女王の責任
それから数ヶ月。クリスは何かと理由をつけて会いに来てくれる。今では村の人たちにも馴染んでしまっていた。
良いのだろうか?三男とは言え、一国の王子がしょっちゅう国空けて。
そう言えば、私も似たようなものか。王宮から離れてこんなところに住んでいるのだし。
仕事だって時々隠れてやっているだけだしね。
そんなことを思いながら夕食を作っていた。
「クリス、また残してる!」
私の目を盗んで、片付けようとしているクリスの皿にはピーマンが一塊になって端に寄せられていた。
「これだけはダメなんだよ」
眉尻を下げて情けない声で答えた。
「まあ、最初に会ったときの好き嫌いの激しさに比べたら、ましになったけどね」
ため息混じりに仕方ないと許す事にした。
彼を拾った後、ご飯を食べさせたら大変だった。野菜の殆どが食べられないときた。それも殆どは食べず嫌い。なんとか食べられるように訓練してあげたわ。
今はその甲斐あって、ピーマンだけになったのだから良しとしましょう。
お付きのラルクとリルも満足そうだ。
「そうだ。明日、リルを借りるわね」
「……構わないよ」
クリスは何も聞かずに頷いてくれた。
明日は月に一度のお仕事の日。王宮に行かなければならない。
「気をつけて行ってくると良いよ」
クリスはそう言って寝室に行ってしまった。
その後は後片付けをして皆思い思いに過ごし就寝した。
翌早朝、私はリルをお供に王宮に向かった。
「いつもありがとう。本当は主ではない私に従う義理はないのは解っているのだけど、あなた達が優秀だから、頼ってしまうわ」
森の茂みで着替えながら礼を言った。
「勿体ない言葉です。クリスからも頼まれたのはありますが、それ以上に主の命の恩人をお助けしたい気持ちもあるんです」
リルはふわりと笑って答えてくれた。
「そう言ってもらえると頼みやすいかな。可笑しくないかな?」
私の問いにリルは大丈夫と頷いた。やはりドレスは堅苦しいわ。
それから半日かけて王都を目指した。
王都はいつもよりあまりにも静か過ぎた。
どうしたというのだろう。
王宮に近づくとさらにその異様さに思わず躊躇するくらいだった。
「どうしたのかな?」
王宮の裏門の前に立ち、何時ものように入ろうとしたが、いつもなら門番は何も言わず通してくれるのに「待て」の一点張り。
押し問答しているうちに、女王代理の叔母が姿を現した。しかし、かなり慌てているようだ。
「ティア」
叔母は肩を強く握り、鬼気迫る形相で私の名を呼んだ。
「ど、どうしたと言うのです、叔母様?」
不安にかられ、表情も強ばる。
「今すぐここから離れなさい。そして暫く王都に来ることはなりません」
理由も言わず、それだけ口にして追い返そうと私を振り向かせ、背中を押す。
「どういう事ですか、叔母様?」
叔母の手をすり抜け、振り向いて問い質す。
「今は時間が惜しい。貴女を守らせて、ティア。私の可愛い姪。姉上が凶弾に倒れなければ貴女はまだこの王宮で幸せに暮らせていたものを」
そう言って私を抱き締めた。
「叔母様?」
「貴女を死なせる訳にはいかない。宰相の思い通りにさせてなるものですか!」
私の問いにそう呟いて私をリルに預けるように突き放した。
「隣国の近衛殿、私の様なものが頼める訳はないのは充分解っておりますが、敢えてお願いします。この国の未来の女王を守ってください」
深く頭を下げてリルに頼んでいた。
「叔母様」
私はただ立ち尽くすしかなかった。
「…女王代理殿へ我が主より書状を預かっております」
リルは叔母に小さく畳まれた紙を渡した。
「……これは、……あ、ありがたき、ありがたき物を。……これでこの国は救われる!」
叔母はそう言いながらリルに頭を下げた。
「私の様なものに易々と頭を下げてはいけません、女王代理殿」
リルは叔母に手を差し出した。
「貴女の主殿へ伝言を伝えてください。貴方のおかげでこの国は救われる。と」
「承りました」
リルは叔母へ騎士の礼をとると私を馬に無理矢理に乗せ、自分も乗ると今にも駆け出さんとした。
「ま、待って、リル。叔母様、私にも解るように説明してください!」
「私の可愛い女王。貴女にこの国を、平和な国を託しましょう。それまでどうか無事でいて」
叔母はそう言って私の手を一瞬強く握ると王宮の裏門に戻っていった。
「叔母様!おばさまぁぁ~」
リルは無情にも元来た道を戻っていった。
「リル。もう大丈夫よ」
落ち着きを取り戻した私はリルに話しかけた。
リルの行動は騎士として当然のこと。解っていたはずだけど、私の気持ちが追い付かなかった。
「さっき渡した紙は何が書いてあったの?」
「解りません。ただ主からこのようになるだろうからと言われて渡されたものです」
リルは即答した。
「そう」
つまり、私の正体もこの国に何が起きているのかも、良く解っていたということ。
腹立たしい。
私は何も言わなかった。
ううん、口にしても仕方ないと諦めた。
でもね、この私を騙していたことは許せないわ。
「クリス、覚悟してなさい」
ふふふ、と黒い笑みを浮かべた。
「あの、お手柔らかに」
リルの言葉は私の耳には届かなかった。
ばんっ!!
勢い良く扉を開けた。クリス達が驚いて私を振り返る。
「ど、どうしました?」
ラルクが手に持っていた皿をなんとか持ち直してテーブルに置いて聞いてきた。
クリスは始めこそ驚いていたけれど、今は落ち着き払っている。私が早く戻ることも解っていたみたいだ。
「……」
私は無言でクリスの前に歩を進め、勢いに任せてクリスの頬を平手打ちした。
「気が晴れたかい?」
クリスは私の心まで見透かしたように言った。
「腹が立って仕方ないわよ。貴方の掌の上で踊っていた私が馬鹿らしいわ!」
悔しい。この国は私の国なのに。この私より隣国の王子の方が事情を知っているなんて!
「別に踊らそうとしたわけではないよ。ただ、君には助けてもらった恩がある。それを返しただけだよ」
クリスは静かに言った。その穏やかさに苛立っていた気持ちが凪いでいった。
「……ありがとう。少しすっきりしたわ」
何でこの人はいつも落ち着いていられるのだろう?
彼の瞳を見つめても答えは見つからなかった。
「私は行かなければならない所があるの」
私はクリスを見上げて言った。
「この村を出たら、命を狙われる危険が君をつきまとう」
クリスは変わらず静かに私に告げる。
「私はこの国の女王。責任を果たせなくて王をかたる訳にはいかないの。今の私はただのお飾りにしか過ぎないわ。真の王となるためにやることがあるの」
そのために私は守れてばかりではいられない。
「じゃあ、ついていくよ。でも少し時間をくれないか?俺にも片付けておかなければならないことがある。1週間後必ずここに戻って来るから、待っていて」
クリスはいつも以上に真剣な表情で言った。
私はその威圧感に押されて頷くしかなかった。
クリス達が国に帰って3日後、第三王子が死去したと訃報がもたらされた。