妖精の国 4
久しぶりの投稿です。よろしくお願いします。
クリスやリルに宥められて、その日は眠りについた。
翌朝、目が覚めると妖精の国の使者と名乗る者が村長の屋敷にいた。
何時、私がここに来たことを知ったのだろうか?
不思議に思いながらも、面会するために応接間に向かった。
「略式で失礼いたします」
使者はそう言って、私に跪いた。使者は時間が惜しいのか、今すぐにでも出発したいようだった。
「構いません。急ぐ必要があるのでしょう?」
私が言うと使者は無言で頷いた。
「できれば今すぐにここをたちたいのです。貴女様のお命を守るためにも…お願いいたします」
使者は頭を下げたままで告げた。
「…わかりました。道すがら理由を教えてください。事情を知らないままであなたを信じることはできません」
私の言葉に使者は無言で頭を下げた。
それにしても、私の命を守るためとは、どういう意味なのだろうか?
「支度を急ごう。本当に時間がないようだ」
何かに気づいたように顔をあげたクリスが私に耳打ちした。
「…わかったわ」
考える暇も直ほどに急いで出発した。
「幼き女王。どうぞご無事に国へお着きになられますように」
村長はそう一言だけ言って私達を送り出した。
しばらく馬を走らせ、さらに森を奥に進む。木漏れ日も入らないほどの鬱蒼とした森の中を使者は迷うことなく進んでいく。
「この道は…」
そう、どこか見覚えのある木漏れ日の降り注ぐ小道。まだ物心ついてすぐの、母が健在だった頃の記憶のまま、この森はあった。
「覚えておいででしたか、姫女王。前女王が貴女をお連れしたのは本当に小さき頃。我等では赤子といって過言ではない歳でした」
馬の速度を落として使者は言った。
「綺麗だったことだけは覚えていました。あの時は馬車に乗っていたので、道はかなり忘れているようです」
使者がいなかったら迷っていただろう。
「ここまで来れば大丈夫だろう。ティア、知りたいことを聞く機会だよ」
クリスが私の後押しをしてくれた。
「そうね、聞かなければならないわ。私の命を守るためとはどういうこと?」
使者はクリスを一睨みしてから私に向き直った。
「言葉の通りです。この国を統べる王を殺めようとする輩がすぐそばまで近づいていたのです。さすがにこの人数では相手が多すぎる。妖精の王はそれを知り、私を差し向けました。この森に入れば追手は退けられます」
使者は淡々と話した。
それって。
「あの村を見捨てて来たようなものじゃないの?」
私は後ろで手綱を持つクリスに振り向きながら尋ねた。
「仕方なかったんだ」
クリスは手綱を握る手を強く握って、吐き捨てるように言った。
「わかっていたんだね。私を行かせるために村の人たちを置いてきたんだ」
今の私に何が言えるのだろう。クリスを責めることはできない。私はまだなにもしていないし、何もできやしないのだから。
「ごめんなさい。貴方を責めるつもりで言ったわけではないの。責められるべきは私。私が何もできないから、何も持っていない、名ばかりの女王だからいけないのよ」
私は俯くしかできなかった。
「ティア、今回は仕方なかったんだ。村長もわかっていたから、先を急ぐことを提案してきた。今できることを皆が考えた結果なんだよ」
クリスは私に諭すように言うけれど、私の心は晴れなかった。
「そのうちわかるよ」
微かに風に乗って聞こえてきた言葉は優しかった。
森の夜は早い。木々に囲まれた街道は夕暮れになると薄暗く、回りも見えなくなってくる。
「ここあたりで今日は休むとしましょう」
使者が馬の足を止めて言った。
皆がそれに習う。
「疲れたかい?」
私の手をとって、クリスが聞いてきた。
「疲れたとは口が避けても言えないわ」
私は馬から降りながら答えた。
「今はそれで良いよ」
クリスは苦笑しながら私を受け止めた。
「なんかもう何も言えないわ」
私も苦笑で返すしかなかった。
薄暗い森の中は遠くから聴こえる野鳥の鳴き声や獣の動く音がして、何か良からぬモノが近くにいるような怖さがあった。
「…何か怖い」
私は思わず声に出していた。
「大丈夫だ。近くにいるから」
クリスが私にだけ聞こえるように囁いた。
私は無言で頷く。怖さがスッととれていった。
「もう大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟いた。誰にも見せられないな、こんな弱い自分なんて。
「誰にも言わないよ」
私の心を見透かしたようにクリスは言った。
「…ありがとう」
黙っているのも気が引けるので、礼を言った。
「君はリルの近くにいて。俺はやることがあるから、少し離れるよ」
クリスはそう私に告げると森の奥に消えてしまった。
やることってなんだろう?私にはきっとわからないことなんだわ。
行ってしまったクリスを視線だけで追って、諦めた。
暫くするとクリスも戻ってきて、夕食になった。今日はシチューらしい。
「後、どのくらいでしょうか?」
私の質問に使者の人は少し考えるようにしてから、答えてくれた。
「早ければ明後日の昼頃でしょうか、クリス様?」
使者は最後に問いかけるようにクリスを見て聞いた。
「さあ、俺にはわかりかねるな」
惚けたように言うと一瞬、恐ろしいほどの殺気を感じた。
「…そうでしたね。これは失礼いたしました」
使者は苦笑して言葉を濁した。
それ以上の会話はなく、ささやかな食事会は終わった。
ふと、目が覚めると、クリスがどこかに行こうとしているところだった。以前から時々、フラリといなくなる彼を追おうと思うことはあったが、私は一度もおうことはしなかった。
「行くな」
誰に向けられた言葉かはすぐにわかった。隣で起き上がろうとしていたリルにかけられたものだった。
「あいつは最近特に何処かに行く。心配はいらない。すぐに戻ってくる」
本当は心配だろうに、彼の言葉はクリスを信じているようだった。
「…はい」
リルは渋々同意して、私の隣で寝始めた。
私も彼の言うことに従うようにまた眠りについたのだった。
ありがとうございます