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1 「この店はコンビニである。名前は考えてない」

 新野シンノ 香織カオリという名前で生きてきて二十と数年。

 知力は中の上くらい。運動神経もそんくらい。

 大抵のことは何でもこなすけど、何にしても一番になることはない。

 顔とスタイルは……まぁマシな方だ。ナンパも痴漢も経験済みだから、そう悪くない。恋人だって合計年数で10年以上はいた。

 そんな私の特徴を友人どもに言わせると『変人』だそうだ。

 そう言われてもしょうがない。自覚もしている。いつからこうなっていたのかは分からないけど、いつのまにかこういう自分になっていた。今の自分が私にとっての普通であり、そうでない自分というのはよく分からない。確かなのは、こんな自分や生活も嫌いじゃないということだ。

 元々私は『どっちでも大丈夫な人』だった。

 男でも女でも、特に関係ない。好きであれば性別に関係なく受け入れることができた。琢哉に言わせると、家庭環境や、昔から後輩の女の子にキャーキャー言われていたことなんかが起因しているそうだ。

 確かに小学校卒業と同時に伸びた背は、男子と比べても高かったし、目を引いただろう。性格も昔っからこんなんで、女の子らしさ、というのからは遠い位置にいた。

 かといって、別に女が好きというわけではなかった。代わりに、男のことも好きではなかった。

 っていうか、そういう『枠』そのものが嫌いだった。

 どうして女は男を好きにならないといけないのか?

 どうして女を好きになると変なのか?

 私がそうしたいんだ。そうさせてくれればいいだろう。

 はっきりとそう考え始めたのは、高校から大学に入るくらいだったと思う。それまでにはもう男子とも女子とも付き合ったことがあった。

 だが、どれも長くは続かなかった。

 長くて半年。短ければ一週間。

 長続きしないことに自己嫌悪を感じたこともあったけど、今は、一人でも楽しく生きる方法を習得していた。

 その1つが『仕事』である。

 といっても、けしてコンビニの店長ではない。確かにそれも仕事なんだけど、これはあくまで通過点。むしろ、辞めれるなら、さくっと辞めたいくらいだ。

 だけど辞めるに辞められない理由ってのがある。

 それが仕事……というか、夢。


 『自分のお店を開く』


 おいしい紅茶やケーキを食べながら、ギャラリーを堪能し、自然とお客とお客の間に会話が生まれる。それをBGMにしながら、一点物のアクセサリーや洋服、輸入雑貨などをお土産に家に帰っていく。

 カフェベースのギャラリー&ショップ。

 それが私の夢だ。

 だが夢を叶えるには、いろいろと現実的な問題が付きまとう。場所探し、開店資金、有能な人脈と、優秀な店員。それらを一人で確保するには、私は若すぎた。だから、父親に打診した。


『店作りたいから、出資して』


 それに対する父親の返答はというと


『店構えるにふさわしいかテストしてからな』


 だった。

 一流ではないが、それでも何種かに渡る店舗のオーナーを務める父親は、かわいい娘のお願いを経営者の顔で無視し、試練を課してきた。

 年数は気にしないから、とにかく一定以上の売り上げや、成績を見せろ。

 こうして首切り候補だった中年男を解雇し、その後釜として今のコンビニの店長に就任したのだ。

 現在、目標設定には遠いものの、なんとか中年男の時よりも優良な経営状態を保っている。が、この程度であの強欲オヤジが出資を考えるとは思えない。

 自分の父親のことをこう言うのもどうかと思うけど、あれもなかなかの奇人だ。昔から、実の娘に対するものか、と思うほど徹底した教育方針を見せてくれた。


 『何もない者に存在価値なし』


 シビアだった……それなりに資産もあるだろうに、娘に小遣いあげるだけでも、何かの功労が必要だった。コンクールで入賞するとか、店の手伝いをするとか……。まぁおかげで、こうして店長なんてやってられるんだけどさ。

 とにかくここからが勝負だ。もともと立地条件からいえば、現状くらいの売り上げはあって然るべきだったのだ。今までがマイナスだったものを、プラスマイナス0にしたところからが正念場!

 と、意気込んだのはいいんだけど……正直、手詰まり感が出てきた。

「あぁー、やんなっちゃうわねぇ」

 スタッフルームにある机につっぷす。ごちゃごちゃと書類などがある机だが、私がこだわったせいで、単なる事務机にしては所々に飾り気がある。広くてつるっとした机に頬を預けると、店内の監視カメラのモニターに目が行く。

 現在、店内にいるお客の数はまばら。昼過ぎのこの時間は、だいたいいつもこんな感じだ。お昼ご飯を求めてやって来る人が、昼前から一時の間に集中してるからだ。

 次に忙しくなるのは、近くの学校が終わって学生たちが帰る時間や、サラリーマンたちの帰宅時間。

 お客が曜日や時間のサイクルで動いているため、コンビニ側もそれに合わせた動きになる。ピークの前に商品配置などを済ませ、開いた時間で庶務作業を終わらせる。

 コンビニの仕事なんて物売ってればそれでいいと思ったら大間違いだ。商品の搬入や品並べ、販売といった基本業務はもちろんだけど、清掃、発注、書類作成、廃棄、配達……毎日やらないといけない仕事もけっこうあるのよ。

 ならサボってないで仕事しろって?

 分かってるわよ。でも、つっぷしたくもなるってものよ。

「香織さん?」

 スタッフルームに入ってきた町田さんが驚きながら……っていうか若干引きながらこっちを見ている。スタッフルームはレジとウォークインという巨大な冷蔵庫に繋がっているため、気を抜いていると、こんな風にだらけた姿をばっちり目撃されてしまったりする。

 まぁ40過ぎのパートのおばさんに気を抜いてる姿を見つかったところで、別段痛くもなんともない。かっこいいお兄さんだと少し死にたくなるけどね。残念ながら夕方の時間にならないと、うちのキレイどころはやってこない。

「どうかしたの? 珍しく気が抜けちゃってるみたいだけど」

「それが、どうも売り上げがね」

 年の功とはちょっと違うきもするけど、町田さんは私のだらけきった様子にすぐ順応したらしく、着替えを始めた。ちょうど勤務終了の時間なのだ。

「売り上げ……悪いの?」

「いや、悪くは無いの。ただ、伸び悩み始めてね」

「ならいいじゃない。前の店長の時なんて、てんでダメだったんだから」

 まぁ確かに、以前と比べれば良い。ただそれは、あくまで前の店長に比べればの話だ。さっきも言ったけど、現状でほぼ正常値。こっからプラスアルファを提示しないといけない。

「販売数は伸びてる。客足も悪くない。店の雰囲気も前より良くなってる。ほんと、香織さんのおかげよ」

 そう言って貰えるのは嬉しいんだけど、やっぱりどこかで納得いかない自分もいる。

 もやもやしながら会話をしているうちに町田さんは帰り支度を整え、勤怠処理をして出て行った。

 改めて一人になった私は、紙を取り出し、思いつく限りの問題点を列挙してみた。


 一、優秀な店員の不足。

 二、ライバル店の登場。

 三、品減りの多さ。


 と、こんなところだろか?

 他にも細かいことは思いついたが、まぁ面倒なのでよし。

 この中ですぐに問題解決できそうなのは……

「ないじゃない!!」

 再び机につっぷした。

 優秀な店員を得るには、今働いているノーマルな店員を鍛えるしかない。バイトを募集したとしても、すぐに使えるようになるとは限らないし、っていうか例の高校生みたいな場合もあるので、あんまり新人を当てにしてはいけない。裏技で、他のコンビニでバイトしてる人間を引っ張ってくる、という手があるけど、日本ではあまり引き抜きって好かれないので、やると逆に首を絞める可能性がある。

 ライバル店の登場というのは、まさかヤクザじゃあるまいし、立ち退かせるということもできない。……やろうと思えばやれるけどね。それで売り上げ伸びても、試合に勝って勝負に負けたみたいな気がするからやらないけど。

 最後の品減りの多さなんだけど……。

 ちなみにこの聞き慣れないかもしれない『品減り』……『シナベリ』ってのは、計算上の在庫数と、実際の在庫数との差分のことを言う。

 10個仕入れて1つも売れてなければ、計算上は10個の在庫がある。なのに、実際には9個しかなければ、1個品減りしてることになる。

 じゃぁ、この品減りがなんで起きるのか?

 店員のレジ打ちミスや、仕入れ時の間違えなどもあるにはあるが、一般的には万引きによるものだ。

 最近よくテレビでやってる万引きなんだけど、実際にこの万引きが売り手に与える影響ってのはもの凄い。学生なんかが遊び半分で取っていったりするけど、無い頭を働かせて考えて欲しい。どんだけ酷いことしているのかということを!

 仮に、ジュース一本150円が盗まれたとしよう。原価が100円だと、収益が50円。一本売って、50円手に入るってわけ。ということは、3本売って、ようやく盗まれた1本分がチャラになる。盗まれたものいれると、4本分が無駄になったわけ。その4本を売るためには、販売スペース、光熱費、人件費、運送費……といろいろなお金がかかる。ということは、実際には4本以上売らないといけないってわけ。

 毎日どんどん売れるのもあるけど、日に5本も売れない商品だって中にはあるわけだから、どんだけとんでもないか分かってもらえると思う。

「っていうか、わかれぇぇぇぇ!!」

「店長、お静かに」

「あ、ごめんなさい」

 町田さんの代わりにレジに入ったパートのおばちゃんに怒られてしまった……。

 ちなみに町田さんもこの人も、前の店長の時から働いている人で、単純にレジ操作とかなら、私より遥かに役に立つ。本人たち曰く、前の店長があまりにも使い物にならないせいで、店員のレベルが上がったから、だそうだ。

 その点は以前の店長に感謝だ。おかげで、私はこうしてうだうだと経営やら収益について考えてられる。

 万引き対策か……

 ちなみに万引きの一番重要な点は『未然に防ぐ』こと。つまり、万引きした人を捕まえるのではなく、万引きしようと思わせないことが重要なのだ。

 だから、監視カメラをわざと見えるところに置く。見られてると思えば、取れなくなる。鏡なんかも同じ役割を持っている。ただ、こういったものは置きすぎると見栄えを損ねるし、一般のお客さんが不快に思う確立も高くなってしまう。

 かといって大手デパートじゃあるまいし、私服警備員がいます、というわけにもいかない。コンビニでそんなことしてる店があったら見てみたいものだ。

 ちなみに他に有名な対処法としては『声をかける』というのがある。別に「へい彼女、おちゃしなーい?」とか頭の悪いことを言えというのではない。いらっしゃいませーとか、何かお探しですか? とかそんなんでいい。声をかけられることで驚いて止めるやつもいるし、普通のお客さんなら、まぁ親切にどうも、となったりするので一石二鳥だ。

「で、こうなると結局優秀な店員に頼る、っていう選択になってしまうわけよね」

 だからその優秀な店員をどうやって集めるんだっていう話だ。

 どっかにコンビニの店員を育成する学校とかないものかしら? あっても私は入らないけどね。代わりに琢哉でも入れてあげるわ。そして卒業したら家賃代わりにここで働かせれば賃金もいらないし、役には立つしで、いいこと尽くめよね。問題は、そうすると誰が家事をやるんだってことだけど……。

 アリスはムリだ。絶対にムリだ。一緒に暮らすようになってから今まで、一度たりとも満足に家事をやった試しなんかない。洗物をすれば皿を割るし、掃除をすると逆に散らかるし、洗濯をすれば白い服がピンクになる。

 最近、昼間に琢哉と特訓しているおかげで、料理は少しづつ出来るようになってきてるけど、メインはデザートだ。朝ごはんにクレープ食べて、昼ごはんにフレンチトーストで、晩御飯にケーキじゃ、そう遠くない未来に死んでしまう。

 って、なんでこんなこと考えてるんだっけ?

 そうだ、優秀な店員の話だ。

 時計を見ると、うだうだしている間に三時を回っていた。五時から夕方勤務の人間が来るから、私の残り仕事時間は二時間。その間に終わらせないといけない仕事がまだいくつかある。

 とりあえずはそれを終わらせないといけないわね。

「さ、仕事仕事と」

 二時間という時間は、長くもあり短くもある。

 ぼーっとするには長すぎるが、きっちり仕事をやろうとすると短い。

 それでもなんとか最低限終わらせないといけない仕事は片付けた。やるべきことはきちんと時間通りにやらないと気がすまないのだ。というよりも、残業なんてやりたくない、というのが本音だ。

 やってきた夕方勤務のバイト君たちに後を任せ、昼間担当のパートさんたちに若干遅れて店を出る。

 この季節、日が沈むのはかなり遅い。

 まだ明るい空を見ていると、まだ昼なんじゃないかっていう気になってくる。

 最近ずっと夕方も仕事だったし……せっかく空が明るいんだし、買い物でも行くか。

 携帯を取り出して、自宅にコールする。

『はーい……たーさん、なんだっけ香織ちゃんち?』

『新野だよ。し、ん、の』

『えっと、新野です』

 思わず笑ってしまった。

 気持ちは初めて孫が電話に出てきた気分。ってそこまで年取ってないわよ。

「私よアリス」

『香織ちゃん!』

「悪いけど、ちょっと買い物してくから遅くなる、って琢也に伝えてもらえる? たぶん二時間くらい」

 分かったー、と返事をしたアリスにお土産を買っていくことを約束して電話を切る。

 コンビニを出て、普段なら左手に行く道を右に行く。なんか近くに新しい路線が通るとかで再開発されたおかげで、駅が近いこっち側はお店が増えてきた。元々は売れてるのか売れてないのか中途半端な駅ビルがある程度だったんだけどね。今じゃちょっとは名前のある店が入ったり、いまいましいライバルコンビニ店が増えたりと、賑やかだ。

 お店が賑やかになると人通りも賑やかになる。人通りが賑やかになるとお店が賑やかになる。まぁ当たり前の循環なんだけど、その循環範囲から漏れると、途端に人はいなくなり、店は寂れていくという事実もある。

 って、買い物してるときくらい、商売ごとは頭からなくなって欲しいもんよね。

 自分で自分に苦笑しながらウィンドウから店内を見たり、手に取ったりしながら時間が過ぎる。買わないまでも、こうして眺めているだけで楽しい。

 ……言っておくけど、ケチというわけじゃないわよ。確かに友達なんかと比べると財布の紐も硬い気がするけど、本当に欲しいものはちゃんと買う。なんでもかんでもお金があるからって買わないってだけのこと。

 だって、ストレス発散程度のことにバシバシお金使って、いざって時に欲しいものが買えない方がストレス溜まるでしょ?

 だもんで、私はもっぱらウィンドーショッピング。

 将来自分の店に置くときのレイアウト考えたり、お客さんの好みをみたり……て、結局これも仕事なのね。

 どうやら私は根っから仕事人間らしい。

 社会人の鏡ね。

 って、反射してどうする。鏡じゃなくて、鑑だ。

 細かい間違えといっても、ちゃーんと直しておかないと、後で恥をかくのは自分。

 というか、目の前に実物の鏡なんかがあるから、間違えちゃうのよね。

 自分の姿が移った姿見の鏡の淵を軽く指で弾いて、舌を出す。ま、結局自分に帰ってくるんだけど。

「……ん?」

 舌を元に戻して鏡を見ると、見慣れた姿が映っていた。私のことじゃないわよ?

 鏡から目を離して自分の目でその姿を見てみると、やはりそれは見慣れた姿だった。

 細いラインに、弱々しい目つきと、淵のないメガネ。男らしいという言葉からは距離があるけど、美男子は美男子だ。小さい頃は女の子とよく間違えられていたらしい彼は、勇太君。うちの店でバイトしてる小林君の下の名前が勇太という。

 家は近所だといってたし、今日はバイトの日じゃないし、別に珍しいことでもなんでもない。

 でも、なんかバイト先以外のところで知ってる人に会うって楽しくない?

 ……嫌ってる人間は別だけど。

 電柱に寄りかかってる小林君のところまで静かに近寄る……脅かそうと思ったけど、そういえばこの前バイトの時、ホラー映画は苦手だと言ってたから止めておくことにした。こんなところで叫ばれでもしたら、私はお巡りさんと対談を繰り広げないといけなくなる。

「はろー、小林くん」

「あ、店長」

 声をかけると、小林君は慌てて姿勢を直して頭を下げた。

 外見だけじゃなくて、こういう細かいけど礼儀に気を使ったりするところが好きなのよ。って、考えがおばさんくさいぞ、私。

「買い物ですか?」

「ま、覗いてるだけだけどね。小林君は?」

「ちょっと、待ち合わせを」

 言いにくそうな物言いを見て、もしかしてデート? とか勘繰ったが、残念ながら外れ。

「おー、小林」

 やってきたのは、三人くらいの高校生。どうやら友達と待ち合わせをしていたらしい。

「って、あー、店長さんもいんじゃん」

 私を指差す小林君の友人A。

 人のことを指差すな。あんたが弟だったら、その指へし折ってるわよ、ピノキオみたいに。

「なんだよ矢口、この人のこと知ってんの?」

「あれだよ、あれ。ほら、小林がバイトしてるとこの店長さん」

「あー、はいはい。お前が1週間くらいで辞めたコンビニんとこのか」

 聞き捨てならないセリフだ。

 一週間くらいで辞めたコンビニのところの店長、というのが私のことを指してるのは間違いない。

 そしてそこでバイトしてて辞めた、この頭の悪そうな顔は……ヘラヘラだ!

 あのヘラヘラだ!!

 思い出しても腹が立つ。いや、思い出さなくても腹が立つ。ここ最近で一、二を争う苛立ちの原因、ヘラヘラことバカ。

 本名は矢口だったのね。記憶から顔も名前も抹消してたから思い出せなかったわ。

 似合わないロンゲだったと思ったけど……髪切ったのも思い出せなかった要因の一つね。あれだけ注意しても切らなかったくせに。

「おひさしぶりです。俺っすよ、矢口です、矢口」

「今思い出したわ」

「ひっでーな、香織さん」

 うっぜーな、矢口くん。

 お前に香織さんと気安く呼ばれる筋合いはない!!

「髪、切ったのね」

「そうなんすよ、聞いてくださいよ。こいつらったら罰ゲームで髪切れって言うんですよ? で、切らなかったら学校で丸坊主だとか言い出すし、ほんとたまったもんじゃねーすよ」

 たまったもんじゃないのは、私の方だ。

 雇うときに髪切るっていうからOKしたのに、結局切らなかった。なのに、罰ゲームだと切るのはどういう神経だ。むしろ髪よりも頭を切って脳みそを取り替えて貰った方がよかったと思うわよ。そしたらその神経も少しはマシになるんじゃない? 神経は脳と繋がってるものね。

「にしても、相変わらずキレイっすね」

 見るな。あんたに褒められても嬉しくない。むしろ穢れる。

「小林君、彼らは友達?」

「そうっすよ、オレらみんな同じ学校なんすよ」

 お前に聞いてない、黙れ矢口。

 それに今のは嫌味。あんたらみたいなのと友達なの? かわいそうね、ってそういう意味の発言なのよ。理解力を鍛えなさい、理解力を。

「じゃぁ、ちょっと用事があるんで……」

 バカみたいに笑う……まぁ実際バカなのよね。

 バカ丸出しの三人の友達を先導するように間に入る小林君。

 きっと私が不機嫌になってるのを察したんでしょうね。ごめんね、今度ジュース奢るから。

「またねー、香織さん」

 今度あったら確実に殺すと書いて、確殺するわよ。

「またね小林君」

「はい、また」

 小林君にだけ挨拶して、私もその場を去る。

 せっかく小林君に会ったところまでは楽しかった気分も、奴が襲来して来た瞬間ぶちこわしだ。

 昔から年下は駄目だったのよね。

 無意味に頭が悪くて、世の中なめきってるくせに、そのわりに自信過剰なところとか……。

 そこに少しなりとも大人なところなり、人と違うなにかなりがあればいいんだけど、そういう男は極めて稀だ。おかげで高校時代からは、男よりも女と付き合ってる期間の方が長かったわ。そっちの方が楽しかったしね。

 なのにバカはどこまでいってもバカ。『俺と付き合ったほうが楽しいよー』とか、『女相手じゃ満足できないだろう?』とか、そんなことばっか言いやがる。

 あー、もう、だから男なんて嫌いだ。

 嫌いだ、嫌いだ、死ね、いね、消えてしまえぇぇぇ!!

「ってなわけで、とりゃぁ!!」

「ぐへぅっ!?」

 私のクロスチョップを受けて咳き込む琢也。

 苛立ちに任せてガスガス歩いてたら、あっというまに自宅に着いちゃってたわけよ。そんで帰ってきたら、ど下手なくせに楽しげに鼻歌歌って、しかもフリフリのエプロンなんか着てるもんだから、思わずクロスチョップしちゃったわけよ。

「帰宅早々何をしてくれますか、このおぜうさまは!?」

「クロスチョップ」

 即答してあげたのに気に食わなかったらしく、琢也は非難の眼差しを私に向ける。

「香織ちゃん、おかえりー」

「ただいまアリスー」

 とてとてやって来たアリスの頭にあごを乗せ、ぐりぐりしながら嫌な気分を中和してもらう。

 天然パーマというほどではないけど、アリスの髪はゆらゆら揺れてて、なんだか楽しい。猫がいたらじゃれ付きそうだ。

「ご飯できてる?」

「うんにゃ、まだ少しかかる」

「じゃぁ、アリスと散歩行って来ていい? お土産買って来るの忘れちゃったのよ」

「オレの分のお土産は?」

「買って来てあげるわよ」

「じゃぁOK、いっといで」

 金払うのは私なのに、どうして偉そうな態度で言われないといけないのかしらね?

 まぁ今更なんで、いちいちつっこみも入れないけど。

「アリス、仕度しておいで」

「このままでいいよー」

 ぼさぼさの頭と、よれよれのTシャツと、裾が汚れたロングスカート。

 ……まぁ近所だし、いいか。

 琢也の見送りの声を後に、私とアリスは近所のスーパーに向かって歩き始めた。

 このあたりで夕飯の買い物なんかをするなら、大抵の人間はこのスーパーにやって来る。駅の付近にも大きなスーパーがあるんだけど、そっちまで行くのはメンドウなんでしょうね。かくいう私もメンドウなうちの一人だ。

 サンダルをひきずるようにして歩くアリスと並んで、さすがに暗くなった道を歩いて五分ほどすると到着する。

 名前はスーパー『元気ですか』。入店すると『いらっしゃいませ』のかわりに『元気ですかー!!』って意味不明なほどに迫力のこもった店員が出迎えてくれる。

「元気ですかー!!」

 この店に入る前はね。

 だが子供はこれに『元気でーす!』って答えるのが楽しいらしく、客足は減らない。今も子連れがわらわといる。たまに大人も負けじと元気デース! とか答えてるけど、そういうのを見てるとどうも……

「元気デース!」

 人が感想を述べる前にアリスが嬉しそうに答えちゃったから、どう思ってるかは控えることにする。

 まぁともかく店は少々変わってるけど、品揃えは悪くない。

 生鮮食品とかお菓子なんかの他にも、二階部分で文房具とかも売ってる。

 エスカレーターに乗って二階に着くや否や、文房具コーナーに買い物籠を持って近寄るアリス。

 そのままじーっと並んでる文房具を見た後、画用紙や絵の具なんかを籠に突っ込み始めた。

「最近、紙が減るの遅いみたいだけど、描いてるの?」

「描いてるよー。たーさんとお料理してるから、ちょっと減ってるけど」

 アリスは画家というわけじゃないけど、絵を描いてる。

 ギャラリー置きたいっていうくらいだから、私も絵は好きだ。残念ながら技術的なことは良く分からないけど、絵の持つ雰囲気というのは分かる。良いものは良い。そしてアリスの書く絵は、格段に良い。なんていうか、こう、絵の世界に引き釣りこまれる感じがする。

 残念ながら本人は好きで絵を描いてるだけで、それで生活しようとかそういう頭はないらしいので、宝の持ち腐れっぽいけどね。

 もし私がアリスだったら、展覧会やったり、コンクールに出したりするんだけど……。

 だからといって強制する気はない。描きたいように描けばいい。アリスの絵が好きだから、一緒に暮らしているわけじゃないし。

「これでいいの?」

 籠に詰まった安物のクレヨンや絵の具。

 もっと高いの買ってもいいのに、と言ったんだけど、本人はこれが好きらしい。

 大きなビニール袋いっぱいに入っても二千円もしな荷物を抱えて、アリスは嬉しそうだ。

 ひょっとするとビニール袋引きずるんじゃないかと心配しながら、お酒やおつまみを買って帰路に着く。

 生ぬるい風を受けながら歩いて、ふと気付いた。

「琢也のお土産買い忘れてた」

 いっそ買わないで帰ろうかと思ったけど、さすがにそれは可愛そうな気もする。

 ……しかたない。コンビニで済ませるか。

 昔は気にしなかったんだけど、店で働くようになってから、あまりコンビニで買い物をしなくなった。原価を知っているから、ってのもあるんだけど、一番の理由は他人の店の売り上げに貢献するのが嫌だからだ。

 細かいっていうな。自分でもそう思うんだから。

「いらっしゃせー」

 やる気のない店員の声を聞きながら店に入る。

 入りたくない理由に、ディスプレイや店員の態度がいちいち気になってしまうからも追加する。

 客商売をする気があるのか、並べ方がなってない、そういう細かいところが気になってしまうので、落ち着いて買い物ができないのだ。それも、同系列のコンビニとなれば尚更。ついつい、よその店なのに、ディスプレイを直したりしたくなってしまう。

 ……さすがに、やらないけど。

 とにかく、ぱっと出るのが吉ね。

 ヨーグルトやプリンとか、琢也が食べそうな餌をカゴに入れて……

「ふぅ……」

「どうしたの香織ちゃん? 疲れちゃった?」

「自分の性格にね」

 アリスにカゴを渡して、店を出たばかりの少年の肩を叩く。少年はびくりと震えてから、こちらを見た。どうも見たことがあると思ったら、さっき小林君とどっかにいった高校生のうちの一人だ。矢口というバカではない。

 が、矢口ではないが、こいつもどうやらバカのようだ。もしかして、あのメンバーでバカじゃないのは小林君だけなんじゃないのかと思えてくる。

「なんだ、店長さんじゃないすか」

 私を見てほっと胸を撫で下ろすといった具合の少年。ところで、どうしてこの手のタイプの子供って、みんな同じような喋り方するのかしらね? もしかして、世界共通語でも作ろうとか思ってるんじゃないかしら。

「覚えて貰ってるなんて光栄ね」

「そりゃキレイっすもん。覚えてますよ」

「そう。じゃぁそのキレイなお姉さんのお願い聞いてもらえる?」

「え? えぇ、もちろん」

 何を勘違いしたのか、バカ高校生はにやにやしながら大きく首を振る。

 はたき倒したい気持ちを抑えて、少年を誘導しながら店内に戻り、レジに向かう。

「どうもー。突然だけど、滝野川店長いらっしゃる?」

「あ、は、はい。ど、どうも……あ、っと、えと、店長なら奥にいますけど」

「ありがとう。ちょっとバックルームにお邪魔するって伝えて。あっちから回るから」

 高校生の手を取って、店員専用の出入り口からバックルーム……事務所のことね。私の店で仕事机があったりする場所のこと。スタッフルームという場合もある。まぁ名前はともかく、そこに入ると、中年過ぎの店長がイスから立ち上がって、私のことを出迎えてくれた。

「お久しぶりですね、香織ちゃん」

「どうも暫くぶりです。いつも父がお世話になってます」

「いえいえ、お世話になってるのは私の方ですよ」

 白髪の混じった、人のいいおじさんといった感じの滝野川さん。私のオヤジの会社の社員さんで、この店の店長を任せられている人。つまり、この店は私のオヤジがオーナーを勤めているコンビニってこと。

 オーナーは出資者。店長は経営者。オーナーが店長雇って、自分の代わりに店のあれこれをしてもらう。それをオーナー店という。で、私と滝野川さんは、オヤジに雇われた店長同士ということ。だから、店が同系列ってわけ。

 滝野川さんと、ありきたりといえばありきたりな挨拶を交わしてから、少年の腕を引っ張って前に突き出す。

 滝野川さんは、この少年が私の恋人だとでも思ってたようだ。勘違い甚だしい。だが、怯えるように黙り込む少年の姿に疑問を感じたのか、滝野川さんの顔が僅かに曇った。

「恋人ではないようですし……かといってお子さん……ではないですよね?」

「それ笑えないですから」

「そりゃそうですね」

「すみませんが、連れを待たせてるので本題に入ります。この子、万引き犯です」

 滝野川さんの表情が変わる。

 怒りではないが、不快そうな顔ではある。

「本当なのかね?」

「う、うそに決まってんだろ!?」

「ポケットとバック」

 私が指定したところを慌てて抑える少年。そういうことをすると余計怪しいってことを知らないのかしらね?

 滝野川さんは律儀に失礼、と断りをいれてから暴れようとする少年のポケットを探り、続いてバックを開けた。人がいいから弱そうに見えるけど、これで柔道の有段者だ。ひ弱な高校生が勝てる相手じゃない。

 無駄な抵抗をした少年も、結局滝野川さんの手によって万引きしたものを全部出されると、さすがにおとなしくなった。

「……言い訳はないね?」

 うなだれる少年。完全に力が抜け切っている。

「すみませんね、香織ちゃん」

「いえ、たまたま見かけたもので」

「あとはこちらで対応します。どうもすみませんでした」

 滝野川さんがそう言うなら、あとは私のするべきことは何もない。

「分かってると思うけど、あんたの顔は覚えたし、黙ってても学校の名前も場所も知ってるからね」

 別れ際にいちおう脅しの言葉をかけて、バックルームを出る。

 店内に異変はない。万引き騒ぎで騒々しくなってたら嫌だったんだけど、その心配は杞憂で終わってくれたみたいだ。ただ、アリスが少し不安げだったのが申し訳ない。

「お待たせ」

 カゴを受け取り、さっと会計を済ませて店を出る。

 アルバイト君が私を見ておっかなびっくりしてたけど、そこらはあとで滝野川さんがフォローしてくれるだろう。甘いといえば甘いが、本当にいい人だ。きっとあの高校生も警察には突き出さないで終わるだろう。それで反省して、まともな人間になってくれればいいんだけど。

「なんだったの?」

「万引きしてたのよあの子。で、目に付いちゃったから、ちょっとね」

 アリスが、分かったような分からないような声を出しながらコンビニの方を振り返る。

「香織ちゃん偉いねぇ」

「偉いとか偉くないじゃなくて、黙ってられないだけ」

「でも、わたしだったら言えないもん。おっきい人って怖いから」

 アリスの顔が真剣なのがおかしくて、笑ってしまう。

「な、なんか変なこと言った?」

「アリスから見たら、大抵の人はおっきい人でしょ?」

「あ、うーん、そ、そだね……」

 しょぼくれたアリスの手を取って家路を急いだ。

 こういうビミョウな気分の時は、琢也をこづいて、アリスといちゃいちゃするのが一番だから。

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