旅立ち
風の噂で聴こえてきたのは、信じられない事だった。
『ファルクエリクトス国の王子が死去した』というものだった。
自分の耳を疑った。信じられないというより信じたくない。
淡い気持ちも抱いた。かの国は3人の王子がいたはず。と……
しかし、情報をとるにつけやはり、亡くなったのは第三王子のクリスに他ならないことがわかってきた。
「……クリス……」
迷いの森をあてもなくさ迷い続けた。
「約束したのに、私と一緒に行くと言ったはずだよ」
毎日、森の中をかの人を探して回った。
約束の日は明日。明日がクリスと約束してちょうど一週間だ。
「私は信じてる。クリスは来ると言っていたわ。私が信じなくちゃいけないよね」
薄暗い森の奥、村の人達も立ち入らない場所まで入り込んで、立ち止まった。近くにはクリスを助けた室のある大きな木が聳えていた。
「クリス、貴方に……逢いたいよ」
頬を伝う涙も拭うことさえ忘れて、立ち尽くした。そしてポツリと溢すように呟いた。
でも誰も私の呟きに答えてくれる人はいなかった。
昨日から森の奥に留まった私は室から出て、近くの小川で顔を洗った。それで気が晴れるかと思ったが私の気持ちの整理はなかなかついてくれそうになかった。
ああ、瞼が腫れてるみたい。此処のところ泣き続けていたからかな。
近くの大きな木の根元に腰を下ろし、木々の隙間から覗く空を見上げた。
小さな時に母が歌ってくれた歌を思い出した。
何気なく口ずさんだ。この世界の創世記の一部を子守唄にした誰しもが一度は耳にする歌だ。
「……ティア?」
その声は驚きと嬉しさが混ざった、私の待ちに待った声。もう二度と聞くことはないだろうと思っていた声だった。
「……う、嘘?幻?……私の見間違い?……だって、貴方は、死んだって……聞かされて……」
口を両手で覆い、声の主を真っ直ぐに見た。
「幻でもないよ。死んでもいない。遅くなってごめん、ティア」
もう涙は枯れ果てたと思っていたのに、後からあとから溢れて頬を伝った。
あまりの驚きに身動きのとれなくなっていた私の代わりにクリスが近寄ってそっと手をとった。
ほら。
と、クリスの頬に私の手を添えた。
「お帰りなさい」
ただ、それしか言えなかった。
私の家に集まり、今後の事を話し合おうとしたが私がなかなか泣き止まないので、できないでいた。
「……本当にごめん。でも、ああするしかなかったんだよ」
クリスは私のとなりに座り、頭を撫でながら宥めた。
「わかるけど、私、は……凄く心配、した、んだよ。」
所々嗚咽混じりに答えた。ああ、また涙が出てきちゃった。
本当にクリスを失うと思うと怖かった。自然と手が震える。
「とりあえず、今日は休もう。」
ラルクが仕方ないとため息混じりに提案した。
「そうだな」
クリスも同意し、その日はお開きになった。
3日後、私達は村を出ていった。村の人達は気付いていたようだが、止めるものはなぜか誰もいなかった。
とりあえず、旅立ちました。
どうして村の人達は気付いていて止めなかったかは後でわかります。