リーヴスの家族【完結お礼小説】
「お嬢ちゃん、1人かい?」
お店でご飯を食べていると、声をかけられ、私はこくりと頷いた。本当は返事を返した方が礼儀正しいのだけど、口の中がこの辺りで名物の【はんばーがー】という料理でいっぱいなのだ。
「お父さんやお母さんは?」
新たな質問に口の中のものを咀嚼し必死に飲み込むと、私は口を開いた。
「私のお父様とお母様?」
店内には私のような子供が1人でいる姿はない。でもちゃんとお代は最初に払って食べているのだからつまみ出される事はないと思うけど……。
でもここにはいないと言ったら、ちょっと厄介な事になるかもしれないなぁと思う。フレイお兄ちゃんが私は立派なレディーだけど、それを知らない人にはただの子供でしかないと言っていたし。
「しらない人とお話してはダメとお母様にいわれているの」
「ああ、俺はニーズヘッグという。これで、もう俺は知らない人ではないだろう?」
ニコリと笑う男をみて、私はフレイお兄ちゃんが以前言っていた、人さらいの手口そのもののような行動をとる男に、若干引く。もう少し独創的な方法はなかったのかしらと思うが、子供を騙す場合は単純な方が良いのだろう。
でもこの男がこの後どういう風に動くのかちょっと興味もある。魔王城の中に居ると、絶対ヨルムとかヴィリが危険なモノに近寄らせてくれないし、お父様やお母様のおかげで危険な人物も近寄ってこない。
それに最近私の魔道に怯えちゃって、誰も暗殺者とか放ってくれなくて練習相手が少なくて困っていたのだ。
かといって、フレイお兄ちゃんやトールに会いにいっても、この2人も周りから怖がられているから、やっぱり周りは比較的安全なのだ。少し位スリルがあった方が、子供の成長にはいいと思うんだけどと思うのだけど、それをトールに言ったら怒られた。
だから今回はある意味チャンスだ。怒る大人もいないし、少し位こういう悪い人に関わってみて知っておかないと、私は箱入り娘になってしまう。将来勇者であるトールのお嫁さん兼魔導士になるのだったら、箱に入ってなんていられない。
「うん。私はリーヴスというの。よろしくね」
何にも知りませんという顔をして、私は自分の名前を明かす。ちょっとトールの周りにたむろする害虫駆除を行った事があったので、私自身、少し有名になってしまった。これで私の名前に反応するなら情報通だし裏社会にも繋がっている可能性もある。でもまったく知らない場合は、それほど大したことはないだろう。
「よろしくね、リーヴスちゃん。それで、お父さんとお母さんはどこかな?」
猫なで声で相変わらず私のお父様とお母様の事を聞いてくるという事は、後者なのだろう。話していい相手と駄目な相手ぐらい分かるだけの勉強をしていないのだし3流もいいところ。知っていて知らないふりをしているなら侮れない相手だけど、そんな感じは微塵もない。
でもこういう相手の方が後腐れもないし、暇つぶしにはちょうどよさそうかな。
「お父様とお母様はお家にいるわ。今日は、お母様の弟にあいにきたのよ」
お父様は執務中だろうし、お母様も村人などからの相談事を聞いているはずだ。もしくは弟のラシルの面倒をみているかだと思う。ラシルは頭はいいけど、まだまだ甘えん坊だし、泣き虫だ。将来はアンタが魔王なんだからしっかりしなさいと言っても変わらない。
お母様はラシルがお父様の小さいころにそっくりだから、きっと大丈夫だと言うけれど、私は心配だ。
「そう。1人なんだ」
「うん。本当は家族みんなで行きたかったのだけど、お父様はお仕事がいそがしくて。お父様とお母様はとってもなかよしだから、お父様1人にしたらさみしくて死んでしまうと思って、私1人できたの」
お父様はすごく強いし頭もいいし、トールの次にカッコいいのだけど、お母様にべったりだ。ルーンおじさんは、ああいうのは【依存】と言って病気のようなものですと言っていた。ちなみに1人にしても、そう簡単には死ねないから安心しなさいとも言っていた。
でもたまにお母様と外出して戻ってくると、お父様は死にそうな顔をしているし、その後しばらくお母様の傍を離れなくなる。お母様が困るほどぎゅうぎゅう抱き付いて近くに居るし、お母様が怒りだすぐらいキスをするのだ。期間が長くなると、お母様と2人きりで部屋に閉じこもったり、仕事場にお母様を連れていく事もある。
お母様も出かけている時、常にお父様の心配をしているし、あの2人は離れ離れにしてはいけないのだと思う。
私もいつかあんな感じのラブラブ夫婦にトールとなりたいけれど、トールは恥ずかしがりやだから、前途多難なのよねぇ。ロリコンだとかなんとか言って逃げちゃうし。
ルーンおじさんは、お父様もお母様に全然相手にされてなかったけれど最終的に押し切ったと教えてくれたので、やっぱり何事も押せ押せが大事なのだと思う。うん。頑張ろう。
「そうか。叔父さんの家は遠いのかい?」
「うーん。それほど遠くはないかしら?むしろお家の方が遠いもの」
「そんな遠くからここまで1人で来たなんてえらいね」
「私はおねえちゃんだもの。しっかりしないと。それに今日はトールがいるって手紙がきていたから、どうしてもあいにいきたかったの」
今日は特別な日。だからどうしても行きたかった。
一度に転移するには少し遠いから、こうやって途中で休憩しなければいけないけれど。ただ、ラシルにしか行ってくる事を言わずに来てしまったから、帰ったら怒られるかもしれない。この間、勝手にフレイお兄ちゃんの所へ行った時も帰ってからとても怒られた。
あの時は緊急事態だったと分かってもらえたけれど、今回はそういう言い訳も通用しない。
なんで私の運命の人はこんなに遠いのだろう。お父様やお母様みたいに近くに居ればよかったのに。
「1人で行くのは危ないな。よし。おじさんが一緒に行ってあげよう」
「だいじょうぶよ。私、ちゃんと地図もよめるもの」
「そうじゃなくてね。世の中危ない人も大勢いるからね。リーヴスちゃんみたいに小さな子が1人で行くのは危ないと思うんだ」
貴方の方がよっぽど危ないと思うのだけど。
多分これで一緒に外に出たら、何処かへ連れ去ろうと動くのだろう。私なら転移魔法も使えるし、よっぽどのことがない限り逃げられる。
でもそうでない子も多いと思うと、この人をちゃんと何処かの公安の人に引き渡すべきかしらと考える。正義の味方である、勇者の妻になるなら、悪いことは許してはいけないと思う。
もしくは心を入れ替えて、本当のいい人になってもらうかだけど……。
「でもあなたは、フレイもトールもしらないでしょう?そんな遠いところまでいっしょに行ってもらうのはわるいわ」
「大丈夫だよ。おじさんのことは気にしなくても」
こんな時間に暇しているような大人を信じられるほど私は素直じゃない。
ただ、大人は大人の言うことしか聴かないし、私がこの人は人さらいですといっても、誤魔化されてしまうだろう。下手したら、私が反抗期で嘘をついているとか言われるかもしれない。
うーん。どうやって成敗しようかしら――。
「俺のお姫様はこんなところにいたのか」
危険なおじさんの対策を練っていると、突然そんな事をいわれて、私はひょいと持ち上げられた。
この声はっ!!
「トール?!」
「そうだよ。ったく。探すのに苦労するんだから、勝手にうろちょろするな」
「えっ? なんで? どうして私があそびにきているってしってるの?」
「お前の怖い怖い、父ちゃんから、滅ぼされたくなったら意地でも探せって魔導で電波を送ってこられたんだよ。ったく、人使いが粗い。とにかく、行くぞ。ハンバーガーなら歩いて食べれるだろ」
トールは私をだっこしたままブツブツと文句をいう。
ラシルってば、もう暴露させちゃったのね。もう少し誤魔化してくれてもいいのに。
「で、アンタはうちの子になんか用か?」
「いいや。親がいるなら良かった。1人だったら危ないと思ってね」
ニーズヘッグはそう言い愛想笑いを浮かべると、立ち上がりそさくさと店から出て行く。
「トール、あの人たぶんわるい人よ」
証拠はないけれど。でもそんな空気がすごくするのだ。
ただ私の意見だけだと信じてもらえないかもしれない。本当に心配して話しかけてくれた可能性だってないわけではないし。
「大丈夫だ。このあと、本当に悪いことしないかどうか、街の勇者が観察できるように情報を流しておいたから。だから家出中のお嬢様はそんな心配しなくていいんだよ」
「家出じゃないもん。ちょっと遊びに出ただけじゃない」
「お前のちょっとは国境を越えるのかよ……」
トールは怒るかと思ったが、ケラケラと笑い始めた。
「流石魔王とフレイヤの子供だな。とりあえず、お前が時間を引き延ばしたおかげで勇者教会に連絡を入れられてアイツは悪い事ができなくなったわけだし、お手柄だな」
そう言ってトールは私の頭を撫ぜる。
トールのこういう、ちゃんと私の話を聞いてくれるところが好きだ。子供だからって適当な事は言わない。
「ただちゃんと、魔王とフレイヤに言ってこないと駄目だろ? 皆心配してるし、もしもリーヴスに何かあったら……とりあえず世界が壊れるからな。うん」
「そうかな?」
「お前の保護者、父母だけじゃなくて、親類、親の友人関係に至るまで、かなり恐ろしいメンバーがそろってるからな。ガチで今日が、世界滅亡の日になってたかも」
うーん。確かにお父様は魔王だし、お母様は山の主の親戚関係だし、フレイヤお兄ちゃんも強いし、デュラおじい様も怒らせると怖いって聞いた事はある。ヴィリやヨルムは強いし……でも滅亡は大げさじゃないかなぁ。
世界なんて、早々壊れないと思うけど。
「トールはせかいめつぼうになるといけないから、来てくれたの?」
「バーカ。俺もリーヴスにもしもの事があったら、滅亡させる側に回るんだよ。まあ、そう考えると一応阻止の為に来たって事か。でも、心配だからに決まってるだろ」
「うん」
トールが心配してくれるのが嬉しい。
まだまだ子供扱いだけど、彼の大切の中に入れているのが幸せだ。しかも勇者なのに、滅亡させる側に回ってくれると言ってくれた。
「それで、何でわざわざ来たんだよ」
「トール、おろして。にげたりしないから」
抱っこされたままでは格好がつかないので私は地面に降りる。そしてポケットに入れてきたプレゼントを取り出す。
お母様と一緒に作ったリストバンドだ。剣で戦っている時などで使ってくれるといいなと思って、タオルで頑張って作った。
「トール、たんじょうび、おめでとう!」
「えっ。俺、誕生日だっけ?」
「そうよ。だからきたの。トールがうまれてきてくれてうれしいから」
トールが生まれていなかったら、私はトールに会えなかったという事になる。だからこの日はとても大切な日。
「そっか。……となると、今回の騒ぎは俺の所為っていう事になるのかぁ。はぁ。仕方ない。一緒に謝りに行くか。でも、ありがとうな」
そう言って、トールは大きな手で私の頭を撫ぜてくれる。
「どういたしまして」
まだまだ子供扱いだけど、毎年贈っていくうちに私はトールと並んでもおかしくない年齢になれるはずだ。
「来年もまたよろしくね」
「えっ。来年もくるのかよ」
「ええ。毎年いくわ」
私の一番好きな人だもの。私はそう言って、ぎゅっとトールに抱き付いた。




