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ヴィリの妹【完結お礼小説】

 どんくさっ。


 俺は目の前で、盛大にこの世で生きる事に失敗している赤毛の少女を見て、そういう感想を持った。

 軟弱そうな手足で必死に今日のごはんを手に入れようともがいているが、思いっきり他の子供にぶんどられている。そして取り合えそうと躍起になっている間に、別のおかずをとられている間抜けっぷり。

 結局最終的にボソボソで美味しくないパンとジャガイモのスープだけが残った皿にため息をつきながらも、あきらめた様子で食べ始める。

 ここの子供の大半は早く食べなければ横取りされるの理論で早く食べるが、赤毛の子供はそれはもう大事そうに一口一口かみしめながら食べる。というか、そうしないと空腹で死にそうになるからだろう。ゆっくり食べれば、少ないなりに少しは満足感を得れる事は、ここでの負け犬生活の中で学んだに違いない。

 食べ終わた周りの子供が動き回りもみくちゃにされながらも、それでも食べ続ける姿は、ある意味根性が座っている。


俺が今いるのはいわゆる親なしの子供が集められた施設だ。つい最近、俺も放り込まれた。町で盗みを繰り返して生きていたが、ちょっとした油断からとうとう大人に捕まったために。

 まあ、そんな感じで世間にもまれて中に入ったおかげで、俺は飯を奪われることなく、それなりに上手くここで生活をしている。特にこの施設は、子供に武芸を教え、将来ここを出てもとりあえず食っていけるレベルの知恵を授ける。

 とはいえ、場合によってはいい値で貴族に買い取られたりする裏事情がある事もここの先輩に教わったので、それなりに学べることを学んだら逃げ出そうと計画していた。最初からここに放り込まれた奴は、ここの【先生】の言いなりで、逃げるという頭がないようだ。でも俺はこのまま従っていた方が永遠に飢える事がないとはいえ、そんな家畜みたいな人生ごめんである。


「どいて。片づけるから」

 少しばかり周りと毛色の違う赤毛を見ていると、銀髪の少女に言われた。子供とは思えない鉄面皮のこの少女は、剣技ではこの施設の中で群を抜いて強い子だ。というかためらいなく剣を振り、どんな時で冷静なのがいいのだろう。

 とはいえ、あまりに冷静すぎて、この少女は少女であまり周りと上手く入っていない。ある意味どんくさいともいえる。それでも彼女の能力を恐れて、嫌がらせをする強者もいないけれど。

「悪い、ヨルム」

 俺が食器を持って立ち上がると、その机を素早く拭く。

「食器。早く返して」

「おう。ありがとな」

「私は仕事をしているだけ」

 本当に愛想ないな。

 確かに机を拭くのは当番制。だからやるのが当然。でも普通やってもらったらありがとうぐらい言ったっていいじゃないか。でもって、どういたしましてって言葉を返すのが普通ってものだろ。

 

 そんな鉄面皮女は、どんどん子供をどけて机を拭いていき、最終的に赤毛の少女の前までやってきた。ある意味別の世界を生きている様な2名が揃ったらどうなるのだろう。特に赤毛はまだご飯を食べ終わっていない。

 赤毛はヨルムよりも年下だが、ヨルムがそんな事を気にするようにも見えない。無理やりどかすか、それとも意地で赤毛が座っているか、ちょっと見ものだ。

 しかし俺の予想は大きく外れた。

 ヨルムが寸前まできた瞬間、赤毛の子はスープだけ一気飲みして立ち上がった。その手にはパンが掴まれている。

「まだ食べ終わってないならいい」

「ううん。ヨルム拭いて。パンだけなら別の場所でも食べられるから」

 そう言って、赤毛は特に気にした様子もなく、食器だけ器用に片づけると、その場を移動する。……意外に、コイツどんくさくないのか? 良く分からない。

 ただ何となく、目についただけの少女。でもちょっとだけ声をかけてみようと思った。





◇◆◇◆◇◆





「何?お前ら、友達だったわけ?」

 休み時間に、赤毛を探していると、隣に銀髪が並んでいた。

 あっさりと退いたというか、あんなに一生懸命食べていたのにちゃんと周りの事を気にしていた事に驚いたのだが、なんてことはない。友達だから気にかけていただけらしい。

 年齢も状況も違うのにどうして仲良くなったのか不思議だけど。


 

「うん。ヴィリはヨルムの友達?」

「違う」

「なあ。否定するにしても、もう少し言い方あるというか、少しは躊躇えよ」

 あっさりと即答で否定されて、俺は深くため息をついた。まあ、実際友達ではないんだけど。ただヨルムの剣技と同じレベルの俺は最近組手の相手になる事が増えた。だから、もう少し言い方ってものがあると思う。

「違うんだ。でもヴィリはヨルムに用事じゃないの?」

「私にはない」

「なあ、ヨルム。少しぐらい俺の意見を聞く気はないの?」

 何だ? 男嫌いなのか? 

 そうとしか思えないレベルのツンツンっぷりだ。でもよく考えると他の女子とも同じような会話をしているので、これが素なのだろう。赤毛も良く付き合えるよな――。

「って、何で俺の名前知ってるわけ? 自己紹介したっけ? それとも俺、有名? もしくは愛されてる?」

 冗談交じりでニコッと笑いながら俺は問いかけた。年下だけど、微妙にしっかりしている気がするので、この俺の冗談にどう返してくるか興味もあった為に。

「有名が正解。剣で一番のヨルムと手合せを――」

「違う。フレイヤは、全員の名前を記憶してるだけ」

「――ちょっと、ヨルム」

「貴方は特別じゃない」

 ……なんだろう。挑まれている気がする。

 無表情でいつも通りの切れ味の喋りなので分かりにくいけど、今の言葉には少しだけ悪意が含まれていた。というか、無口なヨルムがあえて会話に入って来ようとするのを俺は初めて見たかもしれない。


「というか、本当に全員覚えてるわけ?」

「えっと。まあ。覚えるのはそれほど苦手ではないから」

 ふーん。

 どんくさいだけだと思ったけど、人間一つは特技があるらしい。……というか、コイツ年下なんだよな。喋ってみると、それほど年の差を感じないので、頭はいいのかもしれない。

 身長は結構差があるけど。

「気になるから聞くんだけど、2人はどういう接点なわけ?ヨルムと……えっとフレイヤだっけ?」

「言う必要性を感じない」

 少しぐらい会話のキャッチボールをしたって罰は当たらないとおもうんだけど。ヨルムは一応受け取ってはくれるが、剛速球で投げ返してくる。こちらが受け取れないレベルでだ。

「いや。言いたくないならいいんだけどさ……もう少し言い方ってものがなぁ」

「私とヨルムは半分魔族だから。魔族語を忘れないようにしてるの」

「……隠してるんじゃないのか?」

「別にみんな知ってるから隠してないよ。この施設の子供は、半人族が多いし。ただ魔族の言葉を知ってるのは私とヨルムだけなの」

 なら何で言う必要性を感じないなんだよ。

 じっとヨルムを見ると、フレイヤの方が口を開いた。

「ヨルムは人見知りが激しくて、あまり話すのは得意じゃないから。ごめんなさい」

「そういう事なら別にいいけど」

 本当に人見知りか?

 どちらかというと、ただの人嫌いに見える。それと年下のフレイヤが謝るのもなんだか変な感じだ。


「魔族語が話せるってさ、あそこに住んでいた事があるわけ?」

「ヨルムはあるみたいだけど、私はお父さんがあの国を知っていただけだよ。元々は山の中で住んでいたし」

「は? 山?」

「うん」

 ……どんくさいと思ったけれど、フレイヤは意外に野生児だったらしい。それなのにヨルムの方が懐かない野生の動物っぽいのはどうしてだろう。

「のわりに、戦闘訓練はビリなんだな」

 フレイヤは運動神経があまりよくないようだ。普段食事もまともに食べていない所為で持久力も低い。

「向き不向きというものが世の中あると思うの。もしも魔導を教えてくれる先生が居れば、私だってもう少しできるのに」

「何で魔導なら大丈夫なんだよ」

 魔導ってあれだろ。魔力が高くて頭がいい奴しか使えない特殊技能だ。

「お父さんもお母さんもできて、強かったから」

「ふーん」

 どうやらフレイヤは元々変わった家系だったようだ。それに魔族というのは、嘘か本当か知らないが魔導が仕えて当たり前とか聞くし、あながち嘘ではないのだろう。


「まあ、いいや。その魔族語って奴、俺にも教えてくれよ」

 ここを抜け出した後、どこに住むのが一番かは分からない。だとしたら知っておいた方が選択肢が広がる。魔族は人族を食うとか噂があるけれど、もしそうなら戦争をしていない今、魔族では大量の餓死者が出てるはず。だから俺はそんな噂は信じていなかった。

「ほら。これ仲良くなった印の餞別」

 そう言って、俺は厨房から盗み出してきた干し肉を渡した。元々そうやって町で生きてきていたので、ここの厨房からさりげなく盗むのもそれほど苦ではない。多少目減りしてもそこまで気づかないだろう。

「何これ?」

「干し肉。そのまま食べれるやつだから。フレイヤって全然ご飯食べれてないだろ。皆周りの奴に盗られてさ。それじゃ、大きくなれないぞ」

 食べていない割りにはちゃんと育っているが、それでもガリガリには違いない。

「ああ、大丈夫。私はそれほど食べなくても低燃費な種族だから。それにお父さんから弱い者には分け与えなさいと教えられてるし。でも、折角だからありがたく貰っておくけど」

「弱い者に分け与える?」

「うん。私たち……えっと、幻獣族は強いから、必要以上に奪ってはいけないって――った。ちょっと、何で叩くの?」

「叩くの良くない」

 フレイヤの頭を叩くと同時ぐらいにヨルムが首元にピタリと手を置いた。……何ともおっかない。ヨルムだったら俺に手とうを入れて昏倒させるぐらいできそうだ。

 でもそれよりも、今は確認しておかなくてはいけない事があって、俺はフレイヤをまっすぐ見た。

「お前まさか、わざとおかずをとられてるのかよ」

「……施ししてるわけじゃないし。足りないから奪うのだったら――」

 ガキだってプライドがある。施しをされるのは嫌だろう。でもわざと奪わせているというのもどうなんだ。

「考え方を改めろ、馬鹿。お前は弱い。お前の父ちゃんや同じ種族の人は強いのかもしれないけど、お前はまだまだ守ってもらわなくちゃいけないぐらい弱いんだよ。そんな気をまわしてないで、ちゃんとご飯を食べろ。低燃費とか言ったって、限度があるだろ」

 どんくさいんじゃない。フレイヤは底なしの馬鹿なだけだ。

 こんなことを教えるという事は、フレイヤの両親はそこそこ地位とかあるモノだったのかもしれない。それと山奥で暮らすが繋がるのかは謎だけど。ただこんな考え方を持っていたらこれから先、生きていけない。


「守ってもらえと言われたって、もうお父さんもお母さんもいないんだけど」

「お前より年上はたくさんいるだろ。子供はな、守られていればいいんだよ。とりあえず、今日からちゃんと飯を食え。俺の隣に座ってれば、早々ちょっかいも出されないから。反対側にヨルムが座ればいいだろ。だから俺の首筋にあててる手に力を入れるのは止めてくれない?」

 微妙に首の血管が圧迫されかかっている気がする。ほんとうにおっかない少女だ。別にフレイヤをお前から取り上げるわけじゃないよと無害さをアピールしておく。

「でもそこまでされても、私は何も返せないよ?その……確かに私は弱いから」

「魔族語を知ってるのが、フレイヤとヨルムだけだったら、ヨルムに聞くよりフレイヤに聞いた方がちゃんと教えてくれそうだろ? お代はそれでいいから」

 ヨルムの方がフレイヤより年上だが、教えるのが上手いようには思えない。むしろ聞くなら年の割にしっかりしているフレイヤの方が数段マシだ。

「そんなのでいいなら……」

「じゃあ、交渉成立ということで」

 この日から、俺はフレイヤとヨルムと一緒にご飯を食べるようになった。




◇◆◇◆◇◆◇





 ヘマしちまったなぁ。

 今日はちょっとミスをして、厨房で食べ物を盗んでいたところを見つかった。

 というわけで、今日は夕食抜きで外に吊るされている。

 外で盗みをして生きていた時も、こうやって調子に乗っている時に、大人に捕まってしまったから、順調な時ほど気を付けなければいけないと分かってはいたんだけどなぁ。

 成長盛りな年頃は、日中訓練が続くとどうしても腹が減るんだよと文句を言いたいが、まあ見つかった方が悪いので諦める。

 にしても、腹が減って忍び込んだというのに、夕食抜きというのは結構つらいなあと思っていると、こそこそと誰か近づいてきた。

「ヴィリ、降りてこれる?」

「フレイヤ?それとヨルムか?」

 そう声をかけると、1人が木に軽々と登ってきた。

「間抜け」

「今回ばかりは俺も言い返す言葉がないねぇ」

 ヨルムはそう文句をいいつつ、俺の腕の紐をほどく。

「終わったら、また吊るすから」

「終わったら?」

 ふっと腕を縛る力がなくなり俺は地面に着地した。一応血が巡らなくなって腐るような縛り方はされていないが、それでも長時間は痛い。

 若干硬くなった手首をぐりぐりと回す。


「どうしたんだよ。お前らも見つかったら同じように吊るされるぞ」

「大丈夫。先生達、しばらくは来ないと思うから。それよりごはんを持ってきの。流石にスープは持ってこれなかったけど」

 そう言ってフレイヤは布に包んできた、パンやチーズ、干し肉を取り出し俺の方へ手渡そうとした。

「……また自分の分を分け与えようととか考えてるのか?いいんだよ。こっちは自業自得だし、1食ぐらい抜いても死なないから。な?」

 本当は結構つらいけど、そうやって見栄をはる。

 最近なんだかフレイヤのお兄ちゃんな気分になってきていた俺としては、それぐらいの見栄は張りたかった。昔ならプライドより食べ物をとっただろうけど、フレイヤのものを捕るのは嫌だ。

「大丈夫だよ。私の分もヨルムの分もあるから」

「……どうやって持ってきたんだ?」

 フレイヤの能力で盗みが成功するとは思えない。となると、ヨルムが動いたのだろうか。ヨルムが俺の為に――というのは考えにくいので、大方、フレイヤがヨルムに頼んだのだろう。

「私が貰ってきたの」

「フレイヤが? どうやって」

 ヨルムではないらしい。すると、突然目の前のフレイヤの体格が変わった。俺より小さかった頭が、瞬きをした瞬間大きくなる。

 いや、目の前にいるのは本当にフレイヤか?

「えっ? 先生?」

「どう?似てるでしょ」

 声も先生そのものだ。フレイヤの高い声ではなく、男の低い声。若干女言葉で気持ち悪いけど。

 そして再び瞬きをすると、先生が居た場所にはフレイヤがちょこんと座っていた。


「お父さんに、変化の魔法だけ教えてもらっていたから。後はもっと大きくなってからだって教えてもらえなかったけど」

「……そりゃすごい」

 確かに、フレイヤは魔導を教えてくれる人がいれば強いのかもしれない。俺に魔族語を教えてくれるが、それだってかなり上手だ。文字はブァン国のものしか書けなくて申し訳ないと言っていたが、それでもこの年でこれだけできるなら凄い事だろう。頭がかなりいい。

「それは俺でもできるのか?」

「たぶん無理だと思う。幻獣族特有の魔法で、お母さんもできなかったから。えっと、とにかく、ご飯を食べよう? 先生が来てしまうと、罰が増えるだけだから」

 再度差し出してきたパンを今度こそ受け取り、俺は大きな口で齧る。かなり限界まで腹が減っていたので、美味しさが骨身にしみる。

「魔族語を教えてもらってるのに、ごはんまで恵んでもらったら、俺は立場ないな」

 魔族語を教えてもらう代わりにフレイヤがご飯が食べられるように守る約束だったんだけどなぁ。美味しい分、何とも情けない気分になる。

 それでも食べられる時に食べなければいけない事は分かっているので、俺は落ち込みながらも食べた。そうでなくては挽回できるときに挽回できない。


「そんな事ないよ。……確かに私は、驕ってた。ヴィリが食事の時に隣に座ってくれて、しっかりごはんを食べられるようになって、体が凄く楽になったから。でも、だから分かったの。1人じゃどうしようもなくても、家族で助け合えばいいんだって」

「家族?」

「うん。血は繋がってないけど。また助けてね、お兄ちゃん。ヴィリお兄ちゃんやヨルムお姉ちゃんが大変な時は、妹の私が助けるから」

 暗いけれど、えへへっとフレイヤが笑っているのが分かる。

 そっか、家族か。それはこの施設に来る前に、一度失ってからは絶対手に入らなかったもの。きっともう手に入れる事は出来ないのだと思っていたものだ。

「フレイヤとヨルムが妹かよ」

 何ともおっかない妹たちだ。1人は未知数の能力者で、もう1人は武術の達人。……これは兄としてかなり頑張らないと、立つ瀬がなくなりそうだ。

「えっ。お兄ちゃんが嫌なら、えっと……お父さんとか? だとすると、ヨルムがお母さん?」

「ぎゃっ。痛い、間接外そうとするなって。兄でいいです。兄で」

 俺の嫁扱いが不服だったらしいヨルムが攻撃してきて、俺はすばやく逃げた。こんな物騒な嫁、俺じゃ扱いきれないっての。

「まあ、せいぜいお兄ちゃんとして、妹を守りますか」

「食べ終わったら吊すから」

「ヨルム。それを今思い出させるなよ」


 こんな施設さっさと抜けてやると思ったけれど、施設も悪い事ばかりではない。

 そう思って俺は妹たちと笑った。

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