フレイの今世【拍手再録】
どうして前世の記憶を持ったまま生まれてしまったのか分からない。
もしかしたら、神が僕へ与えたバツなのかもしれない。僕はある人にずっと謝れないまま、またその続きの人生を歩まなければならないのだから――。
と、そんな事を思った時期もありました。
「本当に、なんというか……なんというかなんだよなぁ」
自分が超不幸だというには、俺は恵まれ過ぎている。
元々前世でも頭の出来はいいほうだったが、来世でも幸い頭の中身は変わっていなかったらしい。おかげでちょっと神童扱いされそうなギリギリのラインではあるが、他の子供に交じることもできたし、苦労せずに色んな知識を覚えていくこともできた。
また呪術師と魔道士の夫婦の1人息子ということで、結構特殊な家系ではあるが、夫婦仲が悪いわけでもなく、それほど家庭環境が悪いとは言えない。隣には、母の双子の妹の夫婦がいて、同い年の従兄弟がいるが、そいつと仲が悪いわけでもない。むしろ良好。
現代日本に比べれば、生活環境に若干の不自由は感じるが、それだけだ。それだって、ここで暮らして長くなれば、まあこんなものかと慣れてくる。
なので、新しい人生を始めた俺だったが、特に問題を感じたことがなかった。
順風満帆過ぎる今。
だから余計に、そのことが申し訳なくてたまらなくなる瞬間がある。それと同時に、それほどもう覚えてもいない過去がひどく懐かしく尊いものに感じてしまう瞬間があった。それは酷く歪んだ感情。自ら不幸になりたいのかと言われれば、そういう気持ちはないし、日本に帰りたいわけでもない。
でも前世で【姉】に謝れなかったことだけが、前世の記憶が薄れても俺の中でこべりついていて、忘れることがとても恐ろしくなる。それはどうしようもない許されない事のような気がして。ある意味俺にとって【姉】は聖域で、侵してはいけない領分となっていた。
「フレイ、遊ぼうぜ」
そんな考えても仕方がない事をうだうだ考えていると、従兄弟がやってきた。従兄弟には俺みたいな前世の記憶はないようで、普通の子供だ。
「……トール。ちゃんと勉強しないと、バカになるよ」
馬鹿な子ほど可愛いともいうが、自分の従兄弟にして幼馴染が、どんどん馬鹿になるのもどうなんだと思い、俺は気がつけば弟を躾ける兄のような立場に収まっていた。年齢は同じなのだが、まあ俺の方が少しだけ経験値が高いのだから仕方がない。
「うっ。勉強は……後でやればいいだろ」
「後っていつ?ちゃんと計画表を作って見せて。それで無理がない計画だったら別に何も言わないから」
「それだとよけいな時間がかかるじゃん」
「だったら学校の宿題を終わらせてからにしておけって。立派な勇者になりたいんだろ?」
この世界は、日本のゲームにあるRPGの世界によく似ていた。勇者という職業があり、魔導士や聖職者などのファンタジーあふれる職業が各種揃っている。そして、魔物がいて、他国には魔王と呼ばれる存在もいるらしい。
特に勇者は、女神からの加護を生まれながらにもらっている人物のみがなれる職業で、この辺りも選ばれた感がある。従兄弟であるトールの家系は、父兄共に勇者で、トールも女神の加護をもっている為、将来勇者となる為に勉強していた。
「そうだけどさぁ。何でフレイはそんなに勉強が好きなんだよ」
「えっ? 好きというか、生きていくために必要だろ?」
いつの間にか俺は、勉強好きのがり勉に見られていたのか。……まあ、確かに。同級生を見ていると、大半の子供が親に言われたから仕方がなく勉強をやると言う方が多そうだ。でも俺の場合は自主的である。
自分の場合、言葉を覚えないと大変だろうなぁというのが原点で、一生懸命本を読むようになった。そこから呪術師として生きるか、魔導士として生きるか、それとも別の生き方をするかを選ぶ為には最低限選べるだけの知識は必要だよなぁと思うようになり、勉強しておいて損はないだろうという考えで、毎日とりあえず知識を頭に叩き込むようになった次第だ。
まあ、確かに子供らしくない考えだから、これをトールが思いつくわけもなく、俺が勉強好きな子供に見えたのだろう。
「生きていくため?」
「そう言う事。お前と違って、俺は将来が約束されているわけじゃないし」
勇者は職業選択の自由が与えられな代わりに、絶対勇者になれる。そして、特に努力をしなくても、そこそこ高い戦闘能力値を得るのだ。
だから勇者は馬鹿でもなれる。ただ、勇者の中でランク付けすると、馬鹿な分底辺に属することになるので、やっぱりある程度努力はしておくに限るとは思うが。
「えっ? フレイは魔導士になって俺と一緒にパーティー組むんだろ?」
「……いつ俺がそんな事言ったわけ?」
何勝手に人の人生決めてるんだよ。
まあトールは子供だし、友達だったらずっと一緒だよなの法則でいっているだけだろう。ただ、前世の知識を持っている俺はこれから先もずっと一緒に居られるとは限らないという現実が少しだけ見えてしまう。
例えば勇者の場合、かなり優秀なものになると、国王に呼ばれたりして、手の届かない人物となるのだ。俺は貴族でも何でもないので、もしもトールがそう言う立場になった場合、たぶん今みたいな関係ではいられないだろう。
「何でだよ。俺、フレイと一緒に戦いたいんだ。なあ、フレイ、良いだろ?」
そう言って、トールが俺の腕をつかみ、じっと俺の顔を見る。
何だろう……ここで見捨てたら可哀想かななんて、柄にもない気持ちが湧き上って来る。俺が見捨てるも何も、別にトールはただの従兄弟で幼馴染なだけだ。その隣にいるのが俺でなくたって問題はない。
「フレイ」
名前を呼ばれると、さらに気持ちが傾く。
ちょっと待て俺。ここで別に適当な返事をしても問題ないだろうけど、何でトールの言葉だけで人生決めようとしているんだ?
おかしいだろ。将来の事なんだから、もっと冷静に考えろ。安定した収入のある職業を選ぶのは大前提で、危険が少なく、できたら体を動かさない頭を使う仕事の方が良いはずだ。勇者とパーティーなんか組んだら、魔物退治に向かわされてしまうから、絶対楽な仕事のはずがない。
なのにトールに求められるなら――なんて、脳みそが蕩けたたような、アホな考えが俺を犯そうとする。
待て待てちょっと待て。
必死にそんな考えを振り切ろうと足掻いている時だった。不意に天啓のように、前世の記憶がよみがえった。……どちらかというと、忌まわしい系の方の。
「……トール」
「何だよ。魔導士になる決心をしてくれたのか?!」
「お前、トールだよな」
「はぁ? そうだけど。それがなんだよ」
何だよじゃない。
とても重要な事なのだ。
「確か、同級生にオーディンとバルドルが居たよな」
「フレイもクラスメイトじゃん」
「先輩に、テュールとウルが居たよな」
「そうだっけ? あ、でもウル先輩って、あのエルフ族の血が混じっているっていう、すごい美形の人だろ?」
頭がくらくらする。
そして、今、俺は、自分が考えたことを全否定したくてたまらなくなった。でも否定できないだけの情報がしっかりと頭の中に納まっている。
「悪いトール、ちょっと体調がすぐれないから、今日は一人にさせてくれ」
「えっ?大丈夫かよ」
俺の額に手を置こうとした、トールの手を俺は掴んだ。たぶん母さんの受け売りだろうけど、今はそう言う動きは止めてもらいたい。
「大丈夫だから。悪い」
「あ、うん。じゃあ、お大事にな」
そう言って俺の部屋から出ていったトールを見送った俺は、深くため息をついた。そして女神を呪いたい気分になる。
ふざけるな。何だこれ。アレか?神が俺に与えた罰なのか? でも罰ならもう少し他にもあっただろうが。それとも、姉さんの呪いか?……ああ、でも、あの部屋を考えると……いやいや。姉さんはそんなひどい人じゃない。凄く優しい人なんだから。
そんな事を思いながら、俺はベッドに倒れた。流石にこの状態で勉強とか、未来とか考える気力もなかった。
「姉さん……どうして俺は、姉さんが好きなBLゲームの世界にいるわけ?」
これは呪いなのか何なのか。
気が付かなければよかったのか。それとも気が付いたから、まだ無事でいられるのか。どちらにしろ、現実は残酷だ。
俺は、どうやらBLゲームの登場人物……しかも攻略されてしまう側に生れ落ちていたらしい事をこの時気が付いた。
◇◆◇◆◇◆
「いいかトール。よく考えろ。お前が女なんてなんてくだらないなんて事を言うから、お前の周りから女の子が居なくなってしまったじゃないか」
俺は、アイタタタな馬鹿な従兄弟を見て、ため息をつきたくなった。
もちろん、このぐらいの年頃は、男女分かれて遊ぶことが多い。特に男は皆なぜか女なんてと思ってしまったりする。又は気になる女の子をイジメてしまったりとかもよくある事だ。
だからそういうことをしたって、別に自然の流れだとは思う。思うけど、お前はマズイ。マジで何やっているんだレベルだ。
なぜならば俺はある日唐突に、この世界がBLゲームの世界だという事を思い出したからだ。
自分で考えて、ぶっちゃけ頭がおかしくなったのではないかと思うような内容だ。でも、たぶん間違いないと思う。
俺の姉さんはBLゲームが好きという、いわゆる腐女子で、俺は姉さんが死んだ後、その遺留品で、腐女子の世界を知った。色々、うん。コメントしにくいものがある世界だが、まあ、おおよその知識は残っている。いわゆる、男と男が……その、なんだ。いちゃこらするという、百合の反対の話だ。誰得と言いたくなるが、世の中にはそう言うのを好む女性もいるのだから、まああまり人様の趣味には深く突っ込まないでおこう。
とりあえず、そんな姉の好きだっただろうBLゲーム【RPGの中心で愛を叫べ】の世界にたぶん俺はいる。ちなみに目の前にいる従兄弟が主人公で、俺は攻略される側のキャラだ。……どうしてこうなった。
何かの間違えだと思いつつも、思い出して以来ずっとトールを観察していたのだが……どうやら、トールが男に惚れられやすい事に気が付いた。
トールを好きなる男の年齢は一定年齢以上なようで、クラスメイトにはいない。でも教師とかから時折熱いまなざしをもらっている。気が付かないでいられるトールはある意味幸せだ。あんな視線に気がついたら、俺なら寝込む自信がある。
……これは本当に、いつか攻略されるかもと冷汗が出る。今のところ俺は正常だけど、いつかどこかで変になってしまうのではないかと思うと気が気ではない。従兄弟でなかったら、とっくに縁を切っているレベルだ。俺の人生にBLはいらない。これが姉さんに対する償いであったとしても、全力で拒否だ。
もう少しマシなものでお願いします。
まあそんな崖っぷちに俺がいるとも知らないで、トールは最近男友達だけを作り始めた。本気で馬鹿。大馬鹿、あんぽんたん。
とりあえず心の中でトールを罵りつつ、きっちりと躾けなければいけないと、俺は心に刻む。BLなんていう地獄に落ちない為には、俺だけでなくトールにも頑張って理性を保ってもらわなければいけないのだから。
「女なんて居なくったっていいじゃん。何が悪いんだよ」
「いいかトール。お前、気が付いてないかもしれないけど、実は男に好かれやすい体質をしているんだ。いわゆる、ハーレム勇者の逆バージョン」
「は? 何だよそれ。ハーレム勇者って、アレだよな。女に異様に好かれる奴」
「そう。パーティーメンバーは何故か全員女。そしてどんどん周りに勇者を好きになった女が集まって来るアレだ」
ハーレム勇者の存在は、授業でも出てくる。いわゆる魅了の加護を持っている勇者の名称で、女神の加護の一種と分類されていた。大抵が、その手の加護は異性に放たれるが、時折女神の気まぐれか、亜種と呼ばれる加護も生まれる。
「お前の加護はたぶん、逆ハーレム。男に無駄に好かれる能力だ」
「はあ?なんだよそれ」
トールはその危険性が分かっていないようで、キョトンとした顔をしている。しかし、分かってもらわなければ困る。
まだトールの能力は未知数で、どういうタイミングでどういう男が惹かれてしまうのか分からないし、どれぐらい強力なものなのかも未確認だ。それでも、確かにそんな能力を持っているのだろう事は、数日観察しただけで、結論が出た。
「ようは、お前の周りに、お前の事が好きな男がうようよ集まって来るって事なんだよ」
「えっと、良く分かんないけど。男友達がいっぱいって事か?」
「甘い。そいつらは、お前と恋人になりたいと思って集まって来るんだ。いいか、恋人だ。男同士で、愛だの恋だのを語り合いたいという、特殊な嗜好の持ち主ばかりだ」
想像しただけで怖い。そして、そんな一人になるかもしれない危険性を俺も持っているのかと思うと、さらに怖い。
「えーっと。男同士でって、良く分かんないんだけど」
今のところ正常な感性であるトールには全く理解ができないものだったらしい。困った顔をして首をかしげている。
こういう仕草も、きっと異様な熱に取りつかれた男には、可愛く映るのだろう。……本人に自覚がないと、色々大変だな。
「まあ分からない方が良い世界だ。とりあえず、そんな世界に足を突っ込むと、一生結婚はできない。なぜなら相手が男だからだ。分かるか」
「えっ。あ、うん」
「そして、子供もできない。なぜなら男だから」
「まあ、そうだよな」
トールは戸惑いながらも頷く。
「そして一生、オッサンになっても、じーさんになっても、互いしかいない状態で、愛してるよとか言って、キスしたりするんだ。それがどれだけ、怖い事か分かるか?」
想像すると気持ち悪くなる。いや、その手の事が好きな人の嗜好を全面的に否定しようとは思わないが、俺と関わりのないところでお願いしたい。
トールもじーさんのラブシーンを想像したのか、気持ち悪そうな顔をした。そして、青ざめた顔で俺を見る。
「フレイ……マジ?」
「マジ。こんな冗談、俺も言いたくないから」
そう言うと、トールは泣きそうな顔をした。というか、ぶっちゃけ、半泣きだ。
「俺、今から女の子に謝って来る」
どうやら自分の今置かれている危険な状況を理解したらしいトールが慌てて俺にそういった。その言葉に俺は深く頷く。
「いいか。女の子にはとにかく優しくしろ。レディーファーストだ。そうじゃないと、お前の未来に温かい家庭はなく、貧相なじーさんとの2人暮らしだ」
「い、嫌だ。そんなの、絶対嫌だっ!!」
「分かったら、ちゃんと女の子に謝って許してもらってこい」
俺の言葉にうなづいたトールが走ってく。どうだろう……今からでも間に合うだろうか。
正直、まだ俺もトールの能力を把握している最中で、今後どうなるか分からない。だけど、周りから女の子を排除してしまったら終わりだと思う。
とりあえず今後の教育方針としては、トールには女好きになってもらう必要がある。絶対男同士なんて頭に浮かばないぐらいに徹底した教育が必要だ。
さらに、自分の貞操はちゃんと自分で守れるようになって貰わなければ。
……最悪だ。
こんな風に教育と称してトールの近くに居たら、俺も危険な気がするけど、教育しないでトールを放置するのも危険な気がする。どっちにしろ、今の俺は崖っぷち。
本気で最悪だ。でも、腐女子の呪いなんて、ちょっとやそっとでは壊せない。こちらも本気でフラグを折りにかからなければ、呪いに負けそうだ。
まさかこの世界の女神様が腐女子なんてことはないよなと、教会に怒られそうな妄想を抱きつつ、俺はため息をついた。