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馬鹿になる薬

 フランの小気味よい足音にユーリは気付いた。

 ちょうど彼女の研究が行き詰っていたところなので、彼女は小粒のチョコレートを手の平一杯に握って貪りながら階段の方に向かい、フランを見下した。

「どうしました? また馬鹿みたいに下らない薬でも作っているんですか!? イヒヒヒヒ!」

「馬鹿みたいに下らない薬……まあそうだな」

 この間メラヘンに頼まれて作った『耳垢がなくなる飲み薬』は今流行してて、みんな楽になったと評判だが、ユーリだけは『女の人のひざまくらで耳かきしてほしいじゃないですか!』という反論のために長い間議論を続けていた。合理的な考えでもユーリは嫌う時がある。

「で、なんです? 美少女の手解きを受けられなくなる薬なら飲みませんが、他ならやぶさかじゃありませんよ?」

「ふむ……これなら美少女の手解きを今より受けることができるかもな」

「ま、ま、ま、マジですか!? 寄越しなさい!」 

 ユーリはフランの手にあった透明の液体が入った試験管を奪い取り、飲む前にじとりとフランを睨む。

「……嘘じゃないでしょうね?」

「ああ、俺が嘘を吐いたことがあるか?」

「イヒヒヒヒ!」

 ユーリは問答無用で飲み干した。

 体に変調はなく、味もないし臭いもない、メラヘンが依頼する中では、たぶん敵に騙して飲ませる困った毒薬だろう。

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね? この間、これと全く同じ性質で『十年後に絶対死ぬ薬』とか作ってませんでした?」

「あれは解毒薬があるから平気だろうが。こっちの解毒薬はまだ使ってないがな」

 フランの言葉に若干の不安を感じつつ、ユーリはチョコを貪りながら恐る恐る尋ねる。

「で、何の薬ですか?」

「馬鹿になる薬だ……ぷっ! ガハガハガハ!!」

 腹を抱えてフランが笑うと、何故かユーリも笑い出した。

「イヒヒ! 私が馬鹿になるですって? そんなこと空と大地がひっくり返って呪われた花嫁が結婚するよりもありえませんよぉ!? イヒヒヒヒ!」

「百足す百は?」

 突然真顔になったフランが尋ねると、ユーリは驚いてどもった。

「な、なんですか突然?」

「簡単な計算だよ。百足す百は?」

「え、えーと……」

 ユーリは何故か両手の指を折って数えている。

 次に、むーっとフランを睨んで、小粒チョコレートを地面に並べ始めた。

「……何をしているんだ、お前は?」

「ちょ、チョコの品定めをですね……」

 フランが狂ったように笑い出すも、ユーリは涙目になりながらチョコレートを並べていた。

 そして計算の結果も聞かずにフランは階段を降り始めた。

「じゃ、解毒薬を作ってくるぜ。ガハガハガハ! ガハガハガハガハガハ!!」

「あ、待ってくださいよ! まだ計算の途中……」

 置いていかれたユーリの絶望は計り知れない。


 フランの研究中に、ふらふらとユーリが階段を降りてきた。いつも元気いっぱいに野生動物のような音を立てているので、フランが気付かなかったほどだ。

「どうしたユーリ? お菓子がなくなった文句ならメラヘンに……」

「……どうしてこの薬が、美少女の手解きを受けられるんですか?」

「そりゃ馬鹿なら美人な先生になんか教えてくれるもんだろ? 自分で電話でもするんだな」

 フランはそう言うと、また研究に入り込んだ。

 ユーリは泣きそうな、怒り出しそうな顔で、走って自分の部屋に戻った。


 いつもの計算はおろか、魔法を使うこともできない。

 頭に浮かぶのはただ自分の野望とフランへの嫉妬、そしてお菓子。

 何故か頭で同じことを十秒以上考えられない。何故か別のことに頭が移っていく。

「おかしうめぇ……はっ! 私は何を!?」

 駄目だ駄目だとユーリは頭をぶんぶん振り、フランへの恨みを募らせる。だが次の瞬間にも頭は別のことを考え出す。

「……何故、何故こんなことに……」

 ユーリは確かに美少女が大好きだ。そのことはいくらでも考えられる。

 けれどユーリは女性に何かしてほしいというよりも、何かしたいのだ。自分より馬鹿な女に物事を教えてもらうなど屈辱でしかない。

「おっぱい揉みたい……いや吸いたい? わ、分からない。もっとおしゃれな凌辱方法を考えていたはずなのに……」

 記憶も品位も失われていく感覚。薬で脳が変わっては、もはやユーリはユーリでなくなってしまうのだ。

「と、糖分を……もっと糖分を……」

 部屋の隅のお菓子箱からお菓子を食べ続けるユーリ、研究もせずにお菓子を貪る自分の姿を想像し情けなく思うも、もはやそれすら十秒と考えられない。

 女のこととフランへの怒りとお菓子のことをぐるぐる考えている間に、ユーリはお菓子箱の隅にとあるものを見つけた。

 そして初めて、馬鹿になったユーリは澄んだ頭で物事を考えた。



 ユーリの足音で、今度はフランも彼女の存在に気付いた。

 足音に加えて杖でこつこつと進む音が特徴的だったために、目についたのだ。

 だが今のユーリの姿の方が、ますます目につく。

「……やあ博士」

「……お前、それ」

 フランも、今ユーリが手に持っているお菓子には見覚えがあった。

 ――ピッケキャンディ、棒状のプラスチックの持ち手の先は、まっすぐに伸びた一メートルもの棒状の飴がついている。

 飴の直径は三センチほどと大きめで、お菓子にしては高めであるがコストパフォーマンスは充分。誕生日に軍人の子供に買うのが主流だ。

 というのもピッケというのは『槍』の意味で、要は敵を突き殺す部分が飴でできたお菓子。

 しかしこれを使って人を殺す事件があったり、先端を削って武器にしたりという事件が起きて完全受注生産になり。

 とある国が本物の武器の代わりにこのピッケキャンディを大量に輸入し、槍の代わりに使ったという事件があった。いざという時の携帯食になり、武器にもなるということで、本物に比べれば脆いが効果は充分だったというほどだ。

 ――それを今、ユーリは先をぴんぴんに尖らせて、フランに向けている。

「……何のつもりだ、ユーリ?」

「イヒ、ヒ、これだけ見ても気付かないなんて、博士も馬鹿になる薬を飲んだんですか?」

 鋭いピッケの切っ先がきらんと光る。

「往生せえやッ! フランンンンンーッ!!」

 一心に走って突撃したユーリの手の先のピッケは、フランの胸を貫いた。

「な、んで……」

 フランの手から薬が落ちる。奇しくもそれは、馬鹿になる薬の解毒薬だった。

「はぁ……はぁ……あんたが悪いんですよ。あんたが、私を変えたから……」

 だらんと体が倒れたフランを、ユーリは定まらない焦点で一生懸命に見た。

「……本当に、馬鹿な……奴だ」

 フランは倒れた体のまま、胸の前のキャンディを引っ掴んで折った。

「あにぃッ!?」

 ユーリは死体が動き出した場面でも見たかのように驚愕するが、フランの顔は冷たい。

「アンデッドがそれで死ぬか、馬鹿が」

 ユーリは鎖でがんじがらめにされて、再び作った馬鹿になる薬の解毒薬をユーリに投与しました。

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