才能を一切損なうことなく、スムーズな人間関係を築きながら自らが貢献できることに粉骨砕身従事している。

 数多くの人々は言う『ユーリさんのような優秀な人の恩恵にあずかり、我々も後世の人に何か残せるように努力していきたいです』と。

 ユーリは歴史に残る中でも世界最高の科学者としてもてはやされるのだ!

 その一方で!!

 ユーリはノベール平和賞の授賞式に出ていた! 周りには世界中の宗教の長が雁首をそろえていた!

「今、ここに全ての宗教が『人間教』という新たな形として統合されました。そのきっかけともなったユーリさんが会見を開くということです」

 キャスターの声が響く! 幼い表情とグラマラスな体を持つユーリに、誰もがその容姿以上の神聖を見出していた!

 その後、ユーリは『戦争、犯罪、なんもなーい』というキャッチフレーズで一世を風靡し、後世永遠の時を語り継がれる賢人となるのであった。



 ……で。

「……美女、淑女、なんもなーい……」

 研究所とは比較にならない大豪邸でフランとユーリは暮らしていたが、ユーリの生活は潤っていない。

 胸元のざっくり開いた上下一体の赤いドレスを着て、首元には派手なダイヤのネックレスをつけているが、楽しくはなさそうだ。

 一方のフランも羽織るだけの赤いゴージャスマントを着ているが、そんなユーリを呆れた風に見ていた。

「またなんもない薬でも飲めよ。その悩みから解放されるぞ?」

「分かってますよ! くそ、何が世界平和だ! 何が愛と希望だ! ……やっぱり欲望と野心あってこその世界ですね。はぁ……」

「その通り、幸せは努力で勝ち取るもんだ。欲望やらとの戦いだって楽して避けちゃ駄目なんだよ」

 この世界では恋愛とて耐えることができる。けれどそれが本当に良かったのかどうか、それはこの世界の歴史家にでも判断してもらおう。

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