第6話:~霊魔術でレッツクッキング!前編~
お待たせしました!
本編第6話です。
第6話:~霊魔術でレッツクッキング!前編~
「へぇー、ここがセシルさんのお家なんですねー」
「ええ。元は家族と一緒に暮らしていたんですけど、事情があって今はいないので
私一人が使っていたのですが、一人だとこの家はちょっと広すぎますから…」
「ああ、なるほど…」
先ほどとは場所が変わり、現在はこれから厄介になるセシル自宅にいる。
リビングとか居間とか、そんな役割を果たす部屋だ。
道中、食材を売る商人から詐欺られそうになったり、チンピラに絡まれたりと、
転生初っ端から中々目立つ行動を取ってしまったものの、こうして無事に
なんとか目的地に辿り着けたので良しとしよう。
セシルの家はルフェルン・ミサという街の性質上、外見上で特徴と呼べる
ものは特にないのだが、ルフェルンの中でも大きな家が集まる区画にこの家はある。
したがって家自体の大きさは、現状の家主であるセシルが言ったように一人で生活
するのには少々、いやかなり大きすぎる位の規模である。
なにしろ、彼女の自宅周りには結構な横幅を誇るお屋敷が多数存在しているのだが
それに引けを取らない程彼女の家も大きい。
結論として何が言いたいかというと、この家は豪邸クラスのサイズであるという事。
まあ何はともあれだ。
まずは買ってきた食材を早いところどこか置いてしまいたい。
というのも、この家は先ほどチンピラに絡まれた場所からは結構離れている。
具体的な距離にすると、およそ2km程の距離だと思われる。
その上、今日買い込んだ食材は明日の分も含めてである為、少々重い。
結果として腕に疲れが溜まって仕方がないのだ。
「セシルさん、台所はどちらにありますか」
「台所はこちらです。ついて来てください」
セシルに案内されるがままに進んでいく。すると、そこには台所というよりも
大きなお屋敷の調理場みたいな空間があった。
「こちらが我が家の台所です」
「は? これ…が、台所・・・?」
正直、完全に予想の斜め上をいく規模の調理場である。
だがしかし、これほどの大きさの家に住んでいるのだから、台所といっても
この規模のものであると予測しておくべきだったのかもしれない。
「結構広いでしょう?おかげで一人で使うときは、なんだか言葉にできない虚しさが
常に私の心の内側に広がっていく感じがして…」
「ああ…確かにこれだけ広ければ、一人で料理する時は寂しく感じるでしょうね…」
セシルが今までの料理の状況を、寂しそうな表情で話す。
こんなだだっ広い調理場で一人で料理…、なんだか切なくなるな。
「でもこれからは、一人で寂しい思いをしなくても済みます!」
と思ってたら先ほどとは打って変わって、明るい表情に変わるセシル。
どうやら久々に複数人で料理をするのがとても楽しみらしい。
「ん?え、ああ。料理なら手伝いますよ。1人よりも2人の方が楽しいものです」
その言葉に、セシルは笑顔で答えてくれた。
「さて、食材の冷蔵をする必要があるのですが、この世界ではどうやって
冷蔵保存をするのですか?」
「あ、それならその流しの下にある取っ手があると思います。そこが冷蔵保存用が
必要な食材を収納をする場所です。ちなみにこの中の収納部には氷属性の霊魔術の
呪文が刻まれていて、それが常に展開することによって保存を維持しています」
「はぁ、この世界にもなかなか便利な技術があるもんだ」
「ウフフ」
そんなやり取りをしながら、冷蔵する必要のある食材とそうではないものを手際よく
調理場の大机の上に分けて置いていく。
分け終わったら、要冷蔵の食品を”魔法冷蔵庫”とも呼べる流しの下の空間に
調理する順番が遅い順から奥に次々とぶっ込む。
作業を終わらせたら、セシルの方に向き直る。
「ひとまずは、これで食材の整理と適切な場所への移動は完了と」
「お疲れ様ですシンさん。食材、結構重かったのではないですか?」
「女性に重いものを持ってもらわなきゃならんほど、俺は軟ではありませんから
お気になさらないで下さい」
「そう、ですか?」
「ええ」
「フフ、ですがここまで運んで下さって本当に助かりました。
ありがとうございます」
「どういたしまして」
食材の保管作業は終わった。
次はこの家の間取りや、どの部屋を誰が使うのかを決めなければならない。
「セシルさん。泊めて頂く身分で失礼だとは思いますが、出来れば部屋などを
使わせていただきたいのですが」
「ああ、そうですね。じゃあユミコさんと一緒に案内しますね」
「すみません、お願いします」
再びセシル先導のもと、どこかの一流レストラン並みの広さの調理場から出る。
前世でリビングに該当する部屋に戻ると、暇を持て余したのかテーブルの上に
ぐて~っと寝そべっているユミがいた。
黒くてサラサラの長髪が中途半端に顔を隠している為、髪のすき間すき間から
色白の肌が見えて少々不気味でもある。
けれども、髪の隙間から見える寝顔がとても可愛らしかった。
「ユミコさん、眠っていらっしゃるようですね」
「…みたいですね」
少し近づいてみると、「すぅーすぅー…」と寝息を立てているのが分かる。
出来心で頬をプニッと手袋越しに押してみると「うにゃぁ…」という呻き声が
聞こえ、思わずセシルと揃って笑顔を浮かべてしまう。
その仕草はどこか子供っぽく、前世で初めて会った時やルフェルン街道の草原で
見た時に感じた、思わず見惚れてしまう程の美しさや凛々しさを持つ女性像とは
異なり、ギャップを感じる。
一方、先ほどの指ぷにぷにで意識が覚醒したのか、眠そうな表情を浮かべながら
まつ毛が綺麗に揃った瞼をゆっくりと上げる。
「あれ…、ここどこだっけ?」
「ここはセシルさんの家だ。街の大街道を2時間続けて歩いたのが、やっぱり
精神的にもキテたんだろう。おかげで可愛らしい一面を見れて、
初めて会った時とは違う姿にギャップを感じたがな」
「えっ、ちょっ…。可愛らしいって…///」
「あ、一応言っておくが別に深い意味は無い。大多数の人間が見て、
実際に思うであろう感覚を述べただけに過ぎない」
「あ、そうなんだ…」
若干ガッカリしたような表情を浮かべるユミだが、すぐに元の明るい表情に戻る。
「そういえばこの家の造りって、どうなっているんですか?」
「それを、ユミコさんにお使いいただく部屋も含めてこれからご案内
しようと思っていたところです」
「へぇー、それは楽しみだなぁ~」
「期待なさってもらって良いですよ」
その言葉に期待を大きくしたのか、目をキラキラと
輝かせながら立ち上がるユミ。
「ではお二人とも、行きましょうか」
さて、この家の探検と洒落込むか。
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「こちらが、シンさんに寝泊まりして頂くお部屋になります」
「・・・」
開いた口が塞がらない位驚いた(本日2度目)。
今俺たちが経って立っているのは、セシル自宅の2階部分にある個室前の廊下だ。
案内された部屋はシングルベッド一つに、遠目で見ても質が良いことが分かる
タンスにクローゼット、収納棚が2つ横に並んでいる。
床には少々ホコリを被って汚れている絨毯が部屋一面に敷かれており、
やろうと思えば、男でも3人はこの部屋で快適に生活できるのではないか?
という位の広さを持つ、”一人用の個室”(セシル曰く)である。
「ちなみに、ユミコさんのお部屋はこの部屋の左隣で、間取りは同じです。
私の部屋はその反対、この部屋の右隣にありますが、決して私の
部屋には入ってこないで下さいね…?」
「「?」」
俺とユミが同じタイミングで、同じ方向に首を傾げる。
おや、こんなところで息が合うとは。
ユミを見やると視線が合う。
そしてにっこりと可愛らしい笑みを浮かべる。
同じことを彼女も考えていたようだ。
「そのぉ…。私、実は整理整頓が大の苦手で。
部屋の中はとても人を入れられない位に汚いので…、恥ずかしいというか」
「ふむ、でしたら整理整頓のやり方というのをお教えいたしましょうか?
掃除なんて、一度コツを覚えてしまえば簡単に出来てしまうものですから」
「うぅ…、そういう風に言えるなんて、ずるいです」
そう言うと、なんだか拗ねたような表情を俺に向けるセシル。
気のせいかプクーっと頬を膨らませているようにも見える。
「まあどの道この部屋を含め、一度この家全体を大掃除した方がいいと思いますが」
「「へ?」」
「これほどの家にセシルさん一人で暮らしていらっしゃるのでしょう?ここまでの
大きさとなれば、いくら掃除が出来ても一人では手が回り切りません。
見た所、セシルさんが生活の中で使う場所以外で掃除は出来てないでしょうし。
なので気分を切り替えるためにも近いうちに大掃除をしましょう」
「そ、そんなぁ…」
「シンさんっ! たった今、私、掃除が苦手だって言いましたよね!?」
「そんなこと言って逃げてたら、いつまでたってもこの家は汚いままですよ。
それに掃除を怠れば、あっという間にカビが生えたり誇りが溜まっていって
綺麗になるどころか家がどんどん汚くなっていきますよ?」
「うっ…」
「そ、それはそれで、掃除するのと同じくらい嫌です。掃除の方が勝りますけど…」
「セシルさん、それは本気で言っているんですか…」
なんということだ…。
冒険者ギルドで仕事をしている時のセシルは、仕事が丁寧で動作も洗練されている
印象を受けたのだが、どうやら俺は彼女の印象を改めなければならないらしい。
正直、ドン引きである。
なんというズボラの中のズボラ。
これはアレなのか?
仕事モードのときはテキパキと手際よく仕事を片づける凄い人だが、ひとたび
自宅に帰るや否や、家の掃除を心の底から本気で面倒くさいと考えるようなズボラ
人間に変身してしまうという、”アレ”なのか!?
「セシルさん、さすがにそれはちょっとズボラ過ぎと思いますよ?」
…なるほど、直接的な親戚である支部長の爺さんがこの家ではなく
ギルドの部屋で寝泊まりしている理由の一つが見えた気がする。
もっとも、チンピラと喧嘩したところからかなり離れた場所にあるこの家だが、
冒険者ギルドの建物からも、実際の所それなりの距離がある。
1kmは恐らく離れているだろうその距離を80超えた小さな爺さんが歩くのは
なかなかの重労働だろうし、その負担を無くすという目的もあるのかもしれない。
「でも、掃除だけは本当にダメなんです…」
しょんぼりした様子を見せるセシル。
ふむふむ、これは意外な点を見つけてしまったな。
早急にこの弱点は克服させてやらないと、後々セシルの人生が大変だろう。
「でしたら、俺が指示しながら掃除のコツを同時に教えていきますから、
この極度の掃除嫌いを克服しましょう。…もちろん、ユミも、な」
「わ、私も!?」
「当然。大体、掃除や整理整頓が出来て困ることなんて世の中何一つない。
コツさえ覚えてしまえば、あとは簡単に自分で処理できるようになる。
それを教えるから、整理整頓・定期的な掃除を癖として身に着けようって話だ」
「そ、そこまで言うんなら…」
「セシルさんも、いいですね?」
「は、はい」
「では、俺たちがこれから使わせて頂く部屋の場所は把握したわけですし、次は
トイレや湯浴み場を案内して頂けますか?」
「はい? 湯浴み場は家にもありますけど、『トイレ』って何のことです?」
うん? 『トイレ』という単語の意味がセシルに伝わっていない?
『トイレ』は英語の『toilet』を日本語の発音で言っているもので、
日本人なら誰でもすぐに分かりそう・・・あ、そうか。
この世界は日本語(ラプタス語)という言語以外が存在しないのか。
だから日本語で話すと意味は相手にちゃんと通じるが、他の言語が存在しない為に
英語をはじめとする外来語は通じないのだろう。
となると、和製英語も恐らく通じないな。
これからは、この世界での会話は前世で英語で使っていた単語は日本語に
置き換えて使った方がよさそうだ。
「ああ、お手洗いや便所と言えば通じますか?」
「あ、お手洗いをシンさんたちの世界では『トイレ』と呼ぶんですね。
分かりました、こちらです」
セシルに案内され、2階から1階へと通ずる大きな階段を下りていく。
1階に着いたら、今度は調理場へ向かう廊下とは別の廊下を進む。
…コレ、最初は迷うかもしれん。
廊下を進んでいくと、大きな扉の前に突き当たった。
コレがもしかして…
「こちらが大浴場の入口です。お手洗いは幾つかありますが、とりあえずこの扉の
右側にある扉の奥にあります」
「ふぇぇー、大浴場なんて呼び方するお風呂を持ってる家なんて初めてだよー」
「ああ…」
「ここは後でまた詳しく説明するとして、ではお腹も空きましたし、中央の広間に
戻りましょう」
「ええ、分かりました」
三度、セシルの先導で中央の広間にぞろぞろと移動する。
この後は、先ほど魔法冷蔵庫の中にぶっ込んだ食材を出して料理だな。
果たして肉野菜炒めは、俺が作るからある程度のアレンジは効くとして、
この家にあるという"この世界の穀物"が一体どの様なものなのか。
何と言っても今日の夕飯の主食である。
炊飯方法はともかく、味が気になる。
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「さあ、それでは料理を始めるとしましょうかね」
「はいっ」
時と場所は変わり、俺は先ほどのだだっ広い調理場にいる。
羽織っていたロングコートとベストは脱ぎ、今はWRのYシャツに黒のネクタイ、
ネクタイは緩めて、第一ボタンはオープンという服装にしている。
その代わりとして、白い(男物の)エプロンをYシャツの上から着用している。
もちろん料理に埃を入れたりしない様に、セシルに借りたバンダナで前髪まで
きちんと中にしまい、膝まである俺の長髪も後ろで結んでいる。
「んじゃあ、セシルさん。穀物の方をお任せしてもよろしいですか?」
「ええ、分かりました」
この世界の穀物はセシルに任せ、俺は主菜となる肉野菜炒めの調理に取り掛かかる。
買った食材は、豚肉とキャベツもどきの二つ。
で、この家に元々置いてあった食材はもやしやニンジンもどきなど。
調味料は塩・胡椒、調理用の油もある。
これらの食材と調味料を駆使し、肉野菜炒めを作っていく。
これで材料の準備は整った。
あとは調理の全てを支える”火”の用意をする必要がある。
この調理場はもともと、大勢のシェフたちが同時並行で料理をする事を前提に
作られているだろう。見た所だと、火を扱うコンロらしき設備が横に数台並んでいる。
その中から一番状態の良いコンロもどきを見つけ、火をつけてみようと辺りを見るが、
薪などの燃えやすい物が見当たらない。
「セシルさん、これってどうやって火をつけるんです?」
「うーんとそれは、炎属性の霊魔術で炎を維持しながら調理するんです。
といっても、水晶の説明をした時にお気付きと思いますが、私は水属性しか
使えない…あっ!」
「?」
何を閃いたのだろう。
彼女は水しか使えない。ユミはまだ霊魔術の正確な正体が分かっていない。
俺は方法次第でもしかしたら六元素も扱えるかもしれないが、基本的には聖と闇の
二大元素しか扱えない…
あぁ、なるほど。そういうことか。
「聖属性と闇属性の比率を上手く操作できれば、俺が炎属性の霊魔術を扱える。
そういうことですよね?セシルさん」
「はわっ、なんで分かったんですか!?」
「少し考えてみるとすぐに浮かんできました。
それより、炎属性の二大元素の比率は確か5:5でしたね?」
「え、ええ」
「では、霊魔術を発動する時には何を意識すればいいですか?」
「えーっと、想像してみて下さい。水なら、水に関わる何かを考えたり…」
「この場合は、少し小さめの炎を想像すればよいのでしょう…か?」
「私は分からないですけど、そういう感じでやってみると良いと思います!」
「フム…」
頭の中で小さく燃える炎を想像してみる。
しかし何も変化という変化が起こる気配はない。
「セシルさん、魔力自体を込めるにはどうしたらいいんですか?」
「魔力を込める時には、使う魔法の属性のマナを想像してみて下さい」
「属性のマナ…ですか?」
属性のマナというと、俺の場合は聖と闇の二大元素を思い浮かべればいいのか?
「となると聖と闇を想像すればいいのでしょうか?」
「そうですね…、まずは二大元素のマナを思い浮かべて、両手にそれぞれの
属性でできた丸い球を作ってみるのはどうでしょう?」
「そうですね、やってみます」
言われたとおりに、まずは聖と闇の力を頭の中に思い浮かべてみる。
その途端、俺の体の周りを真っ白に光輝くオーラと、ドス黒いオーラが発現する。
「これは…」
「これが、聖と闇属性の力なんですね…」
続いて、二つの力で作られた丸い球が手のひらの上に浮いている姿を想像してみると、
二つの力は俺の思った通りに形を変える。
「こんなところか…」
「すごい、こんなに正確に力を制御できるなんて…」
「そんなに凄い事なのですか?」
「はいっ、想像しただけであんなに早く魔力の姿形を
変化させられる人はあまりいません!」
「そうなのですか…」
「では今作ったその魔力を、半分:半分の割合で混ぜ合わせる様子を
思い浮かべてみて下さい」
「分かりました」
今度は聖と闇の力を互いに同じだけの割合で混ぜ合わせる様子をイメージする。
すると、スーッと二つの球の魔力が合わさっていき、新たな魔力の球を作り出す。
そしてその感覚が、体に直接感じられた。
と次の瞬間、合わせていた魔力が「ボッ!」という音を立て、いきなり爆発した。
「うぉッ!?」
「キャッ!?」
突然の出来事に、俺たちは思わず後ろに飛び退く。
魔力の合成から意識を離してしまったが、込めていた魔力の球を見ると、
それは赤くメラメラと燃える人魂のように空中に浮いていた…。
中途半端な所でブツ切りになりましてすみません。
次回こそ、シンがお料理をします。