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動物を人に変える薬(リザードマン(♂)にする薬)

 フランが研究をしていると、ドタドタとイノシシが走るような音でユーリが階段から降りてきた。

「博士博士はっかせー!」

 頭痛に苦しむように頭を抑え顔を顰め、フランはユーリを睨む。

 今のユーリはイノシシを連れているわけではなく、単に興奮して足音を大きくしていただけらしい。

「一体何を作ったんだ?」

「聞いて驚け見て笑え! 私こそが史上最高の天才である!」

「性転換の薬か?」

「いや違いますけど」

 フランは溜息を吐いて自分の研究に戻る。

 それをユーリは笑いながら宥めすかす。

「イヒヒ……そんなにつれない反応しないでくださいよ。なかなか面白い薬ですから」

 フランはだるそうに睨みながら、ユーリの手にある橙色の液体が入った輝く液体をじぃっと見つめた。

「で、何の薬だ?」

「ここに一匹の仔リスちゃんがおわしますでしょ? イヒヒ!」

 ユーリはポケットからきーきーと暴れるリスを引っ掴み、その橙色の液体をかけた。

「さあ聞いて驚け見て笑え! これぞ私の最高傑作が一つ! その名も!」

 リスは光に包まれると同時に、むくむくと体を膨らませていく。

「動物を人に変える薬ィィィィィイイイイイイイイイイ」

 さて皆さん、ここまで読んで下さったならもう言う必要もないと思いますが、何の気なしにこれを読んで、『お、動物が人に? これだけでも読むか』なんて人がいるかもしれないので注釈しましょう。

 ただの薬を動物にかけて人になるわけないでしょうね。漫画や小説じゃないんですから。ただの薬じゃねぇ。

 けど違うんです! これは魔法科学です! 魔法の薬です! だからいいんです! 魔法でも科学でもない魔法科学ですから!

 なんて言っている間に、ユーリは自分の功績が顕現した様子を満足そうに、フランはこの世にあらざるものを見るように目を見開いて、そこに誕生した新たな、とも呼べる生命体を見つめた。

 年は十代前半ほどだろう、小柄な体に茶色い毛は髪と眉にだけある。くりっと可愛らしい目は鋭くユーリを睨み、全裸の体はぺたんと地面に座り込んでいる。

 未発達な女子の裸体に、思わずフランはゲロを吐き、ユーリは瞳にハートを浮かべている。

「オエー! トシャッ! トシャッァ!!」

「ああもうロマンの欠片もないですね。この美しく無垢な肉体のどこにそんな……」

 そう言ってユーリはリス少女の頭を撫でようと手を伸ばすが、彼女はその手を掴んで手を思い切り噛んだ。

「あっぎゃぁぁぁああああああああああああ!! おやめなさい! おやめなすって仔リスちゃんっ!」

「溶かすか!? この『生物をどろどろに溶かす薬』で溶かすか!?」

「溶かしませんよ! ほ~ら、よしよし怖くないでちゅよー」

 リス少女は両手でユーリの手を掴んで齧っているので、ユーリは残った手で優しく少女の頭を撫でた。

 齧り殺さんばかりの顔は徐々に疑うような顔になり、やがて口からその手を放した。

「ほらほらー、あめちゃん舐めますか? どんぐりとか食べるんですか? えっと、えっと博士、どうしましょう?」

「ほらこの薬。これ使えばどろどろに溶けるぞ」

「それはやめろって言ってるでしょうが!」

 ユーリが声を荒げると、少女は怯えてフランの背中に隠れた。

「うげぇぇぇ……ユーリ、これとって、これとってくれ」

「私嫌われてません!? ……とにかく、言葉を喋れる薬を作らないといけませんね。どうにかしてください」

「なんで、俺が……」

「離れろって言って離れさせるためですよ。そんなにぴっとりくっついたら気持ち悪いでしょう?」

「またトシャりそうだ……」

 運命とは悪戯が好きらしく、しばらくリス少女はフランにぴっとりくっついたままであった。


 そして、喋れるようになる薬もフランが先に作った。

 何故かフランが手渡すと、少女はあっさりとそれを飲む。ユーリが作ったらそうはならなかったろう。

「……不満です。不満不満! ズルですよそれ! なんすか腐れゾンビのくせに! きぃー! ジェラシーは醜いですよ!」

「そりゃお前だろうよ」

 フランは言いながら、いやいやおぶさるように背中にくっついた少女の顎を撫でた。

「おら、喋れるか?」

「……喋れる」

「アオォッ!! 澄んだ鈴の音のように凛と高く美しい音! 私がワイングラスなら感動でひび割れ砕けていますよ! ハヒィッ!!」

「うぜぇ……」

「うぜー」

 研究所に似合わない無垢な呟きがユーリの心を突き刺す。

「……フラン博士、横暴な言葉遣いはやめましょう。この子の健全な成長に関わります。我々は大人として正しき考えと健常な精神を伝えねばなりません」

「黙れよレズ野郎」

「れずやろー」

「およしなさいよ!」

 言葉が喋れるようになる薬はすぐに作れたが、それは声を出す手段を自認させるのみで、特に少女の知能をあげるわけではなかった。

 しかし脳の面積は一般的な人間と同等であり、故にリス少女はもはやリスではなく少女であることに間違いはなく、彼女の思考などは二人次第と言えた。


「な、リス子、リザードマンの肉体はなかなかに見るべきものがあるだろう?」

「そうですね、博士。鱗に覆われているのは人やアンデッドと比べて合理的です。何よりこの筋肉質な肉体……素晴らしいですね」

 どうしてこうなった。それがユーリの最後の言葉であった。

「死んでませんけど死にたい気持ちですよ! なんですか博士! これがネトラレですか!? 私まだ寝てないんですけど! 一晩でいいから貸してくださいよ!」

「は?」

 フランはユーリを見下すが、リス子に至っては流される直前の汚物を見るような哀れみしか持ち合わせていない。

「あーん、あーん、私が作ったのに、私の薬なのにー!」

 ユーリは年甲斐もなくしくしく泣くが、それを慰める優しい心の持ち主はここにいない。

「ユーリ、自分を責めるな。変態のお前が悪いんじゃない、まともな俺が悪いんだ」

「それ全然反省してないでしょ! 私だってモフモフペロペロしたい! べちょべちょぐちょぐちょしたい!」

「……きも」

「その正直な反応はやめてっ!!」

 リス子はすっかりフランに懐き、フランもユーリ程度にリス子を見るようになったわけであるが、ユーリはこの日を境にどこかへ旅立ってしまった。

 無論、二人は出て行ったユーリを探そうともしなかった。


 リス子がいなくなったユーリの代わりに部屋を使い、個人個人の研究ではなくフランの助手として働くようになってから数か月が経った。

 リスであったリス子の知識と知恵は既に並の人を遥かに超え、天才博士の助手の名に恥じぬ存在となっていた。

「魔法科学とはすばらしいものですね。博士の頭脳と魔力、両方あって初めて輝ける」

「まあな。世界広しと言えど、ここまで自由に操れるのは俺とユーリくらいなものだろう」

 言いながらフランはリス子のことを気にせず薬を調合する。

 それを見るリス子の表情は、安穏としてはいない。

「ユーリ、ですか。懐かしい名前ですね。確かに大した能力ですが、性格が伴っていないと思います」

「人性や道理を重んじてはいない。俺もあいつもな」

 ピクリとリス子の眉根が揺れる。どうしてもその高みに彼女は近づけなかった。

「……高く買っていますね」

「正統な評価のつもりだ。俺よりかは愚かだがな」

 フランは(わけ)もなく言うと、リス子は惚れ惚れと彼を見た。それは行為というより、親に対する愛着のようなものかもしれない。

 フランにとってはリス子など、掃いて捨てるほどいる自分の応援者の一人としか思っていなかったが。

 

 そんな日々の途中で――

 ユーリはドグラマグラ暗黒教団よりはるか南方、アニマ獣神帝国を訪れていた。

 ここに住むアニマロイドという生命体は、八頭身に二本の腕、二本の足、胴体、高い頭脳と人にそっくりな姿でありながら、全身に生えている毛、鋭い爪と牙、獰猛な瞳と獣の特性をも持ち合わせていた。

 人に劣る点としては火が苦手なため重火器が使えない他、多くの種が魔法に通じていないところだが、こと白兵戦に置いてはリザードマンにしか劣らない。

 そこで彼女は作戦顧問として、堂々と登用されていた。

 彼女を登用したのは、ライオンのアニマロイドで皇帝でもあるレオン三世、革新的な政策と武勇で名を馳せた指導者だが、賛否両論ある。

「イヒヒ! それでは実験しますよ?」

「ああ、やってくれ」

 白い壁と床に囲まれた質素な部屋、中央に置かれた唯一のインテリアである研究台には、ワニのアニマロイドが鎖で括り付けられていた。

 ユーリはそれに薬を投与する。

 そうすると、それはみるみるうちに緑色の鱗と爬虫類の金色の瞳を持つ、ただの人間になった。

 部屋の外の窓からその光景を見る多くのアニマロイドの博士達は驚く中、レオンはふっとほくそ笑んだ。

 

 こうしてアニマロイドの中に火を操る者が増え、また魔法を数多く使えるものが出現するようになった。

 元々人の体に近いアニマロイド達が人になったことでのデメリットは少なく、数多くのメリットのみをもたらしたのだ。特に、戦いにおいては。

 武力をもってゴブリンを、智謀をもってリザードマンを倒し、合併した時、もはや世界中から敵はなくなっていた。

 数だけが多い人とは力の差が歴然である。人達は『人倫・人道連合』を作るも、時すでに遅し、やがては『獣性世界派』によって属国化した。

 さて、人からの外れ者であるドグラマグラ暗黒教団はというと。

 メラヘン達の研究に寄り古代の機械兵器が稼働し善戦したものの、制圧は間近であった。

 そんな事情も露知らず、フランはいまだに研究を続けていた。

「博士、今作っているのは何の薬ですか?」

「これか? これは逆転の発想によってできた『リザードマン化の薬』だ」

「……と言うと、これをかけると誰でもリザードマンになると?」

「ああ。しかもただなるだけじゃない! 男のリザードマンになるのだ! つまり、これを全生命体にかければ俺の帝国ができる! ガハガハガハ!!」

 フランは豪快に笑い、リス子も純粋な笑顔を向けた。

 かつて彼に向けた好意も、今はすっかり潜めている。今のまま、彼を支えている方が良いと、半ばあきらめたのだ。

 だが突然、フランは真面目腐った顔をリス子に向けた。

「……それで、この薬の効果を、お前で試してもいいか?」

「へっ?」

「いつもパートナーで実験していたからな。嫌ならいいんだが……」

 リザードマンの男になれば、フランに認められるかもしれない、そんな想いがリス子の頭をよぎった。

「あの、条件があります」

「なんだ?」

「……私のこと、愛してくれますか?」

 急な言葉にフランは言葉を失う。だがリス子の目は真剣そのもので、はぐらかすこともできない。

「……見た目次第だな」

「……では」

 リス子がその薬を受け取ろうとした瞬間に、研究室に闖入者が現れた。

「たたた助けてくださーい! 博士ぇ! ……うわなんで美少女が!? あ、リスの……」

 来て、驚いて、思い出して、を一瞬のうちで済ましたユーリは、なおも続ける。

「たた助けでください! アニマロイドに加担したら裏切られてここまで逃げてきたんです! アニマロイドを人間にして炎や魔法が使えるようになったらリザードマンも人も勝てないほど最強で今世界を席巻しているんですけどそのせいで私もお役御免になって今殺されそうなんで助けてください!」

「おお、情報が分かりやすくていいな。リス子、すまん、この薬はまだ使うわけにはいかない」

 フランはリス子から薬をぶんどると、上の階へ進む。

 四階に備え付けられたスペシャルロケット、これはフランがユーリにも秘密で開発していたもので、ここに薬をセッティングすれば、全世界にそれを雨のように降らせることができる。

 彼は何の遠慮もせず、それを放った。

 効果はすぐには出ない。だが、確実に、世界中の全ての生物をリザードマンに変えるだろう。雨粒の一つにさえ触れてしまえば。

「ユーリ、リス子、お前らにもロケットの作成を手伝ってもらう。なに、真正面から戦争するよりも効率はいいはずだ」

 ずっと家の中にいる人たちは影響を受けないだろう。だが、それがいつまで続くか。

 

 こうして、世界は一人のアンデッドと一人の人間と一人のリス女を残して全てがリザードマンの男になった。

 知能が低く粗野で、けれど子孫を残すことを重要視するリザードマンにとってこの三人はそれぞれが王のようにあがめられることになる。

 子供を作る薬でリザードマンの子を作り、その代償としてフランはリザードマンの男の肉体を貪るのだ。

「これにて、一件落着! ガハガハガハ!!」

 ただ喜んでいるのはフランだけであったが。

「びえーん! こんなむさくるしい世界は嫌ですよー! リス子ちゃーん!」

「うう、フラン博士……」

こういう世界もあったっていうことで、当然次回もいつも通り薬作ってますよ。

リス子ちゃーん! は出ないです。

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