勇者の婚約者?【完結お礼小説】
「トール!! そんな、お前、結婚だなんて。何で兄に教えてくれなかったんだ?! そんなに俺の事は頼りにならないのか?! なあ?!」
「兄ちゃん、全然意味わかんないんだけど」
勇者の活動で外に出ていた兄ちゃんは家に帰って来るなり、俺の部屋にやってきてそう叫んだ。でも今言った通り、俺には兄ちゃんが何を言っているのか分からない。
「そもそも、彼女もいないのにどうやって結婚するんだよ」
産まれてから11年。もうすぐ12年になろうとしているけど、俺はいまだに年齢=彼女いない歴を続けていた。何だか目から汗が出てきそうだけど、まだまだこれからだと信じて生きている。大丈夫。俺の戦いはこれからだ。
「そうか。彼女ではないもんな。この国の結婚は異性でないと認められていないし……。でも兄ちゃんは、お前が魔族領に……魔王の所に嫁いでも、兄ちゃんだからなっ!」
「……魔族領に嫁ぐって、何で俺が?! 何、またあの大馬鹿王は証拠にもなく俺を魔王と結婚させようとか馬鹿なこと考えてるのか? 魔王にはフレイヤがいるから無駄だって報告したのに」
「何っ?! 魔王はフレイとお前に二股をかけてるのか?!」
「かけてねえよ。というか、フレイじゃなくてフレイヤッ!気持ち悪い想像するなっ!」
俺が手近にあった枕を兄貴に投げつけると、それを兄貴はキャッチした。そしてきょとんとした顔をする。
「違うのか?」
「違うって言ってるだろ。大体、何でそんな話になったんだよ」
魔王と俺とか意味が分からない。冗談でも止めてくれ。
「実は父ちゃんから手紙が来てな。フレイがイトコと魔王と婚約したって――。あのさ、父ちゃん、母ちゃん、立ち聞きしてないで、本人からはっきり聞こうぜ」
兄ちゃんがそういうと、俺の部屋の扉が開いた。
そこには気まずげな表情をした父ちゃんと母ちゃんの姿がある。
「ごめんね。勝手に立ち聞きをしてしまって。父ちゃんが、トールが結婚して嫁にいてしまうってお隣から聞いてから、事実確認をするのが怖くなっちゃったみたいでね。ほら。2人とも息子だったから嫁にださなければいけない何て考えてもいなかったみたいで。でも、母ちゃんはトールの味方よ。魔王のハートを射止めるだなんて、流石我が子。可愛く産んであげたかいがあったわ」
「ないからっ!というか俺は魔王となんて絶対結婚しないから!!」
「あら? 恥ずかしがらなくてもいいのよ? 魔王の事好きなんでしょ。帰ってきてからあんなに色々教えてくれたじゃない」
母ちゃん……順応しすぎだって。
簡単な事では動じない母ちゃんだけど、今日ばかりは動揺して欲しかった。というかそんなデマ信じないでくれよ。だいたい俺は可愛く産むんじゃなくて、かっこよく産んで欲しかったと切実に思う。俺がモテたいのは男じゃない。
「魔王は友達。そういうのは一切ないから」
「本当か?! 本当に、本当に、ただの友達なのか?!」
「あら残念ね。もしも本当に魔王と結婚だったら、玉の輿だったのに」
母ちゃん、それ冗談だよな。
本当に魔王と結婚が決まっていたら、玉の輿ねと言われて普通に受け入れそうな母親の大雑把さが怖い。
逆に父ちゃんの動揺っぷりも怖いけど。……酒場とかで飲んでこの話していないよな。
「何を言ってるんだ。うちの子は誰にもやらんっ!!」
「何かそれ、娘に父親が言う言葉っぽいよな」
「あらあら。子供が選んだ殿方だったら、ちゃんと信じてあげるのが親の務めよ。もちろん、不幸にするようだったら別だけど」
「母ちゃん……殿方を選んだ時点で俺は不幸だから」
つまりは女神の呪いに屈したという事。そんなのごめんだ。
ようやく女神の呪いがどんな形なのか分かってきたのだから、絶対この呪いに負ける気ははない。
「男だったらフレイだと思うんだけどなぁ」
「何っ?! あの餓鬼。俺の息子に手を出すとはっ!!」
「だから兄ちゃん、父ちゃん。俺に男という選択肢はないっての!」
全く、何でそんな話になっているんだろう。
「それで、何でそんな話になったんだよ。魔王はフレイヤと婚約したから、フレイヤと結婚すると思うけど」
「フレイヤ? 誰なの、その子。フレイ君は従兄弟が魔王と婚約したと話していたけど」
「フレイの従姉で間違いないよ。叔父さんの双子の妹の子供らしくて、フレイと同じ赤毛の子だから」
並ぶとよく似ている。瞳の色もフレイヤの方が明るい色だが同じ緑だからなおさらだ。バルドルに似顔絵を描いてもらうと一目瞭然だと思う。
「ええっ?!何? フリッグってばやっぱり生きてたの?!」
「フリッグ?」
母ちゃんが驚いてフリッグという名前を叫んだ。俺は聞き覚えのない名前だが、父ちゃんは知っていたようだ。
「ニョルズからフリッグは、山に魔物退治に行った時に死んだと聞いたんだが」
「ははーん。ニョルズったら妹の結婚が認められなくてそんな事を。でもやっぱり駆け落ちされたのね。面白い事聞いちゃった。ちょっと、私、お隣行ってくるわね」
母ちゃんがいつも以上にウキウキしている。……母ちゃんの性格は、従兄弟のフレイとよく似ていて、他人が慌てたりするのを見るのを楽しんだりする悪趣味なところがあった。叔父さんが今から苛められるのだと思うとちょっと可哀想な気がしたけれど、たぶん母ちゃんが隣に行くとなると――。
「俺も一緒に行くからっ!」
――心配性な父ちゃんも母ちゃんに続いて部屋を出ていく。
俺と兄ちゃんだけになった部屋で、兄ちゃんが困ったように頭の上で手を組んだ。
「えっとつまり、トールは魔王と結婚はしないんだな」
「だからさっきから、しないって言ってるだろ?」
良かったとりあえず、この話は無事終わりそうだ。俺は犠牲になっている叔父さんの冥福を祈りつつ、ほっとする。
「トール、ごめん。ちょっと今回は俺のミス」
「フレイ?」
ひょこっと、フレイが窓の外から顔をのぞかせた。
俺の部屋は1階なので、外から俺の様子が見えたのだろう。
「どうも父さんにとって、双子の妹の話はアキレス腱だったみたいで、従妹って言ったら勝手にトールのことだと思い込もうとして、それでおかしな事になったんだ。どうも父さん、シスコンを患っていたみたいで、突然妹が結婚するっていって男のところに行ってしまったのが納得しきれなかったみたいでさ」
そう言ってフレイが苦笑する。
シスコンって……フレイって、意外に父親似だったんだな。見た目は父親似だけど、性格は母親似だと思っていた。でも、そうとは限らないっぽい。
「フレイも今回は魔王と何もなかったんだよな」
「トールと違って、俺はノーマルだから」
「待った。俺もノーマルだからっ!!」
変な誤解を生みそうな言い方をするなっての。
そういうさりげない嫌がらせをするから、本当に今回はミスなのか、ただの嫌がらせかわかりにくくなるんだよ。……まあ、フレイヤが不幸になりそうな嘘はつかないと思うけどさ。
「そっか。いきなり嫁に行くっていうから本当に吃驚したよ。でも、トールにもしも本当に好きな人ができたら、兄ちゃんはちゃんと応援するからな。それが例え、男でも。だから絶対言えよ」
「あのさ、いい話でまとめようとしてるけど、俺は全く男には興味がないから」
兄ちゃんのとんでもない言葉に俺は口をへの字にした。
認めてくれるのはありがたいけれど、男だった場合は、俺を殴っても正気に戻して欲しい。兄ちゃんは母ちゃんと同じで、大雑把な部分があった。だから変な勘違いせずに、ちゃんと分かっていてもらわないと困る。
「そうなのか? 俺はてっきり――」
チラッと兄ちゃんがフレイを見た。その視線を受け止めたフレイが苦虫を噛み締めたような顔をする。
「変な事を考えないでくれない?前も言ったけど俺とトールは普通の幼馴染だから」
「でも、お前ら……その。キスをする仲なんだろ?」
「ち、ちちちち、ちげーよっ!!」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
というか、何でその悪夢を兄ちゃんが知ってるわけ。
「あれは魔が差しただけだと――」
「フレイ、ちょっとっ!!」
俺は窓に足をかけて外に出ると、フレイの腕を掴んで少しだけ窓から離れ、兄ちゃんから背を向ける。
「なんで、お前っ?!」
「いやぁ。あの時お兄さんに見られていて、全部話すのが面倒だったもんで。魔が差しただけだから言わないでくれってあの時誤魔化したんだよ。ほら、お前の家族、あんまり人の話を聞かなかったり、暴走するだろ?」
「いや、でも。俺、今、兄ちゃんにホモの疑いをかけられているんだぞ?!」
最悪だ。
最悪すぎる。通りで、魔王と俺が結婚だなんて頓珍漢な事を納得してしまうと思った。フレイが俺の呪いを研究するためにその……あれをしたのはすでに聞いている。
でももう少し何とかならなかったのだろうか。
「フレイ、お前。マジで責任とれっ!!」
うわぁぁぁぁん。家族にホモ疑惑をもたれるなんて、何て最悪な日なんだ。
「責任?! 責任ってどういうことだっ!!」
「へ? 兄ちゃん?」
兄ちゃんが部屋の中で叫ぶ。
「本当に、お前って馬鹿だよな」
フレイが疲れたような、諦めたような深いため息をつく。
この誤解を解くのに、数年の月日を必要とする事を、この時の俺は知らなかった。




